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君のいない世界と・・・

作者: ありす。

 雨が降る夜だった。

 その道路の真ん中で彼女はひたすら喚き泣いていた。

 誰もがその道で起きた出来事に知らない世界で、彼女はただ一人泣いて泣いて・・・そして・・・笑った。


「おはよう!」

『おはよ、んじゃいこ。』

「うん!」


 私は天里 雪菜。高校3年生で進路も決まり、最近はまた引退した弓道部に参加しに行っている。

 そして私の隣を歩く身長の大きい人は彼氏の黒江 正哉。181.3cmの高身長でバスケ部とサッカー部を掛け持ちしている。運動神経も頭もいいが、手先だけは極端に不器用で、細かい作業はもちろん、料理なども全くと言っていいほどできない。作ろうものなら素材が大きすぎて、じゃがいもなどはもはや元の大きさとほぼ変わらない。そのくらいに不器用なのである。


 そんな不器用男子の正哉と出会ったのは、高校2年生の2学期だった。

 クラス替えで同じクラスになって、ずっとその身長の大きさに恐怖を感じていた。

 だが、調理実習の授業でその不器用さを知り、彼と関わりを持つようになった。

 関わってみるととても優しくて、意外と純粋で、スポーツが大好きで・・・そして予想以上に彼がモテていることを知った。そして、話していくに連れて彼に惹かれていった。


 いつの間にか彼も私に興味を抱いてくれた。好きな物、事、場所・・・色んなことを聞いてくれるようになった。私ももっと知って欲しくて・・・もっと知りたくてずっと話すようになった。


 そして、それは突然訪れた。


『ねぇ、俺と・・・付き合ってくんない?』


 高身長で適度に筋肉のついた大きな体の男子が、顔を真っ赤にしてぼそぼそと言う台詞じゃない・・・と思う。

 だけど、それでも好きになったのが初めてなんだから仕方ないと思う。

 小さくてふわふわして、でも中身はすごくしっかりしてる雪菜に俺はもしかしたら合わないかもしれない。

 そんな不安は返事が来るまでついて回った。

 そして真っ赤になって笑った雪菜が呟いた。


「はい・・・!」



 そうして付き合いだした私達は1年をあっという間になくしてしまうほど、幸せな時間を過ごした。


 その時の私はまだ知らなかったから笑っていた・・・



 いつも通りの帰り道だった。

 お互い部活に顔出しして帰るから、帰り道はいつも真っ暗。

 いつも通りの暗さの中を、いつも通りの手の温もりを感じながら二人並んで歩く。

 ひたすら温かくてとても穏やかな時間。

 しかし、今日だけはそんな闇に雪菜は謎の恐怖を感じていた。


『どうした?』


 家に辿り着いて別れ際。雪菜は正哉をじっと見つめて抱きついた。


『え!?雪菜!?どうしたんだよ、なんかあった?』

「・・・」


 何も言わない雪菜に俺は戸惑った。

 でも小さく震えているのが、抱きつかれた体を通して伝わった。


『・・・雪菜?大丈夫だよ。』

「正哉・・・もう少し一緒にいて・・・お願い・・・」


 震えた声と手は、今までの帰り道では有り得なかったことだった。


「大丈夫だよ、ずっと一緒にいる。俺は傍にいるよ。」


 震えた小さな体を優しく包み込んで落ち着かせる。

 お互いのぬくもりを分け合って、小さな幸せに浸りながらゆっくりと体を離し、頭を撫でる。


『また明日な。迎えに来るから。』

「うん・・・ありがとう。おやすみなさい。気をつけて帰ってね。」

『おう。』

「あっまたあとでメールするね?」

『わかったよ。またな。』


 少し心配そうに見てくる彼女の言葉に、笑いながら返事をする。

 いつもならすぐに家に戻るのに、今日だけはずっと見ている彼女に何度も振り返り手を振った。


 送り終えた後は1人家に向かって歩く。

 イヤホンをつけて歌を聴きながら、先程までの雪菜を思い出してにやける。


『今日はどうしたんだろうな、あいつ・・・可愛かったけどさ。』


 心配そうな目も気になったが、それ以上に抱きつかれたことに正哉は笑えてしまっていた。

 にやにやしながら家に向かう。特に遠いわけではない。雪菜の家からすぐの十字路を1回曲がってあとはひたすら真っ直ぐ歩くだけ。大体10分の距離だった。


『ん・・・雨?』


 正哉が十字路に差し掛かったとき、ぽつぽつと雨が降り出した。

 通り雨のようで、雨粒が少し大きいが大したことはない。少し小走りで十字路を曲がる。そしてまたゆっくりと歩き出した瞬間だった。


 キーッという高い音と共に、正哉の体は宙へ浮かんだ。


 静かな時間に起きた、大きな事故だった。

 音を聞いた人達が家から出てくる。

 あっという間に騒がしくなり、雪菜も走ってきた。


 道路に横になる正哉。

 歩道に突っ込むように潰れた車。

 救急車から降りてきて正哉の生死確認をした人の首の動きは・・・・・・横だった。


「まさ、や・・・」


 震える声で横たわっている彼の名前を呼ぶ。

 警察に貼られたロープをくぐり、彼の元へとぼとぼと近づく。それに気づいた警察が、虚空を見つめて死体に近づく雪菜を止める。だが、行かないでくださいという声は彼女には届かなかった。


「まさ、やぁ・・・やだ。冗談やだよ・・・正哉は生きてる・・・やだ、死んでない・・・やだ・・・」


 朦朧とした目に雫を溜めながら自分に言い聞かせるように呟く。


「だってさっき言ったじゃん・・・ずっと一緒にいるって・・・そばに、いるんじゃないの!?ねぇ!正哉ぁ!」


 涙声で正哉に向かって叫ぶ。

 もう目覚めることのない、君に向かって。


 警察が呆れたように病院に一緒に行くよう促した。

 とりあえずは病院で話を聞こうと。

 救急車に乗せられてからずっと彼女が彼から体を話すことはなく、また涙を止めることもなかった。

 病院についても、正哉の両親が話を聞いている時でも、翌日の朝になっても、たとえ寝てしまっても離れることはしなかった。


 そうして夜になり彼と離れなければならない時間が来るまで、彼女はくっついていた。涙は止まったが、彼女の目は朦朧としていた。


 正哉の両親が雪菜を心配して送ることを提案したが、雪菜は笑えない笑顔で大丈夫だと答え、病院から出ていった。歩けば約25分から30分の距離。その距離は彼女の心に振り返る時間を与えた。


 雨が降って帰り道が大変な時も、雪が降りすぎて歩きにくい時も、寂しい時も悲しい時も、彼は一緒にいてくれた。

 ずっと幸せな時間を与えてくれた。

 私は何も返せなかったのに、色々なものを与えてくれた。

 目を擦る袖には、さっきまで一緒にいた正哉の匂いがした気がしてより泣きたくなった。

 今まで繋いでいた手の温もりが、どれだけ温かくて優しくて安心させてくれていたか改めて感じた。あの手が彼の命を、彼の気持ちを、彼の存在を感じさせてくれていた。

 そして唐突に、私達の時間は噛み合わなくなった。

 いつも通りの会話以外、一言も言葉を残さずに・・・残す時間すら与えられずに、時は私達を引き裂いていった。


「私・・・まだ何一つあなたに返せていないのに・・・」


 辿り着いたまだ封鎖された事故現場で呟く。

 もう何もない空間で何故か涙が止まらなくなった。

 もう足が動こうとしなかった。


「ああああああああああああああああああっ!」


 悲痛な叫び声は私の体を巡り、天高く響いた。

 聞こえていなくていい、それでも・・・私はどうすればいいのかわからなかった。


 たった1年・・・されど1年。私の中の彼は存在が大きすぎて、その穴はとてもとても深かった。

 修復なんてまるで不可能なくらい深く大きかった。

 いや、この穴は深すぎてきっと誰にも何物にも埋められない。一生続く穴。もう二度と埋まらない穴。きっとそれが神であっても埋められない・・・いや、私は埋めることを拒みたいと願う。


 もう二度と触れない温かさでも、私の中で一生輝く温かさだから・・・。

 いつまでも続く恋愛なんて存在しない。そんなこと形としてありえないなんてことは、ずっと前からわかってる。

 だけどそれでも、私の中で彼との恋はいつまでも永遠に続く恋だから。愛だから・・・。

 だから・・・・・・だから私は・・・


「ねぇ正哉・・・私生きるよ。もう泣かない。

 あなた以外と恋もしない。

 ただひたすらあなたを思う心と、あなたの温もりをたどって生きていく。

 強く・・・笑いながら。」


 この地球は残酷だ。

 たった1人いなくなっただけでは何も変わらない。

 新しい日が上り、誰もがまた歩き出していく。

 過去のことだと終わらせて、また新しい夜を迎えに行く。

 誰もが自分の人生を、また新しい記録として保存していく。

 私の人生もきっと同じ。あなたを失ったとしても、止まったのはあなたの時計だけ。明日を夢見て世界が回るのを待つ。自分の時間を生きる為に・・・。


「もう、私は大丈夫・・・。」

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