最終話 『刻字の右腕』
二話連続投稿。前話がまだの人は、そちらを先に。
勇者の身体を、二刀の刃が素通りしようとしていた。勇者の眼球が、勝利に震えるように煌々と光を増した、その眼の焦点が俺に合おうとしている。この、攻撃を空振った瞬間、それは確実に俺の身体を喰い破るだろう。
だが俺は――
「――この技を、”知っている”」
そんなはずはないのに、なぜかそれを相手が使ってくると、俺にはわかっていた。それはまるで、誰かが心の内で囁いたかの様だった。
俺は、チートを発動させた。直後、
――勇者の身体が、ブレた。
正確には、刀の存在しているその場所の時間が、加速されたのだ。勇者の身体から、その空間からズレているための魔力が――一瞬で枯渇した。チートに干渉出来るのは、唯一チートだけ。
そして、チートがなくなった今、刀は、実体を持った勇者の身体に食い込む。そして、身体を三分割するように――
――切り裂いた。
勇者の口から、肺を切断した影響か、音が放たれた――それは、断末魔のようだった。鈍い……いや、ほとんど肉のない身体は、予想外に軽い音を響かせて、地面に落ちた。
と、俺はある事に気付く。
「――お前、は……」
だが口にしようとした、その時――
――ギョロリ、とその眼が俺を向いた。
勇者はまだ、死んでいなかった。断面同士で空間が繋がれ、まるで平然と生きているかの様に血液が――魔力が循環していた。そして、空間を渡り眼球へと注がれていた。
――魔力を、隔離していたのか!?
魔力が枯渇する寸前に、一部の魔力を退避させた――一瞬早く、わざと俺に斬られた。そして、チートが俺へと放たれる。
俺の周囲の空間が歪み――
――ビクンと勇者の身体が跳ねた。
歪みは、霧散した。そして……”二つ”の枯れ木が、ぱたりと動きを止めた。身体の中央部分――魔結晶があった部位は、周囲で起こされていた空間の断絶に巻き込まれ、ゆうしゃ達の手で葬られていた。
周囲には俺から伸び、半ばで千切れた極細の糸が、煌めきを放っていた。
「……もう、休んでいいんだ」
俺は勇者の身体へと歩いて行くと、枯れ木のような身体に反して唯一、まるで今にでも動き出しそうな程、美しさを保ったままの左目を――抉り取った。直後、まるであるべき姿に返るように、勇者の身体はボロボロと崩れ落ちていった。
それは、とっくに壊れていたはずの物が、繋ぎ合わせていただけのようだった。
――ふと。
片目を失った勇者の顔が崩れさる瞬間、俺は表情が変わった気がした。安堵と感謝を述べているように見えた。
……錯覚、だろうか。
「……そん、な」
アイラの声を、聞く。周囲で発生していた空間の断絶が――壁が、消えていた。ゆうしゃ達にチートが、使えなくなったのだ。いや、チートを”使わせ”られなくなったのだ。
彼女が生み出したゆうしゃという存在。それは、勇者の『空間操作』というチートを、”借りる事が出来る”存在だった。あるいは、勇者を操作して、”使わせる”というものだったのだ。
ゆうしゃ達は”移植”された勇者の細胞を起点にして、チートを発動させる――距離の概念のない先代勇者のチートには、それが出来てしまうのだ。そして、目の前でチートによる事象を起こす。
それは、ゆうしゃ自身が発動しているのと相違なく見えてしまう。
唯一、魔力だけは自身達に支払っているようだが……逆に言えば、ゆうしゃ達にはまだ魔力が残っている。魔法を使って戦う事も不可能ではない。魔法の使い方を教えてもらえていれば……そして、そんな存在がまだ『ゆうしゃ』と呼べるのであれば、だが。
ゆうしゃ達は皆、不思議そうに首を傾げていた。戦えなくなってしまっていた。
なんで使えなくなったのか。疑問には思っても、その理由を考えたりはしない――いや、考え方を知らないのだろう。
俺は、たった一人残ったアイラへと視線を向けた。
「――あ、あっはは……あは、あはっ、ははハハハハハハハッ……!」
彼女は狂ったように笑った。
「ふふっ……ねぇ、こんな事して、一体何になるの? 貴方がどれだけ私達を殺そうとも、もはや失った物は取り戻せない! そこの魔王だって、決して生き返らない」
彼女は、俺へ見下した目を向けた。
「あはッ……本当に、穢らわしい……貴方が例え何をしようとも、もうこの結果は変わらないッ! 勝敗は全て、決しているのッ! 私の……ニンゲンの勝利よッ! 貴方には何も救えなかったの! 貴方にはもう何もないのよッ! あはっ、あはははっ、あははハハハハッ――!」
俺は、告げた。
「――俺は、全てを取り戻す」
「……はい?」
アイラは良く聞き取れなかったかのように、惚けた声を出した。
「何を……言っているのですか? もう、全部終わったのです。そんな事、例え誰であれど、できるわけが……」
「ああ、そうだな……だから」
「あ、貴方ッ! 一体、何をして――」
――勇者の眼球を、移植する。
切り傷でダメになり眼球を切除した、空っぽの眼窩へと、先代勇者から抉った眼を埋め込む。魔力で眼の組織を操り、さらに右腕の力を使って再生力を高める。激しい痛みが俺を襲う。焼け爛れそうな程に、左眼が熱く感じる。
眼窩と左眼が癒着する程に、まるで俺の身体を乗っ取らんとしているかの如く、魔力を吸い上げていき――
――視界が、奥行きを取り戻す。
いや、今や見ようと思えばどこであろうとも視る事が出来た。自身の姿さえも、視る事が出来る。左眼は青白い光を、右眼は、紅い輝きを放っていた。
「そんな……まさ、か、貴方は……」
「ああ、そうだ。俺は――」
「――この世界を、やり直すんだ」
俺は、アイラに言った。
「――俺は、お前の事も救うよ」
初恋の……だが全てがズレていた彼女。
――いや、イブやアイラだけじゃない。
全員を、救ってみせる。アークライトとして生を受けた屋敷で、メイドが傷つく事もない。学園を魔族が襲撃し、フィオナ達が死ぬ事もない。戦争が起き、多くの人族や魔族が死ぬ事もない。
そんな世界を、俺は手に入れる。
「出来るわけが、ない……そんな事。だったら……だったら、私が今まで、一生をかけてやってきた事は、一体……」
俺は、地面に横たえていたイブの元へと歩み寄った。きっと、これが最後だ。新しい世界で、俺が彼女とこれほどまでに仲を深められる事は、決してない。俺は新たな世界で、救世主という装置になるのだから。
「イブ……俺も、もっと、早く気付けていれば……もっと早く、自分の気持ちを知っていれば……」
ずっと、自分はただ罪滅ぼしのためだけに、彼女を守り、支えていると思っていた――いや、思おうとしていた。いつしかそれは、情になっていた事に……それ以上の感情になっていた事から、目を背けていた。
――俺は、勇者だから。
彼女の父を殺したニンゲンだから。そんな事を望むなど、許されるわけがなかった。許せる、わけがなかった。でも、その上で彼女は、なお俺への思いを……好きだ、と言ってくれた。
――でも。
「俺はもう、十分救われた……救われ過ぎた。だから、イブ……今度はお前が救われる番だ」
俺は最後にイブの髪を一度撫でし、立ち上がった。そして……始める。
全身から紅い光が溢れ出した。体内を循環したそれを、右腕が喰らう。膨大な青白い光が生まれる。左目もまた紅い光を喰らい、青白い光を発する。右腕から生まれる光が、左眼から生まれる光と混ざり合う。
光は、遠く、遠く、広く、広くまで行き渡って行く。それこそ、この世界を覆い尽くす程に。
「……ふざけるな。ふざけるなぁあああああッ――」
「――アークライトォオオオオオオオオッ!」
俺はその呼び名を、否定しなかった。『過ちを犯した勇者』もまた、『もう一人の自分』なのだから――今ならそう、思えた。比叡ユウも、アークライト・N・Uも……ユウ・ヒエイも。
――名前が変わっても、姿が変わっても、俺は俺でしかない。
アイラの全身から魔力が噴き出した。彼女の眼に、魔法陣が浮かび上がった――それに呼応するように、俺の周囲の空間が歪み始める。だが……俺は、避けなかった。
俺はただ、最後の瞬間までイブを見ていた。見ていたかった。彼女の姿を眼に焼き付けるように、ただじっと見続けた。
――時が、逆へと回り始める。
『刻字の右腕』に描かれていた魔法陣が――時計の針が、左へと進む。
全身から、膨大なはずの魔力があっという間に失われていく。
それだけ、今からやろうとしている事はこの世の理に反した——外法にすら許されてはいないはずの、所行だと言う事。二人の勇者の力と、そして魔王の魔力。それらが全て揃って、ようやく実現しうる、不可能。
「――勇者ぁああアアアッ! ”貴方達”は、いつも、いつもぉおおおおおおッ……!」
アイラのチートが俺へと到達しようとして――それは逆再生するように、消えた。
この世界の時間と、空間の全てが、反時計回りに歪み始める。
俺は横たわったイブに、誓うように言った。
「——今度こそ、君を幸せにする」
そして、『刻字の右腕』の力が発動し――
……――『時刻』は逆転した。
最後に明日、エピローグを投稿させて頂き、元勇者と魔王の娘の物語を『完結』とさせていただきます。




