④ わるだくみ を しましょう
幼女はライラックのぬいぐるみに夢中になった。ぎゅっとしたり、頭に乗せて帽子のようにかぶってみたりして遊んでいる。
幼女は「あっ」と何かを思いついた。幼女がライラックを男に向ける。
『仕官させていただき、感謝する。我が名はライラック。全ての巨悪をひれ伏せさせる 我が剛勇の力、しかと目に焼き付けるがよい』
幼女がライラックを使って腹話術を始めた。腹話術と言っても、幼女の口元はかなり動いていて腹話術とは言えない出来である。しかし、子供が楽しげに遊んでいるその仕草は正常な人から見れば、思わず頬がゆるんでしまう愛嬌に見えてしまうものだ。
しかし、正常でない者が一人。男はたいして面白くなさそうに、露骨に嫌な顔をした。
「ミア、その無生物をこっちに向けるな」
『ほう、我が暗黒の力を見ても、同じ言葉を言えるか。貴様さえよければ、試してみるか?』
「血塗れた力っていう設定じゃなかったのかよ」
『やれやれ、見えている世界が矮小のようだ。瑣事という言葉の本質すら分からんようだな』
男が面倒くさそうに顔をしかめると、幼女が会話に入ってきた。
「駄目だよ、ライラック。マスターは かろうじて哺乳類なんだから、そんな難しいことを言っても分からないよ」
『ああ、心得ておこう』
「かろうじて って何だよ! 納得すんな、無生物! テメェら、その上から目線どうにかしろ!」
男が大声でツッコミを入れた。
「ったく。そういえば、ミア。お前の生まれはどうなんだよ」
「ん~。どういうこと?」
「英雄の歴史をもっているなら、こう、なんというか、光の中から産まれるような……。漠然だが凄そうなイメージがある」
「全然に普通かな。生まれてすぐは 保健所にいた」
「いきなり 駆除対象!? アブノーマルすぎる!」
「違うよ~、健康診断とか、そーゆーの」
「そうか、本気で驚いた。保健衛生が、しっかりしている世界だったんだな」
「あまり、良い意味じゃないんだけどね……」
幼女が悲しげに、小さな声でぽつぽつと語りはじめた。
「国の英雄計画があったんだ。健康診断の項目で、毒耐性とか、病原耐性とか、いろいろとね。英雄の芽がある子供を訓練づけにして育てていく計画があった……」
「そうか」
男は最低限に必要な言葉で相槌をうった。話したいならこのまま話すこともでき、話したくないなら話の流れが切れてしまえるような、配慮を含めた返事を選んだのだ。
「そんな記憶があるから……。子供としてこの世界に生まれたから、抑圧がはっちゃけて スゴいことになっているのかも」
「大変だったんだな」
「いっぱい甘えたいのかも。私のやること全てを受け止めてくれる人がいたらいいな」
「会えるといいな。そんな……………ヤツに」
男は「そんな『都合のいい』ヤツに」という言葉を呑み込むことに成功した。いつもの口がまわりそうになって危なかった。
男は呑み込んだ言葉をごまかすように、会話を促そうとする。
「それにしても、受け止めてくれるやつか……。男女共通で惚れる相手の条件かもしれないな」
幼女がハッとした顔になり、男にライラックを向ける。
『この技を受けて、立っていた者は一人もいない……。受け止めてみよ! 我が暗黒の力を――!』
「受け止め方が、ライバルになってる!? しかも、強い悪役が負けるパターンの方だ!」
今度は幼女がライラックと向き合う。
「わっはっは。怪獣よ、きさまの家族がどうなってもいいのか!?」
「ミアの方が悪役だった!?」
『我が一族の決意は 血よりも固い。皆、命の覚悟など とうの昔に出来ている。我らの絆を甘く見たこと。それが貴様の敗因だ――!』
「怪獣が切ないものを背負っている!?」
「なんで そんな決意を……っ! どうして人間同士の争いは、いつも悲しいんだっ!」
「ミア、おまえは人間じゃねぇよ。獣人だ」
『力を合わせる時が来た、ミアよ。共に大魔王を打ち倒す正義の力を――!』
「くらえ、大魔王! ひっさぁーっつ、友情合体アターック!」
幼女が男の懐へ抱きつくように飛び込んで、鳩尾に全体重をかけた体当たりをくらわせてきた。
「ぐはぁっ! ああ……そういやオレは、大魔王だった……っ!」
幼女のやること全てにツッコミを入れ、かつ 物理的な形でも受け入れた男であった。
◇◇◇
男は宿屋で静けさに身を任せていた。じりじり……とカンテラが光をゆらし、人影をやわらかく照らしている。
ひとつしかないベッドの上で、男は仰向けに寝ながらペンダントを眺めていた。
「捨てるか。いや、しかし……」
幼女の出自を聞き、男自身も過去に想いを巡らせていた。このペンダントに男は思い入れがあり、男が放浪する前から持っていたものだった。
男は全てを捨てる覚悟だった。家も名誉も汚名も蔑視も全てを捨てたはずだったが、このペンダントだけはどうしても捨てることができなかった。
そうして、男は再びため息を吐きながら、このペンダントを捨てないことを決める。半ば習慣のような葛藤となっており、夜に一人になるといつも考えた上で同じ結論だった。
男は全てを捨て去ったつもりだった。あえて選んだ悪の魔法にすがりつき、自虐的な修練を重ねた結果 最強の魔法使いになっていた。そうして、新しい自分になり、全てを捨てたつもりになっていた。だが、捨てられない物があるらしく、まだまだ修練が足りないのだろうかと思い悩む。
どちらにせよ、今日もペンダントは無事に夜を越えられそうであった。
「お風呂、あがったよー! 広くてすごかった!」
「ああ、そうか」
ピコピコとネコミミが「気持ちよかったー」と上機嫌に動いている。獣の血筋なのに風呂好きとはどういうことだろうか。
風呂上がりの火照った身体を幼女はベッドに投げ出した。
「お前は、ベッドに乗るな」
「ええー、なんでー」
「ここは一人部屋だ。ベッドが一つしかないだろ。床に寝てろ」
男は非道な態度をふるまった。
「いやだ、断る!」
「断ろうが、ベッドは一つしかない。残念だったな」
「とうっ!」
幼女の身体が跳ねた。男の鳩尾に頭がダイブする。
「ぐはぁ――っっ!」
「あはははっ」
男の上でごろごろと体勢を変えて、仰向けになる。幼女が棚に座っているライラックに手を伸ばした。
男が幼女の手をポカリとたたき落とす。これ以上うるさくなっては敵わない。しかも、幼女からの攻撃は二回目だ。
幼女は手を たたかれて 空ぶった。
「ライラーック!」
「懇情の別れじゃねぇから。叫ぶな、うるさい。あと、さっさとオレから降りろ」
「ええー、いやだ。髪が乾かない」
「おまえ、オレの服で髪を拭くな!」
幼女が頭を男に預けるように、男の服でぐしぐしと後ろ髪を拭こうとする。男は抵抗するが、幼女は楽しげな声をあげながら巧みに身体をずらして、今度は側頭部を拭こうとしてきた。
「テメェ、いいかげんにしろー!!!」
男が お腹の上にいる幼女を強引にどかそうとするが、さすが元勇者だけあってさっと回避した。幼女は男のお腹の上で うつ伏せから顔を上げた状態で、得意げな笑みを浮かべている。両耳がピンと立っていて「かかってこいやー」と挑発的に言っていた。
男はお腹の上の幼女を諦めた。棚の上、ライラックの隣にある古ぼけた紙を手に取った。
「ミア、まわれ右。大事な話をするぞ」
「はーい」
幼女が ぱふりと男の上に乗りなおして、ぐいぐいと身体をずらす。男の胸のあたりに頭をおいて、体を重ねているようにして男の上で仰向けになった。
「実はゴラドンラノームの王子は、病に伏しているらしい」
「うん、それでそれで」
「摂政として スライル・ウィーノってやつが突如にやってきた」
「お城に スライスがやってきたんだね」
「誰だよソイツ。それで、まあ税金が急に高くなったり、見る人から見れば急に悪徳三昧ってなったわけ。キナ臭いだろ?」
「怪しいね。スライムが超あやしー」
「街にはまだ政治に慣れてない大義名分って説明されているが、十中八九 嘘だろうな。それで、そのあやしさ満点な奴を、オレ達は裏から乗っ取ってしまおうってワケだ」
「おおー! 悪役らしい!」
「悪い奴からなら、どんなに搾取しても文句は言われない! 陰で、大悪党になっちまおうというわけだ。バレそうになったら、えーと、スライスだったかに全部を押し付けてな!」
幼女につられて少しだけ男も間違えた。
男は幼女にも見えるように、古い紙を 腕を伸ばして寝ている体勢のまま広げた。
「まず、これはゴラドンラノーム城の城内図だ」
「へえ、図面があるんだ……」
幼女は目を細め、かすかに低くなった真剣な声で呟いた。本気になっている幼女に、男は気付かずに説明をする。
「かなり古い図だから、間違いがあるかもしれない。明日はこの図が正しいかの情報収集だ」
「はーい。それで、どんなことをするの? お城の人にきく?」
「城の奴らが正直に話すわけないだろ。商人にききまくるんだ。城の改築だったり、大工が大量に来ていたかとかな。そんで、話のタネはここにある」
男が腰元から一冊の本を取り出した。
「この本に、以前に盗賊から巻きあげた金目のものが入っている。これは本型の道具入れだ。ページに物を刻印して収納する。取り出すとページが無くなるから、余分に取りだすなよ。ページは見ていい」
「ホント? わーい!」
幼女は上機嫌に男の上に乗っかりながら、わくわくとページをめくっていった。