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第四話 『勝敗』

 —Side Yuu—


 剣で串刺しにされたイブ。そんな彼女へとトドメを刺すべく、接近してきたゆうしゃ達が——一網打尽になっていた。彼等をまとめて、イブが刀で薙ぎ払っていた。


 彼女の身体は、まるで巻き戻しの如く、溢れたはずの血肉が再生されていた。その身体は青白い光に包まれている——彼女の右腕から溢れていた。傷が一つ残らず癒えていく。その再生力はまさに、異常の一言。


「……心臓に、悪い」


 俺は思わず零した。一瞬、本当にやられてしまったのかと思い、彼女の名を叫んでしまった。


「ふぅ……なんとか、倒せたわね。でも”ユウには”負けちゃったわ」


「そんな、俺とお前で競争なんかしてないっつーの」


 だが、彼等の隙を突かなければ倒す事ができなかったのも事実。時間が差し迫っていたのも事実。彼女の判断はどうやら、ゆうしゃの新たなチートの扱いに対処するための咄嗟の行動だったらしく、一概に責められない。


 チートを使い攻撃を無効化されたのだろう——彼女に降り注いだ剣を、魔法で弾けなかった事から、そう判断する。だが、ゆうしゃ達のチートは、イブのものとは違い、使用に魔力の消費が必要なのは既に判明していた事——彼等が勝敗は決まったと錯覚し、防壁を解除したタイミングを狙ったのだろう。

 彼女は身体の調子を確かめると、視線をあげた。俺もまた、同じ所を見上げていた。


 ——勇者。


 彼は自身の手駒たるゆうしゃ達を打倒されたにも関わらず、パートナーであった”聖女”アイラを打倒されたにも関わらず、なお、じっとそこに座っていた。あとは彼だけだ。彼を打倒すれば、ニンゲン軍は旗印を失い、瓦解する。


 ——その、はずだった。


 イブが動いた。勇者へ、刀を振り抜いた。刀は——あっさりとその頭部を吹き飛ばした。


「……ぇ?」


 カランカラン、と兜が地面を転がった。その中身は……空洞だった。


「どう、いう事……?」


 俺はそれを見てどこか、納得していた。勇者は異世界からの転生者。そしてアイラは人非人として彼等を嫌う。にも関わらず勇者を旗印として利用し続けている——それはつまり、必要なのは外見だけ。中身など、寧ろあれば邪魔なだけ。

 イブは動揺を隠せない。彼女は呟く。


「だって、嘘……ゆうしゃ達はコイツの指示で、行動を変化させて……」


「……なッ! しまッ——」


 俺はイブの呟きで気付く。そんな事は、ありえない。ここにあるのは伽藍堂。ならば、他に指示した者が必ず——


「——ふふっ」


 ゾッとした声が真後ろから聞こえた。そこには、平然と立っているアイラがいた。俺は反射的に飛び退く。


「……完全に、決まったはずだろ」


「本当に痛かったですよ。流石は害虫。本当に、厄介この上ない」


 よく見ればその横っ面は軽く赤く晴れている。と、俺はイブに襲いかかっていた剣——ゆうしゃ達の防壁の事を思い出す。ギリギリで、チートによる壁で防がれていたのか、と。


「あと、勘違い為さっているようですから申しておきますが……勇者は、実在しますよ?」


「……そりゃ、そうだろうな」


 ——ここに、俺という存在がいるのだから。


 だが、違った。アイラが言いたいのはそんな事ではなかった。


「彼は間違いなく先程まで、そこに居ました。今は空っぽになっていますけれどね」


 その言葉の真意を齎したのは、アイラ——ではなく、耳元の”魔法の杖”からだった。


『——こちら、”征服王”ノース。……申し訳ねぇ、魔王様』


『——こちら、”偶像王”イースト。……申し訳ありません、魔王様』


『——こちら、”堕落王”ウェスト。……しくじっちゃったよ、魔王様』


『——こちら、”娯楽王”サウス。……ごめんねぇ、魔王様』


 彼等は次々と報告を齎した。それは——



『『『『——我ガ隊、敗北セリ』』』』



 彼等が率いていた隊の、壊滅を伝えるものだった。彼等の通信は、ノイズと共に断絶した。


「……う、そ」


 イブが呆然と声を漏らす。


「さて……今、勇者はどこにいるのでしょうね?」


「クソッ!」


 俺は急かされるように地面を蹴った。アイラへと杭を射出し——それは彼女の眼前で、静止した。青白い光が、彼女の周囲を覆っていた。


「なッ……!?」


 そんな事をすれば周囲に、アイラが勇者の力を有しているなどという異常が知れ渡——


 ——ちょっと、待て。


 俺はそこで気付く。


「誰も、いない」


 周囲には、ニンゲン側の兵士が、誰もいない。大勢のゆうしゃに囲まれて戦闘を続けていた所為で気付かなかったが、いつの間にかここにいるのは俺達だけになっていた。

 思えば、俺達の戦闘に兵士達が全く介入して来る事がなかった。それに、勇者の鎧の中が空っぽである事に対する驚きも、どこからも上がってきていない。


「次からはきちんと初めから、人払いをしておかなければなりませんね……」


 アイラは自分の失態を恥じるように呟き、しかし続けて、「次など、ありはしませんが」と言った。

 ふと彼女が、視線を横へと逸らした。


「……どうやら、終わったようですね」


 一体なんの話だ——そう問いかけるよりも早く、アイラの真横の空間……彼女が視線を向けていたそこが、歪んだ。青白い光が何もない一点から溢れ、まるで穴が開くかの様に空間がめくれ上がる。その”向こう側”から、”何か”が身体を現した。


「……なんだ、ソレは」


 俺は思わず問うていた。


「わかりませんか? 貴方なら一目でわかるでしょうに」


 だが、そんな……いや、ありえない。そう呟こうとして、続きが口から出てこない。心の奥では、わかってしまっているのだ。それが——



「——”先代勇者”」



 俺よりも以前に召還され、そして英雄譚として物語に残された、男だった。しかし、その姿は異様の一言。それはもはや、ニンゲンとは言い難かった。


 手足は枯れ木のよう。身体のあちこちは包帯が身体を補強するように巻き付けられ……だがその中で、片側の眼だけが、生き生きと、ギョロリと忙しなく動き続けている——青白い光を宿しながら。

 それはまるで、その片方の眼のためだけに、身体が動かされ、生かされているようだった。思考力などもはや残っているようにも見えない——いや、もっとはっきり言おう。


 ——それはもはや、ただの死体だった。


 ミイラだった。


「……嫌、そんな、嫌……嫌ァッ……!」


 イブが恐慌したように身体を震わせ、怯える。それは、勇者の——いや、もはやその呼び方さえ相応しくはない、異形に怯えている、だけではなかった。その手には、見覚えのある顔が四つあった。

 髪を掴み、一纏めにされた血塗れのそれらは——


「……四天、王」


 俺は全てを理解してしまった。



「——俺達は、負けたのか」



 四天王がここで、こうしている。こうなっている。それはすなわち、彼等の率いる隊もまた壊滅したという事。もはや、魔族の生き残りは誰もいない、という事。


「ええ、そうですよ。残った魔族は、そこにいる忌々しい魔王だけですね」


 イブはその場に腰を落としたまま、呆然として動かない。彼女の夢は——終わったのだ。そして俺もまた絶望で動けない。


 ——まただ。


 また、俺の所為で大勢が死んだ。見込みが、甘かった。甘過ぎた。罰を受けようとイブに加担し——さらに、罪を増やしてしまった。アイラが俺と戦ったのは、ただの時間稼ぎだったのだ。なぜ、そんな事にも気付かなかったのか。


「……さて、そろそろトドメを刺しましょうか」


 アイラの声に反応し、先代勇者が動く。そこには意思など感じられない。ただの道具だった。思考するだけの能力は既にないのだろう。だったら俺にやれる事はなんだ。やるべき事はなんだ。


「イブ」


 俺は彼女へ声を掛けていた。反応がない。


「イブッ!」


 茫然自失してしまった彼女の肩を掴み、もう一度強く彼女の名を呼ぶ。ようやくこちらに焦点が合う。何かを諦めてしまったような半笑いで彼女は問う。


「どう、しよう」


 俺ははっきりと答えた。


「——逃げろ」


 だがそれは彼女にとっては、信じられない返答だったらしい。


「なんで……なんでそんな事、言うの? アンタもアタシの事を捨てるの!? アタシだけ、ひとりぼっち。アタシだけ、また……またッ! アンタもお父さんみたいにッ……!」


「それでも、逃げてくれ」


「……そんな、の」


 イブが俺へと縋るような視線を向ける。そんな俺達に——嘲笑が浴びせられた。


「うふっ……うふふ、ふふふふ……貴方達、本当に、滑稽な程に穢らわしいですね。どうして——」



「——魔王と勇者が、そんなに仲睦まじくしてるのですか?」



「……ぇ?」


 イブが、固まった。俺もまた、呼吸が止まっていた。


「……何、言ってるの」


 ようやく、彼女が口を開く。


 ——最悪だ。


 やられた。最悪のタイミングで、アイラに事実を明かされた。彼女は狙ってそうしたのだろう——イブに逃げられないように。逃げる気力さえ、奪うために。


「そんなわけ、ないじゃない。ユウはアタシを助けてくれたの。命を、救ってくれたのよ。勇者を倒すのを、手伝ってくれるって。それなのに、彼が勇者なわけ——」



「——じゃあ、その右腕はなに?」



 イブの身体が、ビクと震えた。


「その力、まさか気付いてなかった——なんて言わないでしょう? それは紛れもなく、勇者の力。貴方はなぜ、そんなものを持っているの?」


「……そ、それは。ユウが、腕のないアタシのために、他の人の腕を——」


「嘘おっしゃい。貴方だってわかるでしょう? その右腕が、そいつの左手の鏡写しだってことぐらい。そもそも……ならどうやって貴方は、その力の使い方を知ったのかしら? 誰に、教えてもらったのかしら?」


「……そ、それは……でも、違う……違うッ! ユウは、勇者なんかじゃないッ! ねぇ、ユウ……そうよね? 全部、あいつの言ってる事は勘違い……よね?」


 俺は彼女に向けられる視線に——耐えきれなかった。目を、逸らしてしまった。

 それが、何よりもしてはならない事だと、わかっていたはずなのに。


「……嘘」


「イブ——」



「——来ないでッ!」



 俺は突き飛ばされた。拒絶、だった。俺はまるで地面がなくなったかのような感覚に襲われた。俺が生きていられたのは、イブという支柱に寄りかかっていたからだ。彼女への罪滅ぼしというただそれだけのために、生きてきていたのだ。


「……あはは。ほんと、アタシ、馬鹿みたいだ」


 イブは一人、涙を流しながら呟く。そして、キッと俺へ鋭い視線を向けた。


「絶対に、許さない。アタシの大切な者は、もう何も残ってない……それでも、アンタだけは絶対に、殺してやる……道連れにしてやる」


 彼女は、そして俺へと告げた。



「——”勇者”アークライトぉおおおおおおおッ!」



 最悪の結末が、すぐそこまで迫っていた——……

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