第三話 『魔法の仕組み』
魔法が使えないと発覚してから、少し時間が跳ぶ。
俺は早くも6歳になろうとしていた。
「どうしたアークライト? 口に合わないなら作り直させるが?」
「いえ、父上。とても美味しいです」
「じゃあ何か悩み事でもあるのかしら? なんでもおっしゃいなさい。アークライト」
「ありがとうございます、母上」
両親はよくしてくれている。とはいえ、地方貴族というのは、お偉いさんとのパイプ作りに大変忙しいらしく、会う機会はあまり多くない。
「ふむ……また、魔法の事か? お前には学がある。魔力が無い事を引け目に思う事はない」
「……ありがとうございます」
父はそうとだけ言うと、黙々と食事を続けた。母も同意のようで、父にならい食事を再開する。
両親は完全に俺を文官として育てる事を決めていた。魔力が無ければ部下から舐められやすい。が、そんなもの戦略でも打ち立てて成果を出せば、すぐに吹き飛ぶ程度のものだという。
実際父は、魔法の才は人並みであったが、その知略で貴族の地位を保っているという。
両親の考えは何も間違っていない。
——だがそれは、本当に俺に高い知力があった場合の話だ。
俺は、屋敷のメイドから神童と呼ばれていた。
かなり知識や知力をセーブして過ごしていたつもりだったが、隠しきれていなかったらしい。知っていて知らないフリをするのと、本当に知らないのとではやはり反応が異なってしまっていたのだろう。
そうして今では、魔力が無い事こそ惜しまれるが、それを補って有り余るだけの聡明さと、仕える者に対する思いやり——カリスマ性を持っている、と言われるようになっていた。
そこまではいい。
だが——
——それらは全て時限付きなのだ。
前世の記憶というアドバンテージがあるからこそ、そのように判断されているだけ。あくまでも現在の評価は、俺を『子供』として見た場合の評価なのだ。俺を中身の年齢として判断したとき、一体誰が俺を神童などと、天才などと呼ぶだろうか。
だからこそ俺は、魔法に対する未練を引きずり続けていた。俺は人並みはずれて頭が良いわけではない事を自覚している。人並みはずれて運動のセンスがあるわけではない事を自覚している。
だからこそ、前世にはなかった魔法なのだ。魔法だけが唯一、俺が特別になれる可能性がある分野なのだ。
* * *
——そんな俺に転機が訪れたのは、6歳の誕生日だった。
その日も俺は、魔法の研究を続いていた。魔法をなんとか使えるようにはならないか、と手段を探り続けていた。とは言っても現状やっている事は、資料を読み、それを纏めているだけなのだが。
ともかく、魔力を持たない者が魔法を使えるようになる術は、大きく分けて三つある。
一つ目は、魔道具を作成すること。
これは魔結晶から自発的に魔力を引き出し、それを魔法へと変換する機械を作ろう、というものだ。言ってしまえば、自分でボールを投げるのではなく、ピッチャーマシンを作ってしまおう、というもの。
この分野には既に先駆者が存在し、資料も多く存在した。それでわかった事なのだが——これは、ほぼ不可能だった。
魔力を魔法に変化させる——その際には体内で魔力を循環させる、という話は既にした通りだが、その際、特に重要な経由個所があるのだ。
それは——
——脳。
つまり、魔道具を作ろうというなら、それはすなわち脳を——ひいては生命体を丸々ひとつ、新しく作る事に等しい。
科学技術の進歩していた前世ですらブラックボックスだったそれを、この世界で俺一人で解き明かす——そんな事、到底現実的とは思えなかった。
そこで、二つ目だ。
これは一つ目の応用で、魔道具を1から作れないなら、元々存在する、魔法が使える生命体——魔物を魔道具に作り替えてしまおう、というものだ。
が、この研究は既に頓挫して久しいようだった。
なぜなら——
——魔道具にするより、そのまま魔物として従わせた方が強いから。
研究資料も、魔物に調教を行う『テイマー』という職が生まれた辺りから、完全に進捗が止まっていた。
本末転倒、というよりもこれは、そもそもの目的自体が誤りだったと言えよう。なにせ、この解決法は言ってしまえば、『俺には魔法が使えないから、友人のA君に魔法を使ってもらおう』という話と同じなのだから。
ただその友人Aが、魔物なだけで。
——はたしてこれで、『俺は魔法を使えた』なんて言えるだろうか?
俺には到底、言えそうにはなかった。
そして、三つ目。
それは、魔結晶の移植だ。移植自体は、技術的な問題をクリアしている。なにせ、この世界には治癒魔法が存在するのだ。
魔力を変換したエネルギーによって細胞を活性化させ、自然治癒力を『再生』とさえ呼べるレベルにまで高める事が出来る。それを用いれば、前世よりもずっと容易に、臓器の移植などが可能だった。
一度千切れた腕や足を、繋ぎ直す事もあっさりと実現させてしまうのだ。
——だが、魔結晶の移植には、別の問題があった。
魔結晶は一つとして同じ物が存在しない。それは、魔結晶が身体とワンセットであるからだ。
つまり、何が言いたいのかと言うと——
——移植した所で、その魔結晶からは魔力を引き出す事ができない。
例え体外にあろうが、体内にあろうが、自分の物ではない魔結晶は、同じ扱いしか出来ない。どころか、もし移植など実行すれば——今ある魔結晶の摘出なんて事をしてしまえば、魔法を使えないどころか、日常生活を送る魔力さえ引き出せなくなってしまう。
端的に言えば、死ぬ。
俺が、呼び水となる魔力無しに魔力を引き出せるのは、俺が生まれながらに持つ魔結晶だけなのだ。
「……やっぱ、無理なのか」
書庫の床にごろんと寝転び、天井を見上げる。視界の端に、高層ビル群の如く積み上げられた本が入り込む。対照的に、本棚の中に本は一冊も残っていなかった。
俺はついに今日、全ての本を読み尽くしてしまったのだ。こうなれば、自覚せざるを得ない。
どれだけ努力しようが、俺には——
——魔法が使えない。
目を閉じれば、転生した直後に夢見ていた自分の姿が思い起こされる。先陣を切り、敵を薙ぎ払い、そして賞賛される自分。そこには、英雄に相応しい力と佇まい。そして輝かしい栄光。隣には眉目麗しい姫の姿。
全て、今や遠い夢の話だった。
と。
「あぁ〜もぉ〜! アーク様まぁーたこんなに散らかしてぇー」
聞こえて来たのは、幼い頃から俺の世話をしてくれている専属のメイド。
「……むぅ、ノックくらいしてよ」
気分の沈んでいた俺は、ぶっきらぼうにそう言った。
「ざんねんでしたぁー。あたしぃー、ノックなら何度もしましたぁー。アーク様が積み木遊びに夢中になって気付かなかっただけですぅー」
積み木遊びって……このメイドは、俺がまだ1、2歳の幼児だと思っているのだろうか。とはいえ、これだけの書物を6歳児が読破している、なんて事を信じられても困るが。
俺は訂正するのを諦め、「……あーそー」とだけ返した。
「テンション低い所悪いですけどぉー、もうすぐ旦那樣方が帰って来ますよぉー。そろそろ片付けないとぉー」
「あー……そっか。そういえば今日、誕生日だったね”ボク”」
俺の誕生会に合わせ、両親が今日帰ってくるのだった。
流石にこの惨状を見られるのは困る。
「じゃあ片付けておくんでぇー、さっさと出てっちゃってくださいねぇー」
「……ううん、ボクも手伝うよ。自分で散らかしたんだしね」
と答えるとメイドはにへらと相好を崩した。
「アーク様、やっさしぃーっ」
「はいはい」
でも……と、俺は黙々と本を片付けながら、思った。
——俺は明日から、何を目標にすればいいんだろう?
次話の投稿は1時間後です。