第二話 『二人暮らし』
「……またちょっと、食料を探しに行ってくる」
そう、いつものように扉越しに少女へと声を掛けた俺は、フード付きのローブを纏い、魔王城のある街のはずれにある小屋の外へと出た。
強い日差しが、身体を焼く。左顔面の縦に伸びた傷がじくじくと痛み、俺はフードを深く下ろした。
「……虫がよすぎたのかな」
少女を救えれば、俺の罪がほんの少しでも軽くなるなどと。あまりにも自分本位過ぎたのだろうか。
——本当は、助けない事こそが少女の為だったのではないだろうか?
こんな自問自答を、俺は毎日繰り返していた。いや、本当はもう答えが出ているのかもしれない。ただ、その答えを直視出来ないだけで。
そうこうしている間に俺は、魔王城のある街まで辿り着く。日用品を集めるためだった。
「あったあった」
俺はつい先日、偶然に大量の長くて頑丈な糸を発見していた。それを見て思いついたのが釣り。だが中々、竿に丁度いい棒が見つかっていなかった。今日、その竿探しの続きを——
「——動くなッ!」
背後から、鋭く声が飛ばされる。ビクリ、と身体が強ばった。三ヶ月ぶりになるだろうか、久しぶりに聞く他人の声だった。
――人!? なんで今頃、こんな所に……!?
俺は警戒を強めながらも動きを止める。
「……そのままゆっくりと手をあげろ」
素直に従い、手を上げた。とはいえ片腕は中程からなく、ローブの裾がだらりと垂れているだけになってしまっていた。
「ん……お前その右腕……いや、まあいい。余計な動作をすれば、すぐに魔法を撃つ。わかれば、ゆっくりと振り返り、フードを取れ」
——まずい、な。
俺は、振り返った所で静止してしまう。
相手が魔族であれ人族であれ、どちらにせよマズい。魔族であれば勇者は復讐の対象、人族であれば……どんな扱いを受けるかすらわからない。
「おい、何をしてる……早く取れと言ってるんだッ! 撃たれたいのかッ!」
「……っ」
だが、選択肢があるわけではなかった。今の俺に勇者の力は無い。魔法なんて撃たれれば、間違いなく死ぬ。
俺は諦めてフードを払った。
「お前っ……!」
視界が晴れ、相手が騎士鎧を纏った男である事がわかった。が同時に、相手にも俺が勇者だとわかってしまった事だろう。どんな扱いを受けるのか……どんな扱いを受けるにせよ、あの魔王の娘だけは隠し通さないと。
そう、思っていた時。
「なんだ……ただの人族——人間か。その顔の傷を隠すため、フードを被っていたのか。だったら早くそう言え。ったく」
男は舌打ちし、伸ばしていた腕を引っ込め、魔力を霧散させた。
——なんだ……? 俺の顔を知らないのか……?
よくよく考えてみれば、この世界には写真なんてものは存在しない。だとすれば、俺の事が勇者とわかるのは、実際に俺を目撃した少数しかいないのかもしれない。
いや、それに加えて、酷いやつれや顔の傷、力を失った反動による筋力の低下などもあるだろう。片腕も失ってしまっており、別人に見えてもおかしくはない。
俺は杞憂に胸を撫で下ろした。
「それで、貴様は一体こんな所で何をしていた」
騎士がやや緊張に掛けた様子で、しかし傲岸に問うてくる。
「いや……俺は、ちょっと探し物をしていただけで」
「探し物……なるほどなァ?」
見下した様子でジロリと上から下までを眺められる。どうやら、火事場ドロボウなど、そういった類いの人間だと疑われているらしい。
「貴様、この辺りにはよく来るのか」
「ええ……まあ、それなりに」
今の俺はかなりの軽装だ。こんな姿で、遠くからやって来ました、なんて嘘は通じない。事実、騎士風の男の問いも疑問系ではなかった。
「では知っているだろう? この辺りで最近、魔族の生き残りが発見されたらしい。それも、どれだけ探しまわっても見つからなかった、あの——”魔王の娘”が」
「……ッ!」
俺は声を出さずにいる事で精一杯だった。
——なぜ、知っている!?
「魔王の子孫など生かしておけば、いつまた魔族の残党共がソイツを担ぎ上げ、人族を侵略してくるかわからんからな。そのため我々——ヒューマン国の騎士は、一刻も早く娘を捕え、殺さねばならん」
わかるだろう? と騎士風の——いや、騎士がこちらを睨め付けてくる。
「……」
「それで、どこにいるか知ってはいないか? もちろん、タダでとは言わない……見事、魔王の娘を私が殺したとなれば、一生遊んでも使い切れぬ程の報酬が支払われるであろう。貴様にも、その一部をわけてやろうではないか。んん?」
俺は気付く。この男の目には盲目的な正義感と、それ以上に欲が宿っている事に。
「……知りません」
「ほう……知らぬと申すか」
俺は自然な表情を意識してそう答え、
「――ざけてんじゃねぇぞこの餓鬼ァアッ!」
騎士が剣を振り抜いていた。一瞬送れて太腿に熱。真っ赤なモノが吹き出していた。
「ぁ、————————ァァアアッ!!!!!」
「貴様、私に嘘を吐いたな。先ほど娘に吐いて尋ねた時の表情――まさか何も知らぬわけがあるまい。もう一度問う——娘はどこにいる?」
「……ァ……ギィ……だ、だから……知りま、せん、って」
「いい加減にッ——」
騎士が剣を上段に構えた、その時。騎士のヘルム側頭部に付けられていた宝石が、緑色の光を帯びた。と同時に、微かに音が漏れ聞こえてきた。騎士はそれを聞き、頬を吊り上げた。そして、俺を見下ろして嗤う。
「はッ、貴様も全く以て馬鹿だなぁ? 素直に答えていれば、金が貰えたというのに」
「……だから、俺は、知りませ、んって」
「——娘を見つけたそうだ」
「なッ!?」
今度は、声を押さえる事など出来なかった。騎士はそんな俺の様子を、ニヤニヤと笑みを浮かべて見ていた。
「まあもう構わねぇさ。それよりも私も急がねばな。あやつ等に手柄を全部持って行かれても困るからなァ?」
騎士は言いながら、俺を放って小屋のある方角へと歩き始めた。が、すぐにその足を止めて振り返り、「そうそう」と思い出したように言葉を吐いた。
「——魔王の娘は、中々に可愛らしい少女のようだぞ?」
その目には、下卑た色が混じっていた。
「では私は——」
そう、騎士が背を向けた時、俺は気付くと立ち上がっていた。
どくん、と腹の底からドロドロとした物が溢れ出すのを感じた。俺はそれを——……




