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最終話 『五年』

 ね、寝落ちしてた……。

 バートとの模擬戦を行ってから数日後。俺達はゴブリンとドワーフの夫婦の下を訪れていた。


「あらぁー、お待ちしていましたよぉー」


 ドワーフの女性——ピーグランは笑顔で俺達を迎えてくれる。すぐに「あなたぁー、バートさん達が来たわよぉー!」と奥へと続く扉に声を掛ける。すると、ゴブリンの男性(名はピードーと言うらしい)が、武器を抱えて姿を現した。


「いやぁ、お待たせしてしまいすいません……」


 バートと俺はそれぞれ武器を手に取る。軽く振るい、感触を確かめる。バートは満足げに「流石です」と呟いた。俺もまた、その出来に驚いていた。


「すごいな……」


 俺は今回、かなり難度の高い注文をしていた。

 手入れ不足だったのが嘘のように、刃こぼれ一つ見当たらない美しい刃が蘇っている。だけでなく、注文通り……あるいはそれ以上の出来で、逆手持ちでも手にしっくりくるよう、柄に調整がなされていた。

 軽く握手しただけ、手を見せただけだったのに、ここまでわかるものなのか。

 だが……。


 ——こうなると、他にも色々と頼みたくなる。


 俺は二人に話を持ちかけた。


「実は……二人に見てもらいたい物が」


 取り出したのは俺が独自に改良を加えた糸だった。「ほう」と二人が目を見開く。一目でその違いに気付いたらしい。彼等は手に取り、その強度を確かめながら言った。


「面白いですわねぇ。ただの糸じゃないわ、これ。恐ろしく繊細に編み込まれてる——それこそ、人の手では不可能な程に」


 俺が手を加えた糸——それは、一度糸を紐解いたあと、その細い線維の一本一本まで丁寧に編み上げ直した物だ。それこそ、視認出来るか出来ないか、というレベルで。


「ええ……俺はこれを魔法で編みました」


「なんと、魔法で……!」


 魔力を運動エネルギーに似た性質へ変化させ、そして、糸自体を操作して地道に編み、作り上げた。本当に、気が遠くなるような作業だった。


 ——それも、エニウェイの襲撃でほとんどダメになってしまったわけだが。


「実は、もっと強度の高い糸が欲しいんです」


 俺は自分の戦闘法というのを編み出していくにつれ、大きな壁を感じていた。隻眼、隻腕というのは、あまりにもビハインドが大き過ぎた——それこそ何か、根本から覆すような武器が必要だ、と痛感していた。


「ふむ……考えられるのは、素材の変更かしらねぇ……蜘蛛系の魔物の出す糸なら、かなり強度の向上が望めるかしら?」


 ドワーフのピーグランが頬に手を当てて思案する——そんな彼女に、ゴブリンのピードーが相づちを打ちながら、「なんにせよ」と話を進める。


「一度、ユウさんの魔法を見せて頂いても構いませんか? これほど繊細な魔力操作……私達も勉強させて頂きたい」


「構いませんよ」


 ゴブリンのピードーに促され、俺達は奥の部屋へ——彼等の作業場へと移動する。と、その時。


「——その話、ちょぉーっと待ったぁー!」


 横合いから唐突に現れたのは、彼等の娘——ドワーフのジーニースだった。彼女は褐色の肌に描かれた、動物の髭を思わせる赤いペイントのなされた頬をつり上げた満面の笑みで、俺へと迫ってくる。


「ねぇお兄さん、ユウさん。その依頼……あたいにしてみない? あたいがその依頼、受けてあげるよ!」


「こらっ! だからあんたはもうっ……! すいません、ユウさ——」


「——いや」


 俺は娘を叱りつけようとしたピーグランを手で制した。


「君——ジーニース、って言ったけ……よかったら君の工房を見せてもらえないかな?」


「おぉー、ユウさん! 話がわっかるぅーっ!」


 俺としても下心があった——ジーニースの工房にあったあの機械の塊は……。

 彼女が自室の扉を開き、俺を招き入れた。と同時。


「は……ふぁっくしょんっ!?」


 そのあまりの埃っぱさにくしゃみが出た。


「あー、ごめんごめんっ」


 言いながらジーニースは魔法で風を起こし、空気の入れ替えを行う。なんというか、彼女の工房は凄まじかった。端的に言えば、とにかく物が多いのだ。物というよりは……ガラクタ? 失敗作と成り果てた物体が散乱している。

 だが、その失敗の端々から、俺が求めていた物の片鱗を感じた。


「なぁ、ジーニース。糸の他に、実は作ってもらいたい物があるんだ」


「んんぅー、なになに? なんか面白いやつ?」


「ああ、君なら気に入ってくれると思う」


 俺は彼女の失敗作の一つを手にとり、今はない右腕へと当てた。



「——金属の腕、とかどう?」



 ジーニースは「面白い」と笑った——……


   *  *  *


 ジーニースとの契約が終わった後、俺達はナイトロ鉱山村を出るために準備を行っていた。行き先はイナダワカシハ・シティだ。戻って真っ先にするべきは、依頼を達成した旨の報告——サインを貰った依頼書を報酬に換金する事だろう。


 ……ジーニースには大量の研究費用を請求されたのだ。

 ほぼ無一文だった俺に払えるはずもなく、バートに頬を引き攣らせながら、「これも、お嬢様のため……」と融資させる事になってしまった。

 若干、『いい気味だ』と思ってしまったのはさておき、金の問題は早急に解決したかった。


 一応、代わり、と言っては何だが、バートには討伐した大量のエニウェイの角をプレゼントした。エニウェイの角自体にはそれほど価値があるわけではないが、討伐の報酬を受け取る事が出来る。

 エニウェイを討伐する事はそのまま、災害の防止に繋がるのだから。

 ……まあ、


「はっはっは殺すぞ貴様。こんなに大量のエニウェイの角など換金に出せるわけないだろうが。目立って私の正体がバレでもしたらどうする。ゴミを押し付けて偉そうにして——」


 火に油を注いでしまったのだが——別に狙ったわけではない。本当だ。

 と、そんなやりとりをしていた時だ。


 三人のゴブリンが転がるようにバートの下へと駆けてきて、叫んだ。


「バートさん! ついに彼等が——”四天王”が動き出しました!」


「ッ!」


 バートの表情が、変わった。これまでに見た事がない程に切羽詰まった様子だった。


「……いつだ」


「……5年後、との事です」


 なんの話をしている?——そう声をかけようとした時、バートはイブを振り向き、跪いた。


「申し訳ございません、お嬢様。私にどうか、別行動をお許しください。そして……さらに図々しいのですが、お嬢様にして頂きたい事がございます」


「……構わないわ。言いなさい」


 バートは「ありがとうございます」と頭をさらに下げ、その内容を告げる。


「お嬢様には冒険者として活動しながら、力を付けて頂きたいのです」


「……わかったわ。アタシもそれは必要な事だと思うしね。でも、なんでそれが別行動に繋がるのかしら?」


「状況が変わったのです——私はこれから、さらなる情報収集のため潜伏いたします」


 アリアは「ふむ……」と頷いた。


「状況……四天王が動いた、と言ったわよね? それはどういう事かしら。言いなさい」


「はッ」


 四天王——魔王に仕える中でも、特に巨大な力を持った4体の魔族の事だ。俺は勇者時代、彼等と直接戦った事はない。魔王との決戦の際も、四天王は人族側の策略によって魔王城から引き剥がされていた。

 未だ、討伐されたという話は聞いていなかったが……。


「彼等は、新たな旗印を掲げる事を決めたようです。つまり——」



「——”魔王決定戦”が執り行われるのです」



 魔王というのは、魔族の中でも突出した魔力を持つ者がなる。これまでは、遺伝により才能を引き継いだ魔王の子息が、続けて魔王となるが多かった。しかし、ついにその血が途絶えてしまったのだ。


 ならば、仕方あるまい。戦い、もっとも強い者を——新たな魔王を決めるしかあるまい。

 このまま座していても、ニンゲンにいいように殺されてしまうだけ、と判断したのだろう——全ての魔族達を集め、そしてもう一度作るのだと。

 魔族の国を。新たな魔王の下で。


「アタシが生きている事を、皆に伝えれば……」


「いえ……今はまだ、時ではありません。……魔族の中の、裏切り者を炙り出せておらぬのです」


「……裏切り者?」


 魔族の皆を民といい愛おしんでいたイブは、そんな馬鹿なという風に眉を寄せた。そして、バートが驚きの事実を告げる。


「先代魔王のデイビッド様が人族の王と結ばれた、停戦協定。破ったのは魔族と言われています。ですがそれは……謀られたものである可能性が高いのです」


「どういう、事……? 停戦協定を無視して虐げ続けるニンゲン達を、魔族の領主の一人が威嚇した——それを口実に人族が攻めて来たのではなかったの?」


「いいえ、違います。どころか、魔王城襲撃の際、四天王が側に居なかったのも全て、内部にいた者の誘導によるものだった可能性があるのです」


 俺も混乱していた。なんの為にそんな事をする必要がある? 考えられるとしたら……魔王を殺し、新たな魔王となる事、か。


「……そう。わかったわ」


 イブは歯を食いしばった。


「アタシはこれから冒険者として活動し、力を付ける。そして5年後、魔王決定戦で皆を叩きのめして、魔王として認めさせるッ! それこそ、二度と裏切ろうとなんて考えられないくらいに強くなるわ!」


「! そう、ですね……お嬢様のご活躍を、楽しみにしております」


 一瞬、否定しかけたバートは首を振り、笑った。魔王として認めさせるだけなら、全員が集まった所で、イブが魔王の娘だと発表すればいい話。だが、実際に力を示して魔王になるのと、魔王の娘だからと魔王になるのでは、魔族達の印象も変わってくるだろう。

 戦いに勝ち、その上で自身が魔王の娘だと発表する——それこそがベストだ。


「……おい、ニンゲン」


 バートが忌々しそうに俺を呼んだ。呼んでから、「いや」と首を振り、そしてまっすぐ俺を見、


 ——頭を下げた。



「ッ!?」


「ユウ・ヒエイ、お嬢様を頼んだ」


 俺は彼の覚悟に、


「わかった」


 そう答える以外、出来なかった。何か重いものが、自身に乗りかかったような気がした。


「あと、お嬢様に手を出したら殺すぞ貴様。お嬢様は魔王になれれるお方だぞ。お嬢様とお前では全く以て釣り合わん。お嬢様にお声をかけて頂いてるだけでも光栄と思え。涙を流して感激しろ。お嬢様に不用意に触れるな。お嬢様の命令はどんな内容だろうと受け入れろ。そして、やり遂げろ。お嬢様の願いは死んでも叶えろ。お嬢様の——」


「うっせーな!? 一瞬、お前の事を認めかけた俺の心を返せ!?」


 そんなやりとりを最後に、俺達はナイトロ鉱山村を後にした。

 待ち受けるのは困難な未来。だがその困難の先にこそ、イブの求める未来があった。そして……。

 俺の求める未来も——……


   *  *  *


 ——時は流れる。


   *  *  *


 風がフードを揺らした。擦り切れたローブが風に靡く。

 視界に映るは、朽ちた魔王城。滅びた街。だが今はその場所に、凄まじいまでの大勢の魔族が、亜人が集っていた。


 俺達はゆっくりと目的地へ向けて歩き出す。視線の先には巨大な闘技場があった。


「やっと、ここまで来たわ……」


「まだ、ここからだろ?」


 軽口を叩きながら俺達は進む。闘技場の方から声が聞こえた。俺の隣に立つ彼女は、「それもそうね」と笑い、言い直した。



「——アタシ達の戦いは、これからよッ!」



 これは、勇者をやめた青年と、魔王となるべくする少女の、物語——……

 続きます。


   *  *  *


 以下、”ナイトロ鉱山村”登場人物。

 覚える必要は全くありません(筆者の備忘録)。


 『”三つ編み髭の”クッド』

 ・男。ドワーフ。40代。ゴブリンの街へ続く通路の一つを管理している。三つ編みの髭が自慢で、それを触るのが癖。皆から「〜〜”先生”」と呼ばれている。

 ・一人称「わし」、二人称「おぬし」、口癖は「〜〜じゃ」。


 『(ピーグランの娘)ジーニース』

 ・女。ドワーフ。10代。種族的にはドワーフだが、生まれはゴブリンとドワーフのハーフ。主人公の義手を作る。彼女の自室は埃が舞い、”くしゃみ”が耐えない。

 ・一人称「あたし」、二人称「〜さん、あんた。パパ、ママ」。


 『”ゴブリンの妻”ピーグラン』

 ・女。ドワーフ。40代。ゴブリンの夫がいる。ジーニースに対していつも”おこりんぼ”。


 『”ドワーフの夫”ピードー』

 ・男。ゴブリン。40代。ドワーフの妻がいる。いつもどこか抜けており”おとぼけ”な感がある。


 『ピッハー』(名称未登場

 ・ゴブリン。バート傘下の諜報員その1。基本的にはいつも”ごきげん”。


 『ピーリース』(名称未登場

 ・ゴブリン。バート傘下の諜報員その2。”ねぼすけ”で、いつも眠そうに半目をしている。


 『ルフシュッバ』(名称未登場

 ・ゴブリン。バート傘下の諜報員その3。褒められるのに弱く、すぐに照れてしまう”てれすけ”。

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