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⑤ たばすこ で あそびましょう

 ぽかぽかした朝日に、心を穏やかにする風の音。そして、荷物を運んでいる小竜車が騒がしく走っていく。朝の爽やかな騒がしさがこの街にあふれていた。商人達が小竜車から荷物を受け取り、商売の準備をしている。

 男は本を片手に幼女と一緒に朝の光景を眺めていた。


 男がこれからの予定を幼女へ丁寧に説明していく。


「――――というわけで、っちまおうというわけだ」

っちまうんですね。殺戮さつりくの時間が始まるよ!」

「おい、数秒だけでもいいから、本当にオレの話を聞いていたのか!?」

『フッ、られし力を、今こそ解き放つ時が来たか……!』

「どうして暴れたい方向になるんだよッ!」

「悪の帝王だからです!」

「お前は勇者だろ!」

「正義なんか とっくの昔に捨てました!」

『さよう。圧倒的な力の前には、正義も悪もなし。ただそこには真実のみがある!』

「なんでオレの話の方がみ合わないんだよ、チクショー!!」


 気にしたら負けだよと幼女がナデナデと男を慰めようとしたが、男は心の底から嫌そうに全力で振り払った。


「あー、わたしのナデナデがー!」

「うるせー! お前が原因だろうが!」

「いっぱい やってあげたかったのに……」


 ネコミミがヘタリとなって、幼女はしゅんとした。

 その様子に、男は叱責する言葉を思わず呑みこんだ。いくら元勇者であり、海の上を走るような脅威の身体能力をもっていたとしても、彼女は子供だったのだと男は改めて認識した。

 もっとも認識はしても、憐憫れんびん的な反省はこれっぽっちも感じていなかったが。


「あーあ。高速摩擦ナデナデで、頭が発火で大炎上ってオチにしたかった……」

「あぶねーな! 死人が出るだろ!」

『女王の愛撫を受けとらぬとは……! 貴様……その無礼、自覚しているのか?』

「女王ってどこからの設定だよ!」

「はーい! 悪の女王さまでーす! あと副業で、正義の勇者をやってます!」

「正義は捨てたんじゃねぇーのかよ! しかも、矛盾してる副業って意味分かんねー!!!」

『幼女が副業すると、光と闇が両方そなわり最強となる』

「最強じゃねぇーよ! どこのナイトだ! どうやって兼業すんだよ!」

「裏で結託けったくして、私腹を肥やす! 幼い子供が悪の女王をしてるなんて思わないから、絶対に疑われないよ!」


 最強だった。



 ◇◇◇



 商人たちに盗品を売るついでに話を聞いていく。どうやらゴラドンラノーム城には特に大きな工事はなかったようだ。

 そしていま、香辛料を売っている商人に話を聞いている。


「さあな、大工の出入りなど聞いたことはない。出入りがあるなら、その分だけ食料が増えるからすぐ分かるが。それで、なにを買うんだい?」


 この商人は昔からゴラドンラノーム城に香辛料を販売しているらしいが、それでも話が出てこないとなるとどうやらあの構造図マップのままのようだ。

 男は情報を得た代わりに商品をひとつ手に取った。


「この、粉ワサビ という珍しい香辛料を貰えるか?」

「そいつはちょっと高いねえ。なにか、別のものをつけてくれないと」


 商人がチラリと男の胸もとを見る。


「そのペンダントでどうだい?」

「断る。友人が 死に物狂いで って きたペンダントだ」

「ほう、死に物狂いで って きたペンダントねえ。形見なら仕方がないさ」


 幼女が後ろでつまらなそうにそわそわしているが、男は気付かずに商人と話し続ける。

 幼女が男の服のすそをぐっと引っ張った。


「ひまー」

「いま仕事中だ、邪魔するな。 なら、香辛料商人。その新商品の たばすこ とやらを買おう」

「あいよ、どれくらいだい?」

「どの程度使うものだ?」

「1、2滴程度で十分だ。買うなら、味見してみるかい?」

「いいのか。少しだけ貰おう」

「ひまー、ひまー、ひま過ぎて死んじゃう」

「……ちょっと待ってろ」

「味見したいー!」

「料理しないやつが味見しても仕方ないだろ。……ほう、これは なかなか……っ!」

「だろ? 小瓶でどうだ?」

「いや、大瓶で買おう。この刺激的な味は素晴らしい……!」

「ひとりじめー! いじわるー!」

「……うるさい。ライラックと遊んでろ」

「やだ! 言うこと聞かないと、ライラックぶつけるぞ!」


 大切なぬいぐるみじゃなかったのかと、ライラックの扱いについて疑問をもったが、男は無視した。


 男はふと考える。そういえば、ぬいぐるみや人形は人のカタチをしているので、人の魂が入りやすいと聞いたことがある。もしも、ライラックが話すことができたなら、幼女に対して何と言うのだろうか。まず間違いなく第一声は、幼女の普段の行いに対してのツッコミから入るだろうと漠然ばくぜんと浮かんだ。


 男が考え事をしていて結果的に無視された幼女は、ライラックを投げずにぽかぽかと男の背中を叩いて抗議した。

 男は思考から意識を戻ったが、やはり幼女を無視することにした。幼女がライラックをぐっと上げて、男の目の前に突きだす。


『フッ、マスターよ、危ないところだったな。もしも投げられていたなら、ぶつかった衝撃で、われは大爆発を起こしていた』

「おまえ、本当にぬいぐるみなんだよな」

『爆発など本来の恐怖の比ではない。恐怖は我が身体の内にある……』

「内って、なにするんだよ」

『破裂したが身体の欠片からは暗黒の波がらされ、漆黒しっこくの狂気が世界に充満するのだ……!』

「征服する前に世界を汚染するのは止めろ」

『心配するでない。半径1メートルが射程圏内だ』

「充満する世界がせまい! しかも、被害はオレとミアだけかよ!?」

が正義の力のもとでは、悪はちゆく運命なのだ!』

「お前が、一番 害悪じゃねぇかよ!」


 商人が大瓶を持ってくる。商人も1メートル圏内に入った。


「あいよ、大瓶だとこの量になるがいいかい?」

「ああ、それでいい。むむ、なんだこの瓶は、軟らかいぞ。しかも、先が細くなっているが、これは?」

「最後の一滴まで絞れるように柔らかいんだ。それと、普通は何滴かで楽しむものだから、先が細い造りになってんだよ」


 ライラックに構うのを止めて、男は興味深く観察しはじめた。

 男の後ろで、幼女が再びイライラしはじめたが、男は気付いていないフリをした。


「この構造は……。なるほど、良くできている。なんとも高度な文明だ……!」

「ひまー! あっ、その先っぽ、なにか面白そう」

「……うるさいぞ。会計するから待ってろ。商人、カネはこれで足りるか?」

「釣り銭がいるな、ちょっと待ってな」


 男がきき々として商人からタバスコを受けとり会計していると、男が持っていたタバスコを幼女はふんだくった。

 幼女がイタズラな笑顔で叫ぶ。


「ひっさーつ! お尻に……タバスコ ヴォルケーノォッッ!」

「アッ――――!」

「さらに!! ちゅうぅぅ にゅうぅぅううッッ!!」

「ぎゃああぁぁああぁぁ――――っっ!」

『フッ、ついに殺戮さつりくの時が来たのだな……』


 過度なひまによって最初の殺戮さつりくの犠牲者となったのは、幼女のマスターだった。




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