最終話 『冒険者試験』
『ラムダ村出身。怪我がきっかけで村の仕事ができなくなり、村を出た。冒険者には生活費を稼ぐと共に、こんな自分でも誰かの役に立ちたい、と思い就職を希望した』
——そんな経歴を履歴書に書いた俺は、試験の面接にて指摘を受けていた。
「なんで傭兵じゃなくて冒険者になりたいのかな?」
一緒に面接を受けているイブから視線を感じる。この馬鹿、と。
「ええ、確かに役に立つだけなら、傭兵の方がやれる事は多いと思います。ですが……実は、俺は怪我をする前は、魔物を倒す事などで生活をしていて……」
「なるほど、村の安全のため、周辺の魔物を狩っていた、という事かな?」
「ええ。その時の仕事にまだ少し未練がありまして……。もちろん、以前までとは違う事はわかっています。ですが、また一から力を付けていきたい、頑張りたい、と思いまして……」
試験官がふむ、とやや思案する。とっさの事だったので俺も、思いついた事をそのまま口にしてしまっている。試験官は結局、「わかりました」とだけ告げ、次の受験者へと質問を投げていった。
* * *
面接が終われば次は知識問題だ。テスト問題は5枚に渡って書かれている。分野は様々だが多くを占めているのが常識問題や倫理問題、他は魔物や魔族、薬草、道具、魔法などについてだ。
回答はマルかバツか。その中のあるいくつかの問題で、俺は手が止まってしまう。
『魔族を発見した際、すぐさまに冒険者組合へ報告する事は義務である』
『魔族は、特定の部位を魔結晶と共に提出する事で報酬を受け取る事が出来る』
『魔族が……』
魔族、魔族、魔族。どの質問も正解は、魔族に敵対するような答えが正解である——当時勉強していた時は、その事に違和感など全く覚えていなかったが……。
ちらりと隣へ視線を向ける。イブは無表情で問題を解いている。だが握りしめられた葦ペンは今にも折れそうになっていた。
彼女が正解を選んだのか、あるいはプライドに引き摺られたのか、俺にはわからなかった。
* * *
冒険者組合の裏手にある訓練所(とは言っても単なる空き地なのだが)、そこへ移動したら、最後は実技試験だ。魔法か、あるいは他に自身の得意なものがあれば試験官に伝え、見てもらう事が出来る。
「次、イブニング・ヒエイさん。魔法は使用出来ないとの事でしたね」
「ええ、そうよ。代わりに護身術を見てもらっても良いかしら。徒手空拳になるのだけれど」
「わかりました。では私も徒手で相手をしましょう」
イブの番が回ってくる。魔法や飛び道具以外の場合、試験官とのスパーリングとなる。試験官も、直前の受験生を相手するため握っていた木剣を仕舞うと、徒手空拳になり、開始の合図を掛けた。
「では——始めっ!」
イブはすぐさま動いた——ローブが風圧で翻る。その細身の、少女の身体からは想像出来ない素早さで試験官の懐に潜り込むと、金的を狙い膝を突き上げていた。それも、一切の手加減無し——当たれば確実に潰れる威力で。
——どこが護身術だよ!?
あまりに攻撃的な、危険な格闘術に俺は頬を引き攣らせた。
だが試験官も流石のもの。
「っ!? 容赦がないのは良い事です、がっ!」
ギリギリでその攻撃を躱すと、すぐさま反撃で右のフックを仕掛ける。イブはそれを無理に交わそうとはせず、やや体重を後ろへとズラしながら両腕で受けた。
体重の軽い彼女は数歩衝撃で後ろへ下がった。が腕のダメージは大した物ではないようで、次の攻撃に備え、すぐさま両の拳を緩く握り、目線まで持ち上げていた。
「——はい。そこまでで結構ですよ」
試験官は追撃を仕掛ける事はせず、構えを解くとイブへそう告げた。
——中々やるもんだ。
俺は意外と格闘もこなせる彼女に感心しながら、「次」と呼ばれて前に出る。
「ユウ・ヒエイさん。試験は魔法で行いますか? それとも他に何か得意な物はありますか?」
「えーっと、それじゃあ……小太刀で」
言いながら俺は、長さの短め木刀を手に取る。短刀よりは長く、刀よりは短い武器。どちらにも似てはいるが、どちらともまた全く異なった戦闘方法になるそれ。
この街に辿り着くまでの間。蓄積された戦闘の記録の中で、隻腕隻眼の俺にもまだデメリットが少ない武器がどれかを試した結果が、これだった——単純に、旅に持って来た武器が、俺がかつて使っていた刀と小太刀、そして糸の三種類しかなかった、という事もあるが。
「わかりました。では——初めっ!」
俺は左手に短刀を逆手に握った後は、右半身を前にして重心を下げ、待ちの姿勢に入る。周囲の受験生達も、片腕しかない俺がどのように戦うのか興味を見せていた。
当然だがこれは、正統な小太刀の構え方とは言いがたい。なにせ俺には片腕がなく、加えて左目も利かないのだから。
「ふむ……」
試験官もまた、興味深気にこちらを見る。ちらりと、俺の手元の辺りへ視線が向いたのを感じた。逆手が珍しいのかもしれない——刀剣というのは基本的には順手で使う事を前提にして作られている。
わざわざ逆に握るメリットはあまりない。
「……では、こちらから仕掛けましょう!」
試験官が動く。相手の構えは小太刀の正統とも言ってもいい構えだ。
右手一本の握り、左手は腰——本来であれば鞘のある所へと当てる。足取りもまた、右足が前。こうする事で、普通に刀を構える時と比べ、両手で構える必要がない為、半身分前に出る事が出来る。
結果、例えば相手が刀剣類であった場合、もっとも威力の乗る切っ先ではなく、根元近くで刀身を打ち合わせる事が出来る。そうなれば小太刀の領域だ。この距離では刀剣は武器は威力を振るえない。
刀では出来ず、またナイフでも刀剣と打ち合う事が出来ないため不可能な、小太刀にだけ許された戦い方。だがそれは、俺には出来ない戦い方でもあった。
右腕のない俺には当然、右手に小太刀を握り右半身を前に出す事は出来ない。そして、左目の利かない俺は、右手に小太刀を握り右半身を前に出す事も出来ない——構えた時に、相手に死角である左目側を向けてしまう事になるのだから。
「——ふッ!」
試験官は数歩の距離まですり足で近づくと、地震が起きたかと思う程に強く足を地面へ叩き付け、まるで飛ぶかのように一足でこちらへと迫った。その急激な速度の変化に一瞬、消えたのかと錯覚しそうになる。
だがそれよりも一瞬早く、俺は左足を踏み出していた。左半身が前になり、小太刀が前へと出る——その手に握られた小太刀は、”順手”に握られていた。
小太刀はずっと俺の身体の後ろにあった——その動作は試験官からは見えなくなっていた。手が読まれない——小太刀を握った側を身体の後ろへ置いた場合の数少ない利点だった。
それにより、わずかにだが試験官の振り下ろしの速度が鈍る。俺は右の肩に小太刀の背を当て、斜めに構えていた。振り下ろされた小太刀が斜めに構えられたその場所を滑る。
「——っ!」
攻撃を受け流され体勢を崩した試験官が目を見開く。俺は受け流した勢いをそのままに、小太刀を振り下ろしていた。
「——はッ!」
一瞬の静寂。だが——
——振り下ろした小太刀は、試験官に届かなかった。
試験官は俺に小太刀が受け流された後、即座にそれを両手持ちへと切り替えていたのだ。刀よりも軽い刀身——すぐさま引き戻されたそれは、俺の振り下ろしを受け止めていた。
試験官が小太刀を引く。俺も構えを解いた。
「以上で、試験を終了といたします。審査しますので、面接を行った部屋でお待ちください」
——俺は、弱い。
俺の手は、自然と柄を強く握りしめていた——……
* * *
「意外と取れないものね」
「そういう風に作ったからな……でも、あんまり無茶はするなよ」
黒髪を弄りながら小声で話しかけてくるイブに、俺は溜め息を吐く。彼女のカツラは、彼女の地毛の何カ所にもピンを差す事で固定している。ただ被っているだけ、よりは取れにくいだろうが……。
「激しい動きをすれば”浮く”んだ。フードがめくれたら、一発でアウトだぞ」
「大丈夫よ。さっきの戦闘だってそうだったでしょ?」
「全く……しっ、静かに」
数秒後、扉が開かれた。試験官は何かの書類を持って部屋へと入ってくる。
並んだ机の前に立った試験官が口を開いた。
「えー、それでは試験結果を発表する。まず始めに伝えておこう——」
彼はその表情を、笑顔に変えた。
「——全員、合格だ」
受験生が一斉に息を吐く。隣ではイブも『それ見た事か』と自慢げにこちらを見た。
ひとしきり合格を喜び合った後。俺達は一人一人、試験の申し込み用紙ではない、冒険者として登録するための用紙を記入した。そして、それぞれの成績に相応しいランクの冒険者証を受け取る。
Dランクの冒険者証を受け取る者がいるなか、俺達はEランク——最低ランクの初心者扱いだ。だがそれで十分。
「さて、では冒険者となったお前達に私から言っておく事があります」
あらゆる武器を自在に使いこなし、受験者達を圧倒した優秀な冒険者たる彼は、ずっと保っていた優しい表情を消し、ゾッとする程の殺意を込めて言った。
「——死んだら、殺す」
少しした後、彼は元の優しい表情に戻った。
「……わかったらよろしい」
反射的に構えてしまっていた俺とイブは、息を吐いて椅子へと改めて体重を預けた。
今のもまた、彼なりの優しさなのだろう。死の恐怖を教え、『冒険』しないように、と。だが、心臓に悪い事この上ない。
「——新たな冒険者達よ。君達の活躍に期待している」
その一言を締めとして、俺達は冒険者となった。
* * *
冒険者組合の窓口へと戻って来た俺達。
俺は魔族に関する露骨な問いを思い出し、イブを褒めた。
「にしても、筆記試験——よく我慢したな」
俺はイブの頭をフード越しに軽く叩いた。
「……チッ。忌々しい……急所潰れれば良かったのに」
「あ……そ、そうだな」
——あの金的膝蹴り、その怒り故か。
俺はギロリと憎悪にも近い形相でこちらを睨み上げて来たイブに怯み、手を股間付近へと守るように動かした。
彼女は仕返しのように言ってくる。
「あんたこそ、あんな面接の解答でよく通ったわね」
む……それは確かに、と思ったその時。
「——ああ、それはね、自分が弱い事を認めていたからだよ」
「「——っ!?」」
ひょい、と俺達の前にさっきの試験官が顔を覗かせていた。
一体どこまで聞かれていた!?——そう警戒に視線を交わす俺達へ、試験官は話を持ちかけた。
「ねぇ君達、よかったら私の依頼を受けてくれないかい?」




