第一話 『名も無き英雄』
それでは、物語の最終局面をお楽しみください。
―Side Other―
戦の狼煙が上がった。魔法が飛び交い、魔族達とニンゲンが剣戟を繰り広げる。アタシは魔王城からその様子を見ていた。
四天王達がそれぞれの軍を指揮し、ニンゲンの部隊を迎え撃つ。
最も戦闘に長けた”征服王”ウェストは、地上部隊を率い、その巨体で片端からニンゲンを薙ぎ払っていく。
飛行能力を有する”偶像王”イーストは、空の部隊を率い、遠距離から魔法や薬品によって敵を攪乱する。
強力な<重圧>の魔法が使える”堕落王”サウスは、魔法攻撃部隊を率い、敵へ大規模の攻撃を繰り出している。
部下との連携に長けた”娯楽王”サウスは、隠密部隊を率い、さまざまな場所に設置した罠を効率よく運用し、敵の動きを止める。
それでも、押されているのは魔族だった。単純な個々の力では圧倒的に魔族が上。だが、彼等には数という最大の力があり、そしてなにより――”ゆうしゃ”がいた。
ゆうしゃは数十人規模のチームにわかれて、戦場を蹂躙していた。彼等が通った後には一人の生き残りも許されない。皆が、問答無用に殺される。魔法では迎撃する事も不可能。しかも個々の力が四天王に匹敵する。止められない。
ユウがゆうしゃの能力について可能な限りの情報を提供してくれたが、それでも被害は甚大だった。
やむを得なく、四天王達が前線に引き出される。ゆうしゃを彼等がくい止めねば、削られ過ぎた部隊はニンゲンを止めきれなくなる。
「……やはり、こうなるのね」
最初から決めていた。
「作戦を開始するわ。ゆうしゃ達を——」
「——魔王城へ引き入れる」
アタシ達で、ゆうしゃを倒す。戦況を変えるにはそうするしかなかった。奇しくも、5年前と——”先代魔王”デイビッドが打ったものと、全く同じ作戦だった。これは運命なのだろうか。あるいは……宿命か。
戦争は、激しさを増していった。そして——
* * *
——時は、訪れる。
「……来たわね」
広い謁見の間に、あたしの声はよく響き渡った。静か、だった。この城の中にいるのは、アタシ達だけだ。他の者がいても、余計な損害を増やしてしまうだけ。
——次の瞬間。
謁見の間とエントランスを遮っていた巨大な鉄扉が、消し飛んだ。まるで空間ごと食い破られたかのように、痕跡すら残さず、破壊されていた。
まるでそれらが一個の生き物であるかの様に、ズルリ、とそれらがなだれ込んでくる。彼等は言った。
「こんばんわ——」
「「「「「「「「「「——ゆうしゃ、です」」」」」」」」」」
……ははっ。
笑いが溢れそうになってしまう。かつてこの席に座してきた歴代の魔王達とて、ここまで絶望的な状況を迎えた事はなかっただろう。
なだれ込んできたゆうしゃの数は、百は下らない。入りきれずに廊下にも多くのゆうしゃがいる。
ちらり、と視線を脇へ向ける——フード付きのローブを纏った男。
ユウならば、彼等が何人いようとも圧倒出来る。とは言っても、それはあくまでも彼が、ゆうしゃ達の思考を読めるが故、だという。逆に言えば、誰かから指示を受けての行動は躱せない。
『それに——』
彼が言っていたもう一つの事を思い出す。
『聖女には既に、対策されてると思う』
アタシは改めてこの状況について思う。
——本当に、絶望極まりないわね。
数百の白い彼等が、一斉に眼帯を取り払う。喰らえばチリも残さず、アタシは消え去るだろう。だが、そうはならない。なるはずがない。
こんな絶望的な状況だというのに、負ける気がしない。
……いや、違うな。そうじゃない。正確に言おう。
「——アタシ達は”勝った”」
ゆうしゃ達が何言っているんだ、とばかりに顔を傾げた。
だが次の瞬間——
——アタシの身体は、ぐにゃりと歪んだ。
「……だぁれ?」
ゆうしゃ達が首を傾げて、尋ねる。
「ああ、私か? 私は——」
姿が、冒険者の男へ変わる。
「——バート・コーランで」
姿が、メイド服を纏った女へ変わる。
「——メイア・アンデインで」
姿、燕尾服を纏った魔族へ変わる。
「——カリナだ」
そして最後に、真っ黒な人型の影になって、告げた。
「私には仮の名しかない。私には『自分』がない。それでも、お前等の誰何に答えるなら、そうだな——」
「——私はただひとつの、魔族だ」
アタシは——いや、”私”はそう、答えた。
ゆうしゃ達をここまで、戦場から引き剥がす——その目的は今、達せられていた。
……長く、重く、深すぎた、デイビッド様に抱き続けてきた恩。それを、今、こうして、ようやく返せる。貴方様のご息女——いえ、次代の魔王様のために。
——あたりを光が包み込んだ。
私の目的は引き剥がす事、だけではない。
デイビッド様は常々、『最後にものを言うのは魔法ではない』と言っていた。それはきっと、勇者に魔法が通じないからこその言だったのだろう。彼は勇者を仕留めるために、様々なカラクリをこの城に仕込んでいた。
その最後で最大の一つを私は起動させたのだ。それはまるで、彼の思いを私が引き継ぎ、やり遂げたような……そんな気分だった。
供をしてくれた、フードを彼った彼——私の部下にも、礼と謝罪を心に浮かべた。
その時。
「——デイビッド、様……?」
光があたりに満ちていく中、私は彼の姿を見た。
目なんて存在しないはずの私の、影のような身体——その頬を、熱いものが伝っていく。
——ああ……。
私の胸に、すとんと落ちるものがあった。私はようやく、気付いた。
——そうか、これが”私”か。
私は光の中で笑みを見せる彼へと歩み寄り、そして膝を着いた。
「——我が一生は、魔王様のために」
温かな光に、私は包み込まれた——……
* * *
—Side Yuu—
——魔王城が崩壊した。
激しい閃光と爆発音、そして黒煙を上げて崩れ去っていた。俺達の元には、彼の最後の言葉が、魔法<念話>により届き、途絶えていた。
ギチと歯を食いしばる音が聞こえた。視線を向けると、先行するイブの頬が濡れていた。彼女は顔を袖で乱暴に拭うと、言った。
「勝つわよ」
「ああ」
俺達は部隊の一部に混ぎれて、戦場を駆けていく。名も無き彼が、ゆうしゃを大勢引きつけてくれたお陰で、戦況は大きく変化していた。戦場に残ったゆうしゃの大半も四天王が食い止めてくれている。他は、アイラと勇者を守っている者達だけ。
おそらくアイラは、確実に魔王であるイブを殺すつもりだったのだろう。それは闘技場で一旦引いた事からもそれが窺える——数十では危うい、と判断した。
そして今回、ゆうしゃの数を数百にまで増やし、戦争を仕掛けてきた——魔王城へと突入させた。が、それは失敗に終わった。
——ゆうしゃの数が減った今こそが勝機。
俺達は満を持して、動き出す。イブがその隠蔽していた、膨大な魔力を解放する。同時、発動された魔法<放て>により前方の敵が一撃にて薙ぎ払われる。
視界が一気に開けたそこを駆ける。
こうして戦場を駆けていると思い出すのは、5年前の事。あの時はニンゲン軍で、今回は魔族軍。さらに言うなら……。
俺は、ついに相見えた彼女等に話しかけた。
「——ようアイラ」
あの時はアイラは味方であり、今回は敵だった。
彼女は忌々しく俺達を、神輿の上から見下ろして、言った。
「……やってくれましたね」
俺達の視線が、交錯した——……




