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第五話 『ゆうしゃ』

 ―Side Yuu―


 暗殺者とおぼしき集団を撃退した後、俺は決勝戦を観るために客席へと戻ろうとし——それは起こった。悲鳴や絶叫。明らかに試合とは異なる、複数の戦闘音が響き渡ったのだ。


 雪崩のように、向かいから魔族の皆が鬼気迫った表情で駆けてくる。そして人垣の向こうから現れる、彼等を追う白い存在。俺はすぐに状況を理解した。と同時に、凄まじい怒りが沸き起こっていた。

 だがそれは身を焦がすような熱ではない。寧ろ逆。凍えそうな程に冷たい怒りだった。


「——お前か」


 お前が、お前等が……また、悪夢を繰り返そうとしているのか。勇者の名まで使って。

 白い少年が、逃げ惑う魔族達へ腕を突き出す。狙いをつけるように。だが次の瞬間、


「——あれ?」


 少年は宙を舞っていた。正確には、投げ飛ばされていた。

 正確には、突き出した腕を取られ、胸元を掴まれ、一瞬負ぶわれるような姿勢になった後、そのまま一回転をするように、走ってきた方向へと投げ返されていた。

 くるくると宙を舞い、闘技場の客席へと落ちていく。


 それらを成したのは他でもない——俺だった。


 少年の後を追い、闘技場へと俺も出る。視界が一気に開け……そこはまさしく戦場だった。あちこちに鮮血、臓物が、肉片が、散らばっている。増悪と絶望が散乱している。


 イブもまた、ボロボロで、動けず、壁にめり込んでいた。試合で受けた攻撃——ではない。彼等がやったのだ。蓄積された戦闘の経験が、彼女の不自然な傷からそう断定していた。

 俺の身体は——その奥の心が、冷えていく。


「——お前等は、俺が止める」


 自分でも恐ろしい程に平坦な声が、口から溢れた。

 何事もなかったように着地し、気持ちの悪い、中身の空っぽな笑みを浮かべた白い少年。彼が、こちらへと迫る。その魔法陣の刻まれた片目に、青白い光が灯る。

 さきは不意を突かれたが、次は一撃で、確実に殺すと言わんばかりに。


「ばーんっ」


 その、見えない一撃が——感知不可能な空間の断絶が、俺の身体を貫く。

 事はなかった。


「……お前等が」


 俺は、身体を僅かに傾けただけで、それを躱していた。少年が首を傾げる。

 一歩、踏み出す。


「ばーんっ」


 俺は、身体を傾げた。フードの端が消し飛び、だが俺には傷一つつかない。少年はさらに首を傾げ、今度は両手を突き出す。

 二歩目を、踏み出す。


「どかーんっ」


 俺は、ローブを身体から剥ぎ取って放ると同時に、大きく外へと回る。ローブが消し飛ぶ。少年の眉が、寄った。彼は迂回してさらに近づいた無傷の俺へ、攻撃を放ち——


 ——だが、何度やっても少年の攻撃が俺を捉える事はなかった。


「おい、お前」


「……あえ?」


 俺はわずか十センチの距離から、少年を見下ろした。少年の目が、始めて歪んだ。理解の出来ない者を見る目。それは、恐怖と呼ばれる感情だった。

 彼が、後ずさる——いや、後ずさろうとして、だがそれは叶わない。そんなことは、俺が許さない。伸ばした左手で、少年の顔面を鷲掴んでいた。


「え……? え……? だめです。だめです」


 少年が、単調な言葉を零す。それはまるで、恐怖という感情を理解していないかの様——いや、事実、そうなのだ。


 バタバタと手足を藻掻かせる。だが<身体強化>も為されていないパンチやキックでは、俺の左手はピクリともしない。同時に放たれてくるチートによる攻撃は、首を傾けただけで、身体を反らしただけで、全て躱せた。


「だめです。ぼく、あなた、だめです。だめです」


 俺はそんな意味の通じない言葉を話す、赤子よりも精神の幼い彼に問うた。


「——お前等は、何だ?」


「ゆうしゃです。だめです」


 何も知らない。何もわからない。何も答えられない。俺はその事を知った。知った上で、もう一度問うた——今度は少し言葉を変えた、だが大きく意味の変わった問いを放つ。


「ならば——”お前”は、何だ?」


「……えと、ゆうしゃ、だめです。ゆうしゃ。ゆうしゃ。だめです。ゆうしゃ。ゆうしゃ……ゆうしゃ? ……せいじょさま、うれしい」


「……そう、か」


 俺は右腕を彼の胸へと当てた。手首の内側から、杭を射出する——義手の内部を通る糸を介して、腕に魔結晶を砕いた感触が伝わってきた。


「……?」


 少年は、不思議そうな表情を浮かべたまま、目に宿っていた青白い光を霧散させた。だらん、と手足が垂れた。真っ白の衣装は、赤黒く染まっていた。

 俺の心は、冷えきっていた。”聖女”アイラの姿が、脳裏には浮かんでいた。この冷たい怒りは、彼女に対するものだった。だが、それ以上に、


「……俺は、こんな子達まで生み出してしまったのか」


 底のない程の、自分への怒りだった。


 自らをゆうしゃと名乗った彼等が、殺された仲間を——いや、そんな感情はないだろう。ただ戦況を見て、動いた。殺す順番は俺が始めと、判断した。

 各々の相手と戦っていたはずの彼等が、示し合わせたように一斉にこちらを振り向いた。次の瞬間、彼等は俺を取り囲んでいた。


 だがその行動を、俺は読んでいた。いや、読むまでもなく、わかってしまっていた。先程の、少年の攻撃についてもそうだ。彼等は絶対に——


 ——俺には勝てない。


 強い、弱いの問題ですらない、それは単なる事実だった。


「お前等は——」


 言葉が、溢れた。



「——あの時から、何も変わっていないんだな」



 彼等の伸ばそうとした腕が、途中で何かに阻害されたように、止まった。全員が、糸に絡めとられていた。俺が仕掛けたものだった。


 ……俺は勇者であったとき、異常な程に記憶力などが発達していた。力をなくし、腕も目もなくした今でもなんとか戦えてるのは、その時に蓄積された、戦闘の記憶のお陰——俺は、勇者時代に一度でも見た敵の技なら、確実に見切る事が可能だった。

 そして、この少年達は——


 ——あの頃と、全く変わっていない。


 5年前と、何も変わっていない。何も成長していない。

 確かに身体こそ大きくなっている。技や連携についても、俺は初見のはずだった。それでも次の行動がわかってしまう程に——


 ——彼等の精神が、全く変わっていなかった。


 次に何をしようとしているのか、何を狙っているのか、全てが、常に一定。勇者として活動していた時、ずっと側で戦闘を見てきたアイラに対してであっても、ここまでわかる事はなかった。


 身体とは不釣り合いな、未熟な精神。恐怖という感情すら知らない、道具。真っ白な心を持つ、お人形のような存在。


 ——すべて、アイラがそうなるよう仕向けた。


 なんのために彼女がそうしたのかなど、明白だ。裏切らないように、余計な事を考えないように。


 ——つまりは、俺のような行動を起こさせないため。


 きっとアイラは最初から——俺を勇者として取り立てた時から、いつか離反する事を予想していたのだろう。あるいは単に最初から、用が済めば人非人イセカイジンである俺を排するつもりだった、か。


「……ごめん、……ごめん」


 俺はいつしか、そう繰り返していた。この子達もまた、俺の生み出した被害者と言えた。だが、それでも……あるいは、だからこそ、ここで俺が止める必要があった。

 俺は懺悔と共に、抜いた小太刀を振り下ろした。


 鮮血が舞った。



 ——小太刀は、石畳へと突き立っていた。



「なッ……ガハァッ……!」


 驚愕を示そうとして開かれた口から、血が溢れた。違和感を覚えた脇腹を押さえようとして、そもそもそれが存在しない事に気付く。肉片すらない。奇麗に、切り取られている。

 空間ごと、抉られたのだと俺は気付いた。ゆうしゃ達の動向は全て把握していたはずだった——なのに、チートを使う気配を、感じ取る事ができなかった。


 内蔵が、溢れ出す。その中にあった汚物が、噴き出していた。むせ返るような、糞尿と、鉄の臭いがあたりを満たす。

 糸に捕われていたはずのゆうしゃ達は、一人もいなくなっていた。と、その時。俺に影が掛かった。


「——なるほど、通りで苦戦しているわけです」


 俺は、自身の身体から痛みが消えたように錯覚した。いや、痛みすら覚える余裕がなくなっていた。顔が、自ずと持ち上がっていく。


「——害虫とは、得てして淘汰し難いものですね」


 まさか、そんな——恐怖と怒りが、身体中を埋め尽くす。ガクガクと、体内に収まりきらない感情が外へ出たいと暴れているかのように、身体が痙攣する。

 影の続く先へと、視線が辿り着く——闘技場の外壁だ。


「——ですが、今度こそは確実に滅ぼしましょう」


 そこに立っていたのは、絶世の美貌に金の髪を持つ、錫杖を携えた女性。


「なん、で……ここに」


 彼女は、嫌悪感を隠さない顔で、言った。



「勝手に、ニンゲンの言語を使わないで頂けますか——人非人?」



 ——”聖女”アイラが、そこに立っていた。


 何十という数のゆうしゃを、引き連れて、そこに立っていたのだった——……

 投稿が10時になる事が多くなってきた……。10時でもいいや、と一度思ってしまうと、ちょっと執筆間に合わなさそうやったら、諦めて投稿時間を10時にしてしまうようになってる……ヤバい。


 でも、エタるより先に、完結まで辿り着けそうです。

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