第三話 『舞台裏の戦い』
―Side Other―
魔王決定戦、本戦、準決勝、第一試合。アタシは、人馬族の”死神”トロイアに勝利したその後……ぶっ倒れた。誰もいない、関係者用の通路で横たわりながら……思わず、笑みをこぼしてしまう。
「っ……あはは。全く、強すぎるわよ……あれで四天王じゃない、ってんだからもう……ほんと、頼もしいじゃない」
視界に入った腕は、真っ青に染まりつつあった。あちこちが赤黒く膨れ上がってもいる。……とても回復が追いつかない。アタシはあの一瞬で、トロイアに全身の筋肉を断裂させられていた。身体中の骨を砕かれていた。
——きっと、アタシ一人の力じゃ負けていた。
トロイアの戦い方を知っていたから、アタシもまた戦法を考える事ができた——倒す方法は、大きく二つだ。一つは、圧倒的な魔力量で蹂躙する事。もう一つは、近接線での一撃必殺を狙ったカウンター。
だが、アタシに出来るのは後者だけだった。
アタシは確かに、巨大な魔力を持っている——だがそれは到底、父に及ぶ程ではない。そして何より、アタシの魔法じゃ、トロイアがアタシに触れるよりも早く倒しきる事が出来なかった。
——火力が、足りない。
アタシには、魔法の出力に制限があるのだ。
具体的にいうなら、右腕から魔法を発現させる事が出来ない。その所為だろうか、魔力には余裕があるのに、全力を出そうとしても、およそ半分といった所までしか、威力が発揮出来ない。
予選での爆発も、右腕の力を使う事で、同じ魔法を複数同時に発動させる事で起こした——そのため、範囲こそ広いが、一定以上の威力は出ていない。トロイアは、威力が足りず爆発をものともしなかった、典型的な例だろう。
そして、だからこそ、アタシはカウンターを選ぶしかない。
——それも、右腕の力を使って、だ。
アタシは視界に映る刀を見る——そこには刃こぼれ一つ存在しない。トロイアと交錯したあのとき、アタシは右腕の力を使い、刀を強化した——折れず、曲がらず、欠けないように。
そうしてアタシは、大鎌を受け流す事に成功した。普通に受けていれば間違いなく、刀は砕けていた可能性が高い。
だが。受け流せたからといってそこで終わりではない。攻撃に転じる必要があった。にも関わらず——魔力を変質させ、徹底的に身体能力の増強を行っていたというのに、アタシの身体はボロボロだった。
腕を振るうだけでも精一杯な程に。
——本来であれば、そんな攻撃は鎧に弾かれて終わりだっただろう。
しかし、そうはならない。右腕の力により——魔法ではない力により、そこに鎧が、肉体があった事になど気付かなかったかの様に、刀は素通りした。いや、そう錯覚する程に手応えなく、それらを切り裂いたのだ。
「……全く、ズルもいい所ね」
言い訳をするなら、闘技場があと少し広ければ、アタシだって通常の魔法だけで打倒する事が出来た。もう少し距離があれば、後退しながら、魔法の連打で強引に倒す事だって出来た。
右腕が熱を発し、身体中の傷を急速に癒していく。が、あまりにも身体のダメージは大きく、動けるようになるまで、まだしばらく掛かりそうだった。
「決勝までに治りきるかどうか……いや、関係ないわね。治ってようとなかろうと、ただ全力で叩き潰すだけよ」
アタシは、観客席に居なかったユウの事を思った。
「だから、アンタも絶対に勝ちなさいよ」
闘技場から、準決勝、第二試合開幕の合図が聞こえた——……
* * *
―Side Yuu―
「お前等……何者だ」
場所は変わり、闘技場の外周部。周囲に人はなく——あるのはただ、己と敵だけ。
俺の問いに答えるように、ザッと足音が鳴り渡る。俺を囲うように四つの人影が姿を現していた。体格的には、俺とそう変わらない人型。
表情はフードに覆われ窺えない。が、
——厄介だな。
その慣れた包囲の仕方——俺の体重移動に合わせ、押さえ込むように流動的に変化するそれは、その道のプロ特有のものだろう。集団戦闘に慣れ、かつ単独を殺す事に特化した集団。
——暗殺部隊。
あるいはそれに準ずるものである事は、間違いがない。
「……答えるつもりはない、と」
さて、どうしたものか……。
考えている間にも、包囲網は狭まっていく。あと一歩、近づけば戦端が開かれる程の距離。はその時に備え、重心を落としていく。左手は腰に佩びた小太刀の柄に。”右腕”はダラリと下げて構える。
相手は四人——他はいない。不意打ちを嫌い、遮蔽物のないここまで移動したのだ。逆に言えば、正面から四人を相手にする必要がある、という事でもあるのだが。
「……来い」
彼等が、一斉に動いた。互いの射程が重なり合う。ローブの下で、彼等の腕が揺れた。と思った次の瞬間には、ローブの合間から俺の身体へと剣が伸びていた。
——”スティレット”かッ!
その形容をシンプルに現すなら、短いレイピアだ。単純な武器として考えれば、強度も高くはなく、リーチもない欠陥品。しかしその真価、命を刈り取る瞬間に発揮される。
中途半端なそれらの特性は、鎧の合間を抜くに優れた細さ、長さへと転じるのだ。相手を殺す事に特化した武器は、これ以上に存在すまい。
彼等のスティレットが、まるでパズルのピースのように噛み合い、俺から逃げ場を奪う。その上、どれもが的確に急所を狙ってきているというのだから、やるせない。これを躱す術などあるはずもない。
攻撃速度、連携、タイミング——その全てが完璧に合致していた。魔法を発動させる隙すら与えない、一瞬の殺戮。一個の生き物の如く、彼等は俺の命を喰らわんとする。
でも、たった一つだけ——
「——仕掛ける場所を、誤った」
「「ッ!?」」
キリキリという耳障りな音が響いた。と同時に、彼等が突き出したスティレットが、自らその矛先を俺から反らしていく。
日の光が一瞬、俺を照らした。それにより彼等も、何が起きたのかを理解したようだった。光を浴びた、俺の周囲が煌めいていた——視認するのも難しい程に極細の糸が、周囲を舞っていた。
ローブが翻り、右腕が露わになる。
そこにあったのは、まるでスケルトンのような細い、人肌とは掛け離れた腕だ。スケルトンと異なるのは、それらが金属光沢と、球体関節を持っている点だろう。その結合部からは、束ねられた糸が見てとれる。
そして、それの五指からは、細い糸が伸びていた。
「——フッ!」
搦め捕られたスティレット。俺はその持ち主へと、鞘から抜くと同時に小太刀を振るった——その剣戟はあまりに鋭い。片手一本で振るっているにも拘らず——さらに言えば、鞘から抜くと同時の、摩擦を避けられない振り抜きであったにも関わらず、とっさに躱す事など不可能なまでの速度が出ていた。
——彼等の一人が、上半身を失った。
残る三人へも追撃を仕掛けようとする。が、それよりも早く彼等はスティレットを放棄し、後方へと飛んでいた。と同時に小さな玉が、彼等の懐から溢れた。
「——んなッ!?」
俺はすぐさまローブで体全体を覆うと同時に、三人になった事で僅かに生まれた包囲網の隙へと、全力で跳んだ。
——閃光が走った。
それと同時に、爆音が鼓膜を叩いた。
——魔結晶を……起爆ッ!?
恐らくだが彼等は、魔結晶にありったけの<爆発>という指向性を持たせた——運動エネルギーなどへ性質へと変化させた魔力を詰め込んだ物を、投擲してきたのだ。
そんな不安定な、いつ爆発してもおかしくない物を持ち歩くなど——イカレているにも程がある。
しばらくの後、ようやく爆煙が晴れる。
「……逃げた、か」
自身の周囲を覆わせていた糸を解く——もし何か仕掛けてきていれば、糸から振動が右の上腕へと伝わり、感知と同時に反撃を行う事も可能だったのだが……。
キリキリと音を鳴らしながら右腕へ糸を格納しつつ、ちらりと爆心地を見る。
「……はぁ。中々、手際がいい事で」
俺が両断した彼等の一人——その遺体は、元の姿を判別出来ない程に破壊され尽くしていた。何も、情報を得られそうにはない。
……と。
「ッ……クソ、毒かッ!」
立ち上がろうとした時、身体が揺れ、膝を着いた。彼等が目も耳も使えなくなった俺を放置して去ったのは、既に目的は達したからのようだ。
俺は朦朧とする意識の中、魔力を体内に循環させ始める。そして、身体中のあちこちで微小な魔法を発動させる。その度に、傷口から僅かに血が噴き出す。それをいくらか繰り返すと、まだ身体に痺れは残るものの、なんとか動けるようにはなった。
それとは別に、貧血という別の問題が起きていたが……。
「……行動としては正しいんだろうが、今回に限っては助かったな」
間一髪に生きながらえた事に安堵の息を吐きつつ、俺は立ち上がった。
特殊な糸の作製と操作、体内の毒素の排除など。俺は5年前とは比べ物にならない程、魔力のコントロール技術を身につけていた——一般的な魔法が使えない、という点は変わっていないが。
糸は分子単位で結合され細いながらに強靭さを保っている。自身の身体なら細胞一つ単位まで意識して、超局所的に魔法を及ぼす事さえ出来る。
だけでなく、装備も俺の戦い方に合わせて、様々な物を手に入れていた。
居合い——ではないが、抜刀と同時に相手を切り裂く事に特化された”魔法の杖”でもある鞘。球体関節と糸で繋がった右腕の義手もそうだ。その全てが、俺とジーニース——ドワーフであるピーグランとゴブリンであるピードーの子である、彼女との合作だ。
加えて、この場所へ移動しながら、己の周囲へ伸ばした、糸のトラップ——自身が何かを仕掛けている、という素振りを一切見せない技術は、過去に俺が見た猛者の技。
——それら全てがあってようやく、撃退。
「全く……上を見れば、キリがないな」
と、観客席の方から歓声が上がるった。司会のイーストの声から察するに、どうやら準決勝の決着がついたらしい。
「俺は勝ったぞ、イブ。だから、お前も——勝てよ」
まもなく、始まろうとしている決勝戦。俺はイブへと、そうエールを送った——……




