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第五話 『学園襲撃』

「おい大丈夫か君! アイラ様が時間を稼いでくれている間に、逃げるんだよ!」


 そう俺は手を引かれて、ホールの外へと連れ出されていた。向かう先は、魔法学園の地下に存在する、練習場を兼ねたシェルターだ。


 ホールの外にも、異形の化物——魔族が空を舞っていた。だが駆けつけて来た警備兵や、教員の魔法使いが、俺達に近寄らせないよう、必死に戦ってくれていた。

 地下のシェルターへと繋がる通路へと、俺は人の流れに押されて進んだ。


 ——俺は、何をやってるんだ。


 フィオナに助けられ——彼女の命と引き換えに生き残り、何も出来ず、ただこうして誘導されるがまま。これが本当に、勇者のやる事か? 勇者のあるべき姿か?


 ——俺は、なんの為にここにいる?


 その時、視界が一気に開けた。通路を抜けて、シェルターに出たのだ。

 だがそこにはおかしな光景が広がっていた。


「……そ、ら?」


 誰かが声を漏らした。地下にあるはずのシェルターに天井はなく、空が存在していた。

 風が、砂塵を舞い上がらせ、頬に砂利をぶつけてきていた。瓦礫からパラパラと砂粒が溢れた。シェルターには巨大な穴が空けられ、既に崩壊していた。


「馬鹿、な……」


 そこには、絶望が居た。


「アはハはハハハはハハハハハッ!」


 山羊の魔族が、悍ましい笑みを浮かべてそこにいた。


「ニンゲン如きガ、このようナ殻に閉じこもっテ、我かラ逃げられルとでも思ったカァ! 皆殺しダッ! 貴様ラ全員、皆殺しダッ! アはハはハハハッ!」


 山羊の魔族がその手を振るう。赤い光が周囲に満ち、そしてその性質が変わる——破壊へと。水っぽい破裂音が連続した。赤い華が咲いた。それが人間の頭部が破裂した事だと認識するのに、俺達は理解が追いつかなかった。


 教師達が生徒を助けるべく魔法を放とうとする。だが、魔法を使おうとした物から真っ先にその死は訪れた。あまりにも一方的な虐殺。これが、人族と魔族の力の差。魔族の、残虐性。


 俺の顔付近へ、何かが粘り着くような感覚。それが他の物にも訪れた破壊だと気付いた——その時。

 山羊の魔族へ瓦礫の槍が降り注いだ。

 俺の顔へ纏わり付いていた魔力が霧散する。


「ガッ——糞がァあああアアああッ! まダ、我の邪魔をするかァ! 小娘ェエエエエエッ!」


 空から差し込む光の中から、一人の少女が舞い降りる。太陽と同じ金の輝きを孕んだ髪を持つ彼女は、聖女アイラ。だが、


「魔族、の……思い通りに、は、させま……」


 その息は絶え絶え。全身はボロボロで、身体のあちこちから血が流れている。まさに満身創痍だった。

 だがその姿に、この場にいる全員が息を呑んだ。それだけ傷ついてもなお、彼女は俺達を守ろうとしていた。目の光は全く衰えを知らず、どころかさらに輝きを増していた。


 ——右腕が、疼いた。


 彼女こそが……この場であの輝きを放てる者こそが、英雄。彼女はまるで、俺の理想像だった。


 ——俺も、そんな風に戦いたい。


 右腕の熱が増していく。

 膝を突いたアイラの隙を突き、山羊の魔族が腕を振るった。先ほどの何十倍と言う密度の赤い光が空間を浸食する。彼女が身体の内側から破裂し、血や臓物、脳髄をぶちまけて死ぬ——そんな光景が、脳裏に浮かぶ。


 謹慎三日——そう下された判決の時の事を思い出す。

 元々、俺は本来であればあの時、退学にも等しい罰則を受ける所だったのだ。それを、あのアイラが擁護し、正当性を教員に示したからこそ、対外的なアピールとしての罰則のみで済んだ。


 権力に抗う——口で言うは簡単だが、それは他人の為に自分の人生を棒に振るのと一緒だ。そんな事、実際に出来る人間がいようか?

 俺が殴りつけた男子生徒の親が一言教員を脅せば、辺境貴族の息子でしかない俺はあっさりと退学になっていただろう。


 俺が謹慎三日、という結果に苛立ちを隠しきれなかったのは、そういった、本当に正義を貫ける人間があまりにもいない、という事実を突きつけられたからだった。


 ——アイラを除いて。


 俺はフィオナを助けられなかった——彼女は俺を孤独から救おうとし、死から救った。アイラは俺を権力から救い、そして同じく俺達を守る為に死のうとしている。

 また、失うのか? そんなことは、


 ——ダメだ。


 そんな事は、絶対に許せない。

 青白い輝きが、包帯の合間から漏れ出していた。俺は最初、その光が清く安らかな青白だと思っていたが、全く逆だったのだと気付いた。それは、あまりにも高温過ぎたが故の青白だったのだ。


 頭の中には既に、この右腕の正体が入っている。と同時に、俺はこの右腕の本来の力に——使い道に、大凡の見当が付いている。

 後はそれを、実戦するだけ。ただ、強く願えばいい。今一度、俺の本心を叫べばいい。全てを、救う為に。


 俺は、地面を駆けていた。包帯が解け、まるで昇り龍が如く宙を踊る。



「——刻め右腕ェッ! <俺が勇者だ>ァああああッ!」



 全身が、青白い光に包まれた。

 その次の瞬間には、俺は山羊の悪魔の前に立っていた。いや、立っているだけではない。その手にしていた——倒された警備兵の遺物である剣を、その胴体へと突き刺していた。


「ガッ——!? 何者、だァ、テメェエエエエエエ!?」


 おそらくは初めて傷を負わされたのだろう山羊の悪魔が、その目に真っ赤な光を皿に滾らせながら睨みつけてくる。だが、その一撃で集中力が途切れ、アイラを取り巻いていた魔力が霧散した。


「殺ス、殺ス、殺ス、殺してやるゾォオオオオオオッ! ニンゲン如きガァアアアアアア!」


 だが、山羊の悪魔が強固な蹄を振り抜いたそこには、既に俺の姿はない。

 俺がいたのは、山羊の悪魔の真後ろだった。山羊の悪魔に、さらにもう一本の剣が突き立てられていた。


「な、んダ……これはぁアアアああ!?」


 山羊の悪魔が再び蹄を振るう。そこに俺の姿はなく、また転がっていた剣を携えて、他方向から山羊の悪魔を串刺しにしていた。

 蹄が振るわれる。掻き消えるようにして俺の姿はなくなり、別の方向から剣が生える。一本が二本に、二本が三本に、三本が四本に。剣の数が増えていく。

 山羊の悪魔の身体が、剣で縫い止められていく。


「……勇、者」


 アイラが言葉を零した。

 山羊の悪魔は、青白い光で完全に包囲されていた。俺が棚引かせる青白い光が、この戦場を満たしていた。その光景はまさに、英雄活劇の様だったろう。

 山羊の悪魔は俺を捕えられない。苛立ったように、大きく構えを取った。辺りに赤い光が溢れ始める。


「い、いけませんッ! それは、このシェルターの天井さえ破壊した魔法ですッ! すぐに退避をッ……!」


 聖女が俺へ叫ぶ。

 山羊の悪魔はあまりにもタフで、仕留めきれない。俺は彼女の助言に従い、避難する為に後ろへと跳び——


「なッ——!?」


「あハはァッ……!」


 その伸ばされた腕は、俺ではなく、避難して来た学生達へと向けられていた。


「これハ、罰ダ。ニンゲン共ォ——」



「——<震えヨ>」



 その衝撃に、シェルター全体に亀裂が走った。

 あまりの破壊の力は、視界さえ歪める程だった。

 甲高い音が、響いていた。

 避難して来た者、全員がその脅威に避けよういう気すら起こす事は出来ず、動けず立ち尽くした——たった一人を除いて。


 ——俺は、その破壊と生徒達の間へと、割り込んでいた。


 身体を大きく広げ、その破壊を受け止める。身体の全身から血が噴き出し、骨が砕け、臓物の破裂する音が木霊した。

 一体、何秒間それが続いただろうか。魔法がようやく止んだとき、俺はその場に崩れ落ちた。


「……お、お前」


「な、なんで……」


「ボクちん達を……」


 俺は今更に、すぐ真後ろにいたのが、あのとき、フィオナに絡んでいた男子生徒達だった事に気付く。……だが、助けた事に後悔など覚えなかった。


 身体はもはや、指一本すら動かせそうにない。

 まるで全筋繊維を断ち切られてしまったかのような、自分が糸の切れた操り人形になったような気持ち。痛みすらもはや感じない。頭の中がぐちゃぐちゃと波立っているように感じる。脳が液体になるほど破壊され尽くしたのだろうか。

 俺の回復力も、流石に追いつかないようだった。


 ——ここまで、か。


 だがこれで、きっと皆は生き残れる。手傷は与えた。こちらには手負いだが聖女がいる。未だ大勢の教員がいる。まもなくもっと大勢の護衛兵も到着するだろう。


 ——これで、いい。


 そう、思えた。

 山羊の魔族が、一歩こちらへと近づく。


「馬鹿なニンゲンめェえええ……だが、中々に我を楽しませてくれたゾ。あハはははハハはははははッ! 名乗ってみロ、殺す前二聞いておいテやろウ」


 その頬を勝利に吊り上げながら、残虐な愉悦に歪ませながら、問うてくる。


「……アーク、ライ、ト」


 俺は最後の力を振り絞り、告げた。俺の名前はきっと後世にまで伝えられるだろう。魔族から人々を救った英雄として。


「アークライト。この”メェ王”様がお前の名前ヲ覚えてやるのダ。安心しテ、歓喜しテ死ネぇえエエエえええッ!」


 倒れた俺の頭部へと、メェ王の蹄が、振り下ろされ——


「——っ! ……はぁッ、はぁッ、はぁッ」


「……何ノ、つもりダ、ニンゲン?」


 俺を抱きかかえ、あの時の男子生徒が飛び退いていた。


「……ボ、ボクちんを舐めるな! ま、まままま魔族風情が! ボクちんを舐めたら、ま、まままママやパパが黙ってないぞ!」


 震えた声で、そう威嚇した。


「……ハっ」


 メェ王は鼻で笑い、再び蹄を振り上げ——その顔面に、爆煙が叩き付けられた。


「……オレ、虐めるのは好きだけど、虐められるのは嫌い、なんだよね」


「貴様ラァ……」


 いつの間にか、俺を大勢の人が取り囲んでいた。守るように、労るように。


「……穢らわしい魔族風情が」


 透き通った、それでいて誰よりも強い意志を感じさせる声。アイラが、俺達の先頭に立ち、髪を靡かせていた。その揺れは、風によるものではない。魔力の余波によってだった。


「貴様ラ雑魚の弱小な魔法など、我に効くト思……ッ!? これ、ハ」


 いつの間にか、メェ王を取り囲むように、五本の錫杖が瓦礫の合間へと突き立てられていた。アイラの魔力に呼応するように、錫杖から溢れた魔力が、メェ王のいる場所へと向かい伸びる。


「チッ……貴様ァ……! だがこんなも——ノ!?」


 メェ王はその翼を大きく広げ、巨大魔法を躱さんと羽ばたかせた。が、その足はいつの間にか地面に沈み込み、捕われていた。何人もの生徒や教員が、地面に手を着き、魔法を行使していた。


「小癪なァああああッ!」


 力任せに足を引き抜く。が、その一瞬の差が全ての勝敗を分けた。


「これは……貴方が、隙と時間を作ってくれたお陰です」


 アイラがちらりを俺を振り向き、言った。


「喰らいなさいッ——」


「く、糞がァアアアあああアッ!」


 メェ王の身体が、緑の光で出来た柱に包まれる。膨大な魔力へと飲み込まれていた。聖女が紡ぐ呪文を聞ききらない内に、俺は緩やかに意識を失った。

 だがその眠りに、不安は一切なかった——……

 次話の投稿は1時間後です。

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