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第二話 『ナイトロ鉱山村』

 村に到着した俺達を迎えたのは、むせ返るような熱気と、砂塵混じりの粉っぽい風だった。見渡せばあちこちで鉱物の取引や、武具防具農具の売買が行われている。とはいっても一般の客がこんな所にいるわけもなく、取引を持ちかけているのは皆、行商人だ。


 そして何よりの特徴は、対応している店員や、怒鳴り散らすかのように弟子に指示を飛ばしているのは、そのほとんどが、


 ——ドワーフ、である事だった


 低い身長だが、どっしりとした肉付き。褐色の肌。特に男性は、髭がもみ上げと繋がる程に毛深く、立派だ。多くの彼等がその髭にアレンジを加え、個性をアピールしている。


「ドワーフ達の技術はニンゲンにとっても不可欠ですから。亜人排斥の対象にはなっておらず、こうして表向きにも生活できています」


 バートが俺達、というよりもイブに説明する。


「ですが、彼等のほとんどが恐怖や不安を感じています。実際、彼等もわかっているのでしょう。いつ突然、ニンゲンの軍隊がやってきてこの村を滅ぼしてもおかしくない、と」


 イブはそれを複雑な表情で聞いていた。

 確かにドワーフのこれからを思うと、彼等に対するニンゲンの恩を仇で返す様な行為に、怒りが芽生える。だが同時に、ドワーフ達の作った武具で多くの魔族の命が奪われたのもまた事実なのだ。


「お嬢様、こちらです」


 案内された先は絶壁。だがただ切り立った崖というわけではなく、あちこちに穴があいており、そこから煙が噴き出している。俺達はそこに開いた洞窟——というよりも坑道、へと足を踏み入れた。

 鉱石を求めて掘り進めたものを、そのまま住居として使用しているのだろう。が……。


「随分と奥まで行くんだな」


「ええ……」


 中々目的地に辿り着かない事に、俺は違和感を覚えた。道中のドワーフに声を掛けながら、バートはどんどん奥へと進んでいく。何度も道を曲がる。と、ようやく彼は、道の先にあった扉を開け、中に入った。

 そこは小部屋になっていた。中にいたドワーフがやや尖った目でこちらを見ていた。


「やあ、クッド先生。『七人に会わせたい』んだけど、いいかな?」


 バートが声を掛けた。

 今のが何らかの合い言葉だったのだろう——もし俺達がバートを脅してここまで来ていたなら、かけ声が変わっていたのかもしれない。クッドと呼ばれたドワーフは緊張を解いていた。


「バートか、久しぶりじゃな。……それで、そっちのは?」


 クッドは癖のなのか、三つ編みにした髭へ、しきりに手を伸ばしながら尋ねた。バートに近づき、二、三言交わす。と、クッドの髭を触っていた手が止まる。目を見開いて、イブを見ていた。

 思案の後、彼は「わかった」と言うと、作業場の棚へと近寄った。彼が棚を押すと奥へとズレ、その先の空間が露になる。


「では参りましょう」


 バートの後に続いて、その空間へ足を踏み入れる。続いていたのは通路だ。奥から光や声、金槌を叩く声が聞こえてくる。


「どこへ行くんだ?」


「じきに見える」


 急に視界が開ける。通路を抜けたのだ。

 その先にあったのは——



 ——ゴブリンの街だった。



 小柄な体躯に緑の肌を持つ彼等は、魔族——ゴブリンだった。

 彼等を中心に、ドワーフも幾人も。大きな空洞の中に、まるまる街が一つ作り上げられている。家は元の岩を利用したらしく、地続きだったり、壁をくりぬいて作られたものだったりが多かった。

 イブが驚きに声を漏らす。


「これは……」


「ニンゲンによって村を追われたゴブリン達ですじゃ」


 バートの返答に、後を付いて来ていたクッドが、三つ編みの髭を弄りながら捕捉する。


「ニンゲンが、我々ドワーフを敵と認識し襲いかかって来るのは時間の問題……。そのため我々は、来るべき時に備えて、こうして準備を進めておるのですじゃ」


 ゴブリンとドワーフが一体どういう経緯でこのように手を組めたのか……と疑問を察したように、バートが口を開いた。

 なんでもバートは、ヒューマンの街に潜り込み、その仲間を集める事をしていたという——その『時』が来るのに備えて。その一環としてゴブリンとドワーフの間を取り持ったのだとか。


 それを考えると、俺達の存在がバートにバレてしまったのは、何も完全な偶然、というわけではなさそうだった。

 ”そういう奴ら”をずっと探しては見つけてきたからこそ、俺達の簡単な変装では見破られてしまったのだろう。


 俺達はそのままゴブリンの街にある一軒(壁に埋まっているので、この数え方が正しいのかわからないが)を訪れた。家——というよりは店の中には、見ればすぐに一級品だとわかる刀剣や細工が並んでいた。

 俺達に気付いたゴブリンの男と、ドワーフの少女が近づいてくる。ゴブリンの男がどこか抜けた……とぼけた?様子で、頭を掻きながら声を掛けてくる。


「いやはは……バートさん。わざわざすいません、届けて頂いて……」


「いえ、構いません。それに、元はといえば、私が制作を依頼した武具ですから」


 元はイブのバックパックに入っていた鉱石を、バートが二人へと手渡す。と、部屋の奥からまた一人、ドワーフの少女が現れる。


「バートさんこんにちわー! ねぇねぇ、その鉱石って……お願い! お父さん、お母さん、バートさん! 余ったらあたいにもちょっと分けて!」


「もうっ、これジーニー……! まーた、変なもの作ろうとしてるんでしょう! 今は大変な時期なのよ? 少しは……」


「ピーグランさん、構いませんよ。元から多めに用意しておりますので」


 ゴブリンの隣に立つ少女——いや、どうやら成人の女性だったらしい彼女が、恐縮そうに頭を下げる。よく見ればゴブリンの男とドワーフの女性は、同じデザインの、白いボディペイントがあった。

 うろ覚えながら俺は思い出す——そういえば確か、この白いペイントは、ゴブリンにおける夫婦の証、だったか?


 ジーニー——正確にはジーニースというらしいドワーフの少女も、頬に動物の髭を思わせる赤い線を三本引いたボディペイントをしていた。

 彼女は、金属を軽く叩いて破片を貰うと、


「もうっ、ママったらおこりんぼなんだからっ。ありがとっ、バートさん!」


 また奥の部屋へとさっさと引っ込んでしまう。と、その扉の閉まりきる直前。俺はその隙間から、作業机に置かれた物を見た。

 あれは——



 ——機械?



 この世界ではなく、前世——地球で見たような、そんな金属塊だった。


   *  *  *


 『依頼達成』のサインを依頼書に貰った俺達は、洞窟の外へと出ていた。今、俺達が居るのは、ナイトロ鉱山村で数少ない宿のうちの一軒。ここに数日間、滞在する予定だ。


「ええ、2人部屋を1つ、1人部屋を1つお願いします」


 バートに手続きを任せた俺達はそのまま部屋へと向かい、俺は1人部屋へ、バートとイブが2人部屋へと——


「——ちょっと待て」


 俺は思わず二人を引き止めた。


「「?」」


「いや、『?』じゃないから」


 てっきり男と女で分かれるのだとばかり思っていたため、戸惑ってしまう。だがバートが何を言っているんだこいつは、とばかりに首を振る。


「お嬢様のお召替えや湯浴み、お茶のご用意など、側に仕える必要が……」


「待て待て待て待て」


 それはおかしい。確かに主従の在り方としては正しいかもしれない、が……。


「……さっきからどうしたのよ、ユウ」


 不思議そうな顔をするイブ。……なんだ? 俺がおかしいのか? いや、よく考えれば二人は魔族だ。人族とは違う常識があるのだろう。

 それはわかる。だが、だとしても今は人族として行動しているのだから——


「? 別に魔族も男女差は普通にあるわよ?」


「は!? いやいや、だったらお前等——」


 お前等は、主従以前に男女なんだから、という旨を俺は必死に伝える。

 イブも女の子なのだから気をつけろ、と。それともバートと”そういう関係”なのか、と。……俺自身、なんでこんな事を俺が注意しているんだ? と疑問に思い始めた時。


 ——ボンッ、とイブの顔が真っ赤に染まった。


 ようやく、彼女が俺の言っている事を理解してくれたらしい。


「なっ……バっ……アタシがバートと!? ちっ、違うわよ! バート、姿を!」


「かしこまりました」


 次の瞬間、バートは——女になっていた。それも、メイド、と呼ばれるようなエプロンドレスを身につけた人間に。

 イブは気恥ずかしさを誤摩化すように、怒鳴りながら説明した。


「ドッペルゲンガーに性別はないの! だから、そういうのはないから! そういうのじゃないから! 絶対に、違うから! わかった!? わかったわね!? ふん! ならいいのよこのバカぁッ!」


 そのままイブはさっさと一人、部屋に入り扉を勢いよく締めてしまう。取り残された俺達二人は、その剣幕に圧倒され、立ち尽くしていた。


「貴様……またお嬢様の機嫌を……!」


 キッ、と目鼻立ちが整った顔で、眼鏡越しにこちらを睨んでくるメイド服のバートに、俺はなんとも言えない気持ちになった。


「……バート。ドッペルゲンガーに性別がないなら、最初にそう言えよ」


「黙って頂けますかゴミクズ。それと、今の私はバート・コーランではなく”メイア・アンデイン”です」


 俺は彼……彼女? のツリ目を見ながら呟いた。


「……ほんと、なんだかなぁ」


 俺は、何を必死になっていたんだろうか……。


   *  *  *


 ここ——ナイトロ鉱山村で数日滞在するのには、二つの理由があった。


 一つ目は、バートの都合——ここでいくつかの武器を受け取り、イナダワカシハ・シティまで届ける依頼があるのだとか。いつも試験官をやっているわけではないらしい。


 二つ目は、俺の都合——刀の研ぎ終わりを待っているのだ。俺は昨日、鉱石を届けたドワーフとゴブリンの夫婦に研磨を依頼した。……それがバートの——いや、メイアの? 勧めでの行動だったのが若干、不安を覚えなくもないが。


 ともかく、その二つには共通点があった。それは——待ち時間がある、と言う事。バート/メイアの受け取り予定の武器も、完成までまだ少しだけ時間が掛かるらしい。


「……で、それがなんでこうなる」


「早く構えろ。お前にお嬢様を守ろうという意思があるのは認めよう。だが……その実力不足は、徹底的に叩き直さねばならん」


 配達以来をこなした翌日。俺とバートは、村の広場で向き合い、木刀を構えていた——……


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