第七話 『一人と、二人』
分・割! ですが、『最終話』も1時間後――いつもの時間に投稿します。
―Side Yuu―
「――貴方は、”何”ですか」
アイラが俺に問う。そんなもの……俺にもわからない。わかるのは、何が起きたか、だけ。イブが――俺のために、自身の右腕と魔結晶を差し出した事だけ。
俺の胸中央には、大きな傷の跡が残っていた。
他にも傷が多く残っている。左目の傷跡も、右腕の接合部の傷跡も……そして、首元の咬み跡と、唇の傷も。傷が『刻字の右腕』で癒せたのは、直近の傷だけだった。
俺は抱きかかえているイブを見下ろす。彼女の寝顔は、とても哀しそうに見えた。俺は、もうその表情が変わる事などないのに……少しでもその寂しさを紛らわせてあげたくて、二度、三度とその髪を撫ぜた。
「……っ」
胸が、苦しかった。まるでイブの意思が魔結晶の中に入り込んでいたかの様だった。彼女の『もっと生きたかった』という思いが――悲しみが、魔力と共に胸の奥底から溢れ出して、止まらなかった。
「まさか……移植に、成功させた……? そんな……出来る、はずがッ……!」
アイラはそう、動揺と共に言葉を零す――その言は、まるで何かを知っているかの様。俺の心は悲しみに打ち震えたまま。なのに、頭は恐ろしく早く回転した。今までの情報が、彼女の動揺の理由を導き出す。
彼女もまた、同じ事を考えたのだ――
――彼女も、チートの移植をしようとした。
だがそれは、失敗した。失敗した結果の代用品が、ゆうしゃ達だった。
「……そうか、そういう仕組みだったのか」
いかにしてチートの力を使っていたのか——いや、使っているように見せていたのかを理解する。
アイラは己の失言と、そして俺に気付かれた事に気付く。
「ッ――今すぐソレを殺しなさいッ! 今ならまだ、魔力も使いなせませんッ!」
彼女の指示は的確だった。即座に、ゆうしゃ達が、勇者が、チートを発動させる。
——空間が、消失する。
地面ごと、俺がさっきまで立っていた場所に、連続的にチートが叩き込まれ、空間が喰い破られていく。俺はそれを、イブを抱きかかえたまま——
——”ゆっくりと歩いて”、避けた。
「これで……」
「イブ、少しここで待っていてくれ」
「なッ——!?」
アイラは、まるで俺が出した声で初めて躱されたと気付いたかの様に、驚愕の声を上げた。……いや、実際わからなかったのだろう。
今の動作に俺はチートを使用した。が、その出力は、かつて彼女と共にあった時とは比べ物にならない。
「勇者の力……まさか、これほどまでにッ……!? いえ、でもまだ魔力のコントロールはッ!」
確かに今の動作は、俺のチートが、イブから受け継いだ膨大な魔力を強引に引き出しただけ。でも今から俺が”やろうとしている事”を思えば、このままではいけない。
「相手に休む間を与えてはなりませんッ! 攻撃し続けなさいッ! なんとしてでも今ッ! 今、殺すのですッ!」
俺を——俺とイブの骸へと、勇者とゆうしゃ達が視線を向けようとし……だが、その動きは徐々に減速していく。
いや、違う。
——俺が、加速していた。
だが、まだ遅い。もっと、もっと早く。もっと先へ。全身からメキメキと異音が鳴り響く。脳内では閃光のように様々な景色が流れる。
そして――彼等が振り向き終え俺達へチートを叩き込んだ。
「今度、こ、そ……」
イブの言葉は、途中で止まった。
俺は、チートが叩き込まれたはずの空間に、平然と立っていた。
そして、自身の”長い”銀髪を掻き揚げて彼女達を視界に入れる。
「……なん、で、すか……その姿は」
彼女の問いに俺は答えた。
「——20年」
そう、ほんの20年ばかし——
「——”時を進めた”だけだ」
俺の手には、深い傷が刻まれていた。
「……『時間操作』」
そう、彼女の言う通り、俺の力は身体強化——ではない。
だが、それが間違っているわけでもなかった。実際、かつて俺が勇者であった頃に出来たのは、その程度だった。自身を加速して動作や治療、魔力の回復などを早めたり、あるいは時間を遅くする事で物に加わる衝撃を減らす——強度を高めたり……と、その程度。
今のように、自身の肉体を20年進ませ、移植された魔結晶と身体を完全に馴染ませたり、身体を未来へ飛ばして、攻撃を回避する事など、不可能だった。
きっと、本来なら……。
――イブにも、俺と同じ事が出来ていた。
ただ、一つだけ――時間だけが、足りなかった。時間を操る能力を、使いこなせるようになるまでの時間だけが、足りなかった。
アイラは「そんな、こんなの……」と、足を一歩退いた。そして、自分が退いてしまった事に気付き、叫ぶ。
「ふざけ、ないで……ふざけないで、ふざけないで、ふざけ……ふざ、けるなァアアアアアアアッ! 私が……私が何年、何年この時のために……それをこんな、こんな事で潰されてたまるかぁああアアアアッ!」
彼女の叫びに呼応するように、ゆうしゃ達が『空間操作』の力で、俺を消し去ろうとする。だが、それよりも早く——
「——<放て>」
「……ぇ?」
俺の放った魔法が、ゆうしゃ達の半数近くを、一瞬にして吹き飛ばした。魔法はまるで、呼吸をするかのように、自然に放たれていた。それも当然の事——俺には20年間、ひたすらに魔法の習得と向上に打ち込んだ記憶と経験が存在したのだから。
未来の経験が、ここにはあった。
「……ゆ、勇者ぁああああッ! 殺しなさいッ! こいつを、この化物をッ……!」
勇者が一瞬で俺の前まで転移してくる。
ゆうしゃ達もまだ数十人残っている。勇者の攻撃を支援するように、彼等によるチートが——そしてアイラによるチートが、飛んで来る。俺に少しでもチートを使う隙を、魔法を使う隙を与えまいとする——イブに手を出す余裕など、彼等にはなかった。そんな中俺は——
——俺は両腰に刺していた刀を抜く。
アイラはそもそも、いつ俺が刀を佩いたかすらわからなかったように、驚愕を示していた。
「……先代勇者。お前も今、呪縛から解放してやる」
右に刀を、左に小太刀を携えて、勇者に向き合う。今にして思えば、刀と小太刀を武器に選んだのはくだらない理由だった――それらが、時計の長針と短針の組み合わせに似ていた、から。自分のチートと、イメージが近かったから。
でも、今は違った。そこには、イブと、俺の思いが乗っていた。
——勇者が、動いた。
一瞬で俺の正面に現れ、腕を振り下ろしてくる。その全身は青白い光で覆われていた。同時に、ゆうしゃ達が俺と勇者を囲うように、チートを発動していた。そこから一歩でも動けば、空間の消失に巻き込まれる。
——正面から、その無敵の矛と盾へとぶつかるしかない。
だが、それでいい。いや、最初からそのつもりだった。
「いくぞ——勇者」
ぎょろり、とそこだけ異様に爛々とした、片眼が――青白い光を灯す眼球の放つ視線が、俺の視線とかち合った。同時に、青白い光と、青白と紅の混じり合った光が、ぶつかる。
俺の構えは、二刀流の構えとしては異様な物だった。右半身を前に、やや肩幅より広く立ち……左の小太刀は身体を遮蔽物に相手の死角へと、かと思えば右の刀は正眼に——まるで一刀流の如く構えていた。
——まるで、二人が同時に構えているかの様。
俺が20年かけて、さらなる発展を果たした戦術……その、完成形だった。
対する勇者の攻撃に構えなどない――いや、必要ない。ただがむしゃらな、振り下ろし――それで、いいのだ。ただ全力でチートを纏わせ、俺へと触れる――それだけで、殺せるのだから。
俺はその、後の先を取る。一歩、右足を踏み込む。が、勇者の纏う空間という防壁に阻まれる。剣先がその空間へと飲み込まれ、破壊される――
――事はなかった。
勇者が、血を流していた。突きは、ほんの切っ先程度だが、壁を突き破り、彼の胸へと達していた。衝撃で、勇者の身体が僅かに下がった。
俺は彼へと引導を渡すべく、告げた。
「……さぁ、比べよう。お前のチートと、”俺達”のチート——どちらが、より強い願いなのかをッ……!」
俺は身体を反転させるように、右の刀を引く――と同時に、左の小太刀を突き出す。順手に握ったそれを――身体の捻りを加えた強力な一撃を、もう一度その同じ場所へと放った。先程よりも、深く、突き刺さる。
が、それでもまだ浅い――勇者が、反撃して来る。左腕で脇腹から心臓にかけてを抉らんと、俺の身体を薙ぎ払おうとする。それを俺は、既に引いていた刀と、素早く引き戻した小太刀とで迎え撃つ。
――拮抗。
青白い光が、両者の触れる場所で激しい火花を散らしていた。勇者の空間が刀を――その先の俺を飲み込まんし、俺の時間がその崩壊を食い止める。ただ一つ。決定的な違いは――一人と、二人である事。
俺の力には、二人分の意思が込められていた。
――拮抗が崩れた。
「――ッらァアアアアア!」
叫びと共に、腕を――振り抜いた。勇者の腕が宙を舞う。俺は刀を振り抜いた勢いのまま、身体を一回転させる。その時、勇者の青白く光るその目が……始めて、恐怖に怯えたように感じた。
振り向き様に、全ての力を解き放った。二刀が、勇者の身体へと触れ――だが。
――手応えが、なさ過ぎた。
勇者の身体を、刃は素通りしようとしていた。




