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最終話 『移植』

「……生きてる」


 喉から、掠れた声が零れた。

 暗闇と静寂。最初は死後の世界かと思い、だが瞬く星々を見てここがまだ自分が生きている事を知った。どうやら俺は、あの聖女の攻撃から、生き延びたらしい。


 ゆっくりと身体を起こし、自身を見下ろした。そこに傷はなかった。まだ引き攣るような感覚はあるものの、あれだけの重傷が嘘のように癒えていた。


「……」


 俺はフラフラと立ち上がると、テラスから城下を見下ろした。星明かりに照らされたそこに広がるは、死んだ街。蹂躙と破壊の痕だけが刻まれた、瓦礫の原。


「……ボクの、所為だ」


 膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。


「ボクは……ボクはただ、勇者になりたかっただけなんだ……皆に頼りにされて、強くて、愛される、格好良い……勇者に……」


 俺は立ち上がり、駆け出していた。

 魔王城の中を駆け回る。扉を一つ一つ開け放っては、そこに生き残りがいないか、声が枯れる程に叫び、探した。


 ——その時、人影。


「ッ——! 大丈、夫……」


 だがそこに居たのは——剣で壁に縫い止められた、死体だった。いや、死体と言っていいのかさえ、もはやわからない。それは、ウジの張り付いた、白骨だった。


 ——一体俺は、どれだけの間眠っていた……?


 俺は、焦燥感に駆られ、さらに足を速めて城内を駆けた。探し、探し、探し回った。手足が擦り切れ、血塗れになっても、止めなかった。右腕の力を使う事も忘れ、ただ走り回った。生き残りがいないか呼びかけ続けた喉からは、声以上に血を吐くようになっていた。

 だが、どれだけ探しても、見つかるのは朽ちた死体だけだった。


 それでも俺は、探し続けた。


「誰でもいい、誰か……誰かいないのか……!」


 辿り着いたのは、俺が魔王に止めを刺した王座の間だった。

 半開きになっていたそこを押し開け、中へと入る。そこにあったのは、激しく損壊させられた魔王の死体だった。首は切り取られ、身体中には何度も何度も何度も武器を突き立てられ、嬲られた痕があった。

 だが不思議な事にその遺体だけは、今だなお遺体としてそこにあった。


 ——身体が、震えた。


 魔王の遺体は、それだけ破壊されてもなお、王座からこちらを見下ろし続けていたのだ。今なお、動き出してこちらを殺しにきそうな程の、威圧を感じた。蠅もそれを感じ、怯え、寄り付かなかったのだろうか。


「……?」


 と、気付く。彼が座るその王座に、微かな違和感。まるで俺の執念が、願いが届いたかの様に、俺はそれに気付いた。


 ゆっくりと魔王の遺体に近づくと、王座に手を掛け、横へと力一杯押した。

 最初はぴくりともしなかったそれ。だが俺が思い出したように右腕の力を発揮し、全力で踏ん張った。重い音を鳴らしながら、魔王の座ったままの王座が動き始める。


 ——王座のあったそこに、暗い穴が口を開けていた。


 階段が下へと続いている。俺はすぐに、その暗闇へと飛び込んでいた。真っ暗な階段を、転がるようにして下りる。行き着いた先には、一つの鉄扉が待ち構えていた。

 心臓が激しく鼓動する。頬を汗が伝い落ちる。

 俺は祈るような気持ちで、ノブを回し、扉を押し開いた。


「……誰か、いるか?」


 ——静寂。


「誰か……誰かいないのか! 頼む! 誰か……!」


 そう広くはない事を、肌に感じる風の動きから感じた。だが、暗闇の中で動く者は——返答は、なかった。


「……誰も、いない、のか。……誰も、生き残っていないのか」


 一縷の望みを断たれた俺は、その場に崩れ落ちた。まるで糸の切れたマリオネットのように。……いや、切れたのは、張りつめていた精神の糸だった。

 現実が、絶望が、一気に俺へと襲いかかった。


 ——俺の、所為だ。


「……ぁ、……ぁッ」


 喉の奥から、感情が嗚咽となって溢れ出す。地面に四つん這いになり、それを吐き出そうとした——その時。


「……ぁ」


 ——手に、柔らかな感覚。


 俺は形を確かめるように、そっともう片手も伸ばす。生体ゆえの弾力を、丸みを掌に感じた。白骨とは……ミイラとは違う。俺は鼻がイカレてしまっていたのか、今更に、この部屋に糞尿や腐敗の酷い臭いが満ちている事に気付く——だがそれは、生活臭とも言うべき”生”の臭いだった。

 暗闇に慣れ始めた目が、その存在を映した。


 ——少女が、そこに倒れていた。


「お、い……おいッ! しっかりしろ! 返事をしろ! 目を覚ませ! ……覚ましてくれ!」


 だが反応はない。どころか、呼吸音さえ耳を寄せなければわからぬ程に、か細い。そして、なにより——


「——腕、が……」


 その少女には、右腕がなかった。

 暗闇に目が慣れた事で、俺はようやく、あたりに空っぽになった箱が散らばっているのに気付く。それらの箱には、まるで空腹を堪えるように齧られた痕が無数にあった。


 ——この子は、自分の腕をッ……!


 一体どれだけの時間、彼女はここにいたのだろうか。


「今すぐこの子に治癒魔法をッ……!」


 叫びながら背後を振り返り、そこに誰もいない事に気付く。強力な魔法の使い手だった聖女は、ここにはいないのだ。いや、もはや俺の側には誰もいないのだ。


「どう、すれば……」


 俺には魔法は使えない。かといって、今から誰か治療出来る者の所へと運ぶ——そんな事は不可能だ。とても少女が持たない。でも、他に手など何も……。

 考える間にも、少女の呼吸はさらに小さくなっていく。俺は縋るように叫んだ。


「あぁぁあ……! あぁああっ……死ぬな……死なないでくれ……! なんでもいい……なんだってやる。なんだってくれてやる。命だっていらない。奴隷にだってなってやる。だから誰か……誰か、この子を助けてくれ……! なあオイ、神様! 聞いてないのか!? いないのか!? 頼むよ……どうか、この子を助けてくれよォッ……!」


 答える声など当然なく——そして、ついに……少女の呼吸が止まった。


「お、オイ……待て、逝くな……! 頼む……頼むよぉッ……!」


 罪が、罰が、絶望が、俺を取り囲む。最後の希望が、消える。俺が引き起こした結果——それが眼前へと突きつけられていた。

 絶望と共に、走馬灯の如くこの世界での経験全てが脳内を駆け抜けた。

 その時。


 ——天啓。


 まさしく、そうとしか呼べない閃きが俺に浮かんでいた。

 まだ辺境の屋敷に居た頃。書庫に篭り、必死に魔法を身につける方法を探っていた時に見た、一文。


 ——『移植』。


 もし、この子に『刻字の右腕』の治癒能力があれば……。

 俺は自分の右腕を見下ろした。そこには青白く輝く、魔法陣が浮かんでいる。俺がこの世界で過ごした16年を——戦いに身をやつした10年間を託してきた、全て。英雄の証。勇者の力。

 続いて俺は視線を、倒れた少女の、今はなき右腕を見る。


「——あはっ」


 気付くと俺は、笑っていた。


 ——助けられる。


 俺の中にあった感情は、ただそれだけだった。


「……良かった」


 俺はそう零すと、指先までピンと伸ばした左腕を右腕の根元に添え——一切躊躇わずに、振り抜いた。赤い物が辺りに飛び散り、ぼとりと床にソレが落ちた。


「良かった……良かった……」


 俺は何度も繰り返しながら、残った左手でソレを掴み、少女の半ばまでしかない腕へと差し出した。右腕に残っていた青白い燐光。それが、少女の腕と繋がった瞬間に輝きを増した。

 筋繊維が千切れた右腕から伸び、そして——……

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