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第一話 『魔王の娘』

 ―Side Other―


 アタシは平穏を知らない。理由は単純だ。アタシが生まれた時にはもう、アタシ達――魔族と、奴ら――人族との、戦争が始まっていたからだ。

 ううん……違う、それ自体は全然問題じゃないらしい。それはアタシにもわかった。だって、アタシのお父さん――”魔王”はすっごく強いからだ。それこそ、どれだけの人族が束になっても適わない程に。

 だが、それは覆される事となる。


 ――勇者が現れたのだ。


 その力は、圧倒的だったという。

 ある日、突然に現れたその存在は、たったの数ヶ月で魔族を一方的に蹂躙するまでに成長し、多くの村々や民を滅ぼしていったらしい。お父さんがどんな策を立てようとも、その圧倒的な力でそれを蹴散らしていく。

 もはや、誰にも彼を止められる者はいなかった――そう、魔王自身を除いては。


 アタシが8歳を迎えたとき、お父さんはついに決断した——勇者を、魔王城へと引き込み、最終決戦を仕掛ける事を。


 戦争が始まってから10年目。勇者は、人族の軍勢を引き連れて魔王城のある都市へと攻め入って来た。勇者は、一騎当千というのも生易しい程に魔族を片端から滅ぼし、蹂躙した。魔王城へと侵入し、そしてついに魔王との戦闘が始まった。

 でも、アタシはその戦いを知らない。

 なぜなら、アタシは、王座の地下に作られた隠し部屋に匿われていたのだから。


 何日過ぎたのかもわからなくなる程に長い期間、アタシは暗闇の中で過ごした。『必ず迎えに行く』と言った父は、いつまで経っても現れなかった。だがアタシは、信じ続けた。


 隠し部屋に貯蔵されていた食料がなくなっても、飢えを誤摩化す為に木箱を齧る事に成っても、飢えに耐えるため自身の腕を喰らう事になっても、アタシは信じ続けた。


 ――いつか必ず、父が迎えにきてくれるのだ、と。


 アタシにとって父は絶対の存在だった。父の言葉は全て必ず真実だった。だから、自分からこの場所を出る事を、アタシは絶対にしなかった。それをした瞬間、アタシは父を裏切る事になると、そう思っていた。


 ――でも、もう限界らしい。


 いつしか身体は動かなくなっていた。意識も朦朧として、何かがどんどんと自分の中から失われていく事を感じていた。だが、アタシはどこか嬉しくもあった。

 自分は父を最後まで信じ続けられたのだ、と。

 そうして、意識を手放す――その瞬間。


 ――光が、差し込んだ。


『……お父、さん?』


 気付くとアタシは、その光へ腕を伸ばしていた。自分で喰ったはずの――あるはずのない、右腕を伸ばしていた。

 やがて、光は辺りを眩い程に埋め尽くし――



「……起きた、のか……? 生きてる……本当に? よ、よかった……よかった……! ありがとう、ありがとう……!」



 アタシは、自身が伸ばした右手を掴みながら涙する、フードの男と、出会ったのだった――……


   *  *  *


 ―Side Arkright―


「ここ……ど、こ……」


「ここは魔王城近くの森にある小屋だよ……本当に、生きていてくれて、良かった……」


 俺は、数日間眠り続け、そしてようやく目を覚ました少女の問いに答える。

 未だ名すら知らぬその少女は、ぼーっとこちらをその紅い目で見ていた。年の頃は、7、8歳に見える。前世でいえば、まだ小学校に入ったばかり、といった年齢に思えた。


「……そう、だ。お父、さん……お父さん……お父さんはどこ!? お父さんを、探さないとっ……!」


 少女は俺へと詰め寄り、叫んだ。


「今はまず、しっかりと休むべきだよ」


「うるさい! アタシは、約束したのッ! お父さんが迎えに来るまであの部屋で待ってるって……! もしかしたら今頃、お父さんは誰もいないあの部屋を訪れてるかもしれない! すぐに戻らないと……!」


 少女は酷く混乱した様子だ。なんらかの答えを与えなければ、落ち着きそうになかった。あるいは単に、俺自身が罪悪感から逃れたかったからかもしれない。俺は、真実を口にしていた



「――魔王はもう、この世にいない」



 少女の顔から、表情が消えた。


「……嘘」


「事実だ。……勇者が、魔王を殺した」


 俺の言葉を聞いた少女が飛びかかってき、壁へと叩き付けられた。


「嘘を吐くなぁあああああああ! お父さんが、負けるわけない! お父さんが、勇者なんかに、負ける訳が無いッ……!」


「……事実、だよ」


「……そん、なの」


 俺の襟首を掴み寄せていたその手から力が抜けていく。少女はそのショックで大人しく――ならなかった。


「――ッ!? ま、待てっ!」


 少女は急に立ち上がると、小屋の扉を蹴り開け、そのまま走って行く。進行方向には、森の木々から飛び出した、魔王城の一部が見えていた。

 俺は慌てて少女を追いかけ、駆け出す――今、少女をあの場所に行かせてはならない。行かせないために、告げた『事実』だったというのに、完全に裏目に出ていた。


「……ぜぇっ、……ぜぇっ」


 全く、追いつかない。いかに自分がこれまで、勇者の力に頼っていたかを実感していた。自分本来の力はこの程度しかないのだ。その上、右腕がない所為で身体のバランスが悪く、走る速度はますます遅くなっていた。



「――――――――――――ァアアアアアアッ!!!!!」



 そして俺は、少女の絶叫を聞いた。


 ――間に合わなかった。


 嫌々をするように頭を振り、踞っている少女を見つけ、駆け寄った。少女の側へと辿り着いたと同時、森が開け、一気に視界が広がる。そこには――


 ――地獄が広がっていた。


 死が、溢れていた。朽ちた遺体が、積み上っていた。瓦礫が、撒き散っていた。赤黒い景色が、そこにはあった。


「う、そ……こんなの、嘘に決まってる……」


 少女は立ち上がると、何故か「あは……はは……」と笑いを零しながら、フラフラと街を歩き始める。時折、見つけた遺体に歩み寄ると、そのほとんど骨だけになった身体を揺さぶる事を繰り返していた。


「……お父さん」


 やがて、少女は魔王城の入り口へと辿り着いていた。


「……あは、は……そうよ、お父さんは特別だもん……皆は、弱かったから、死んだの。でも、お父さんは違う……お父さんは、強い。だから、死んでる、わけ、ない……ほら、ここを開ければ、いつもみたい、に……」


 少女は魔王城へと入り、赤い絨毯の上を――いや、今は赤黒く染まってしまった絨毯の上を進み、玉座のある部屋の大扉にまで、辿り着く。


 ――俺には少女の行動を、止める事ができなかった。


 ギィィと、扉が開いていき、そして――


「…………あは、は」


 少女はそこに座する、首をない父の遺体を目撃した。

 フラフラと、少女は魔王の遺体へと歩み寄っていく。一歩一歩、段差を登っていく。


「お父さん……ひ、久しぶり」

 魔王は、答えない。


「あ、アタシね……ずっと、ずっと待ってたんだよ?」


 魔王は、答えない。


「お父さん、アタシ偉いでしょ……? ちゃんと、お父さんとの約束、守ってたんだよ?」


 魔王は、答えない。


「今はちょっと外に出ちゃってたけど、でも、ずっと、ずっと守り続けてたんだよ?」


 魔王は、答えない。


「近くにいたなら、扉を開けて欲しかったよ……」


 魔王は、答えない。


「お父さん……ねえ、お父さん……」


 少女は、答えない魔王の元へと辿り着き――その身体へ、拳を思い切り叩きつけた。


「――なんで答えてくれないのよ!?」


 縋り付くように、何度も、何度も、腕を振り下ろす。


「なんで……なんで……なんでッ……!」


 彼女は慟哭し続け、


 ――ふと、少女の慟哭が止んだ。


 ゾクリ、と俺の背筋に嫌な予感が走る。


「おい……やめろォッ!」


 少女は魔王に突き刺さっていた——俺が止めを刺したその時のままになっていた刀を引き抜いていた。そして、刀身を自身の首へと当て、一気に――


「……なんで、止めるの」


「……はぁっ、……はぁっ。……間に、あった」


 俺は全力で駆け、ギリギリで刀身を掴み止めていた。掌に熱——ポタリ、と血が垂れた。少女は呼吸を乱すのみで答えない俺に苛立ちを募らせたらしく、キッと強い視線で睨みつけてきた。


「なんでッ、アタシを止め――ッ!」


 と、その言葉が途中で途切れる。表情が、怒りから呆然へと変わる。そして次の瞬間には――理解へと変わっていた。


「――あ、そっか」


 俺は再び、背筋が凍り付くような、嫌な予感を覚えた――だがそれは、先ほどの嫌な予感とは全くの別種だった。気付くと俺は、全力で背後へと飛び退いていた。


「――ぐッ!?」


 刀が、円弧を描いた。顔の左側に強烈な熱と痛みが走る――視界が、ズレた。



「――がぁああああああああああアアアアアアアアッ!?」



 顔を押さえて、痛みに叫ぶ。左の掌に、ぬるりとした感触。視界の半分が利かない。左顔面が切り裂かれていた。


「……あは、あはは、あははは」


 壊れたように少女は笑いを零す。右目だけで見た少女――その紅い瞳は、憎悪に染まっていた。同時に、その眼球に映る俺自身の姿を捉える。

 俺は気付いた。


 ――フードが、脱げていた。


 少女の自害を止めるために全力で走った際に、脱げてしまったらしい。

 顔と共に斬られた俺の髪が数本、ハラハラと舞った。


「黒い、髪……あは、あはは……人間……人間っ……人間ッ! アンタ等の所為だ……全部、人間の所為だ。人間がいなかったら、こんな事になんかならなかった。人間がいたから……アンタ達、人間がいたからッ……!」


 少女が刀を振りかぶり、そして俺へと突進してくる。反射的に俺は攻撃を躱そうとし――そして、気付く。


 ――なんで、躱す必要がある?


 少女の父を——魔王を殺したのは、他でもないこの俺だ。少女の復讐を受け入れる事こそ、俺がもっともやらなければならない事だ。


 ——はは、これも因果かな。


 魔王にトドメを差した刀で、勇者おれが魔王の娘に殺されるというのは、まさに応報というやつだろう。

 俺は、躱さない事を決めた。全身を脱力され、少女の一太刀を受け入れようとした。

 その時。


 ——王座にあった魔王の身体が、傾いだ。


 前へと、ゆっくり倒れていく。そして、まるで少女を抱きしめるかの様にして止まった。


「……お父、さん?」


 少女は抱きしめ返すかの様に父の背へと手を伸ばそうとした。だが、少女の手が届く直前。まるで少女の手をすり抜けるかのように、魔王の身体はさらに傾ぎ、地面へと転がった。


「……ぁ」


 金属音が、響いた。少女の手から刀がこぼれ落ちていた。


「ぁ……ぁあ……ぁあ、あぁああ……」


 少女の身体がガクガクと痙攣を始める。

 だがそれはふと止み、少女が呟いた。


「——もう、いないんだ」


 少女は自身を掻き抱く。失った温もりが自身のどこかに残っていないか、探すかの様に。だが少女には見つけられなかったようで。


「……もう、帰ってこないんだ」


 少女の双眸から、大きな涙の粒が溢れた。

 決壊したように、次から次へと、涙が、嗚咽が声が、溢れた。


「あ、ぁああぁぁああぁぁああああッ……! うわぁああああああああああんッ! お父さぁん……やだよぉ……うわぁあああああああん!」


 少女は、長く、長く、泣き続けた。



 ——これが、俺が自分の過ちで全てを奪ってしまった少女との、出会いの全てだった。


 俺は、自分がその彼女の復讐対象である勇者本人であると言い出すタイミングを失い、そして——


   *  *  *


 ——月日が、流れた。


 俺が少女と出会ってから、三ヶ月程だろうか。


「……食事、ここ、置いておくから」


 俺は扉の前に、一杯のグラスを置いた。そこには赤い液体が注がれている。が、少女からの返答は無い。いつもの事だ——三ヶ月の間、何も変わらない。


 ここは、魔王城のある街のはずれにある小屋。あれから俺達は、ここで生活を始めていた。

 森などから食料を取って来、それで栄養を確保する生活。少女は三ヶ月、一度も部屋の外に出てきた事はない。俺はただ、決まった時間に食事や、水の注がれた桶と手拭いを部屋の前に置くだけだった――……


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― 新着の感想 ―
[一言] 感想を受け付けてるのに、 誤字報告を受け付けてないって変わってるなw 余程頭の悪い誤字報告者が相次いだんだろうな。お疲れ 平仮名を漢字にしないと気が済まないニキとかいるらしいからね >でも…
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