最終話 『悪意の騎士』
サブタイトルを『第三話』から『最終話』に変更しました。
次話は新章の第一話となります。
俺の身体はボロボロになっていた。切り傷がいくつも増え、意識が今にも遠のきそうになる。おそらく、出血した状態で走り過ぎたのが悪いのだろう。
しかし、痛みは無かった。身体を、少女を助けねばならない、という思いが突き動かしていた。
俺は、騎士の隙を突き、瓦礫を拾い上げて後頭部を思い切り殴りつけた。ヘルム越しとはいえ、人間。流石に耐えきれなかったのか、ヘルムは吹き飛び、身体をふらつかせ——だが、意識を失うには至らなかった。騎士は反撃してきたのだ。
そこからはドロ試合。
騎士は殴られたショックで集中力が持たないのか魔法が発動出来なくなり、剣の振りも酷く甘かった。俺もまた、足の怪我と、元から一本しかない腕という不利を抱えての戦闘。
——あと一つ何かが違っていれば、ここにいるのは、騎士の方だった。
なんとか気絶にまで至らせた騎士を放り、俺はなんとかこの場所——小屋にまで帰って来ていた。と、半開きになっている扉に気付く。それに、屋内から激しい物音と悲鳴が聞こえて来ていた。
——ざわり、と肌が泡立つのを感じた。
俺は、扉の半開きになっていた小屋へと駆け込み、そして殴りつけるようにして少女の部屋の扉を開いた。
そこで目撃したのは、少女と——
——その少女に覆い被さる、下半身を露出した騎士の姿だった。
意識が、沸騰した。
気付いた時には俺は、その騎士の顔面を蹴り飛ばしていた。
「ごッ!?」
騎士は二回転、三回転として吹っ飛んだ。少女は「ぃ、ぁ……ぁ……」と酷く怯えた様子でいた。だが、それを良かったと言えるのかはわからないが、着衣は乱れているものの、脱がされてはいなかった。
「貴様ッ……何者だッ! 我々が、ヒューマン国の騎士と知っての狼藉ぐぶッ」
俺は男の下半身へ、恐らく行為の邪魔となって外したのだろう剣を、鞘に納まったまま振り下ろしていた。男は白目を剥き、泡を吹いて倒れた。その様子を確認するかしないか、俺はすぐに少女に駆け寄っていた。
「ぁ……ぁ、ぁ……」
「しっかりしろ! もう、大丈夫だ……もう大丈夫だ」
「……ぁ、ぁ……ぁ?」
と、ようやく少女の焦点が俺に合った。が、まだまともに喋ったりは無理そうだった。なんにせよ、
「無事で良かっ」
「——オイオイオイ? なぁにのされたんだよ、ったく」
「ッ!」
——もう一人、居たのか。
どうやら小屋の外に出ていたらしく、床に倒れた下半身剥き出しの騎士と俺達を交互に見やると、飽きれたような声を出していた。
「先走るからこぉーなんだよ馬ァ鹿。俺が見張り役で戻って来るまで待ってろつっただろうが。……で、そこの一般人。人間のお前が、そんなゴミの事を庇ってんだ? ぁあん?」
当然、俺に答えられるわけなどない。騎士も理解していたのか、既に剣を鞘から抜き出し始めていた。
「なんにせよ、お前のやってるこたぁ、重罪——死刑に値する」
騎士が、一足で彼我の距離を詰め、そして剣を振り下ろしてくる。俺はアイラを突き飛ばすと同時に、自分は後ろへと跳び、なんとか躱す。が、そこまでだった。
返す刀で迫る剣尖。もう一度背後へ跳ぼうとし、テーブルに激突した。俺は剣から逃れる事ができなかった。
「——ァ、ギィッ……!?」
肩口に、熱が走る。
——俺は、弱い。
勇者の力を失った途端、この有様。自分が本来はいかに弱かったのかを、痛感させられる。と同時に、どれだけ勇者の力が自分に分不相応であったかもよくわかる。
「——でも」
「ぁあ?」
俺は、恐怖をねじ伏せ、自分の弱さを押し殺し、一歩前へと踏み出した。
ドロドロとした物が、腹の底から再び溢れ出す。
「この子にだけは……手を出させない」
騎士がその目を顰めた。
「……お前」
俺はテーブルにぶつかった衝撃でか、地面に散らばっていた毛糸を掴んだ。俺が、既に編み作られていた服をバラし、新たな衣類へと編み直す途中のものだった。
——思い出せ。
俺は勇者であった頃に培った経験を、必死で呼び起こす。
——思い出せ。
片腕の無い状態で、既に俺は騎士を一人倒している——倒せている。それはなぜか?
——思い出せ。
圧倒的経験量。実戦を経験した数が違う。潜り抜けて来た死地の数が、切り捨てて来た敵の数が違う。
——思い出せ。
俺には相手が次に何をどうするか、わかるはずだ。
——思い出せ。
そして、力なき者に俺が一矢報いられたその時の状況と方法。今度は俺がそれらを使う立場にあるのだ。
——思い出せ。
この世界は、魔力で出来ている。
「ッ——お前はここで殺すッ!」
急に突っ込んで来た俺に一瞬怯み、だがすぐさま剣を振り下ろしてくる騎士。俺はその刃を、避けなかった。
「――なァッ!?」
鮮血が舞う。噴き出した元は俺の左の掌だった。それは、振り下ろされて来た剣の刃――その根元にほど近い部分を掴み止めていた。親指の根元が、捥げそうなまでに切り裂かれている。
だが、構わなかった。
――俺は、弱い。
今までの、勇者であった時のお上品な戦い方なんで出来ない。どんな事をしても、何を犠牲にしても勝てればいい。
俺はそんな戦い方をする者を、幾度となく相手にして来たはずだ。
「あ——?」
俺の首元へと伸びていた軌跡が急にぐにゃりと歪み、俺を避けていく。騎士の身体が、傾いでいた。その足には糸が伸び、絡み付いていた。それは、俺が左手を突き出すと同時に伸ばした糸だった。
俺がテーブルにぶつかったときの衝撃で地面に落ちたもの――先日、発見し、釣りに使おうと確保していたものだった。
——魔力を介して物体を操作する。
これは、勇者であった時は使う必要さえ無かった、魔法の基礎の基礎だった。
――あれからもう、10年だ。
身体は当時とは比べ物にならない程、大きく成長した。ガタイも良くなり、身長も伸びた。そしてそれは、体内にある臓器に関しても言えた。
強引に魔力を引き出され続けた魔結晶は、魔力を僅かなら放出出来る程度に大きくなっていた。僅かに運動エネルギーへと変換すれば、それ尽きてしまう量。
――だが、十分だった。
男が前のめりに倒れてくる。俺はそこへ、踏み出した勢いそのままに——あるいはそれ以上の勢いを付けて、突っ込んだ。
——鈍い音が、響いた。
額に鈍い痛み。
「がっ……!?」
男の顎に、俺の頭突きが直撃していた。勢いを殺しきれなかった俺は——というか殺す気の無かった俺は、騎士の身体ともつれるようにして地面を転がった。
五秒、十秒、と時間が過ぎる。が、騎士が立ち上がる事はなかった。
「……もう、大丈夫だよ」
俺は少女に歩み寄り、告げた。
少女の目に少しだけ光が宿った。その口が微かに動いた。
――お父さん……。
俺の姿が魔王と被ったのだろうか。少女の唇は、そう言ったように思った。
と、ふらりと俺の身体が傾いだ。
「あ、はは……流石に」
疲れた、と続けようとした時。俺の身体に影が落ちていた。
「——ぁ」
少女の目が、見開かれる。俺は悟った。背後に——小屋の入り口に、騎士が剣を振り上げて立っていた。
だが、身体は全く言う事を利かなかった。
「————っ」
少女が、何かを叫んだ。その表情は悲痛。どうやら彼女は俺の為に、そんな表情をしてくれているらしい。それがなんだかとても、嬉しかった。
——俺は彼女に殺されるべきなのに……変なの。
助け、三ヶ月間ずっと面倒を見続けて来たのは全くの無駄じゃなかったのかもしれない。そんな風に思った時、身体の緊張が解けていた。
俺はゆっくりと瞼を閉じた。
……。
……。
……こない。
「……?」
中々訪れない死に、俺はおそるおそると目を開く。そして、目を見開く事になった。
目前には、強い灯を目に宿す、先ほどまでとは打って変わった様子の少女。驚愕の根源は、その少女の右腕。そこにあったのは、
「——<刻字の右腕>……!」
右腕に刻まれた魔方陣が、青白い光を揺蕩わせていた。
神の力、勇者の力――チート。それはまぎれも無く俺が異世界転生と共に手に入れ、そして授けた力。それを、少女は発現させていたのだ。
後ろを振り返れば、何十メートルも先に、俺が一番最初に泥仕合を演じた騎士が転がっていた。
少女はゆらりと立ち上がった。
「……思い出した」
ぽつり、と少女は呟く。
「アタシ……王様になりたかったの。お父様みたいな……強くて、皆を守れるような、王様」
俺はその少女の様子に呑まれていた。少女から、膨大な魔力が溢れ始めていた。まさに、魔王の娘に相応しい程に。
「アタシは、強くならなきゃならない……強くなって、皆を、今度こそ守る。アタシはもう……何も失いたくない! アタシは、アタシの物を奪う人族を絶対に許さないッ!」
少女は、俺に手を差し伸べた。
「アタシは人族を絶対に許さない。でも……アナタにはやってもらう事がある。だから、今は、生きていてもらうの」
俺は気付くと、少女の差し伸べられた左手を掴んでいた。掌の痛みが、今は気にならなかった。
「この”力”の使い方を教えなさい。アタシに戦い方を教えなさい」
そして初めて少女は、自身の名を告げた。
「アタシはかの偉大なる魔王”デイビッド”の一人娘にして、次代魔王となる存在——」
「——”イブ”よ」
少女――イブはそのまま俺を見つめた。
僅かに目の端に涙を浮かべたその強気な――強気に振る舞う瞳には、怯えと、そしてその何倍も強い憎悪の炎が宿っていた。
「ボクは……」
俺は一瞬詰まった後、こう答えていた。
「いや。”俺”の名前は――」
「――比叡ユウ」
「ふぅん……変な名前」
少女はそして、
「アタシのために働きなさい――ユウ」
俺の名前を呼んだ。その瞬間、ようやく、初めてほんの少しだけ救われた気がした。繋いだ手から感じる微かな震えと、ひんやりとした体温を感じたのを最後に、俺は意識を手放した――……
明日は投稿を1日、お休みさせて頂きます。




