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第一話 『断罪』

 一日ぶりの投稿です。

 ――さて。


 騎士の襲撃を受けた夜。魔王の娘”イブ”――”イブ=モーニングスター”に戦い方を教える事になった俺は、『今日はもう休もう』という事で、一人自室のベッドで腕を組んでいた。問題が山積みだった。


 まず第一の問題は――単純に俺が弱過ぎる、という事だ。


 俺の頭の中には膨大な実戦を経て蓄積された経験がある。逆に言うと、それしか無い。

 今までは戦闘なんて今後する必要はないのだから構わない、なんて気持ちだったが、あの騎士達の来襲以来、それではいけない事を自覚した。が、当然これまで通りの戦闘方法が通用するはずもない。

 新しい戦い方を見つけなければ、死活問題となる。


 手を伸ばして、サイドテーブルの上にあったそれを手に取る。


 ――糸。


 あの時とっさに使った物だったが、極小の魔力を効率的に使うには、これ以上ない最善の手に思える。魔結晶で魔力の補助を行い、使う場所とタイミングを合わせれば、なんとか形にはなるはずだ。


 ――まさか今更、魔法を特訓する事になるとはなぁ……。


 俺は勇者時代、自分が肉体の成長と共に自身の魔力量がほんの少しだが増えている事には気付いていた。が、わざわざ魔法を学んだ所で出来る事はあまりにもしょぼい――完全に切り捨てていたというのに。


 第二の問題は、撃退した騎士の処理だ。

 今は縄と手錠でぐるぐるに縛って森に放置しているが、このまま、というワケにはいかない。


 ――殺す、か……?


 だが考えた途端に腕が震え出す――なんて、俺は情けないんだろう。しかし、逃がせば俺達の事が知れ渡ってしまう。今は調査といった具合のようだが、逃がして情報を伝えられでもすれば、本物の討伐隊が組まれ、ここへと攻めて来るだろう。


 第三の問題は、イブの右腕。

 ぶっちゃけて言おう――


 ——イブの奴、俺が勇者だった時よりも既に強い!


 客観的な事実。もちろん、単純に戦えば今の俺ですら勝てる見込み自体はなくもない――のだが、彼女、反則過ぎないだろうか?

 なにせ、彼女には魔王の娘というだけあり大量の魔力が備わっている。その上、勇者の力である右腕まで手に入れたのだ。一体、俺にどう戦い方を教えろと言うのか。だが、あそこまで言わせておいて、また俺自身も彼女の手を取っておいて、『何も教えられません』では話にならない。


「はぁ……ほんと、どうすっかなぁ……」


 俺は頭を抱え――


「――あ……そうだッ!」


 ある閃きに、立ち上がった。


   *  *  *


「――というわけで、この小屋は放棄する」


「はぁ?」


 イブは『いきなり何言ってるんだコイツ?』という目でこちらを見た。そんな少女の口の端からは、赤い雫がつぅーっと垂れていた――朝食だ。


「この場所は騎士に見つかった。彼等を処分したとしても、不審に思われ次の偵察が来る。それも、そこにいる騎士よりもずっと強い奴が」


 ――という予想を、いかにもそれが確実な未来であるかのように語る。


「どっか、魔獣にでもやられたみたいに仕組んどけばいいんじゃないの?」


 俺は彼女の意見に首を振った。

 それに、俺は自身の頭があまりよくない事を自覚している――下手な隠蔽工作をするくらいなら、その時間を使って少しでも遠くへ逃げた方がいい。という判断だった。


「ふぅん……まぁ、いいんじゃない?」


 コクっとどこか艶かしく、グラスに入っていた最後の一滴を飲み干すと立ち上がる。歩いて小屋の扉へと向かう。


「……? どこへ行くんだ?」


 俺が尋ねると、


「どこって、ここを出るんでしょう?」


「……うん?」


 俺はそこで気付いた。


「――いや、流石に準備してから出るよ?」


「……」


 イブはやや硬直した後、何も言わずに扉を開けて外へ出て行った。

 その耳がやや赤くなっていたのは、さておき。


 ——忘れていた。


 彼女は魔王の娘だったのだ。勇者であった俺も大概だが、当然、周囲の事は何でも御付きの者が済ませてくれていたのだろう。だが、これからは違う。

 俺も旅は初めてだった。何が必要なのか全然わからない——ので、そこは知っている人物に聞く事にした。


「——俺達を、どうするつもりだ」


 朝食を終えた俺は、拘束した騎士達の前に立っていた。


   *  *  *


 騎士達は俺を馬鹿にしたような目で見ていた。まあ実際、騎士達に比べて俺の怪我の具合は散々だ。イブが必死に治療してくれたらしいのだが、それでも治りきらなかったようで、身体中が包帯でぐるぐる巻きになっている。

 それに、単純に彼等の方が俺よりも強い、という自信もあるのだろう。いや、自信というか事実なのだけれど。


「貴様……我々にこのような仕打ち、どうなるかわかっているのだろうな……!」


 と喚く騎士だが、俺に負けず劣らずの格好をしている。具体的には、マッパ。武器を隠し持たれていても困るので当然の処置ではあるのだけれど、裸に縄……縛られているのが女性だったら色々とマズい事になっていただろう。

 それはともかく、俺はめいっぱいの笑みを浮かべて騎士の言葉に応える。


「ん? それって君達に関係あるの? これから死ぬのに」


「なっ……だから貴様、そんな事をすれば——」


 俺はナイフで喚く男の耳を切り飛ばした。


「——ギィイいいいいいいいい!?!?」


 俺は他二人に見せつけるように、ナイフを片耳しかなくなった男の顔を這わせる。

 楽しそうに、拘束されているため傷口も抑える事の出来ぬその場所に——外耳のないその耳に、囁く。


「次は……鼻かな? 唇? 目玉……いや、あえて瞼だけ、っていうのも悪くないね」


「あ、ひッ……」


 耳を斬り飛ばされた騎士がさらに怯える中、それを見ていた騎士の一人から、苦々しい声ではあるが質問が投げられる。


「……何が目的だァ?」


 そいつは、騎士の中でも最も腕が立ち、またリーダー的な存在でもあった男だ。ちなみに今、耳を切り落としたのはイブへと乗りかかっていた者。最初に俺と殴り合い、さらに最後はイブに右腕の力でぶっ飛ばされた者は、沈黙を保っている。いや、顔が腫れ上がり過ぎているあたり、口が切れて、しゃべれないだけかもしれないが。


「いやー……実はいくつか聞きたい事があってさ。あ、もちろん、きちんと答えてくれたら生かして返してあげるよ」


 彼等を現在拘束している手錠には特殊な金属が用いられている。魔力を与えると発熱する、というものだ。それゆえに彼等は魔法を使う事が出来ない——使おうとすれば熱が手首を焼き、痛みで集中力は乱される。


 ——”緋々色金ヒヒイロカネ”だったか。


 学園に居た頃、本で読んで知っているだけだったが、効果は随分と大きいようだ。


「じゃあまずは君達がどこから来たか、から」


 俺が尋ねると、顔を晴れ上がらせていた男が答えた。


「……エルふィンこひゅだ」


 エルフィン国——人口の多くをエルフが占める国。だが、


「はい、ダウト」


 俺はその男の鼻を斬り飛ばした。


「——ンギィいいイイアイイウァああ!?!?」


 膨れ上がった顔の真ん中から、間欠泉のように血が噴き出す。魔物よりも怪物染みたか御尽きになっている。


「嘘吐くなって言ったよね? はい、もう一度聞くよ。どこから来たの?」


「……ひゅ、ヒューマン国です!」


 耳を切り飛ばされていた男が恐怖に負けて、事実を話す。


「ふむふむ、なるほどー」


 ぶっちゃけ俺は彼等がヒューマン国から来た事など知っていた。なにせ、鎧に思いっきり見覚えがあったのだから。だがこれで……。


「次の質問だけど、君達が持っていたこの遠方と言葉をやり取りする魔導具は——」


 そこから先は簡単だった。しゃべるわしゃべるわ。聞いてない事までどんどんと彼はぶちまけてくれたのだから。一度恐怖に負けた心は、もう元には戻らなかった。

 彼等の持っていた道具の使い方、旅路での注意、村人から金を巻き上げる方法、宿代を踏み倒す方法、女の甚振り方まで、好き勝手に喋ってくれた。

 その間、他の二人は既に諦めたように項垂れていた。


「——はい、ご苦労さま」


「え、ええ……それで、俺の事は助けてくれるんですよね?」


 媚びた笑みを向けてくる彼に俺は笑顔で答える。


「もちろん。手錠の鍵を取って来るから、ちょっとだけ待っててね?」


「ひ、ひひひひ……!」


 助かった——そんな笑みで息を吐く騎士を置いて、俺はその場を離れた。


   *  *  *


「……血の臭い」


 鼻をひくひくとさせてイブがこちらを見る。その血が騎士達の者だとわかったのか、表情を憎悪に染める——怯えるよりもずっと良い、と俺は思った。


「それに……あんた、吐いたでしょ」


「ちょっとね、朝食を食べ過ぎた」


「……あっそ」


 俺は笑みを浮かべようとするが、どうにも頬が引き攣った。


 ——俺は、弱いなぁ……。


 身体的だけでなく、精神的にも。

 俺は椅子に背を預けると、少し目を閉じた。頭の中には次々と、自身がこれまで犯して来た罪が——殺して来た魔族達の姿が浮かんでくる。フラッシュバック、というやつだろうか。どうにも、誰かを傷つける事が駄目みたいだ。


 ふと目を開くと、いつの間にかテーブルの上に水の張った桶と手拭いが置かれていた。イブの姿は見えない。と、風を感じた。

 振り向くと小屋の扉がわずかに開いている。


 ——嫌な予感。


 俺の脳裏をよぎったのは、イブの憎悪の表情だった。

 すぐさま小屋から飛び出し、俺は彼女を追った。縛った騎士達の元へ辿り着いた時には遅かった。


「……はぁッ……はぁッ……はぁッ」


 荒い呼吸で佇む彼女。その手には騎士達が使っていた剣。血溜まりに沈む二つの首。

 俺の視線に気付いたかの様に、イブは答える。


「今更……何か、言うつもり?」


 俺もわかっていた——これは彼女にとって必要な儀式だったのだと。相手を殺す決意をし、恐怖を乗り越えるための。


「……いや、イブは——それで正しい」


「はっ……そんなわけないでしょ。ただ許せないから殺した——それだけ」


 イブは振り返り、血に濡れた表情で笑った。

 残った一人の騎士が「い、嫌だ……助けてくれぇッ!」と俺へ叫ぶ。

 彼女はその声に答えるかのように剣を振り上げ——俺はその剣を取り上げた。


「なんのつも——」


「——ギァぁあああああああぁ、……ア」


 鈍い音と水音を鳴らし、血溜まりの中にもう一つ、首が沈んだ。


「……俺は、もう、お前と一緒に行くって決めたから」


 剣の柄を強く握りしめた。手に残った嫌な感覚を記憶に刻み付けるように。

 イブは目を見開き、だが哀し気に、そして嬉し気に微笑んだ——……

 次話の投稿はいつも通り、翌日の0時になります。

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