~第9話~
誰もやってこないことを確かめ、俺はペンダントを手に取る。強く握っているため小さく振動しているのが分かった。
やれやれ、そう急かすなよ。
親指に力を入れゆっくりスライドさせる。あの青い石が姿を現した途端、直線的な光が放たれた。
「おぉっ!」
レーザーが放たれたかのように、その光はまっすぐに天井に向かっていた。青い光だが決して寒々しいものではなく、何とも神秘的な輝きがあった。
顔を上げて綺麗だなと思っていると、すぐ近くに声がした。
「おい。どこを見ている。俺はここだ。」
「あ?」
美しさに酔いしれている所に不機嫌そうな声が放たれ、俺は低い声を出した。
見ると、光を放っている石の上、三角錐を逆さにしたようなものを形作っている光の中に、テンボーはあのスーツ姿で胡坐をかいて座っていた。初めて会った時よりも一回り小さく、アニメのフィギュアぐらいの大きさになっている。俺を上目で睨みつけ、頬を膨らませている。
「よ。久しぶりだな。すごいな、これ。」
「そんなことはどうでもいい。お前、いつになったら探すつもりなんだ?」
「探す?はてなんのことやら。」
どうやら本当に夢ではなかったと実感するとともに、俺はどうやら何かの感覚が麻痺してしまったようだ。こんなメルヘンな光の中から普通ありえない生き物が現れたという現象を受け入れてしまっている。
「とぼけるなよ!『運命の人』探しだ!」
「・・・もうちょっといいネーミングはないのか?」
「なんだ、ピッタリではないか。不満か?」
・・・まあ、確かに理屈からは間違いないが、俺らの世界では別の意味になるんだよ。
でも説明が面倒なので黙っておこう。
「まあそれはそれでいい。覚えてるよ。あんな衝撃的な事忘れるわけないだろ。心配するな。」
「じゃあなぜすぐ行動に移さない。俺の必死な訴えも見て見ぬふりをしていただろう。分かっているのだぞ。」
どうだと言わんばかりに鼻を鳴らすテンボーに苛立ちを覚えるも、俺は平然に努めた。
「あのな。俺は死ぬか分からない瀬戸際だったんだ。はいそうですかじゃあさっそく探しに行こう!とはならないんだよ。人間はもろいんだ。そんなに急かすな。もうすぐで退院だからそれまで待て。」
俺はテンボーの目の前で人さじ指を立てて言った。
なにか反論してくるかと思ったが、テンボーはしばらく不機嫌な顔をして俺を睨みつけ、そして深く息を吐いた。
「・・・それなら仕方がない。覚えているならそれでいいんだ。」
おっ。案外聞き分けはいいのか?
「だが動けるようになったらすぐに行動するんだぞ。わかったな。」
「分かったよ。ところでひとつ聞きたいことがあるんだが。」
「なんだ?今の俺のスリーサイズか?」
んなわけないだろ。誰がおっさんの体のこと知りたいんだ。
「初めに聞くのを忘れていたんだが、どうやって見つけるんだ?その『運命の人』とやらは。」
「言っただろう。まずは自分の記憶をだな・・・。」
俺はテンボーの目の前で手を振った。
「違う違う。どうやってそいつを見分けるんだ。俺は特殊な力はないからわからないぞ。」
「なんだ。そんなことか。それは大丈夫だ。運命の道から外れた奴は何かしら不具合が色々生じているだろうからすぐ分かるぞ。」
「不具合ってなあ。そんな簡単に言うなよ。」
「それにだ。代わりにお前が死にかけたということは、そいつもその時命の危険が迫っていたということだ。だからお前の記憶次第なんだよ。怪しいと思った奴がいたら俺に言えばいい。誰か分かればこっちで調べられる。」
「じゃあ手当り次第お前に報告すればいいんだな。なんだ思ったより楽そうだな。」
するとテンボーは呆れたように深いため息をつく。
「あのな、こっちは天界に極秘で頼んでるんだ。そんな何人も根拠のない人間を詳しく調べるなんて無理だ。本来禁じられているんだからな。できて3人だ。」
テンボーは俺の目の前で指を3つ立てて見せた。
「なっ!無理だろう、もうちょっと頑張れよ!」
だがテンボーはその手の形を変えることなく言った。
「安心しろ。俺もできるだけ手がかりを調べてみた。どうやら『運命の人』はお前の周りにいる。」
「え。そうなのか?」
「それは間違いない。つまりお前はこれから記憶を思い出し、事故の日に接触した奴を探していけばいいんだ。できないことないだろう?」
「そこまで調べられたなら『運命の人』も特定できただろうが!」
「俺がどんなに優秀でもそこまでは無理だった。悪いな。」
フッと鼻を鳴らしカッコつけるテンボーの顔を思いっきりつねってやろうと手を伸ばすが、親指と人差し指は空をつまみ、俺は驚く。テンボーはさらに得意げな顔をした。
「これは姿を映しているだけだから触れないんだよ。実体じゃないの。」
俺は顔に皺を作り渋い顔をするも、枕に勢いよく頭を乗せて言った。
「しかし天使ってのも楽じゃないんだな。人間の事を完全に動かすことはできないのな。そしたらこんなことは起きなかっただろうに。」
するとテンボーは光の中で立ち上がり、俺の顔を見て言った。
「そりゃそうさ。俺達は全知全能じゃない。俺達を統治する神々だって全てを悟る者などいないんだ。そういう意味では人間と同じだな。」
「でもさ、人の運命ってのは決まってるんだろ?ならそれを知ることができたら変えることもできそうだけどな。」
「できないんだよ、これが。」
いつもより整った声音でテンボー言った。
「俺達は運命を知ることはできてもそれを作り変えることはできない。己の運命をそこまで作ってきたのは他でもない人間自身だからな。だからそれを変える力を持つのも人間でしかないってことさ。」