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第一話 『バート・コーラン』

 ―Side Yuu―


 意識が浮上する。


「——っ! エニウェイは……!?」


 俺は飛び起きると同時に、すぐさま周囲を見渡す。場所は森の中だ。

 まだ戦いは終わってないのか!?——そう思い、身体をすぐさま起こそうとし、


「ユウ! 目が覚めたのねっ!」


 俺は横合いから掛けられたイブの声に動きを止めた。彼女は安堵の息を吐き、こちらを見ていた——戦闘中、といった様子ではない。俺も遅れて、自身の身体のあちこちに包帯が巻かれている事に気付く。


「生き残った、のか」


 ——まさか、本当に生き残れるだなんて。


 イブを信じていなかったわけではない。だが、あの大群を二人だけで退けられたなど、達成感……ではないが、感慨深いものがあった。


「イブ……ありがとう。お前のお陰で生き残れた」


「……違うの」


「いや、お前のお陰だよ。謙遜は——」



「——本当に違うの!」



 俺はそこでイブの違和感に気付く。と同時、俺は背後に気配を感じて跳ね起きた。同時に後方へと飛び構える。すぐ脇に置かれていた小太刀を抜き、構えていた。


「魔王様の感情を乱すなど、殺されたいのかニンゲン?」


 そこに立っていたのは——


「バート……! なぜ、ここに……!?」


 スマートだが引き締まった肉体。見に纏っているのは非金属の鎧——軽装だ。よくある装備に見えるが、実際は随所まで改造の施された物だと気付く。戦いの記憶が、暗器をいくつも仕込んでいると俺に教えてくる。


「やめなさい、バート。それと言ったはずよ、アタシの事は……」


「……失礼致しました、お嬢様」


 俺はその様子に、とりあえずは敵ではないらしい事を認識しながら、尋ねる。


「どういう事だ?」


「バート、姿を見せなさい」


「……よろしいので?」


「構わないわ」


 すると、バートの姿がぐにゃりと歪んだ。次の瞬間そこに立っていたのは、黒い人影だった。目も鼻もないそれがなんであるかに、俺は気付く。


「……魔族ドッペルゲンガー!」


「へぇ……知っているのか、ニンゲン?」


 ドッペルゲンガー——元々の戦闘能力自体は高くない、魔族だ。

 だが勇者時代、その相手の姿を写し取る能力には何度も煮え湯を呑まされた。村人に化けられればまずもって見つけられない。情報の撹乱に、だまし討ちもお手の物。

 非常に厄介な相手だった。


「バートが、エニウェイを殲滅してアタシ達を守ってくれたのよ」


「いえ、私に出来たのは助力のみ。既にお嬢様がその大半を駆逐した後でした」


 確かに、バートは俺達を助けたのだろう。

 だが俺は小太刀を構えた姿勢を崩さない。バートも呼応するように再び姿を軽装の男へと変え、腰からナイフを取り出す。


「……バート、お前は俺達を助けたと言ったが……そもそもここへ俺達を送り込み、エニウェイの餌としようとしたのもお前だ。イブを信用させる為の自作自演にしか見えないな?」


「そういう貴方も中々に演技が上手な様で。お嬢様を騙して、何かに利用するつもりではないのですか……ニンゲン?」


 俺達が今にも剣を交えようとした、その時。


「——バートッ!」


 イブの鋭い叫びが、俺達の足を地面に縫い止めた。


「……失礼致しました」


 バートはナイフを仕舞い、謝罪する。俺も鞘を拾い腰に差しすと、小太刀を収めた。


「仕方ありません。頭の不出来なニンゲンに、一から懇切丁寧に教えて差し上げましょう」


 そうして語り出したのは、今から何十年も昔。彼がまだバートという名前すらなかった頃の話だった。



 彼はスラムで生まれた。自身の父も、母も知らぬ、ひとりぼっちだった。

 力の弱かった彼の扱いはスラムの中でも最下層。このまま自分は死ぬんだろう——そう思っていたある日。彼は偶然に魔王と出会った。そして、この能力と演技力の高さ、奪った姿を扱う器用さを買われ、自分の為に使うよう命を下されたという。


 それ以来、彼は先代魔王——デイビッド・モーニングスターの執事として、そして時にはその影武者として生活していた。それは彼にとって、人生で最も幸せな期間だったという。



 そんな時、彼に二度目の転機が訪れる。


『これよりその能力を活かし、人族の営みに紛れて生きよ。その動向を探れ』


 今から16年前の事だったという。彼はそれから、写し取った——いや、殺して奪い取ったバート・コーランとしての人生を歩み始めたという。

 彼はそのまま潜入任務を続けた。定期連絡で下されるのは、『潜伏を続けよ』の命令だけ。それでも彼は命令を忠実に守り続けた。



 そして、三度目の転機が訪れた。


『時が来るまで、潜伏を続けよ』


 その日は僅かに命令の内容が異なっていた。それは、人族と魔族の停戦が破られてから数年後のある日——魔王城が陥落する、わずかひと月前の事であった。

 バートがその『時』がいつであるのかを理解する事なく——魔王は死んだ。


 それでもなお、彼は亡霊の如く命令を守り続けた。

 いつか必ずその『時』が来るのだと信じて。



 四度目の転機が訪れたのは、この間の事。

 彼は試験官として面接を行おうとし——どこかで感じた事のある気配に気付く。まさか、と思いながらも彼は自分を信じきれない。だから、話を持ちかけた。


『ねぇ君達、よかったら私の依頼を受けてくれないかい?』



 彼は独自の情報網を構築していた。何せ、そのためだけに十年以上もの時間を過ごして来ているのだから。彼は街が、土砂崩れで道が使えない、という噂で持ち切りになっている中で、森の様子がおかしい、という情報を掴んだ。

 そして、試したのだ。


 ——貴方は、本当に魔王様なのですか?


 ここで死ぬような者は魔王ではない。この程度を乗り越えられぬなど魔王ではない。だが、もし……。

 そんな期待と不安の中、俺達の後を付けた彼は、その輝きを見た。


 ——紅。


 赤よりもなお深い紅い輝き。それは紛れもなく、彼がかつて見た魔王の魔力そのものだった。そして、彼は歓喜の涙を流した。


 ——『時』が来たのだ、と。


 そうして、今に至る。



「信用出来ないな」


 俺はバッサリと彼の言い分を切り捨てた。そして小太刀を抜こうとする。


「ちょ、ちょっと待ってユウ! アタシも、お父さんから聞いた事があるの……昔、面白いやつを拾った事があるって」


「……そうか。いや、そうだな……悪い。ちょっとムキになってた」


 俺は渋々と小太刀から手を離した。冷静になってみれば、イブが連れて行くと言っているならそれでいい。俺は、何か口を出せるような立場でもない。


「私もひとまず認めますよ。貴方が本気で魔王様を守ろうとしていた事は、どんな思惑があれ事実ですしね。……それよりも、」


 仕切り直すようにバートは姿勢を正し、そしてイブへと跪く。


「お嬢様、報告したい事がございます……デイビッド様が討たれてからのヒューマン国と、そして我々——魔族について」


 その表情は、鬼気迫っていた。


「まずは確認させて頂きたいのですが……。現在、ヒューマン国ではデイビッド様を討ったのは勇者アークライトだと言われています。それは……本当の事なのでしょうか? いえ、そもそも、本当にデイビッド様は……」


「ごめんなさい……アタシも、直接討たれる所は見ていないの。でも……お父さ——お父様が討たれたのは、事実よ。遺体をこの目で確認したわ」


「そうですか……」


 答える直前、イブの視線がちらりと俺の方へ流れていた事に、バートは僅かに眉を顰めた。が、今は報告が優先と考えたのか続きを話し始める。


「近年、ヒューマン国は急速にその勢力を伸ばしています。散り散りとなり生き延びた魔族も次々と狩られています。いや、それどころか彼等は——」



「——亜人の排除をも、行い始めました」



「なん、だって……」


 俺は思わず口から零した。自分の起こした過ちが、さらなる戦火を生んでいた。さらに奥の血を流させている。かつては、彼等を守る為に戦ったというのに……今度は、それを殺す? 一体何がやりたいんだ……!?

 怒りで叫び出しそうになる。絶望で吐きそうになる。だが、それだけではなかった。


「”勇者アークライトは”、幼いニンゲンの子供に外法の術を施し鍛え上げ、彼等に村々を襲うよう指揮を——」


「——ぇ?」


 ……俺が、殺戮の指揮を取っている、だって?


「勇者ッ……アークライトッ……!」


 イブが隣で、その顔を怒りに染めていた。だが俺の頭の中はあまりの事に理解が追いつかない。


「どうやらアークライト本人はデイビッド様との戦いで傷つき、戦場に出る事はないようです。が、それでも……このままでは確実に、我々はニンゲンに滅ぼされます」


 バートが、一層に頭を下げ、そしてイブへ懇願する。


「どうか、どうか、お願い致します。デイビッド様が守ろうとしたこの世界を——」



「——この世界をお救いください、魔王様ッ!」



 イブははっきりと頷き、バートに協力する事を命令した。バートは歓喜に溢れそうになるのを耐えるかの様に、歯を食いしばりながら応じた。

 そんな中、俺は未だ、混乱から抜け出せぬままだった——……

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― 新着の感想 ―
[一言] >わずかひと月「前」の事であった >そのためだれ✕「け」に十年以上
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