第一話 『魔王決定戦』
『じゃあじゃあ、これから魔王決定戦を、はっじめっるよー!』
巨大な闘技場——その中心に立った少女が、<拡声>の魔法を使い、開会を宣言した。会場全体で爆発のような歓声が上がる。眩い程の銀色、あるいは異形が、この場所に集まっていた。
少女は、魔法少女みたいなフリフリとしたドレスの裾を翻しながら、甘ったるい声で話す。魔族の男性はその多くが、その少女の事を血走った目で追っていた。
……いや、訂正しよう。彼女は魔法少女ではない。正確に表現するなら彼女は——
——アイドルだった。
それも、魔性の、だ。
俺はフードの奥からその少女を見る。と同時、まるで頭を殴られたかのような、濃密な甘い匂い——慌てて魔力を操作して、周囲の空気の流れを変えた。
「……危ないな。気を抜いたら、あっという間に洗脳されそうだ」
俺は少女の満面の笑みの下に隠された恐ろしさに背筋が震えた。彼女は会場全体に渡り魔法を行使し、毒物を散布していたのだ。
「流石は——四天王の一人、と言った所か」
そう、彼女はここにいる魔族達の中でも特に恐ろしい四人が一人。
周囲では、少女を讃える叫びが続いていた。
「「イースト様!」」「「イースト様!」」「「イースト様!」」「「イースト様!」」「「イースト様!」」「「イースト様!」」「「イースト様!」」「「イースト様!」」
『はいはーい! 四天王が一人、”偶像王”イーストちゃんだよぉーっ!』
「「ぉぉおおおおおおおおおおおッ!」」
彼女がファンの声に答えてポーズを取る度に、大歓声が沸き起こる。それが幾度か繰り返され……その時。
「——うるさい、なぁ」
瞬間、あたりが静寂に包まれた。
声が発されたのは、観客席の一部——設けられた特別席からだった。
そこには、金色に輝く王座にだらしなく、肘掛けを枕と足置きにして寝転ぶ少年の姿があった。小さく呟かれただけの言葉——だがそれは、まるで耳元に囁きかけられたような、鳥肌が立つ程に不気味な声だった。
「どぅでもいいから、さっさと始めてくれる?」
心底興味がない、という様子で少年はイーストを見下ろした。
確か、あれが——
『——ウェスト。あなた、このイーストちゃんが盛り上がってる所に水を差すなんて、殺しちゃーうぞっ?』
「あっそ。で、さっさと始めてくれる?」
可愛く——だが目の笑っていない表情で掛けられたイーストの言葉。しかし彼——”堕落王”ウェストは同じ言葉を繰り返した。
彼を一言で現すなら——無関心、だろうか。その目は、全てが等しく無価値だと断じていた。……いや、そもそも価値などという概念がないのだろう。
全てが無価値という事は、全てが同じだけの価値を持っているという事でもあるのだから。
両者の視線が交錯する。凄まじい緊張感が闘技場内に満ちた。
『……チッ』
イーストが舌打ちをした。しかし同時に、闘技場に満ちていた緊張感も霧散する。
『……じゃあ皆、もっともぉーっとイーストの声を聞かせてあげたかったけど、魔王決定戦——その予選を始めるねっ!』
イーストはアイドルの顔に戻って、話を進行し始めた。観客達にも安堵の声が漏れる——彼女なりの、ファンを慮ったが故の行動かもしれなかった。
魔王決定戦は予選と本戦からなる——予選はバトルロワイヤル方式。本戦はトーナメント方式だ。出場条件はナシ——必要なのは、力を見せる事だけ。
『選手、入場ッ!』
闘技場の四方にあった鉄柵が上がる。そこから続々と出場者達が姿を現した。勇者時代、俺が戦った事のある相手も、ちらほらと見て取れた——俺が苦戦させられた相手ばかりだ。
そんな中、ある者が登場した瞬間、会場は一気に沸き立った。
全員の視線を一身に受けるは、大柄な男。筋骨隆々な肢体——その端々は深い緑色をした鱗で覆われている。金色に輝く瞳、その縦長の瞳孔が周囲を威圧していた。背からは一対の翼が生え、腰から伸びた太い尾が揺れていた。
「——ヌワハハハハハハァアアアアアッ! ワガハイ、来れりィイイイイッ!」
その素の声はあまりにも大きく、ビリビリと闘技場全体が揺れる程。彼の存在感、そして感じる魔力の量は、群を抜いていた。
彼の名は——”征服王”ノース。四天王の一人である、竜人だ。
……と、俺は参加者の群れから、フードを被った人物を見つける。五年前よりも身長は伸び、体付きもいくらか女性的になった彼女。膨らみかけの胸がローブを押し上げていた。
とはいえ、参加者の中でとびぬけて小柄な彼女。女性である事も一目瞭然だ。並んでいるいるだけで、押しつぶされそうな印象を受けそうになる。実際、周囲の魔族達から、「帰りな、嬢ちゃん。こりゃぁ遊びじゃねえんだ」と厳しい言葉を投げられていた。
「……まあ、わからないわなぁ」
イブはこの五年間、自身の正体を隠す為に、魔力を隠蔽する術を徹底的に鍛え上げてきている。今では呼吸するように、無意識に行えるまでになっていた。
そのとき、
「——ねぇ、お兄さん」
「ッ!?」
真横から声が聞こえた。
——全く気配を感じなかった。
気配を消して近づくなど、間違いなくろくでもない相手だ。俺はこんな早いタイミングで……と苦々しい思いを浮かべるよりも先、反射的に小太刀の柄へと手を掛け、振り抜こうとしていた。
が、抜けなかった。
「いや!? 待って待って待って!? 僕、敵じゃない! 敵じゃないよ!?」
その男は小太刀の柄頭へと掌を突き出し、抜けなくしていたのだ。いや、見ようによっては、驚いて手を伸ばしたら、偶々、柄頭に当たっていた……とも取れるが。
だが俺はすぐ側に立っていた男をはっきりと視認し、今のは狙ってのものだったと確信した。
「……”娯楽王”サウス、様」
「そうそう! 僕だよ僕! 娯楽王だよ!」
目の前に立つ彼は、薄い水色の和服に、狐の面をしていた。銀の長髪はポニーテール……というよりも総髪に纏められている。自身が面白そうだと感じたら、例えそれがどんな事だろうと実行に移す、魔族の中でもとびきりイカレタ存在だと聞いている。
俺は警戒は解かないまま、彼の言葉に耳を貸した。
「ねぇ、お兄さん。君もよかったらもっと楽しまないかい? 何事も楽しむのが一番だからね!」
言いながら見せてきたのはオッズ表だ。よく見れば観客席のあちこちで、金銭とチケットのやりとりが行われている。サウスが胴元をつとめ、ギャンブルを提供しているのは、間違いがなかった。
俺はやや思案した後、サウスに有り金を全て渡した。
「あのフードの少女に」
「おっけーおっけー。お兄さん、いいねーそうこないと! やるなら全力で楽しまないとだよね!」
サウスは俺へチケットを渡すと、「それじゃあ、またね」と言って、観客席を歩いて行った。彼にはあちこちから「サウス様ー! あたしも掛けまーす!」「サウス様ー、俺もこんだけ掛けるぜー!」と声がかかっていた。
なんとも和気あいあいと楽しそうだ。危険だ、という話とは違い、魔族達から随分と好かれているように見える。
「……ふぅ」
俺は軽く息を吐いた。正直言って、生きた心地がしなかった。釘を刺された、のかもしれない。サウスはそのまま、あちこちの観客に声を掛けては、その度に大量の金を受け取り、チケットと交換していた。
結局、何が目的だったのかわからないが……案外、単純に金を多く掛けてくれると思われただけかもしれない。
ともかく、全員の入場が終わったようだ。イーストは背中から黒い蝙蝠のような翼を生やして空へと飛び上がると、くるりと舞って、叫んだ。
『それではいっきましょーっ! レディ〜〜〜〜〜〜、ファイっト〜〜〜〜〜!』
闘技場の端に設置されていたゴングが、音を響かせた。
戦いが今、始まった。
その瞬間、
——闘技場が爆発した。
「「どぼぐぼぁぎゃあああぁぁああああああああああ!?!??!?!?!?」」
魔族数十名が一斉に、ぶっ飛んだ。十メートル上空まで吹き飛ばされた彼等は放物線を描いて観客席や闘技場の壁に激突し、動かなくなる。救護班が慌てて駆け寄り治療を行う——死者は一人もいないようだ。
そんな中、爆心地にたった一人、無傷で立っている者がいた。それは、フード付きのローブを被った小柄な少女。彼女はそのローブを後ろへと払った。赤い宝石のような目、眩い銀の髪、白い肌が光を浴びた。
「ふふふっ……」
零した笑み——真っ赤な口の端から、八重歯が覗く。
彼女——イブは叫んだ。
「——掛かってきなさい。優しく、手加減して倒してあげるわ」
その全身から、膨大な、赤い魔力が噴き出していた——……
おおぅ……昨日、寝オチして投稿時間が0時→10時になってしまったけど……普段の2倍もアクセス伸びてる。
投稿時間を変更するか、迷ってしまう……。
* * *
以下、ちょっと一度に出し過ぎた気がするので、登場人物(四天王)まとめ。
『”偶像王”イースト』
・女。魔族(四天王の一人)。外見年齢16歳。銀髪・ゆるふわ。常にフリフリな衣装を纏っている。黒い翼を生やす事が出来る。
魔族のアイドル的存在。魔王決定戦では司会を担当。
・一人称「イースト、イーストちゃん」、二人称「あなた、ファンの皆」、口癖「イーストはぁ〜」「イーストちゃん的に〜」
『”堕落王”ウェスト』
・男。魔族(四天王の一人)。外見年齢10歳。銀髪・短髪。いつも玉座に寝転がっている。
魔王決定戦では観客。
・一人称「ボク」、二人称「キミ」、全ての物を同列に捉えている。
『”娯楽王”サウス』
・男。魔族(四天王の一人)。外見年齢20歳。銀髪・総髪。薄い水色の和服。顔には狐のお面。。
魔王決定戦では賭けの胴元をしている。
・一人称「僕」、二人称「君」、面白い事に目がない。
『”征服王”ノース』
・男。魔族(四天王の一人/竜人)。外見年齢40歳。銀髪・短髪。大男。身体の端々が鱗に覆われている。また、翼と尾が生えている。
魔王決定戦には直接参加。
・一人称「ワガハイ」、二人称「オヌシ」、口癖「ヌワハハハハハァアアア!」




