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第四話 『決勝戦』

 闘技場内の盛り上がりは最高潮に達していた。魔王決定戦、決勝戦が今、始まろうとしている。アタシは戦意満々といった様子の”征服王”ノースと向き合っていた。


 ——治療は全く、間に合わなかった。


 それもそのはず。ノースが鎧袖一触に準決勝の相手を倒してしまったのだから。しかも、アタシが戦い、辛勝を収めた”死神”トロイアとそう変わらぬ実績を持つ相手を、だ。


 ——なんて、化物染みた強さしてんのよッ……!


「どうした少女——イブよ! これからワガハイ達は死合おうというのだ! もっと楽しそうにしてもよいのだぞ! ワガハイのようになぁッ! ヌワァアアアアアアハハハハハハァアアアッ!」


 全力で戦いたいから、ちょっと休憩を挟んでやる——なんて手心は加えてはくれないらしい。というか、そもそもアタシが既に満身創痍な事にすら気付いていない可能性があった。


 ——脳筋め……。


『さてさて、それでは皆様大変長らくお待たせ……してなかったですねぇ〜。あっという間でしたが、決勝戦が始まります! この戦いで勝った方が魔王としてイーストちゃん達を今後、率いていくのです!』


 ”偶像王”イーストは寧ろ、己が真の主役である、といわんばかりに目一杯身振り手振りを交え観客の視線を集めながら、語る。


『イーストちゃん達にはこの戦いを見届ける義務があります。そして、新たな魔王の誕生を祝うのです! その時こそ、虐げられてきた魔族決起の時ッ! ニンゲンを滅ぼし、自由と平和を取り戻すのですッ!』


 熱狂。もはや言葉とはいえない、叫びがあちこちで起こる。イーストはそれらが一通り収まるまで、その歓声に耳を傾けた後、『それでは……』とアタシ達へ視線を向けた。

 いつの間にか会場は、先程とは真逆に静まり返っていた。


 ノースが僅かに身体を落とす。

 アタシもそれに合わせるように刀を抜き、正眼に構えた。


 相手が迫ってきた所へ突きを放つ——一撃で相手を戦闘不能にする構え。これは、トロイア戦でのカウンターとは似て非なる。

 トロイア戦とは異なり、アタシは今回、ノースの攻撃を受けきれないと始めから断じていた——それ故に、せんを取り、一撃を勝負を決めようとしていた。


 攻撃を受けてから返すカウンターとは、根本からして違う——攻撃を受けるよりはやく、相手の攻撃の隙を突いて倒す。

 ノースが徒手空拳であった事も、この技を選択させた一因だった。リーチが、体格の差を加味しても、圧倒的にアタシの方が広いからだ。


 両者が構えた事を見計らったように、イーストは口を開き、


『それでは——』


 高らかに告げた。



『——試合、開始ぃッ!』



 銅鑼の音が、響き渡った。

 そして、



 ——アタシは壁にめり込んでいた。



 ……ぇ?


「……ガふッ」


 疑問よりも先に、口から血が噴き出す。何が起きたのかわからなかった。ただ、ずっと訓練を積んできたアタシの身体は——眼球は、感情の混乱を無視して貪欲に情報を収集していた。

 闘技場の中央に立つ者を視界に捉える。だが——



 ——それは、ノースではなかった。



 少女が、そこには立っていた。


『なッ——あんた達はッ……!』


 イーストがすぐさま敵意を示す。

 ノースは、アタシと同じように、闘技場の外壁にめり込んでいた。彼が先程まで立っていた場所にも、アタシを吹き飛ばした者と同じ衣装を纏った少年が立っていた。


「こんにちわ、まぞくのみなさん。わたしです」


「こんにちわ、まぞくのみなさん。ぼくです」


 その、”白い”彼等は声を合わせて、悍ましい程に奇麗な笑みを浮かべながら、


「「みーんなあわせて——」」



「「「「「「「——”ゆうしゃ”、です」」」」」」」



 そう、言った。

 いつの間にか闘技場のあちこちにも、同じ格好をした者が立っていた。全員が白い衣装を身に纏い、片目を眼帯で覆っていた。

 唐突な乱入者の登場に思考が追いついていなかったアタシ達——魔族の静寂は、


「——ばーんっ」


 そんな、”ゆうしゃ”の一人の、冗談のような言葉で決壊した。

 眼帯を払った彼が、指し示していた魔族の親子が——父親の頭が、消し飛んでいた。血が、間欠泉のように噴き出していた。


「「……ぁ、ぁあああああああああああッ!」」


 一気に魔族達が恐怖に駆られ、逃げ惑った。会場は蜂の巣を突ついたように、騒然となっていた。

 だがアタシの視線は彼の、眼帯を取り払われた目に釘付けになっていた。だって、あれは——


「——青白い、光……?」


 と、アタシの思考を打ち切るようにイーストの声が響いた。


『——ッ! ウェストッ! 奴らの動きを封じなさいッ! サウスッ! 皆の避難誘導をッ!』


 彼女は四天王へと指示を飛ばす。

 ”堕落王”ウェストが、玉座に寝転がったまま眉を寄せ、民を襲っているゆうしゃ達へ不快を示した。


「うるさいのは嫌いだって、僕、言ったよねぇ……ねェ?」


 彼が手を振る。直後、ゆうしゃ達が地面に激突した。まるで怠けているかのようにその場で踞っていた。彼等の身体は軋みをあげている。同時に、彼等が立つ地面はは、すり鉢状の凹みが生まれていた。


 ——<重圧>の魔法。


 だがそれはもはや、別物といってしまっていい程の威力となり、ゆうしゃ達を地面に押さえつけていた。


「全く……ちょうど面白い所だったのに、邪魔してくれちゃってさぁ……」


 ぶつくさと言いながら”娯楽王”サウスは、まるでボードゲームでもやるかのように、配下達を的確に動かし、民を避難させていく。

 そして——


『あんたも、いつまで寝てんじゃないわよ——ノースッ!』


 瓦礫の山が爆発した。


「ヌワァアアハハハハハッ! やるではないか少女よッ! 一瞬、死んだかと……うむ? なんだこの状況は」


『敵——ゆうしゃよッ! あんたをぶっ飛ばしたのもね! ……全力でッ、叩き潰しなさいッ!』


「ほう……ワガハイの前で、弱者を嬲るなど——万死に値するッ!」


 ノースは、自身を吹き飛ばした相手へと跳んだ。そして白い少年——ゆうしゃの側へ爆発のような音を鳴らしながら着地した。と同時、振りかぶっていた拳を、真上から、掛けられている<重圧>の魔法と、跳躍のエネルギーも込めた、全力で、叩き付けた。


 ——地震。


 そう錯覚する程の衝撃。巻き起こった土煙が、震源にいたノースとその周囲を覆い隠した。


 そして、指示を出す間にも、上空でイースト動いていた。

 太腿のベルトに差された試験官が複数本、彼女の指に挟まれ、抜き出される。そして彼女が構えたと同時に、砕け散った——内部にあった液体が空気へ溶けていく。


 彼女が舞うように、手を振るう。それに合わせて風が起こった。

 すると、混乱していた魔族達は徐々に落ち着きを取り戻していく。避難の速度が比べ物にならない程、上昇する。だけでなく、動ける者は怪我人の救助まで行うようになっていた。


「……四天王」


 アタシは気が付くと、口に出していた。民を率い、民を守る。そんな者達の姿が、そこにはあった。

 あの青白い光が、どういう事なのか——それを知る必要がある。動揺もした。でも、それは先の話だ。今アタシがやるべき事は、もっと別にある。


「……アタシは、何をやってるのよ」


 壁にめり込んだ身体を起こそうとする。だが動いてくれない。指先一つ、ピクリともしない。


「アタシは、魔王になるんでしょッ……!」


 ——動け、動け、動きなさいよ……アタシの身体でしょッ!


 自身をそう叱咤するも、身体は意思に答えてくれない。そうしている内にも、ウェストの<重圧>から脱したゆうしゃ達が、魔族達を襲い始める。


 命が、散っていく。


 ——また、なの……?


 脳内に閃光。


 ——また、アタシはジッとしているだけ……?


 父が勇者に殺された時の事が——ただ地下室に籠もっているだけだった弱いアタシの姿が、思い起こされていた。


 ゆうしゃ達は四天王へと攻撃を加え始めていた。戦局はゆうしゃ側の圧倒的優勢。四天王は、ノースこそ二人を同時に相手取っているものの、他は一体一で限界。あるいはそれですら劣勢——ウェストがそのフォローを行っていた。

 ノースの全力の一撃をどう凌いだのか、ゆうしゃ達は全員がほぼ無傷。その上、


 ——ゆうしゃは全部で、7人いた。


 四天王と相対しているのは、5人。2人が、自由になってしまっていた。

 その内1人は、魔王決定戦にも参加していた猛者達——トロイア達がなんとか抑えに走った。が、最後の1人がダメ。避難した民を追い、観客席の出入り口へと——暗闇へとその姿を消しつつあった。


「——だ、ダメ……!」


 手を伸ばそうとするも、届かない。動かない。助けられない。


 ——せめて、あと1人。


 四天王に匹敵する力を持つ者がいれば——アタシがもっと、強ければ。万全であれば。

 そんな願いは虚しく、アタシの身体は動かず——ゆうしゃの背中は、視界から消えた。


「ぁ……あぁ……」


 絶望がアタシを襲った。

 頭に地獄のような、民の虐殺される光景が浮かび——



 ——暗闇から、ゆうしゃがぶっ飛んできた。



 宙をくるくると舞いながら、民を虐殺するはずだったその者が闘技場へと戻ってくる。そして、暗闇の奥からもう一人が姿を現した。

 機械の右腕を晒す彼は——


「——ユウっ……!」


 彼は、魔力とは異なる、殺意を全身から立ち上らせ、そこに立っていた。

 くるくると宙を舞っていたゆうしゃが何事もなかったかのように足から着地すると、ユウを見上げた。ユウもまた、彼を見下ろしている。


「——お前達は、俺が止める」


 ユウと視線を交わしたゆうしゃが、ころころと笑った——……

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