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第前話 『冒険者の日 前編』

 筆が、乗ってしまいました……(笑


 また、文量が少し膨らんでしまったので、二話に分割してます。

 後編は同日の10時に投稿予定となっています。

 ——これは、俺がまだイブと共に冒険者として活動し始めてから、まもない頃の話。


   *  *  *


 冒険者の一日とは、活動日と休暇日でその行動が大きく異なる。そして今日は活動日だった。


 16歳と8歳。倍も歳が異なるイブを連れて、俺は冒険者組合を訪れる。ここは、”栄転街”イナダワカシハ・シティ——始まりの街とも呼ばれる、初心者の冒険者が多く集う街だ。

 流石にイブ程に幼い者はいないが、俺に近い年齢の冒険者も多く、悪目立ちしない事もあって、依頼を受ける環境としてはとても良かった。


 ここで俺達の試験官をしていた冒険者——先代魔王に仕えていたというドッペルゲンガーが化けていた彼は、もういない。そのため俺とイブは、様々な事を身を以て経験しながら、冒険者としての実績を積み重ねていた。


「今ご紹介できるお仕事は、こちらになります」


 受付の女性が俺達に受けられる依頼を見繕ってくれる。最近は積み重ねた実績のお陰で、討伐の依頼も色々と紹介してくれるようになっていた。


「……ねぇユウ。これスゴい報酬が高いわ」


「確かに。なんでこれ、こんなに報酬が高いんですか?」


 俺達は他に比べて、報酬が倍から三倍はあろうその依頼に目を引かれた。


「えーっとこれは……単なる需要の問題ね」


 受付の女性は少しだけ視線を逸らして、そう答えた。俺はその様子にやや警戒心を覚えた。何か裏があるのではないか、と。

 すると受付の女性は依頼書を読み込んでいるイブの隙を突くように、「ちょっと」と俺を呼び寄せ、耳元で話す。俺は……彼女の言葉を聞いて固まった。


 ——確かにこれは、イブには聞かせられない。


「ユウ、折角だしこれを受けましょうよ。そろそろ、装備も新調したいし」


「あーいや、うーん……他の依頼でもいいんじゃないか?」


「何? もしかしてこの魔物、かなり危険なの?」


「いや、危険度は全然高くないんだけど……」


「じゃあ、いいじゃない」


「そういわれると、そうなんだけど……」


 理由を言わない。なのに受けるのを渋る。イブはそんな俺にキレた。

 依頼書を受付のテーブルに叩き付ける。


「アタシ達はこれを受けるわ!」


「え、えーっと……」


 受付の女性が助けを求めるように俺に視線を向ける。俺はイブを嗜めようとして、


「受・け・る・わ。良いわよね、ユウ?」


「……お、おう」


 その剣幕に押されて、頷いてしまう。受付の女性がジト目で俺を見る。がイブは勝ち誇ったように、「じゃあそういうことで」と話をまとめてしまうのだった。

 これがあんなトラブルを招く事になるとは……このときの俺は、思いもしていなかった——……


   *  *  *


 依頼の内容はシンプルだ。ある魔物を討伐し、その一部を採取し、納品するといったもの。俺達は魔物の生息地を目指し、森の中を歩んでいた。


「粘菌系の魔物……ってことはユウはあまり相性が良くないわね」


「そ、そうだな」


 粘菌系の魔物——特徴はなんといっても、その形状だろう。彼等の身体の構造はとても特殊で、中央に本体、周囲に粘液、さらにそれらを覆う膜、という三つの部位で構成されている。

 さらに言えば、本体は小さな肉の塊——ほとんど脳と魔結晶だけの生命体、なのだがそれはさておき。


 今回の採取対象は、その粘液。だが、小太刀では膜を傷つけては、中の粘液が溢れてしまう。倒すだけなら問題ないが、今回はそうなってしまうとまずい。

 しかも、普通の粘菌系の魔物なら、多少膜を傷つけたくらいでは、すぐに溢れた粘液が固まり、新たな膜となるのだが……今回の討伐対象は、その機能が弱く、ますます倒しやすい、という厄介な相手でもある。


 倒しやすいから厄介、など言っている事がこんがらがってくるが……ともかく。物理的な攻撃手段しかない俺にとって、相性は最悪だ。


「まあ、アタシに任せておきなさい。本体だけ、凍らせてやればいいんでしょ?」


 かなりの魔力量がないと出来ない荒技だが、対処としては間違っていない。それさえ出来るのなら、特に警戒する事などない相手なのだが……。


「……どうしたのよアンタ。この依頼、随分と気乗りしないみたいじゃない」


「いや、それは……」


「はぁー、もうっ。いつまでもイジイジしないでっ! アンタに出来るのは、もう、適当に依頼をこなすのか、しっかりと依頼をこなすかのどっちかしかないんだから」


 ……確かに。

 言われて俺も、いつまでも女々しかったな、とようやく気持ちを切り替える。やるからには、しっかりとこなす——そうしてこそ、実力も身に付くというものだろう。


「ふんっ、それでいいのよ」


 イブは俺の表情が変わったのを見て、満足気に前へと向き直る。……と、気持ちの変化が良い方に働いたのだろうか。過去の戦闘経験が、魔物の存在を俺に伝えてくる。しかもこれは、お目当ての獲物だ。

 どことなく甘い匂いが、鼻孔をくすぐっていた。


「イブ」


「わかったわ」


 イブは名前を呼んだだけで状況を理解する——先頭を俺に譲る。俺達は森の中を静かに駆けた。そして草むら越しに目当ての魔物を視認する。


 その体長は二メートル程だろうか。赤みがかった粘液——間違いなくお目当ての魔物だ。にしても、近づいた所為か、甘い匂いが強くなっている。この魔物の特性により、やや思考力が鈍る。仕掛けるなら早めに仕掛けたい所だ。


「イブ、いけるか?」


「……ほぇ?」


 俺は反応の鈍いイブに視線を向けた。


「……大丈夫か?」


「え、ええ! 大丈夫よ。倒すのだったわよね」


 俺は本当に大丈夫なのか、と僅かに不安を覚える。しかし、そのとき丁度、移動を開始した魔物。仕掛けるなら今しかないと判断した。一旦引いて……となると、時間が余計に掛かる。それに、失敗した所で命の危険がある相手ではない。


 ——そう、甘く考えてしまった。


 今思えば、俺もまた魔物の特性の影響を受けていた、という事だろう。イブが多少の強情を張った所で、ここは間違いなく一度引くべき場面だった。

 だが、そんな事を言えるのは全てが済んでしまっているからこその話。この時の俺は間違いなく——というか間違えて、それが正しいと考え、戦闘という選択をした。


 合図と共に草むらから飛び出した。イブが俺の脇を抜け、先行する形一直線にその魔物へと迫る。


 ——イブは後方から魔法で攻撃、という役割だったはずなのに。


「なっ……おい、馬鹿ッ——!?」


「喰らえェエエエエエッ!」


 イブは刀を振りかぶり、そして——魔物を、両断した。


「ふふふ……アタシに掛かればこんなものよ! どうよユウ。見て——」


 両断された魔物の体液が波の如く溢れ出し、自慢げにこちらを振り向こうとしたイブを飲み込んだ。


「……ヤバい」


 俺は全身から汗が沸き出すのを感じた。

 咽せ返りそうな程、濃密な甘い匂いがあたりに充満していた。クラクラする頭を殴り、なんとか意識を保ちながらイブへと声を掛ける。


「だ、大丈夫か!? 今助け——」



「——うふふ、ふふ……」



「……お、おい。イブ?」


 イブは全身に、赤みがかった——いや、はっきり言おう。ピンク色の、粘性の高い液体を絡み付かせ、上気した頬で、艶かしく俺を見ていた。張り付いた髪、潤んだ瞳、唇に加えられた指——その全てがどこか妖しく感じる。


 ——さて。


 ここで俺達の討伐対象である魔物に関する情報を、述べておこう。


 種族名は、”ラブゼリー”。

 色はピンク。体長は1〜3メートル。熟し過ぎた木苺ラズベリーのような、むせ返る程の甘い匂いのする粘液が特徴の、粘菌系の魔物だ。……で、ここからが重要な所。



 ——その体液には媚薬ラブポーション的効果があり、潤滑ラブリケーション剤としても有用な、まさに性的行為ラブモーションをするための液体なのだ!



 なぜ需要が高いのかも、今の説明を聞けば瞭然だろう。


 ……ちなみにだが、性欲が高まるといっても、命より優先してしまう程の効果はない。寧ろ、そこまで効果が高すぎない——程よい効果だからこそ、使いやすく、需要が高いと言える。のだが。


 ——流石に、頭から被っちゃったらダメだろ……!?


 イブが俺の名前を呼びながら、一歩ずつ、近づいてきていた——……

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