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第三話 『訓練』

「貴様は弱い。雑魚だ。クズだ。ゴミだ……そんな貴様に私が稽古をつけてやる」


「……それはまあ、なんとも上から目線な事で」


 流石の俺もピクリ、と頬が引き攣るのを感じた。己が弱い事など自覚している——だが、それとこれとは別の話。


 バートは今、バートの姿で……というとなんともおかしな話だが、男の冒険者の姿で俺と向き合っていた。お互いに防具——装備は身につけた状態だ。彼はドッペルゲンガーという不定形ではあるが、今は紛れもない人型。

 であるなら。俺は蓄積された戦闘経験により、その僅かな挙動、体重の移動から俺は彼の次の行動が読む事ができる……のだが。


「——どうした、早く掛かって来い」


 彼は完全に待ちの姿勢だった——こうなると、後の先を取るスタイルの俺は辛い。というよりも、バートはわかってそれをやっているようだった。俺がジリジリと距離を詰め、と同時に木刀を下げた状態で僅かに切っ先を揺らしても——プレッシャーを掛けてみても、まったく動じない。


「……」


 ——仕方ない。


 相手に呼吸を悟られないよう、静かに息を吐き、吸い込む。呼吸を読まれるという事はそのまま、相手に隙を見せる事になる——逆にいえば、相手の呼吸が読めれば、それはそのまま隙を突ける、という事になる。

 そして俺は、その隙を見る事が出来る。。


 俺が息を吐き始めたのと、相手が息を吸い始めたタイミングが重なったその時、俺は地を蹴った。

 取ったッ——そう思った瞬間だった。


「——甘過ぎる」


「ッ!?」


 俺が地を蹴ったと同時、バートは息を”吐きながら”構えを変えた。俺はすぐに気付いた——バートは、俺が呼吸を読んでいる事がわかっていたのだ、と。俺は彼に、息を吸い始めたと誤認させられたのだ。


 しまった、と思ってももう遅い。こうなれば後は、単なる力比べとなってしまう。なれば当然、勝つのは……。


 ——俺の木刀が、宙を舞っていた。


 ……だが、まだだッ。

 戦いとは、獲物を失えばそれで終わり、というわけではない。俺はすぐさま戦闘の記憶の中から、戦術を選び出し、実行する。痺れて動かぬ左手を用いない近接戦闘法……というよりも、不意打ちを実行する。


 小太刀を弾かれた勢いのまま後ろへと身体を倒していく。蹴り上げた一本目の足で頭部を狙う——躱される、がそれは目的ではない。同時に巻き上げられた土がバートの顔へと襲いかかる。


 ——目眩まし。


 俺は満を持して本命の蹴りを相手へと叩き込む。反射的に目を閉じていたバートの顎へと蹴りが炸裂し——


「——だから、甘過ぎると言っている」


「んなッ——!?」


 バートはその蹴りを、避けなかった。いや、違う。避ける必要がなかったのだ。

 俺は彼の身体から魔力の動きを感じた。身体強化して結合力などの強度を上げる、あるいは斥力を発生させて蹴りの威力を殺し、ほとんどダメージを受けていなかった。


 そして、彼の木刀が振り抜かれた。おおざっぱなアタリをつけて振り抜かれたそれを、俺は左腕のサポーターで受ける、が堪えきれない。

 ぶっ飛び、二回、三回と転がる。止まった時、衝撃で身体が動かなかった。立ち上がれなかった。


「わかったかニンゲン。それが貴様の実力だ」


 顔を振り砂を払うと、バートは目を開ける。その見下した視線に……俺は今度は、何も言い返せなかった。

 彼が口を開く。


「何故、貴様が弱いのか教えてやろう」


 俺はピクリ、と反応してしまう。それは確かに、俺も気になっていたのだ。確かに俺にあるのは戦闘の記憶だけ。どの技も完璧に使いこなせるわけではない……だが、習得が他者より圧倒的に早い事もまた、紛れもない事実だった。


 俺は次々と過去に見た技を身につけていた。にも関わらず、なぜか実力には繋がらない。


「貴様、今の戦闘中に使ったのはどれも、貴様本来の技ではないだろう」


「……ああ」


 短くそう答えた。


「貴様を見ていればわかる。相手から盗んだ技を片端から身につけ、扱えるようになろうと訓練を積んで来ていたのだろう。だがはっきり言う——」



「——そんなもの、いくらやった所で強くはならん」



「なっ……!?」


 無駄。そう断言され俺も思わず言い返す。

 選択肢が増えれば、それだけ戦いを有利に運ぶ事が出来る。それはすなわち、強くなるという事だ。バートの言葉は、あまりにも暴論が過ぎた。


「それで、結果が出たのか? 最初こそ劇的な伸びがあっただろう……それで、今は? どうなんだ?」


「それは……」


「貴様は勘違いしている。貴様の使っていたそれらは——」



「——技であって、技術ではない」



 技術じゃ、ない……? それは、どういう事だ。


「貴様は確かにいくつもの技を持っているのだろう。だが、その使い方が……あまりにも酷い。全ての技が、死んでいる。……問うが貴様、何故、目眩ましに成功したとき、二発目の蹴りを放った?」


「……? そりゃあ、そういう事を狙った技、だか、ら……」


 言ってて俺は、自分の矛盾に気付く。


「推測だが、元々この技を使っていた者は、大柄な体格であったり、あるいは身体の強化に長けた者ではなかったか? ——蹴りが決まれば、確実に相手を昏倒させられる程の」


 バートの推測は——当たっていた。この技は、格闘技を得意としていた盗賊——それも身体能力の高い、獣人が使っていたものだった。


「貴様の戦いは、ツギハギだらけなのだ。お前はあのとき、もっと別の攻撃を行うべきだった。あるいは、蹴りを放つにしても頭部ではなく、俺の腹や足へ放ち、反動で距離をとるべきだった」


 バートは視線を木刀へと落とす。


「まだしも、冒険者試験の時の戦い方——貴様にしか出来ぬ戦い方をしたあの時の方が、ずっと恐ろしく感じ……いや」


 失言に気付いたように、バートは頭を振った。


「つまりは、お前がすべきは猿真似ではなく、それら技を自分に合ったものへと改良——”改悪”する事、そして、それらを組み合わせた戦術を身につける事だ」


 俺はようやく気が付いた。今まで自身がずっと、場面毎に選択肢の現れるアドベンチャーゲームの如く、ただ技を選んでいただだけだった事を。

 と。


「だが、貴様には何よりも欠けている物がある」


 ——瞬間、全身に怖気が走った。


 反射的に身体を捻っていた。


 ——頬に熱が走る。


「……ッ! はぁッ……はぁッ……。バート……お前ぇえッ……!」


 見れば背後の気に、本物のナイフが突き立っていた。躱さなければ、確実に俺は死んでいた。


「そうだ、それでいい」


 バートは怒りの形相で睨む俺を見て笑う。


「貴様には戦意が足りん。最初から最後まで、戦っていても全く勝とうという意思が感じられなかった——全く、脅威を感じなかった」


 バートは未だ怒りの収まらぬ俺に対して、どこか懐かしむような声で言った。



「——”弱者が敗者とは限らない”」



 バートはこちらへと歩いてき、通り過ぎ、ナイフを回収する。


「小手先の技を中心に据えて戦う事を止めろ。不意打ちばかり考えるな。相手が隙を見せれば、最も威力の乗る、最も単純な攻撃も行うと——一撃でその命を刈り取って見せるという意思を見せろ。それがあってようやく、小手先や不意打ちは成り立つ」


 俺の脳裏には、たった一つだけバートが使った小手先の技——呼吸の偽装が思い起こされていた。俺はバートが小手先の技を使っている、という事にすら気付いていなかった。真っ向から打ち合ってくるとばかり思っていた。

 いや、思わされていたのだ。


 ——不意打ち。


 その意味を俺ははき違えていた。

 バートは先の言葉を最後に、一人でさっさと宿の方へと歩いて行ってしまった。


「……弱者が敗者とは限らない」


 俺は気付くと、バートの言葉を繰り返していた。

 立ち上がり、転がったままになっていた木刀を拾う。始めたのは、いつもの訓練——技の反復練習、ではなかった。技を繰り出しては、自分の体格や欠損から問題点を見つけ出し、少し変えてはまた繰り出す。


 ——俺にしか出来ない、俺なりの戦い方を。


 俺はその行動に、没頭した。

 もし、俺の姿を見た者がいたならば、あるいはこんな風に思ったのかもしれない。



 ——これは、新たな”流派”の芽吹きである、と。



 だがその時の俺はそんな事には気付かず、ただ黙々と訓練を続けるのみであった——……



 今話、『アナザー・アイ』執筆の中で一番筆がノって楽しかった……何故?

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