最終話 『断たれた首』
「餓鬼ィ、オレの勝ちだ」
くるくると切断された首が宙を舞い、絨毯の敷かれた廊下へと落下した。
しかし、人狼であるフウルは何かに引っかかりを覚えたように、首を傾げた。その視線がゆっくりと下がり、自身の胸へと向いた。
「——あ、レ?」
そこにいたのは、ナイフを突き立てた俺の姿。フウルは何が起きたのかわからない、という風にこちらを見ていた。彼が覚えた疑問の正体はきっと、切り落としたはずの首の落下音がいつまでも聞こえない事だったろう。
だが、同時に彼はこうも思っているはずだ。
――殺した手応えは、本物だった。
しかし、確実に命を奪ったはずのウルフの鉤爪のどこにも、血が着いていなかった。首を切り裂かれ、倒れ伏したはずの俺の遺体も、どこにも存在しない。
まるでそれら全てが、錯覚か何かであったかのように。
——魔法では起こしえない、現象。
俺の右腕は、それを現実にしていた。
どうやって今のを引き起こしたのか俺もわからなかった。俺自身、本当に死んだと思ったのだ。首には切断された時の痛みが、絶望が、まだ残っていた。
……俺はただ、願っただけだった。勝ちたい、守りたい、英雄になりたい、と。
「ガ、ハァッ……」
フウルが血を吐く。その身体がグラリと揺れ、そして地面に伏した。今更ながらに俺が、その異形の命を奪ったのだという事を、その手に残った感覚で理解する。
呆然と立ち尽くしていると、足音が聞こえてきた。メイドや両親達だった。メイドの握る細剣には血が付いており、先ほどまでそちらでも戦闘があった事がわかった。駆けつけるのが遅れたのはその為だろう。
メイドが、地面に倒れるもう一人のメイドと、俺の姿を見て目を見開く。
「ぁッ……アークおぼっちゃま、すぐに傷を癒し——ぇ?」
メイドはその表情を驚愕に変える。そこには、あるべきはずの傷跡がなかったのだから。
「……ボクは大丈夫だから、早く彼女を」
「……は、はいっ」
彼女は何かを言いたげな視線を向けて来たが、すぐにメイドの治療に取りかかった。
「あぁ、アーク……無事で良かった……!」
母が俺を抱きしめる。自身の寝間着に血が付く事を厭わずに、強く抱きしめる。身体の触れた温かい部分から、じわじわと、自分が戦いに勝ったのだと、生き残ったのだという実感をようやく得ていた。
——が。
「アーク、お前が殺したのか?」
父の厳しい視線が、こちらへと向いていた。冷や水を浴びせられたような感覚。
本来、6歳児に出来るような所行では到底ない。
治療に携わるメイド以外の全員が動きを止め、沈黙を保った。まるで裁判にかけられているかのように、俺はそれらの視線を一心に浴びていた。
耐えきれなくなった俺は、ついに口を開いてしまった。
「……父上、ボクは——」
その時、
「——いやぁー、アーク様に助けられちゃいましたよぉー」
「こらっ、まだ寝ていなければ……」
倒れていたメイドが意識を取り戻していたらしく、声を挟んだ。
「追いつめる所まではやったんだけどぉー、トドメを刺しきれてなかったみたいでぇ……アーク様を危険に晒してしまい、本当に申し訳ありませんでした」
彼女は傷も癒えきらない身体で床に膝を突き、頭を下げていた。
「……そうか」
沈黙の後、そう父は口を開いた。
「よくやったアーク。それでこそアングローリー家の男だ」
彼は軽く俺の頭を撫ぜた。その目には何かを決めたような、そんな光が宿っているように感じた。
「それとメイド。お前もよく、命に代えてアークを守ろうとしてくれたな。ご苦労だった」
父は「以上だ」と言うと、そのまま踵を返して一人先に帰り始める。が、俺は「父上っ」と呼び止めていた。
俺は自分がやりたい事を、やるべき事を、この戦いを経てついに見つけたのだ。言うなら、今しかないと思った。
「父上、ボク——」
「——魔法学園に通いたい」
* * *
——そして、その半年後。
「行ってきます」
俺は、魔法学園へと向けて家を後にした——……
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