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第六話 『目覚め』

 ユウさえ居れば、それでいい。そんな気持ちと共に、彼を抱きしめようと伸ばした手は――空を切った。


「……ぇ?」


 それは、まるで、”あの時”の光景のよう。ユウの身体が、ゆっくりと傾いで行く。そんなわけない——そう、どれだけ思おうとしても重なってしまう。


 ――謁見の間での、光景。


 父の遺体がアタシの身体へと覆い被さり、本当は生きているのではないか、と抱きしめようとして――だが手は空を切り、父は地面へと倒れた。父は、間違いなく死んでいた。そして今度は……。


「ぃ、嫌ッ……!」


 アタシは必死に手を伸ばした。ユウの身体を支えようとした。だがまるで、彼の身体は運命の糸にでも操られているように、するりとアタシの手を逃れた。


 ――音は、妙に響いて聞こえた。


 どこか水っぽい、ユウが地面へとぶつかった音。そしてアタシは、仰向けになったユウの惨状を目の当たりにする。彼には――


 ――心臓がなかった。


 真っ赤な血溜りが、広がっていく。いや、ないのは心臓だけではない。彼の胸に、ぽっかりと穴が開いていた。


「ぁ……ぁあッ……」


 ふと、声が聞こえた。


「あら。魔王の方を先に殺すつもりだったのですが……まあ、いいでしょう」


 ”聖女”アイラの声。アタシは何が起きたのかを理解する。

 最後の、一撃の瞬間――アイラはアタシを殺そうとしたのだ。それに、ユウは気付いた。だから、小太刀での突きではなく、殴り飛ばした。そして、アタシを庇った所為で、チートによる空間の断絶を喰らった。


 ――憤怒。


 アイラを、殺す。ユウを傷つけた、彼女を殺す。魔力が全身から吹き荒れ――



「――彼、死んじゃいますよ?」



 怒りは一瞬で、覚めた。冷や水を掛けられた気分。

 アタシはすぐさま、縋るかのように、刀を捨てて両の手で彼の身体に触れた。<治癒>の魔法を全力で行使した。アタシにはこの世界で最大の魔力量がある。治せない傷なんて、ない。絶対に、助けられる。


「絶対に……絶対、に……」


 ユウの身体は紅の魔力に包まれ……だが、傷は遅々として癒えない。それ以上の早さで、血が、彼の身体からこぼれ落ちていく。


「なんで……どうしてッ!?」


 アタシは気付いた。彼の身体から流れ出しているのは血だけではない事に。生命の維持に必要な魔力さえも、彼の身体から溢れていたのだ。胸の中央がくり抜かれているという事は、つまり当然、魔結晶もないという事。そして、魔結晶がないという事は――



 ――彼はもはや、生命ではない事を示していた。



「……嫌……嫌ッ! ユウ……目を覚ましてよ、ユウッ……!」


 どれだけの魔力を費やしても、どれだけの魔法を行使しても、端から溢れていく。彼の命と共に、彼の魔力は失われていく。


「ふふっ……なんとも滑稽な」


 アイラの嘲笑はされようとも、何も感じなかった。アタシの感情はただ一つ、『ユウを助たい』だった。頭の中をぐるぐると思考が回る。どうやったらユウを助けられるのか。どうすればユウに恩を返せるのか。どうすればユウを……。


 考えて、考えて、考えて……それでも、アタシに出来る事はこうして、彼の命を少しでも長らえさせる事だけだった。


「なんで……なんでなのよっ……! アタシ、まだアンタに何もしてあげてないのに……! もう、他には何もいらないって、やっと、そう思えたのに……!」


 堪えきれなかった感情が、言葉となってアタシの中から溢れ出る。


「お願い……お願いだから、死なないでよぉ……。アタシ、決めたのに……アンタのためになら、なんだってやる。アンタが生きていてくれるなら、それだけでもういいって、思えたのにッ……!」


 言葉が、止まらなくなっていた。いつしかそれは懇願にさえなっていた。


「誰でもいいから、ユウを助けてよぉ……! アタシは、何も望まないから。ただユウさえ生きていてくれたら、それでいいから。そのためなら、アタシの命だってあげる。奴隷にだってなる。だから、だから……」


 どうしてアタシにはユウを救えないのか。アタシは魔王なのに……たった一人の大切な人すら、助けられない。

 アタシは、ユウに命を助けてもらったのに。アタシは、ずっとユウのお陰で生きてこれたのに。まだ、何にも返してあげられてない、の、に……。


 アタシは、ハッと動きを止めた。



 ――天啓。



 アタシにはそうとしか感じられなかった。


「——勇者ッ! 今すぐ魔王を殺しなさいッ!」


 急に動きを止めたアタシに、アイラが何かを感じ取ったように叫んだ。恐らく、本来であればアタシが魔力をもっと浪費し、疲労した所を確実に討つつもりだったのだろう――ゆうしゃの数はもう少なく、戦力に不安があったはずだ。


 でも、そのお陰でアタシは――ユウを助けられる。

 勇者のチートが発動するよりも先。アタシは魔法を発動させていた。



 ――世界が変動した。



 そう錯覚する程の、大規模な魔法が展開される。勇者が発動させようとしたチートは、そのあまりの地面の揺れに目標を外し、側の地面を抉っただけだった。

 そして、魔法は完成する。


「――<隆起>」


 いや、それはもはや<隆起>と同一視できるものではない。半径百メートル近い空間の地面が、一斉に盛り上がり、拗じくれ、形を作っていく。その内に居た聖女達はチートを使ったのだろう――一瞬にして消え、退避した。が、そんな事は関係ない。


 ”それ”が、完成する――何十メートルという厚さを持つシェルターが。アタシ達を守る、地で出来た殻が。


「……はぁっ……はぁっ」


 流石に、一度にあの規模の魔法を使うのは無理があったらしく。激しい頭痛と、胸の奥――魔結晶の周囲に、痛みにも近い熱を感じた。魔力の出力がコントロールしきれず、半端な分が熱でも発生させたのかもしれない――体内から火傷でもしたのかもしれない。

 でも、そんな事はどうでもよかった——これで数分、時間が稼げるのだから。


 アタシは青白い顔になってしまった、ユウを見る。


「……絶対に、助けるから」


 これは、賭けだった。成功するかどうかなんて、全然わからない。でもこれは……ただ、あるべきものを、あるべき場所へと返すだけ。だから、きっと成功する……いや。


 ——必ず、成功させる。


「ユウ……今まで、ありがとう」


 彼に、あるいはその”部分”へと礼を述べ、アタシは――



 ――自身の右腕を、手刀で切り落とした。



 痛みはなかった。断たれた右腕は、魔法により大切に、地面へふわりと降ろした。そして、


「ちょっとだけ……我慢してね」


 アタシはユウの右上腕も、切断した。今は破損してしまっている金属の右腕——そこへと繋がるパーツを取り除く。流血は、ほとんどない。

 切断した『刻字の右腕ザ・ライト』を、ユウの半ばまでしかない右上腕へと合わせた——


 ――ユウは、目を覚まさなかった。


 筋繊維が『刻字の右腕』から、上腕へと伸びていた。彼の身体とは繋がったが……それだけだった。胸の傷も多少は小さくはなれど――決して癒えたと呼べる状況にはならない。

 こうなる事を、アタシは予想していた。だから、ユウに足りないものをもう一つ、アタシは捧げる。

 アタシは——



 ――自分の胸に手刀を突き刺した。



「がふッ……!」


 口から血が溢れた。それでも、止めない。そしてアタシはブチブチと肉を、筋を引きちぎりながら、それを取り出した。


 ――紅く、紅く、紅い結晶。


 それは、アタシがこの世界で見たどんな宝石よりも紅く、そして美しかった。アタシ自身ですら、一瞬見蕩れそうになってしまう。なんとなく、綺麗でよかった、と思った。


「ねぇ、ユウ……知ってる?」


 血混じりに話した。


「アタシの命は、ユウの右腕に救われたの。そして、アタシの身体は全部、ユウの血で出来てる。……アタシの全ては、もうずっと前から、ユウのものなんだよ」


 そして、「だから、大丈夫」とアタシは続けた。

 大切に、その結晶をユウの、欠けてしまっている部分へと落とし込む。


「ユウに借りてたものを今、返すね」


 アタシの身体から、急速に力が抜けていく。最後の力を――最後の、アタシの身体に残った魔力を振り絞って、魔法を使う。ユウに埋め込んだ紅い魔結晶から、魔力を引き出す。彼の体内に、魔力を循環させる——呼び水とする。


「動け……動け……動けッ……!」


 アタシの願いは――聞き届けられた。



 ——どくん、とユウの身体が跳ねた。



 彼の身体から、紅い光が溢れ出す。右腕から青白い光が溢れ出す。彼の身体が、急速に再生を始める。


 ――よかった……。


 アタシは自分の身体を支えきれなくなり、彼の上に倒れ込んだ。もう、身体は指一本動かない。視界も薄れていく。音も遠くなっていく。

 と、一つだけ心残りがあったのを思い出す。


 ――一回くらい、ちゃんと告白、したかったなぁ……。


 願った、その時。


 ――あ、あぁ……。


 アタシは、自分の視界に映り込んだ影を見た。もうほとんど見えないのに、はっきりとわかる。はっきりと感じる。アタシは動かない身体で、出ない声で、彼へと伝えた。



『――ユウ、アタシね……アンタの事が大好き』



 彼は頷いた。アタシの気持ちが、伝わったのだ。満足感か、達成感か。わからない不思議な気持ちが空っぽの胸の中に溢れた。もう、思い残す事はなかった。

 瞼が下り完全な暗闇と、そして静寂に包まれる。唯一、身体に触れたユウの温かさだけを、最後の一瞬まで、ほんの少しでも長く感じていようと――



 ――そのとき、唇に痛みが走った。



 感覚なんてなかったはずなのに、アタシはそれ感じて、そして……見えないはずの光景を視た。

 彼は——



 ——アタシの唇を噛み、血を流させていた。



 なによ、とアタシは思う。


 ――アンタ、知ってたんじゃないの……。


 アタシは、自分の両目から涙が溢れているのを感じた。喜びと……それ以上の、悲しみ。なんで、今になってこんなに幸せになってしまうのだろう。身体の奥底から、感情が溢れ出した。

 アタシは自分が居なくなる瞬間、心で泣き叫んだ。






 ――もっど、ユウと一緒に生ぎでいだがっだッ……!






 願いは、叶わなかった――……


   *  *  *

 

 ―SIde Other―


 ゆうしゃ達のチートによる掘削。魔王が作り出した土のシェルターを、破壊する。やがて自重に耐えきれなかったように、シェルターは崩壊した。それはどこか、卵の殻が割れる様子にも似ていた。


 聖女や勇者、ゆうしゃ達が一斉に中心へと向け、”神の技”による瞬間移動を使いながら、疾駆した。やがて辿り着いた彼等は、”ソレ”を見た。


 ——粉塵が、一気に晴れた。


 その中央に立っていたのは、少女の骸を抱いた男だ。

 その男達を殺さんとしていたはずの聖女達は……動きを止めていた。なぜなら、誰も判断がつかなかったのだ。それが、誰であるのか。いや、そもそも——



「——貴方は、”何”ですか」



 聖女が、口から零した。

 ”ソレ”はゆっくりと、少女へと下ろしていた——俯かせていた顔を、そちらへと向けた。聖女は、まるで縫い止められたように動けなくなった。呼吸さえも、止まりそうになる。

 それが恐怖という感情である事に、彼女は気付いただろうか。あるいは、気付く余裕すらなかっただろうか。


 静かに佇む”ソレ”は——



 ——銀の髪と、紅の隻眼を有し、血の紅をしたニンゲンだった。



 彼はその隻眼から、ただ滔々と、涙を流し続けていた——……

 文量の膨らみ具合にもよりますが、次が実質の『最終話』になります。

 そして+1話(エピローグ)で完結する予定です。

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