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第五話 『元勇者vs.魔王』

 お、一昨日、昨日と投稿が滞ってしまい本当にすいませんでした……! 急用が重なったりと、どうしても執筆時間が取れず……。

 今日からはまた平常運転――毎日投稿に戻りますので、ご安心をば(汗

「”勇者”アークライトぉおおおおおおおッ!」


 イブが叫び、俺へと飛びかかった。彼女の周囲には、紅い魔力が吹き荒れていた。

 言葉は、


「イブ……」


 届かない。

 俺は……覚悟を決めた。決めるしか、なかった。


「……だったら、殴り飛ばして、目を覚まさせてやる。俺はお前を、絶対に生かす」


 こんな所で——自棄なんかで、死なせたりしない。


 ——俺にはもう、これしかいないのだ。


 これは、イブのためなんかじゃない。俺は、俺の罪を少しでもすすぐために戦うのだ。イブを生かす事で、自分が救われる――そのために、戦う。

 もはや、彼女しか俺には残っていないのだ。


 ——そして、イブもまた同じ。


 彼女にはもう、守るべきものがない。民がいなければ、父の夢を継ぐ事もできない。唯一、残っているのが……勇者に対する復讐心。

 お互い、引けるはずなどない。どちらともなく、武器を構えていた。


 俺は右半身を前に、小太刀を握った左手を身体で相手の死角へと隠し、右腕をだらりと下げる――独自に完成させた構えを取る。

 変則の俺に対して、イブは正統だ。正眼に刀を構え、こちらを見据える――最もシンプルであり、それゆえに強い。実力を最大に引き出す事の出来る、構え。


 ——静寂が、訪れていた。


 俺はこうして敵としてイブに対面し、始めてその圧倒的な力量を認識した。彼女の握る刀の切っ先が、僅かに揺れる——それだけで俺は自分の身体が両断される錯覚に襲われた。


 だが、俺もただ呆然と殺られるわけではない。ほとんど反射で、僅かな体重移動を、あるいは刀の握りに力を、あるいは右腕の指を——既に周囲へと揺蕩わせている糸を動かし、即座にそのイメージを、躱す、あるいは受け流す、あるいは絡めとるものへと変化する。


 ジリジリと、イブは距離を詰めて来る。だが隙が見つからない。糸での罠を、杭での不意打ちを、小太刀の突きを行おうとし……それらは全て、圧倒的な魔力量による<放射>で弾かれるイメージへと変わる。


 ——イブの足が、止まった。


 両者の射程、ギリギリ。ほんの僅かな隙を見せた瞬間、踏み入り、相手を斬り殺せる。イブが魔法を発動しようとした瞬間、俺は彼女を斬り伏せる。俺が杭の射出などを行おうとした瞬間、イブに斬り殺される。そんな距離。


 俺とイブ。両者によって引き起こされる戦闘のイメージは徐々に、明確に、かつ激化していった。次第にそれらは一つの光景へと固定されていく。

 イブはその圧倒的な魔力の補助による、必殺の一撃を加える事へと。俺は自身の持てる全ての知識や経験、そして技術と道具を駆使して、イブへと致命の一撃を加える事へと。


 ——力と技。


 あるいは、


 ——魔力と知識。


 それら全てが、一瞬へと収束していく。

 俺達の動きが、完全に停止した。呼吸もフェイントも、もはや必要ではなかった。もはや、そんな次元に俺達はいなかった。あとはもう、イメージを現実に変える事だけ。

 不思議な感覚だった。まるで相手と全てが通じ合っているような気さえした。


 ——既に、全ての勝敗が決まっている。


 そんな気にさえ、なった。

 俺達は合図もなく、


「「——ッ」」


 お互いの全てを解き放った。


 動いたのは、同時。だが先に攻勢に出たのはイブだった。爆発のような勢いで放たれる、圧倒的な威力の振り下ろし。それは俺の身体を、左肩から右脇腹へ抜けるように両断せんと、迫った。

 周囲を覆わせていた糸は、一瞬で全てが弾け、千切れ飛ぶ。減速すら、させる事はできなかった。

 どころか、加速してさえいるように思えた。いや、実際に加速していた。青白い光が——筋力などの補強を行っている紅い魔力とは異なる色の光が、視界を舞っていた。


 ——強く、なったな……。


 一瞬、一番最初に謁見の間で、彼女に刃を向けられたときの光景と重なって見えた。だが、あの時とは違い過ぎる。比べ物にならぬ程、イブは強くなった。

 それでも、


 ——負けるわけには、いかないッ……!


 イブの振り下ろしが俺へと迫る。が、その刀身が俺に触れる直前――彼我の距離が開き始める。俺の身体は、刀の振り下ろしに合わせるように真後ろへと倒れていっていた。


 俺が密かに伸ばしていた糸が、俺の後方——地面へと伸びていた。俺はその糸を引き、地面へと身体を引き寄せたのだ。身体のすれすれを、刀が通過していく。

 俺は即座に、背後へと伸ばしていた糸を切り、今度はイブへと絡ませていた糸を引いた。イブが刀を振り下ろした姿勢——しかも、振り下ろしたタイミングで糸を引かれた所為でややバランスが崩れている。


 俺はその隙を見逃さず、大きく一歩、前へと進む。刀の射程の内側――小太刀の射程へと踏み込む。

 いや、踏み込もうとした。


 ——追いつかない。


 俺は糸と、体内で発動した極小の魔法の連鎖によって動きを高速化していた。対してイブもまた、勇者の力と膨大な魔力による魔法により、自身を加速している。早いのは——圧倒的に、イブの方だった。


 俺が刀の射程の内——小太刀の射程まで踏み込むよりも早く、イブの腕が跳ね上がる。刀の切っ先が、反転して俺の右脇腹から左肩までを両断せんとする。彼女が俺を両断する方が、早い。

 俺は改めて心の内で思った。


 ——イブ、やっぱりお前は、本当に強い。


 お互いの視線が一瞬、絡み合った。それはまるで時が止まってしまったかのように――永劫にも思えた。しかし、そんなものはただの錯覚だ。戦いは必ずいつか終わり、そして勝者と敗者を生み出す。

 イブの振り上げ。俺はそれを——


 ——”掴んだ”。


 金属の右腕を伸ばし、俺の胴体に触れるよりも先——勢いが乗るよりも先に、その五指で掴んでいた。それでもなお、その威力は凄まじかった。

 金属の右腕が、縦に裂けていく。破砕音と火花とパーツとをまき散らし、それでも俺の身体を両断せんと進み——だが、その腕の中に仕込まれた極細の、それでいて強靭な、何千本という数の糸の全ては、断ち切れなかった。


 ——刀げ、減速を始めた。


 そして、俺は、全身をバネのように使い、身体を半回転するようにして左腕を突き出した。全ての力を、切っ先の一点へと集中させ、放つ。彼女の心臓を、全力で突かんとする。彼女の身体に絡ませた糸を引く力と、突く力——その双方がガッチリと噛み合う。


 ——が、それでもまだ足りない。


 小太刀自体は、イブへと届くだろう。心臓を貫けるだろう。だが……それだけでは、意味がない。彼女は心臓を貫かれようとも、問答無用で俺に反撃して来るだろう。死なない限り、彼女にとってはあらゆる傷が軽傷でしかない。

 実際、彼女は自身の心臓が貫かれるのと同時に、俺へ反撃に魔法を放とうとしていた。それが示すのは——


 ——俺の敗北。


 相打ちにはならない。俺は彼女の魔法で殺される。そして彼女も……心臓の傷はすぐに癒えるだろう。だが問題は傷が癒えてしまう事、そのものではない。俺が負けた時点で――唯一の生きる理由である、復讐対象である俺を殺した時点で、彼女はもう、逃げる事も戦う事もやめ、命を”聖女”アイラ達へと差し出してしまうだろう事。


 ——だから、なんとしてでも勝たなければならない。


 そのためのピースは、揃っていた。

 正真正銘、最後の切り札だ。そしてこの存在を、イブは知らない。『最後にものを言うのは魔法ではない』——先代魔王の言葉だったか。それは、イブにはなくて、俺にだけあるものだった。それを――最後のピースを、俺ははめ込んだ。


「——ぉおおおおおオオオオオッ!」


「——ぁあああああアアアアアッ!」


 どちらともなく俺達は、叫んでいた。俺の小太刀が――突きが彼女の身体へと到達せんとする。同時に、右腕上腕に取り付けられた、最後の機構が作動する。閃光が走り、同時に何かが弾けるような音の連続が聞こえた。


 ——スタンガン。


 俺の勝利像を完成させた最後の1ピースは、前世の知識だった。右上腕から伸びた一部の糸が、小太刀へと絡み付いていた。光の瞬きから、イブは魔法の気配が一切ないままに電流――雷が生み出されている事に気付いただろう。

 そして、攻撃を喰らうと同時に反撃しようとしていた彼女には、どうする事も出来ない。


「そっか、アタシ最初から……」


 イブはそう零した。イブはここまでの結末は見えていたのだろう。だが、その先を読む事はできなかった。知らなかったのだから。

 いや……俺が彼女に勝てると、錯覚させたのだ。そして、勝負を仕掛けさせた。


 彼女は自身の負けを認めるように、小太刀を受け入れようとする――その時、


 ――俺はある事に気付いた。


 そして――


 ――彼女の顔面を殴り飛ばした。


「んがッ……!?」


 小太刀を手から落とし、思い切り左手でぶん殴る事を選んでいた――ただのパンチが、イブに効いていた。その時にはもう、イブは負けを認め――全身に掛けていた魔法を解いていたのだ。だからこそ俺は、小太刀ではなく拳を振るった。

 まるで全てが予定調和のように、綺麗に決まった拳。

 俺は、彼女に問うた。


「――目は、覚めたか?」


 と。


   *  *  *


 ―Side Other―


 アタシはぶん殴られた顔を押さえて、フラフラと二、三歩、蹈鞴を踏んだ。


「目は、覚めたか?」


 ユウはアタシにそう問うていた。だが殴られた痛みで涙が浮かび、視界はハッキリしない――目は覚めても、前が見えない。

 いや、違う。本当はこの涙は――


 ――受け入れたこの現実への、悲しみ。


 もうアタシには守るべき民がいなくなってしまった。もう、尊敬した父の背中を追う事は出来なくなってしまった。そして、勇者に復讐する事も、アタシには出来なかった。

 でも、同時に思う――いや、気付いたのだ。それでもまだたった一つだけ、アタシには残っているものがある、と。


 ――とん、と身体に重みを感じた。


 彼が、アタシへと寄り添っていた。

 ……たった一つだけ残った、アタシの大切なもの。それは――


 ――ユウ。


 彼、自身だった。”勇者”アークライトではない、ただのユウ・ヒエイ。その事にアタシは、ようやく気付いた。流れる涙のほとんどは、悲しみによる。でもその内の一雫には……喜びが、籠っていた。

 今にして思えば、なぜ彼がアタシに尽くしてきたのかもわかる。彼は、罪滅ぼしがしたかったのだ。


 ――ほんと、大馬鹿なんだから……。


 アタシなんか見捨てていればよかったのに。そう、思ってしまう。

 でも、アンタが望むなら――アタシはいつまでも、アンタを許さないでいてあげる。ずっと、一緒に、生きていてあげる。


 ――アタシも、大馬鹿だ。


 これはほとんど、ユウのしてきた罪滅ぼしと同じ行為と変わらない。

 でも、決定的に違う事が一つだけあった。


 ――アタシにはまだ、夢があった。


 いつか、罪滅ぼしじゃない彼の本心から、アタシの事を思ってもらいたい、という夢が。アタシが彼へと向ける気持ちを、彼も持ってくれる、そんな未来の可能性。


 アタシは、彼の背中へと手を伸ばした。逃げよう。ここから。

 既に復讐、という感情はなかった。ゆうしゃも、聖女も、もう一人の勇者も……もういい。ただ、アンタさえ居れば――それで、いい。

 そうして、伸ばしたアタシの手は――



 ――空を切った。



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