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第二話 『予選』

 闘技場全体がこの大会一番のダークホース——予想外の力を見せたイブへ、ざわめきと共に視線を向けていた、その時。


 ——それ以上の大爆発が巻き起こった。


 イブが起こした爆発よりも、さらに数倍大きい。爆風によって宙を何十体もの魔族が舞う中、笑い声が響き渡る。煙の中から姿を現したのは、四天王が一人——”征服王”ノース。


「ヌワハハハハハハァアアア! そこな少女よ! 中々にやるではないか……だが、ワガハイの方がもっと強いぞぉッ! さあ、掛かって——」


『——はい、予選が終了致しましたぁー!』


「ヌヌゥッ!?」


 ノースがイブへと勝負を持ちかけたその時、甘ったるい声が響いた。四天王が一人——”偶像王”イーストが予選の終了を告げていた。

 開幕数秒の出来事だった。だが、既に参加者のほぼ全員が、地面に突っ伏したり、壁にめり込んだりしている。


『えーっと、と言うわけでぇ〜、本戦に残ったのは今立っている、こちらの6名になりまぁーす! ……まあ、予定よりもかなり少ないけど、いいとしましょう』


 司会を務めるイーストは、『うぅーん』とあざとく困ったポーズをとった後、


『それじゃー、人数も足りないし……予選での活躍から、そこの筋肉ダルマと女の子——その二人がシードって事にしましょうっ!』


 観客から文句は出なかった。他の、本戦に進んだ参加者からも抗議はない——あったとしても、抗議した時点でイーストの独断で不戦敗、なんて事になりかねないが。


『じゃあじゃあ、壊された舞台の復旧を兼ねてぇ〜、30分間休憩っ! その間は、特別! イーストちゃんの歌とダンスを、楽しんでねっ!』


 そうした、あっという間に予選は終了したのだった。


   *  *  *


「イブ、予定以上の成果だ。よくやった」


『そうね……って流石に、ノースがあそこまで上手く動いてくれるとは思ってなかったけど』


 俺は観戦席から少し離れ、小声で話していた。

 耳元からイブの声が聞こえてくる。これは、俺とイブがまだ出会って間もない頃に襲ってきた騎士のヘルムに取り付けられていたのと、同じ物——遠距離と言葉を交わす魔法発現の補助に特化した、”魔法の杖”だ。


「まあ、結果よければ……だ。それにきちんと、本来の目的も達成できてるしな——ノースとぶつかるのは決勝戦だ」


 予選でイブがあれだけ派手に動いたのにはわけがある。あそこで力を見せつければ——目立っておけば、観客達は彼女に期待する。そうすれば、ノースとぶつかる可能性はぐっと下げられる。


 トーナメントは、ランダムに作られるわけでは、決して、ない。盛り上がり、という観点からもそうだが……何より、あくまでもこれは魔王決定戦なのだ。誰の目から見ても明らかな強者を、決勝戦で叩き潰してこそ——魔王として、認められる。


 ——言ってしまえばこれは半ば、ノースのための出来レースに近い。


 ノース自身がそれに気付いているのかは知らないが、他の四天王が参加していないのが良い例だ。彼等は余計な衝突を避け、ノースを担ぎ上げる事を決めているのだ。

 だからこそ、予選で目立ったイブという存在は、ノースとは反対のブロックに配置される——イブは、当て馬に選ばれたのだ。


「……それで、どうだ対戦相手は?」


『中々やっかいな相手ばかりね。あの爆発を凌いだだけはあるわ』


 俺はイブの言葉で、勝ち残った面々を思い出す。


「あの中の何人かは知ってるな……」


『それは朗報ね。聞かせてもらえるかしら?』


「確か——」


 数人の対戦相手の情報をイブに伝えた。彼女がこれを、卑怯だと否定する事はなかった。勝つ為には仲間も情報も全て利用する——それこそが本気で戦う、という事だとわかっているのだろう。

 これは、遊びではないのだから。


 ——そして何より、そうしなければ負ける可能性がある程の強敵なのだから。


『……ありがと。情報、活用させてもらうわ』


 と、俺はイブの声にやや緊張感が滲んでいる事に気付く。

 俺は彼女に声をかけていた。


「勝ってこい」


『……ええ、もちろんっ!』


 通信はそこで終わった。口をついて出たシンプルな言葉だったが、イブを励ます事は出来たらしい。

 俺は少し息を吐いてから、歩き出す。彼女に言った言葉を思い出し、苦笑した。


「……俺の方も、ちょっとばかし頑張らなきゃならなそうだ」


 俺は観客席からどんどん離れ行っていた——余計、はっきりと”それ”を感じるようになっていく。間違いない。やはり——


 ——付けられてる。


「さぁて、と……一体誰の差し金やら」


 言いながら、口の端が上がっていくのを感じた。


「誰であれ、今イブの邪魔をされるわけにはいかない——全力で潰させてもらう」


 俺の新たな右腕が、戦いの訪れを喜ぶかの様に駆動音を鳴らした——……


   *  *  *


 ―Side Other―


「……さて、と」


 ユウとの通信を終えてからアタシは、精神統一を——体内で魔力の循環を行っていた。


 ——勝ってこい、か。


 アタシは声のトーンから、ユウの方でも何か起きたらしい事を感じ取っていた。だが、その上で彼はそう言った。つまりそれは『任せた、だから任せておけ』という意味だ。ならば——彼だって頑張ってるというのに、アタシが頑張らないわけにはいかない。


 アタシはゆっくりと腰を上げた。それと同時、控え室の扉がノックされ、使いの者が現れる。

 調子は、悪くない——いや、最高に近い。感覚器官も鋭敏に働き、100メートル先の足音だって聞き分けれそうな程だ。


 ——そうだ……5年間、アタシはこの時の為に力を付けてきたのだ。


 その自負と、ユウの存在が、アタシに十全の力を発揮させてくれる。


 使いに案内され、アタシは試合会場へと足を踏み入れた。


「「うぉおおおおおおおおおおお!!!」」


 一気に会場が沸く。気温が一気に上がったように錯覚する。アタシの前には、既に2試合が終わっている。つまり、残りが6名から4名になり、準決勝が始まろうとしているのだ——この盛り上がりも仕方ないだろう。

 だがなんにせよ、体力が温存できたのは大きい。最初から全力で、叩き潰しに掛かれる。


 イーストが踊りを交えながら、アタシの戦歴について語る。とはいえ情報がないらしく、語られるのは今回の予選での戦いっぷりだけ——とはいえ十二分に、観客も、四天王達も、アタシの実力は感じ取っているはずだ。

 なにせ直接、目撃しているのだから。


 向かいの入り口の鉄柵が上がり、対戦相手が入場してくる。


『続いて入場するはぁ〜、”死神”トロイアぁあああっ!』


 ”死神”トロイア。その外見は、漆黒の騎士——全身を黒い甲冑で覆った男だ。しかし、その下半身は馬にも酷似した形容——彼は、人馬族だ。


「我、殺すなり」


 甲冑の奥から覗く赤い目が、殺意をもってアタシを射抜く。その手に構えるは巨大な大鎌。これもまた、甲冑に合わせたような漆黒だ。

 彼の全身を覆う甲冑には特殊な金属が使われている。どんな剣戟も、どんな魔法も、その鎧はものともしなかったという——とはユウの談。


 そして何より恐ろしいのは、優れた身体能力だろう。実際に対面してわかったが、馬の下半身にまで全身甲冑を着ている上、巨大な鎌を構えているのに、全くフラつく様子がない。連戦、という事も全く意に返した様子はない。


 ——隙が、見つからない。


 そう簡単に勝たせては、くれないわよね……。

 トロイアの目には闘志が——いや、殺意が宿っていた。


『破壊ッ! 破壊ッ! 破壊ッ! ただ破壊する事だけを求めて己を鍛え続け、魔族達の間でも”死神”と恐れられるトロイアッ! ……果たして勝つのは、どちらかぁーっ!?』


 イーストが思いのほか楽しそうに実況している中、アタシとトロイアは開始位置につき、武器を持ち上げる。トロイアは当然、その手に持つ大鎌を。対するアタシは——刀を。


 初めて握った時から、不思議とよく手に馴染んでいたこの刀。凄まじいまでの業物——父の命を奪った、忌まわしい刀。だからこそ、アタシはこれを振るい続けている。


 ——父の敵を討つに、これ以上相応しい武器はないだろう。


 だが同時に、後悔もあった——アタシはこの刀で、ユウの左目を傷つけてしまっている。しかもその後、三ヶ月もの長期間、治療も出来ずにいた。彼の左目はもう、二度と光を捉える事はない。


 彼がその事で、アタシを責めた事は一度もない……だが、叶うなら、いつか必ず治してあげたい。もしそれが出来ないと言うなら……アタシが、彼の目や、腕の代わりとして側にいてあげたい。


 ——なんて、ユウは断るだろうけど。


 いや、そもそもユウにはそんなもの不要だろう。彼は——強い。隻眼隻腕などものともしない程に強くあろうとし、そして実際に力を身につけている。


 大体、アタシはこれから魔王になるのだ——自由に動ける立場ではなくなる。彼に出来ることなんて何もないのだ。……そのクセ、アタシ自身は、ずっとユウに、側にいて欲しいだなんて——支え続けて欲しいなんて思っているのだから、まったく……ワガママなものだ。


「……ふふっ」


 自然と笑みがこぼれた。


 ——ワガママ……いいじゃないっ!


 これからアタシは、世界の全てを手にしようとしているのだ。ワガママなど、今更すぎる話だ。ただ単にもう一つ分、勝たなければならない理由が増えるだけだ。覚悟など、とうに決めているのだから。


 払った鞘——腰付近に当てていた左手を、柄に這わせる。大上段に構え、ゆっくりと息を吐き始める。トロイアも身体を捻り、大鎌を天高く掲げた——威圧が、さらに大きくなる。


 ——アタシの心は、ブレなかった。


 ただ、勝つ。それだけだ。


『両者構えたようです。それでは——』



『——試合、開始ッ!』



 銅鑼の音が響き渡る。先に動いたのはトロイアだった。地面がひび割れを起こす程の脚力で、一気に駆ける。あっという間に距離を詰める。引き伸ばされていた筋力バネの力が、駆けてきた速度が、全て大鎌へと集約され、振り下ろされてくる。


 ——だけではない。


 同時にトロイアの身体から、爆発の如き魔力の奔流。それらが全て、純粋な威力へと——運動エネルギーに似た性質へと変化させられている。


 ——まさに、一撃必殺。


 アタシはそれに合わせて、大上段に構えていた刀を斜めに反らしていく。

 振り下ろされてきた大鎌と、刀が接触した。


 ——腕の全筋繊維が炸裂する程の衝撃。


 同時に、地面が放射状に割れた。


「ぅぐッ——ぁァアアッ!」


 だが次の瞬間、アタシから歯を食いしばり、トロイアの方へと一歩踏み出していた。

 それに合わせて、刀の角度が僅かに変わる。大鎌が、刀の上を滑り、アタシの背後——空を切る。同時にアタシは受け流した勢いのまま、刀を振り抜いていた。


 ——一瞬の交錯だった。


 時間にすれば、1秒にも満たなかっただろう。トロイアは駆けてきた勢いのままにアタシの背後へと流れて行く。

 静寂が、闘技場を包んでいた——いや、唯一、トロイアの蹄の音だけが響いていた。

 その音が緩やかになっていく。緩やかになって——途切れた。トロイアが、崩れ落ちる。あたりに、金属鎧が地面へと激突した音が鳴り渡った。


『——勝者、イブニング・ヒエイぃいいいいいいッ!』


 勝者の名が——アタシの名前が、闘技場に響き渡った。

 ゆっくりと振り抜いた姿勢から腕を引き戻し、背後を振り見る。トロイアの鎧には大きな切れ込みが入っていた。中から血が溢れ出している——救護班が駆け寄っていた。


「……アンタ、本当に強いわ」


 思わず口から本音が零れた。

 アタシは刀を手に携えたまま、闘技場を後にした。そして、観客席から見えなくなった所で、


 ——ぶっ倒れた。


 投稿時間についてですが……基本的には0時でいこうと思います。ですが、筆者の都合で、執筆時間などが確保出来なかった場合などは、誠に勝手ながら、10時に変更して投稿させて頂きたく思います……。

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