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01

 砂丘を越えた先に、白い幻のような四つの尖塔(ミナレット)が姿を現すと、隊列のそこかしこから、フラ・タンジールと歓呼する声が聞こえた。

 麗しの(フラ)タンジール。

 あの都市に棲む黒エルフの民が、故郷を讃えるため唱える祈りのような言葉だった。

 意味を知ってはいるが、イルスはその言葉を口にしたことはない。よそ者である自分が、彼らがこの都を思う気持ちを理解できるはずがないからだ。

 港の水先案内人のように、近隣の中継都市で待ち受けている隊商(キャラバン)の案内を受けなければ、この都市に異民族が入ることはできない。都市の場所が秘されているからだ。

 砂丘から突きだした塔は、巨大ではあったが、ただの空洞だった。辺りにはその他に、人の手によって築かれたようなものは見あたらない。そこにあるのは都市の入り口だけで、街は砂漠の地下にあるからだ。

 誰もいない砂の中に、うつろな闇へと続く入り口だけが待っている。

 そのはずだった。

 白砂は明け方の光を受けて輝きはじめていた。

 砂まじりの風をよけて、目深にかぶっていたフードを、イルスは都市の入り口を見るために少しだけ引き上げた。

 闇に濡れたような漆黒の馬が首を垂れて立っており、それにもたれるようにして、黒衣の人影が見えた。腕組みをして、くつろいだふうに立っている。

 やってくる隊列の中にイルスの姿を認めると、人影は組んでいた腕をほどき、一歩進み出て、こちらを見つめた。

 顔は見えなかったが、スィグルだと思った。

 この都市の者は大抵が皆、引きこもりがちで、外気に触れるこの場所にとどまるのを嫌うからだ。好きこのんでタンジールを出て、入り口に突っ立っているような酔狂な黒エルフといえば、スィグルに違いなかった。

 星を見にやってくるのだ。

 西の空には、まだ、ひそやかな夜の残り火が、かすかに灯されている。

 到着した隊列が、砂牛の脚を休ませると、スィグルはのんびりと砂を踏んで、慣れない騎獣にまたがるイルスのところへやってきた。

 白い顔に、金色の瞳がぎらつくようであり、正装のときのように結い上げていない黒髪が、腰のあたりまでを長く覆っている。身につけている黒い長衣(ジュラバ)には飾り気がなく、散歩のついでにふらりと出てきたもののようだった。

「よく来たな、友よ」

 芝居がかった口調で、スィグルは歓迎の言葉を述べた。

 砂漠の水先案内人たちは、額冠(ティアラ)をつけたスィグルに、族長の血族に対するにふさわしい儀礼で、恭しく腰を折った。

鷹通信(タヒル)が知らせをよこしたから、迎えに出た。久しぶりだね、イルス」

 長らく会っていないような気はしたが、どれくらいか数えたことはなかった。顔を合わせれば、気安さは、学寮で過ごした昔のままだ。

 だがスィグルは、イルスの見知っている昔の姿から、いくらか面変わりしていた。背が伸び、髪が伸び、顔立ちが鋭くなっている。相変わらずの痩身ではあるが、初めて会ったころの、骨ばかりのやせっぽちだった少年ではない。あと一歩で一人前の大人になろうとしている黒エルフの、油断ならない顔をしている。

 それもそのはずだ。自分が十八歳になったのだから、スィグルは十七歳のはず。

 だが、自分が年をとるのは当たり前でも、子供時代を知る友人が大人になっていくのは、イルスには何か奇妙に思える。

 こちらに横顔を見せて、スィグルは隊商の積み荷を眺めていた。

「塩と紙か」

 確かめるように呟き、スィグルはこちらに目を戻した。

「それから通商条約更新のための契約書だ」

 イルスは付け加えた。

「遠方からわざわざご苦労だね」

「俺もタンジールは懐かしかったからな」

「この街に、あんまりいい思い出はないんじゃないの」

 酷薄な笑みをうかべたような、スィグルの目を見つめ返して、イルスは何も答えなかった。黒エルフは相手の目を凝視する。こちらが目をそらさない限り、向こうが視線をそらすことはない。

「王宮へ」

 背を向けて、スィグルは自分の馬にまたがった。手入れの行き届いた黒い馬の毛並みは、輝くようになめらかだ。

 王宮は、タンジールの最深層にある。これからがまだ、長い道のりだった。


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