⑧ むかつくので みなごろしにしましょう
アルバイト当日、幼女が早起きできなかった。
男は無理矢理にメイド服に着替えさせて 幼女を背負って城に向かった。こうして男と幼女は無事に城内へアルバイトとして侵入する事に成功した。
しかし、幼女をメイド長に引き渡そうとしたが、幼女は男の背中から離れなかった。というのも、幼女の勇者性質なのか、どんなに強く引きはがそうとしてもギュッとしがみついたまま男の背中で寝つづけたのだ。
男は仕方がなく幼女を背負ったまま 一日中コックの仕事に励むことになった。そして、どうしてか幼女が起きたのは、作戦開始の直前。つまり、夜中だった。
「ったく。なんで起きなかったんだよ」
「背中があったかくて、なんとなく!」
「どんな理由だよ。それにしても、途中で腹が減って起きなかったんだな。もしかして人間とは身体の造りが違うのか……?」
「えっ、まんぷく だったよ」
「……ちょっと待て。いまオレの背中を触ってみたら、ソースとか油とかで汚れてたんだが。まさか、つまみ食いをしてたのか?」
「だって、みんなが くれるんだもん!」
「ってことは 本当は起きてたのかよ!?」
「起きたけど、何度も寝てたよ。おなか いっぱいで しあわせになって」
「そういう意味じゃねぇーっ!!」
フリフリの可愛らしいメイド服の幼女と、コックのエプロンをした男は、隠密中だろうが、どんな状態であろうが、いつもの調子な大声で言い合っていた。
そして二人は城内図に描いてあった王子の部屋にあっさりと侵入し、王子を捕縛する。男の手腕によって、警備が手薄な時間を狙っため、無事に成功する事ができた。
まるまると太っているニセ王子を幼女が縄で捕まえている。
「王子さまって、もっとカッコいいと思ってたのにな~」
「ぎゃー、痛い痛いっ!」
幼女が容赦なくキリキリと締めている。縄の圧迫で王子が叫び、腕がうっ血しはじめて指先から真っ白になってきた。
「王子じゃねぇんだから、カッコよくないに決まってるさ。私腹を肥やしてたんだろ。このニセ王子め」
男は静かに言い放ち、侮蔑を込めた視線でニセ王子を見下ろした。
ニセ王子から吐かせた情報によると、本物の王子は逃げ出してしまい行方不明になったこと。だから、自分が王子の代わりにやっていたらしい。摂政をやっている人物は知らないが、元は城に仕えていた人間だったとのこと。
たしかに王子がいなければ街をまとめる血筋の人間がいなくなってしまい、街の統率を保つことができなくなってしまうだろう。だからこそニセ王子を置く必要があったのだ。
「だが、それは今のテメェの立場のための自己弁護だろ。どうして、王子が行方不明に……いや、逃げたという事になっているんだ。お前は王子の事を分かっている上で言っているのか?」
「そんなもん知るかよ! 摂政のヤツが言うには、城を管理するのが嫌になっていたらしい。民を捨てた愚かな王子の代わりに、俺がやってたんだよ。悪いか?」
静かだった男の顔が歪み、ニセ王子に掴みかかる。
「テメェの意見はきいてない……! どうして王子は管理するのが嫌になったかと言ってんだよ!? 勝手な妄想で、他人の選択肢を否定すんじゃねぇよ。テメェは神か何かのつもりか? お前の考えが、ぜんぶ正しいのか? 勝手に愚かな王子と決めつけるな! さあ、答えろ!」
「うるせー、さっきから知らねーって言ってんだろ! とりあえずこの部屋に入ってくれと言われて、入ったら閉じ込められちまったんだよ。俺だってワケが分からねぇよ!」
男はニセ王子を突き飛ばして、一発だけニセ王子の腹に蹴りを入れた。ニセ王子がうめき声をあげる。
男はニセ王子からはこれ以上の情報を聞くことができないと判断した。次の行動をどうするべきか考える。
「あの……」
「なんだ、ミア」
「いや、なんでも、ない……」
幼女は男に声をかけるか迷った。
今まで見せなかった男の苛立ちに、どう接したら良いのか分からなかった。
「……ったく。摂政のスライル・ウィーノとやらが、全部を知ってるみてぇだな」
「……うん。王子は人質として連れていく?」
「人質の価値はねぇよ。たぶんコイツはクソ摂政が用意した代えの利く身代わりなんだろ。クソ摂政を締め上げて、この街に暴君の限りをしつくして、さっさと この汚ぇ街から、オサラバするか」
「うぅ、分かった……」
幼女はいつもの調子で冗談を言うことができず、ライラックを持って 男の背に とぼとぼとついていった。
男はニセ王子の部屋の扉を開けて少しだけ歩き続ける。ふいに立ち止まった。
「――貴様が、侵入した強盗だな」
それは二人の声ではなかった。
雅やかな紫色のローブのような服装に、頭には王冠をかぶっている。男と幼女の目の前にいる男は摂政の恰好をしていた。
彼こそは摂政であるスライル・ウィーノ。男はスライルの顔に見覚えがあったのか、酷く不快げに顔をしかめた。
スライルの背後には屈強な男達がわらわらと控えている。
背後の男達は城の兵士だろうかと思ったが、その男達には戦士特有の凛とした雰囲気は無く、下品な盗賊のような顔つきをしていた。
スライルが大きな声でいやらしくあざ笑った。男と幼女は、スライルに対して生理的に受け入れられない嫌悪を覚えた。
スライルは男と幼女を小馬鹿にするように指をさしながら言う。
「こんな夜中に何の用だ? おっと、私に命乞いをしても、手加減はできないぞ。この うす汚い盗人め」
「はっ、テメェに命乞いをするなら、クソでも喰った方がマシだ。クソ摂政ヤロウ」
男の言葉に、スライルは弾けるような哄笑をした。
かぎりなく相手を見下し、屈辱的に尊厳を傷つけることで愉悦に浸っているような人間性を、男はスライルから感じることができた。
スライルが、男と幼女を嘲笑する。
「ここにいる奴らは、盗賊出身の奴らだ。本当に手加減はできないからな、俺の口添えを断った自身の愚かさをくやむがよい」
屈強な盗賊達が、男と幼女の前に立ちふさがった。
盗賊達がおぞましい笑みで幼女を眺める。
「なかなか顔が整ってるじゃねぇか。売ればいい値がつきそうだ」
「ハッ、成り上がりの盗賊は品が無いな。ミアはオレの持ちモノだ。勝手に手を出すな」
盗賊達が男を嘲るように大笑いする。
「おめぇは、死ぬから 関係ねーよ! やろうども、やっちまえ!」
盗賊達が一斉に襲いかかってきた。
幼女は身構える。男はさっと宙に指を躍らせて、魔法陣を描いた。
『――我が生き駒として、命ずる。 ミア、誰ひとり この場を通すな!』
男が魔法を発動させる。幼女という魔法から生まれた存在に対して、新たな契約の楔を追加したのだった。これにより「通すな」という概念において、幼女の力はブーストされる。
男が幼女に目配せする。
「ミア、戦えるか?」
「もちろんっ!」
幼女は自身のスカートを大きく捲った。ガーターベルトで腿に結び付けていた 短剣を瞬時に取り出す。
幼女の表情が変わる。それはナイフを連想させるような鋭さだった。戦火に飛び込むことを決意した清澄な表情に、男は一瞬だけ幼女に目を奪われる。
ナイフを装備した幼女と男の視線が交わい、頷き合った。
「頼んだぞ。さすがに、タバスコは使うなよ」
「あれは、くそ摂政に取っておく」
それはいいな、と男が笑った。
男は盗賊達を皆殺しにできる規模の魔法を唱えるには、時間が必要であった。幼女を盾にして男は魔法の詠唱を始めた。