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⑨ ゆうれい と おはなし しましょう

 二人の大人が両手を広げて通れるほどの広さの廊下ろうか。幼女は男へ敵が向かわないよう戦い続ける。

 幼女が目を細めて眺める。目から見える範囲では二十人は盗賊がいることが確認できた。ネコミミをピンとませてみると、明らかに二十人は越えている音の数を聞きとれて、幼女は人数をかぞえることを無意味と止めることにした。


「えいっ、やぁ――ッ!」

「ぐはぁ――っっ!」


 幼女のナイフの風を切る一閃の音が、たまる声にかき消された。

 血しぶきの香りが充満してくる。廊下にはしずくが落ちて空気を湿しめらせる音がした。


 幼女は盗賊達の連携攻撃を華麗かれいに回避し、獅子奮迅ししふんじんの戦いを見せつける。

 だが、多勢に無勢である。いくら常人の倍以上の強さを誇っていたとしても、それ以上の数の猛攻にさらされたならどうだろうか。ましてや、幼女ひとりの体力ではどれくらい保つだろうか。

 摂政せっしょうであるスライルは、戦場から離れずに ねっとりとした声で笑っている。


「はははっ! いいぞ、その絶望した目つき! 希望にすがりつき、怒りに燃えるその表情! なんとも胸を高鳴らせる!」


 スライルは昂揚こうようの高笑いをしている。

 幼女の胸に焦燥しょうそうがよぎる。盗賊達の戦力は大したことはないが、全てを倒しきるまえに 城の全ての兵士達が援軍としてやって来てしまうだろう。

 盗賊達を殲滅せんめつするには時間がかかりすぎる。やはり男の魔法が頼りなのだと幼女は直感した。


「ひとりで、この量か……」


 幼女はあきらめが混じったつぶやきを漏らした。

 英雄とは絶望の世界においても希望を失わずに戦い続ける者である。幼女は自分の記憶に登録されている歴史の中で、絶望的な戦いを思い起こして現状と重ねていく。そこから出た結論は、この戦いは『詰み』に近い状態であることを痛感しただけだった。

 せめて もう一人いれば、と苦しさを噛みしめる。


(だいじょうぶだ。もう、『アイツ』をひとりにはさせないから)


 突然に降ってきた声に、幼女はふりむいた。廊下の端っこに避難させておいたライラックが目に入った。

 気のせいか、と幼女は視線を戻す。すると、盗賊に向かって戦うひとりの戦士の背中が見えた。その鎧姿はまるで幽霊のようにかすんでいる。どうしてか幼女は、その存在がライラックに重なって見えた。


(はぁ――ッ!)


 ライラックに見えた透明な男が、盗賊に足払いをかけて転ばせた。

 しかし、目を凝らして見てみるとライラックの男の姿はやっぱり存在しない。ただ、盗賊が足をすべらせただけのようだった。


(『アイツ』は……うちの王子サマは意地を張りまくりで厳しくしようとしてるけど、どうしても甘いんだよ。優しさがにじみ出てくる奴なんだ)


 幼女が再び声の方行へふり向くと、偶然なのかライラックが飛んできていた。盗賊達の大きな身体が倒れた衝撃で、ライラックがはずんでしまったらしい。ちょうど幼女の肩に飛び乗ったように着地してきた。

 幼女は飛んできたライラックを偶然とは思えなくなった。幼女は盗賊達を切り裂きながら、ライラックの瞳を見る。ライラックが何かを語っているように見えた。


(その優しさを敵は裏切ったんだ。真綿まわたで首を絞めるように、ゆっくりと『アイツ』の心をむしばんでいった。敵は誰にも気づかれないように動いて、悪意を隠して『アイツ』を攻撃していったんだ)


 ライラックの言っている行為。それは敵としては当たり前の行動だった。自分が犯人だとわざわざ悪意を見せるような行動はしない。だからこそ、ターゲットにされている本人もその周りにいる人間も悪意には気付けない状態を造りあげることができる。


 ライラックの男の幻覚が再び見えた。鎧姿の幽霊が肘鉄を叩きこみ、盗賊の男がうめき声をあげてひるむ。

 でもそれはほんの偶然の結果だった。目を凝らして見ると、本当は手前にいた盗賊の肘が当たって、後ろにいた盗賊の鳩尾みぞおちへ、奇跡的にクリーンヒットしただけだった。


 肩に乗っているのはライラックで、今 戦っているように見える鎧姿の幽霊もライラックだ。幼女は同時に存在する二人のライラックの姿を認識している不思議な感覚をおぼえた。


(敵は『アイツ』に限定して悪意をぶつけていった。『アイツ』が周囲に相談すれば、周囲の人達は被害を受けていないから気付けない。むしろ「そんな傷つくことを面と向かって言われるくらいの落ち度があったのでは?」と逆にいぶかしめられてしまう。だから、助けを周りに求めることもできなかった)


 ライラックが語り続ける。

 被害を受けていない周囲は、『アイツ』に対して反省の心を抱くように促してしまうだろう。

 誰だって事を荒立てたくないと考えている。それは敵も同じという前提のもと、お互いの認識の違いがあるのだろうと、周囲の人間は『アイツ』に善意で罪悪感をもつことをすすめてしまったのだ。



 幼女の目の前には戦士の幻影のライラックがいる。ライラックの男の幻影が動くたびに、なぜだか盗賊達は自滅していく。


(敵は『アイツ』を傷つける言葉に正義の刃というカモフラージュをまとわせて攻撃していったんだ。『アイツ』が思慮深ければ「意気地なし」と悪態あくたいをつき、行動すれば「身勝手」と糾弾きゅうだんする。敵は正義の刃として言葉をあやつり、正当な批判として『アイツ』を攻撃していった)


 行動の言葉には二面性があり、大きな力が秘められている。誰かを立ち上がらせることも、誰かをつき落とすこともできる。言葉は絶妙なバランスの上で成り立っているのだ。曖昧な均衡を利用した言葉の力で、『アイツ』はずっと苦しめられてきた。


 幼女はライラックに話しかけるようにひとりごとを言う。


「言葉って怖いものなんだね……」


 ライラックのぬいぐるみが、うなずいたように見えた。


(最も恐ろしいのは、一人になってしまうことなんだ。誰からも理解されずに、仮に誰かを話したとしても反省を抱くべきだと、『アイツ』の心に対して無言の否定をしつづけていく。『アイツ』が罪悪感にかられて、敵を理解しようとしても、敵を考えるほどに分からなくなっていく)


 ライラックが説明していく。

 理由もなく すすんで人格を傷つけようとする人間の存在を『アイツ』は理解できなかった。それでも『アイツ』は懸命に理解しようとしていった。なにせ、敵は一緒の街で生活していく仲間のはずだったからだ。諦めたくなるたびに、単なるすれ違いなのだと自身を騙し続け、理解しようとするほどに意味が分からなくなる。

 それでも、いつかは理解できると願い続けていき、『アイツ』は病んで狂ってしまった。



 盗賊が手斧を振りあげるが、ライラックの幻影が弾き飛ばした。幼女は無防備になっている盗賊の腹に向けて拳を繰り出す。

 幽霊という実在しない存在の鎧姿の男と、歴史から生まれて本来はこの次元に存在しないはずの幼女の存在。奇妙な存在達の連携が盗賊達を次々になぎ倒していく。


(いつか分かり合える日が来るはず。そう信じて『アイツ』は全ての人間に対して敬意を払っていたから、そもそも仲間のはずの敵を害として認知していなかったんだ。だから、敵はまんまと『アイツ』を孤立させていったんだ)

「…………」

(敵は偽物ニセモノの正義の刃で造られた言葉を周囲にばらまき、いさかいの種をたくさんいた。大量の疑惑に包まれれば、交友に亀裂が入るのはすぐだった。目に見えないものというのは、信用から成り立っているものだから……)


 幼女は戦いながらはっとした。ライラックの言う『アイツ』が、いま背後で魔法を唱えている男の在り方に重なって見えたのだ。

 幼女は男の過去を知らず、どうして重なって見えたのかは分からない。しかし、直感的に気付いたのだった。

 幼女は悲しげにぽつりとつぶやく。


「ひとりぼっちは嫌だよね……」

(ああ、人間として生きるには、一人ぼっちはとても不便なんだ)

「……うん」

(『アイツ』が仲間であるはずの敵を害であると認定せずに止めなかったから、痛いほどに人間の尊さを信じていたから……。止める人間が誰もいなかったから、疑惑の種はとどまることなく広がり続けていった。周囲には『アイツ』に対する不信感がつのり続け、いつしか『アイツ』は信用が無くなってしまったんだ。すると、いつの間にか『アイツ』は『 悪者わるもの』として認知されてしまった。これが『アイツ』の悪者のはじまりだ)


 それが悲劇の始まりであった。『悪者』になった男に対して、今度は周りの人間が正義の刃で攻撃していった。

 男は優しすぎたから敵の在り方に気がつけなかった。だから、突然に攻撃してくる周囲の人間達の原因がみずからにあるのではないかと、自分の意思がボロボロになるまで心を自虐することを繰り返していった。こうして男は造られた悪者となった。


「…………かわいそうだね」

(『アイツ』がみんなに与えた愛の事を優しさではなくて、恐怖からの献上と……いや、心の弱みだとくだしていたのが敵の正体だ。『アイツ』は すべての人間の心はとうといものであると信じていたから、みずからで自分の心を潰してしまったんだ)


 幼女はライラックの言葉に耳を傾けながら盗賊を地へ叩き投げ、ナイフで首を切り裂いた。スプレーのように吹きだした真っ赤な生命のかおりに、盗賊達はむせて攻撃を躊躇ちゅうちょしはじめた。

 返り血に濡れた幼女と盗賊達がにらみあう 緊迫したの時間ができる。ライラックが幼女に助けを求めるような か細い声で語り続ける。


(『アイツ』は、もう人間を信じることができず耳をふさいでしまった。だから、もう どんな人間の言葉も届かない……)


 悲しみに震えたライラックの重たい言葉。その言葉に対して、幼女は気丈に小さく笑った。


「だいじょうぶ、私は平気だから。だって、獣人じゅうじんの言葉だもん」


 幼女が晴れやかに言い放った。ライラックは息を飲んで その言葉を心の内で反芻はんすうした。

 わずかにかすれた嘆願の声をライラックがあげる。


(……頼みがある。幼い獣人じゅうじんの少女よ)

「ミアだよ。間違えないでよ、ライラック」


 ライラックがハッとする。それは、男のそばにいつづけていた幼女ではなく、長く男と付き添っていた『ミア』としての言葉だったと認識した瞬間であった。

 ライラックが、そうか と小さく笑った。


(ミア。お前のパパを信じてやれ。口ではお前のことをこまだと言ってたが――)

「ううん、違うよ」


 ライラックの言葉を否定してさえぎり、ミアが綺麗に笑った。


「パパじゃないよ。わたしは ひとりの人間としてあの人のことを尊敬してるから」


 ライラックは驚いたように、声を詰まらせた。


「大丈夫。どんなに私がふざけても、あの人はちゃんと ぜんぶ受け入れてかまってくれたんだもん。あの人は 本当はとっても優しい人だって分かるよ。短い付き合いだけれども、私はあの人のことを絶対に信じるから」


 ミアがニッコリと笑う。


「私の身体は魔法で出来ている。膨大な魔力と、強い信念がなければ、私を存在させ続けることはできない。うん、やっぱり、あの人が弱い人間なわけないよ」


 その弱い人間ではないという言葉は、膨大な『魔力』に向けられた言葉だろうか。それとも強い信念をつかさどる『心』に向けられた言葉だろうか。ライラックはどちらなのかを聞かなかったが、みなまで言わずとも分かった気がした。


 ライラックは、ライラックとして見つめてきた男とミアの過ごしてきた日々という歴史に思いを巡らせる。

 怒鳴り合ったり、笑い合ったり、ボケたりツッコミがあったり。本気でふざけあっている意味のないはず日々が、思い出としてまぶしくきらめいていた事に気がつけた。

 ミアは自身の価値をしっかりと把握できている上で、男のことを信用していたのだ。


(ありがとう)


 ライラックがそうつぶやいたようにミアは感じた。

 スライルの罵声ばせいが響き、盗賊達が大声をあげて突撃してきた。ライラックである鎧姿の幽霊とミアが再び構える。二戦目の火蓋ひぶたが切られた。



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