~第1話~
「あぁ、しまった。間違えた。」
気付いたら目の前にいた人物・・・というか生命体というべき生き物が、落胆した声を放った。
なぜ言い換えたかというと、その姿があまりに滑稽で異様だったからだ。
まず小さい。俺の膝ぐらいしかないんじゃないだろうか。俺は人並みより高いが、それでも小さすぎる。
そんな小さい人間なんて赤ん坊以外考えられないが、その生き物は確かにはっきりとした言葉遣いをしている。
そしてなにより異質なのは、その体型に似つかわしくない、どこかの中年男の顔をしていた。
その顔だけならダンディーでいい男の部類に入るのだろうが、どこもかしこも幼い体つきとの組み合わせがアンバランスで、なんとも間抜けな見た目になってしまっている。そういうお面をつけているのか、はたまたテレビでよく見る特殊メイクとやらを施しているのかと思うほど、小さな子供の写真に糊で大人の顔をくっ付けたような不自然さがあった。
その姿で俺の目の前を浮いているのだから、俺が今まで出会ったことのない生命体とした言いようがなかったのだ。
そう。何気なくさらりと口にしたが、浮いているのだ。幼児の体でいい年したおっさん顔の生き物が、俺の目の前でふわふわと浮いている。信じたくはなかったが、風の音をまとって羽ばたく小さな羽が、生命体の体の背後から、ちらちら見えた。
小さい体に白い羽、それに加えて先程まで見て見ぬふりをしていた周りの不可思議な風景を総合して、どうやらこの生命体は俗に言う天使なのだと、超平凡な一般人である俺は己を無理やりに納得させた。
目の前にいる奴が天使だとするならば、大半の人間が考えることは一つだ。
「俺、死んだのか・・・。」
「う~ん、まあそうなんだけどねえ。」
適当な相槌を打ち、その生命体は手の中のバインダーを覗き込んでいる。
死んで落ち込んでいる人間を目の前にして、もう少し気の利いたこと言えないのか。仮に天使だろ。
だが俺は不思議と落ち着いていることに気付く。死んだことへのショックより、目の前の生物のインパクトの方が勝っていたのだろうか。
その生き物は頭を掻きながら、あっさりと俺に言った。
「お前、やり直し。もう一度戻れ。」
「・・・・・・は?」
10秒ほど思考が止まり、自分でも驚くほどの間抜けな声を出してしまう。
「ちょっと待て。それはどういうことだ。戻るって・・・。」
「もう一度地上に戻れるの。それでいろいろと条件があって・・・。」
「おい、天使。ちょっと待て。」
すると天使はぴたりと黙り、あからさまに嫌そうな顔を俺に向けてきた。
上等だ。天使を不機嫌にさせるなんて光栄だ。滅多にないことだしこの際とことん色々聞いてやる。
「俺は死んだんだよな。」
「正確にはまだ死んでいない。お前は戻れる過程にいる。人間でいう、ひん死状態ってやつだな。」
「つまり死んだ人間には生き返るチャンスがあるってことか?」
「いいや、お前は特別。俺が引き止めた。にしてもよく喋る人間だなあ。」
「なんで。」
すると天使は口をつぐみ、言いにくそうに口をへの字曲げる。
「・・・・・・間違えたんだ。」
「何を。」
「死ぬ誰かとお前を間違えた。」
「・・・・・・・・・。」
再び二人の間に沈黙が訪れた。
まるで大した問題はないように、頭をポリポリと掻く天使の顔に、俺は思いっきり拳を叩き込みたい衝動に駆られる。
俺の殺気で危険を感じたのか、天使はびくりと背中を震わせた。
「だ、だから生き返らせてやるってい言ってるんだ。よかったじゃないか。」
「そうだな。死んで天使に会うわ、雲の上に立つわ、おまけに生き返るなんてできる経験じゃないもんな。だがな、誰かと間違って死んだなんて聞かされて怒らない奴なんていると思うか?」
「悪かったと思ってるよ。いろいろ予想外の事が起きたもんだからうっかりな。」
俺は長い息を吐いて腕を組む。まあ、元に戻れるなら許してやらんこともない。
色々聞いたいこともあったが、そんなことはどうでもよくなっていた。内心では生き返ることになって安心しているのだ。
「まあいい。そうと決まれば早く俺を生き返らせてくれ。」
「まあちょっと待て。それがそう簡単にはいかないんだ。お前にはいろいろやって欲しいことがあるんだよ。」
「間違って人を死なせといて何をやれっていうんだよ。」
「間違いました。はいじゃあ戻っていいよって単純なことじゃないんだ。 間違いは正せ、だ。」
言いたいことがよく分からず、俺は天使を軽く睨みつける。
が、戻る方法が分からない以上、大人しく話は聞くしかなかった。
俺は観念して天使に向き直る。相変わらず不自然な身なりだ。
「で、俺は何をすればいいんだよ。内容によってはやらないぞ。」
「探してほしんだ。」
その天使は真っ直ぐに俺を見つめていった。
「本来死ぬ予定だった人間を、お前に探してほしい。」