第三話 『魔王vs.ゆうしゃ』
すいませんっ……! 昨日、急に用事が入ってしまい、更新出来ませんでしたっ(泣
――時は少し遡る。
* * *
―Side Other―
ついにアタシとユウは、”聖女”アイラと……そして、勇者とゆうしゃに相対した。しかし、アタシ達はゆうしゃ達により分断されてしまう。けれどそれは結果的に、予定通りの状況を作り出す事に成功していた。
――ユウ、そっちは任せたわよ。
彼の役目は、アイラを抑える事。そして、倒す事だ。アタシの役目は、その間、なんとしてでもゆうしゃ達を抑えている事。逆、は無理だ。いくらユウがゆうしゃ達の行動を読めると言っても、数が多過ぎる。
魔法のほとんど使えない彼では、二本の腕――いや、一本の腕で対応出来るだけしか、同時には相手取れない。手数が足りない。
「でも、流石にこれは中々厳しいわね」
アタシを包囲するように展開するゆうしゃ達。その全員が眼帯を取り払い、その下にある魔法陣の刻まれた眼球を晒している。その眼がぎょろりとこちらへ視線を向けた瞬間――その場所が、切り取られる。
予兆なんてない。しかも喰らえばその時点で終わり。なんともふざけた力だ。
――しかし。
「アタシも無策で戦いを挑む程、馬鹿じゃない」
彼等がアタシへ視線を集中させる直前。激しい閃光が周囲へ走った。<閃光>――目眩ましの魔法だ。彼等の視力を一時的に奪う。そしてさらに、<隆起>の魔法。
――それは奇しくもアイラが使ったものと同じ魔法、だった。
のだが、このときのアタシは知るはずもなく、そんな事を考えている余裕もない。<隆起>した地面は勇者達の足場を崩し、視界を遮り、さらには拘束せんと――まるで蛇か龍の如く、彼等へと迫った。
ユウから授かった、対ゆうしゃ戦術はたった一つの事に集約される。
――チートを使わせるな。
使われればその時点で負け。使う暇を与えない程の圧倒的な魔法の連撃で、相手を叩き潰す。相手を迎撃で手一杯にさせ、どころかそのまま押し勝つ。
それは母が枕元で語り聴かせてくれた、歴代の魔王と勇者との戦いの真理でもあった。しかし、それを簡単に許してくれるような相手なら、アタシ達は脅威になど感じない。
――アタシの半身が、消し飛んだ。
いや、違う。アタシがダミーとして、<隆起>と共に発動して置いておいた土人形の半身が、消し飛んだのだ。
――一体どこからッ!?
疑問はすぐに晴れる。アタシに不自然な影が掛かっていた――上空だ。彼等はチートによる瞬間移動で、<隆起>から上空へと逃れていたのだ。その視線が、こちらを向こうと動き始める。
――間に合えッ!
アタシは地面に左手を付けた。直後周囲の地面が爆発する。土煙が辺りへ舞い上がる。直後、アタシのすぐ脇で空気の流れに異常。その場所がゆうしゃの力で喰われたのだと理解。そこへ続いた攻撃はなんとか躱した。
――もうッ、アタシのチートと強さに差があり過ぎじゃないのッ!?
片や、喰らえば必殺の攻撃と瞬間移動。片や、身体や武器の能力向上と幻影。他にも出来る事はさまざまあるが、大まかな部分を言ってしまえばこうなる。
そんな相手に勝つには、自分の姿を決して晒さぬまま戦うしかない。
「……やるしかない、わね」
幸いなのは、ゆうしゃ達が自らアイラ側へと加勢しにいこうとは、しない事。言われた事しかできない、自分では何も考えられない――そういう風に作られている。とユウは言っていた。
――だったら、倒し方はいくらでもある。
あたしは魔法で地面に穴を<掘る>。と同時に自分へ<屈折>の魔法を掛ける――動いたり注視されない限りは、そこにいるとはバレなくなる。ゆうしゃ達はあからさまな穴に、アタシが地中へ潜ったと錯覚。
地中を無差別に喰い破り始めた。
ユウはこの<屈折>の魔法を失敗作、と言っていた。あまりにも難易度が高過ぎる、と。それにこの魔法を普通に使えば、自分からも相手――どころか周囲の一切が見えなくなってしまうのだ。その上で、正確に周囲の様子に合わせて光を屈折させ続けなければならない。
普通に使ってもこんなもの、簡単にボロが出てしまう。
実現させようとするならば、周囲から自分へ向かってくる光には全く干渉せず、自分にぶつかって跳ね返る光だけを屈折させる必要がある。
ユウなら、それも可能かもしれないが、アタシには難し過ぎる。そして、ユウが出来たとしても、魔力量から持続は難しいのだが。
――だから、失敗作と。
だが今、アタシはそれを実現していた。ゆうしゃ達の様子を、赤く染まった景色の中に見ていた。
――こんな解決法、普通じゃ絶対に思いつかないわよね。
ユウは異様なまでに博識だった。光の性質を知っており、様々な知識について述べてくれた。それを学んできたから、思いついたのだ。
――赤外線。
と、言うらしい。アタシ達、吸血鬼は夜目が利く。それは、視覚がニンゲンの物とは異なり、ニンゲンの視覚では認識出来ない波長の光が、見えるから、らしい。それを聞いてアタシは、その特性を利用した。
波長の長短でで、反射するしないを判別する——波長の指定ならば、遠方へ声を伝える魔法の応用だった。
――つっても、馬鹿みたいに集中力が必要だけど。
狙うは一撃必殺——この、得た時間を利用して大規模な魔法を放つ。
アタシは魔力が外部へ漏れないように徹底的に管理しながら、循環させていく。今ではもう、右腕とアタシの身体は馴染み、魔力の流れはスムーズそのもの。
ゆうしゃ達が一瞬、動きを止める。地中にアタシがいないと気付いたのかもしれない。が、もう襲い。アタシは姿を現すと同時に、魔力を解き放った。
「――<崩壊>」
瞬間、世界が滅んだ。いや、そう錯覚する程の変異が起きていた。解き放たれた魔力に触れた物は、その存在を破壊される。飲み込まれたゆうしゃはその身体を解けさせ、砂の如く崩れ落ちる。
地面ですら例外ではない。元々、ゆうしゃの攻撃で穴だらけになっていた地面——質量が減っていたそこは、地面ではなく細かい砂になり、崩れ落ちる。すり鉢状へと歪んでいき——さらさらと水の如く流れる砂は、巨大な蟻地獄を作り上げた。
――一般的な魔法使いであれば。
これが、魔力によって物体の結合力が失われて起きる現象だと気付き、自分の身体を――結合力を魔法で補強する事によって、多少ではあるが持ちこたえられたはずだ。蟻地獄から逃れられるかはまた別だが、それはともかく。
しかし、ゆうしゃ達はあっという間に崩れさり、粉塵と化してしまう。
――これも、ユウの言ってた通り。
彼等はどうやら、魔法を使えないらしい。あるいは、使えなくさせられているか。前者であれば、チートの影響。後者であれば、アイラの細工。
だが今はそんな事どちらでもいい。ゆうしゃに対して有効だという事さえわかれば、それだけで。
――しかし、それは甘かった。
最初の数人こそ粉塵と化したが、後続が――平然と、その<崩壊>の中へと、足を踏み入れてきたのだ。そして、平然とこちらへと迫る。
「なッ」
――学習、した!?
いや、違う。ユウも言っていたはずだ。アイラは、ゆうしゃの行動を読まれないようになんらかの対策を打って来るはずだ、と。それは恐らく……。
アタシはちらり、と視線を勇者へ向ける。
――アイツが、操っている。
指示を出したのだ。そして、ゆうしゃに対抗策を実践させた。
彼等が突っ込んでくる——瞬間移動で何体もの勇者がアタシのすぐ側へと次々現れる。包囲、される。
――なんで、効かないのッ……!?
と、気付く。彼等は蟻地獄に立っているにも関わらず、沈み込まない。まさか——
——周囲の空間を、固定してるッ!?
そんな事まで出来るのかと戦慄する。だってそれは、最強の矛と最強の盾を両方持っている事に他ならないからだ。こちらの攻撃は空間という絶対なる壁に遮断され、攻撃は空間ごと強度なんて概念を無視してアタシを切り裂く。
——なんて理不尽なッ……!
アタシが言うのもなんだが、こんな能力……ふざけているにも程がある。
「——チッ」
アタシは非常に細かい粒に統一された砂を操り、砂嵐を巻き起こす。と同時に地面が柔らかくなっているのを利用して、魔法で穴を<掘る>事で地中へと潜り込む。ゆうしゃ達のあの様子では、砂嵐に突っ込んできても無傷だろう。目眩ましにしかならない。
——本当にマズいわね。
もはや、アタシの魔法は攻撃として意味をなさない。ならば……。
アタシは地中を潜行し、そして離れた場所に<爆破>を起こした。同時にアタシは地表へ飛び出す。<爆破>に意識を取られたゆうしゃの背中が見えていた。そこへとアタシは、鞘を払っていた刀を、振り抜いた。
空間という絶対の壁に守られていたはずのゆうしゃの身体が——切り裂かれた。血をまき散らし、白い彼は赤く染まる。
——これなら、いけるッ……!
外法には外法を。アタシが振り抜いた刀は、青い光に覆われていた。残念ながら空間の壁は非常に固く、傷は浅かった。だが、次は全力で筋力に魔力のブーストを掛けてやる——それで、いけるッ。
アタシは再び砂中へと潜る。勇者達は魔力を隠さない——位置ははっきりとわかる。アタシは彼の直前の地面を<爆破>させ、視界を奪う。背後から舞い上がった砂に紛れて飛び出す。刀を握る。魔力を運動エネルギーへと変換する。
——一撃で、殺す。
絶対の殺意をもって、アタシは背後からその身体を両断——
「——なっ!」
するり、と空間の壁を感じる事なく、刀身がゆうしゃへと吸い込まれる。いや、違う。そもそも勇者に触れられてすらいない。全力で振るった刀は、勢いを余らせて地面を掠め、砂を巻き上げた。
アタシの体勢は崩れていた。あの戦法で、確実に一人ずつ削っていく——その作戦は、決定的なまでに失敗していた。ゆうしゃが、自分の身体を刀が通過した事に気付き振り向く。いや、彼の身体は刀だけではなく、砂すらも通過していた。
——盾、ですらない。
こんなもの、どうしろというのか。
一瞬の絶望。それが——致命的な隙となった。
——喪失感。
右足が、なかった。痛みさえ訪れるない程の、刹那の出来事。その事をアタシが理解するよりも早く、身体が反射的に、全方位への<放射>を行ったのは……僥倖という他なかった。
地面に叩き付けられた放射が、砂を巻き上げる。砂自体を動かすよりも一瞬早い、目眩まし。最もシンプルな<放て>の応用であるその魔法の発動スピードは群を抜いていた。
無くなった脚の所為で身体のバランスが崩れる——それに逆らわず、うつぶせに倒れる。髪を掠めるようにして空間が喰い破られる。ギリギリで逃れる。
——危なかった。
今の一瞬の反射が、判断が、生死を分けた。
「……っ」
激痛が、襲ってくる。脚から溢れ始める。あと少し——あと少しでいい。そうすればきっと、ユウがアイラを打倒し、アタシの元へと来るはずだ。アタシは自分にそう言い聞かせる。
右足を失おうとも、ここに留まるわけにはいかない。喪失感と激痛を押して退避を——
——鈍い音が、アタシの”内”から聞こえた。
「……ぇ?」
アタシは、自分の腹から突き出た剣先を見た。真っ赤に、濡れている。何が起きたのか、理解出来ない。わかのわからぬまま、そこへと手を伸ばした。だが剣先を手で掴むよりも早く、衝撃が連続した。
アタシの身体中から、何本もの剣が生えていた。アタシは今更にその剣がやってきた方角を見た。それは、空だ。アタシは何をされたのかを理解する。
——投擲した剣を、上空へと転移させたのか。
斜め上空には、雨の如く降り注いでくる無数の剣があった。
——そういう事……。
直接、空間の断絶で攻撃するには視認が必要——だがこれなら不要だ。そして何より、剣の数だけ無限に手数を増やせる。出現する距離を調整する事で、同時に無数の数を着弾させられる。
いつの間にか、砂塵は晴れていた。辺りにはアタシを取り囲む勇者達の姿も、見えていた。そんなとき、
「……イ、ブ」
声が聞こえた。視線の先には、ユウがいた。どうやら彼は勝ったらしい。
——あとちょっと、だったのにな……。
でも、彼が勝ったというのなら、アタシも最後まであがかないわけにはいかない。アタシは、無数の剣へと自ら突っ込んだ。そして、全力で刀を振るった。
一本しかないはずの刀が、まるで三本あるかの様に視認出来る。それらが別々の軌跡を描き、迫る剣を撃ち落とす。青い光が辺りに乱舞していた——が、その物量の前には、あまりにも無謀。
そして何より、アタシの敗北を決定づけていたのは——魔法が無効化されてしまう事。どうやら飛来する剣全てに、ゆうしゃ達が纏っていた防壁が付与されているらしかった。
だからあたしは全力で刀を振るうしかなかった。
と、その時。
——三本になっていた刀が全て唐突に消えた。
刀が、宙を舞っていた。
……いや、違う。
——宙を舞っていたのはアタシの腕だ。
痛みもなかった——ゆうしゃのチートが、腕の中程を消失させたのだ。
「イ、イブゥウウウウウウウウッ!」
ユウが叫ぶ。彼はこちらへと必死に駆けており——だが、間に合わない。アタシは、彼に笑みを送った。
身体に何本、何十本という剣が降り注ぐ。アタシの身体が串刺しになる。斬り飛ばされた手足が千切れ飛ぶ。アタシの身体は重力に従い、倒れた。
——悔しかった。
アタシは負けたのだ。
ユウは脱力したように、地面に膝を着く。アタシの周囲へは確実にトドメを刺さんとし、勇者達が舞い降りる。彼等の手がアタシにかざされた。
「ねぇ、ユウ——」
アタシは最後に、ユウに笑いかけた。
「——”アンタ”の勝ちよ」
アタシの視界は、青い光で埋め尽くされた——……
* * *
——次の瞬間、”アタシ”は、ゆうしゃ達を一網打尽にした。




