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第二話 『旅立ち』

 三ヶ月生活して来た小屋を後にした俺達。騎士達からかっぱらった荷物を背負い、これまた騎士達からかっぱらった地図を参考に最も近い街を目指して歩いていた。


「これからどうするつもり?」


「一番近い街に入ったら、そこで冒険者として登録する——前に一度、詳しく調べた事がある」


 勇者になる前。<刻字の右腕ザ・ライト>を使って冒険者としても色々と活躍できるのではないか? と調べまくった事がある。とはいえ、まだ魔族と人族が戦争を再開する前の事。今では色々と勝手が変わってるかもしれないが。


「ふぅん……ていう事は人族の街に行く、って事ね」


「そうなるな」


 魔族の街で旅をする——それも考えた。が、騎士から聞き出した所、人族は残った魔族の街も次々と滅ぼしており、どこもゴーストタウン化しているらしい。魔族は現在、散り散りになり、隠れて暮らしているのが一般的なようだ。


 ——憎むべき人族が跋扈する街。


 人族の街は、イブにとってはそういう所だ。

 色々と辛いだろうが、我慢してもらうしかない。どこか他の隠れ場所を探し、そこで訓練に明け暮れる——それも考えた。だが、彼女は言ったのだ。


『アタシは——魔王となって、魔族達を守る。魔族を傷つける人族に復讐するッ……!』


 ならば、人族の街で同時に情報収集を行う事も必要だろう。俺自身——聖女アイラの動きや情報が、欲しかった。


 ——彼女は危険だ。


 一度は惚れた相手。だが今の俺にとっては最大の敵だった。


   *  *  *


 ——そんな決意の元に旅立ったのだが。

 旅に出てから1週間。俺達は——


「もうヤダ……アンタ、アタシの荷物持ちなさいよ!」


「……無理」


 ——未だ街に着いていなかった。


 正直言おう。舐めてた。マジで、舐めてた。旅がこれ程までに辛いものだとは思いもよらなかった。


 既に靴は擦り切れている。この世界の靴は前世とは比べ物にならない程、脆かった——その事を自覚するのがあまりにも遅すぎた。


 食料も足りていない。三ヶ月もの間、森で暮らして来たのだ——食料くらい足りなくなれば道中で確保すればいい、とか暢気が過ぎた。森は少し場所が変われば勝手がまるで違う。

 森で1日分の食料を確保しようとすれば、まる1日掛かってしまう。つまりは、ジリ貧。


 川沿いを歩いていなかった所為で水が尽きて死にかけたし、衛生面でも大変な事になった。今はなんとか川沿いに遠回りをしながら街を目指しているが、なんかもう二人して色々とめげていた。

 大雨で足止めを食らった上、洪水に巻き込まれたのも俺達の気力と体力をガッツリと削った要因だった。


「……少し、休憩しようか」


「そうね……マジでアンタ死になさいよ」


 イブも俺に暴言を吐き続けていた——怒りでなんとか気力を保たせている、という風にも見える。

 上記のように問題は色々あるが、何よりの問題は襲いかかってくる魔獣だった。


「ちょっと……どうなってんのよ。右腕、使えないんだけど」


「……困ったね」


「困ってね、じゃねーよッ!」


 どうにもイブが、あのときに右腕を使えたのはマグレらしい。実際、俺も始めのうちは安定して発動させる事は出来ていなかった。毎日、繰り返し発動を練習した事で使えるようになったのだから。


「反復練習しかないよ。イメージするんだ——『自分には力がある』ってね」


「そんな曖昧なイメージじゃ魔法なんか発動しないでしょ」


「だから、これは魔法じゃないんだってば」


「……何言ってるのか全然わからない」


 イブは忌々しそうに、いくらか本来よりも長い右腕を眺める。


「そう言われてもなぁ……」


 彼女には俺と違い、この世界以外の事を知らない。俺だって前世で、『信じなさい! この世には精霊様がおり、我々が生きているのはその方々のお陰なのです!』とか言われても『はぁ?』としか返せない。


 この世のものではない法則を理解させるのは、ひどく難しい。

 それでも、俺に出来る最大限を彼女に伝えるつもりだった。


「<刻字の右腕>はさておき、まずは腹ごしらえだ」


 と言いながら俺は立ち上がると、左手で投擲用ナイフを一本握る。


「……はっ」


「鼻で笑うな。そろそろ成功する予定だから」


 息を長く吐きながら身体を落としていく。刃先側を指先で摘むようにして握り、振りかぶった姿勢まで腕を引いていく。そして——川の水面が揺れたその時。


「——フッ」


 一息に溜め込んだ力を放出した。ナイフは回転しながらまっすぐと飛び——ぽちゃん、と見当違いの場所に沈んだ。


「……」


「やっぱ外してるじゃない」


「……悪かったな」


 俺は服を脱いでザブザブと川に入っていくと、顔を付けてナイフを探し、見つけたそれを回収する。


「格好だけは一丁前なのに、使えない奴」


 俺の記憶にある、幾人もの猛者達のトレースなのだから、フォーム自体は間違っていないはずだ。勇者時代に発揮していた異常な記憶力によって、俺は丸写しでその動きが出来ていた——出来る、という事に力を失ってから気付いた。


 問題は、俺とは体格が違い過ぎる上に、片腕もないからバランスも違う。何より片目が潰れているため、遠近が全くわからない。という事。

 かといって、それらを調整した動作をあっさり一発目で行えるような知能も、今の俺にはない——端的に言って、どうにもならない。

 あるのは基礎だけ。後はそれを徐々に、地道に、努力して、上手くなるまでやり続けるしかなかった。


「ふんっ、どきなさい」


 俺が川からあがると、今度はイブが左手を川へと掲げた。膨大な魔力が身体の中央から溢れ、身体を巡る。彼女は、大量の赤い光で出来た渦の中心に立っていた。俺は彼女から距離を取る——それはもう、思いっきり距離を取る。


「——<稲妻>」


 言った直後、彼女は放電した。俺が先程まで立っていた場所にも稲妻が走り、砂利の表面を焦がす。それは彼女の周囲で無差別に起きていた。川の中に何本かの稲妻が落ち——るより先に、その魔法は途切れた。

 発動されていたのは時間にして一瞬だけだった。なぜなら——


「——んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎゃぁああッ!?」


 イブ自身が、感電していたのだから。


「……魔王の娘が聞いて呆れる」


 彼女は全く、自身の魔力をコントロール出来ていなかった。

 プスプスと黒い煙と焼けた臭いを漂わせる彼女の傷は、急速に回復していく。右腕の力が勝手に働いていた——青白い魔力が漂っていた。


「……あ、アタシだって元々はちゃんと魔法を使えてたの! 使えないのはこの右腕の所為よ!」


 どうにも、右腕が変わった所為で、魔力の循環の仕方が変わってしまったらしい。彼女の周囲で大量に溢れていた魔力も、それだけ無駄になっている、という事を現している。

 また、ただ循環が上手くいかなくなっただけでなく、どうにも魔力自体の出力が大幅に上がってしまっているらしい。自分が出そうと思った何倍もの魔力が、魔法を発動しようとした際に引き出されてしまう——とは彼女の談。


 心当たりはある——俺はそれを利用して、無理矢理に魔力を引き出していたのだから。

 だが逆に言えば、それだけ困難な状況で彼女は俺のため、必死に治癒魔法を使い傷を癒してくれた事になるのだが——俺は礼を言うタイミングを完全に見失っていた。


 なんにせよ。


「「……はぁ」」


 どちらともなく溜め息を吐く。


「釣り、するかぁ……」


「……そうね」


 腹が減っては軍は出来ぬ。俺達は鞘を竿の代わりに、そして騎士を倒す為にも使った糸を釣り糸にして、釣りを始めた。こんな二人を見て、一体誰が信じてくれるのだろうか。

 俺達が、魔王となり人族を打倒しようとしているなどと——……


   *  *  *


「……まさか、辿り着いたのか」


「夢じゃない、わよね……」


 俺達は二人、ボロボロの姿で、手入れされた太い道に突っ立っていた。視線の先には街の外壁と門が見えている。ぽつぽつと馬車が走っているのや、数人の旅人らしきグループも見られた。


 半ば駆けるようにして門まで辿り着くと、門兵が「ど、どうしたお前達!?」と心配してくれる。俺は道中の苦難を語った。細かい事情については隠しつつ、苦難についてはフィクション無しでそれはもう語ってやった。


「お前等はアホか!? よくそんなので村を出て来ようと思ったものだ……。だが、魔物に何度も襲われながら生き残った——幸運に感謝しておく事だな」


 村から独り立ちした、事になっている俺達は会話の勢いのままに、門兵へと騎士からかっぱらった金で通行量を支払い——


「——待て」


 当然のように、引き止められた。


「お前達、フードを取りきちんと顔を見せろ」


「「……」」


「どうした、早くしろ」


 俺はちらりとだけ片腕でフードを上げて、顔を見せる。


「その顔の傷……いや、すまない。これも規則なんだ」


 門兵はかなり優しい人物のようで、それだけ言って俺を通してくれる。


「お前もだ、早くフードを取りなさい」


 が、問題はこちら。イブはしぶしぶ、と言った様子でフードを捲り——


「ふむ……オーケーだ。通りなさい」



 ——そこには、黒髪の少女がいた。



「ん、どうも」


 イブはフードを下ろすと、俺と共に門をくぐった。

 街は活気に溢れていた。大通りを商品を大量に積んだ荷馬車が行き交い、あちこちから呼び込みの声が響いてくる。街の中央には領主の住まいだろう城が見える。

 しばらく歩いた俺達はようやく息を吐いた。


「……追ってこないわね」


「なんとか上手くいったみたいだな」


「でも、はぁ……まさかアタシが忌々しい人間のフリをする事になるだなんて……」


 イブは不快気な表情で、フードから僅かに溢れた黒髪を弄くっていた。が、それは彼女自身の髪でない。俺の髪で作ったカツラだ。

 前世の幼い頃に、父が被っていたカツラをこっそりと拝借して弄くったり、悪戯を仕掛けたり、ヘアーカットをかました事などで培われた知識が、こんな所で役立つとは思っていなかった。


 ——長さがどうしても足りず、ショートヘアーになってしまっているのは我慢してもらうしかないが。


「それで、どこ目指して歩いてるの?」


「まずは宿だな。でも吟味しないと……ただでさえ俺達はワケありな上、路銀も少ないんだから」


「ふぅん……で、どうやって探すの?」


「それは——ここだ」


 と、入り口の門からそう遠くない場所にあった建物の前で足を止める。


「俺達はここで、ガイドを雇う」


 その建物には、『案内所』という看板がかかっていた。


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