③ ともだち を かいましょう
柔らかい朝日が差し込んでいる。朝の澄んだ空気に、小鳥が喜びの歌を奏でている。
レンガ造りの家々が立ち並ぶ街並み。人々が道を急がしそうに行き交っている。石畳のしっかりとした街道を、旅人衣装の男が歩いていく。その男の背には幼女がおんぶされていた。
街に到着し最初に行ったのは服屋だった。幼女の鎧は目立ち、背負うにも重たかったので、男は店員に薦められるままに びすちぇ という服を幼女に着せた。ふんわりとした生地で、フリルがたくさんついている いかにも愛らしい服であった。可愛いうえに ノースリーブで袖が無くて動きやすいと幼女は喜んでいた。
しかし、同時に悪い事も起こった。幼女にマスターと呼ばせていた男は、店員から「お父さんじゃなくて、マスターって呼んでる。あの人、もしかしてロリコン……? 通報した方がいいんじゃない……?」などと影で呟かれ、何か大切な物を失った気分になった。
「つかれたー」
幼女のつぶやきに、男は肯定も否定せずにそのまま歩き続ける。精神的な意味では、男の方が疲労していたかもしれない。
「つかれた、つかれたー」
「ったく。海の上を走ったらそりゃ疲れるだろ。背負ってやってるから、頭の横で疲れたとか言うんじゃねぇ」
「らくちん らくちん」
「あー、クソッ、足 動かすな! テメェ、降ろしてやろうか!!」
「やだー!」
幼女はサンダルをパタパタとさせて足を揺らしている。男は背負い辛い幼女に顔をしかめながら、何だかんだ言って背負い続けていた。
あのあと、島が沈没しはじめた。幼女を歴史から具現化するために、島のエネルギーを全て捧げたのが原因のようだ。
男は沈む島を見てアイディアが浮かんだ。この幼女の戦闘能力を知りたいので、先に向こう岸に着いた方が勝ちという競争をしかけたのだ。その気になった幼女は、海の『上』を疾走しはじめた。物理法則をパワーでねじ伏せた瞬間である。海の上を走っている絵をリアルで初めて見たと、男は一種の感動すら覚えた。ふざけたやりとりをして来たが、やはりこの幼女は勇者の歴史なのだなと改めて思いなおした。
ちなみに、背負っているのは、負けた罰ゲームをかねている。
「ここってどんなところ?」
幼女が興味深そうにぴくぴくとネコミミを揺らしながら 男にたずねた。
「ここは、ゴラドンラノームの城下町だ」
「おっきい お城があるね」
「ゴラドンラノーム城だな。川が近くにあって治水技術のお陰で発展した国さ。まあ、まわりには森ばかりだからしょせんは田舎だけどな」
「田舎なのに、お城があるの? すごいねっ!」
幼女がキラキラした瞳で城を眺めた。
「城は弔いも兼ねてるんだよ。まだ村だった頃、竜に変身できる魔法を使って村を滅ぼしかけた奴がいてな。たくさんの人が死んだ。あの城は慰霊碑みたいなものさ。死んだ人たちに、あれからこんなにすごい街になったぞ、オレ達の村は 凄いだろって伝える感じにな」
「ふーん。あっ、お城の壁に、なにか彫られてるね」
「竜がシンボルマークだから、竜が彫られている。竜に変身できる魔法は封印されたが、こっそりと研究してたやつがいてな。戦争が起こった時に、その術式を基軸にして竜を具現化させる魔法で活躍したんだよ。一度でも誤った力だからと言って全部 認めないのでなくて、ちゃんと正しい力として使えば良いんだという教訓として竜が刻まれている」
幼女がきょとんとする。
「ねぇねぇ、どうして詳しいの?」
男は何か言葉を探すように少しだけ沈黙した。
「…………オトナだからだよ」
男が言い含んでしまった裏の意味に幼女は気付かず、広場の騒ぎに目をとられていた。
広場の中心には背の高い噴水がある。高さ10メートルの噴水は、大きな平たい皿から水があふれ出ているデザインであった。その広場の中心で『ライラックの冒険』の人形劇が公開中であった。帝国からやってきた人形師から引き継がれていった物語の一つである。幼女の興味は城ではなく、すでに人形劇に向いていた。
「なにか集まってる! あっ、大きい噴水もある。すごいっ、すごいっ!」
「そうだな。でっかいな」
「あの真ん中の高い所にあるお皿、乗っていい? 見下ろしたら、いっぱいいろんなのが見えそう!」
「オレ達は悪の集団だぞ。目立つことは良くない」
「そっか、くひひひ。悪いもんね」
幼女が 舌足らずな子供特有の口調で 悪そうな人の笑い声を作って反応してきた。
実は男は咄嗟に機転を利かせて、幼女が悪目立ちするのを回避したのだった。おんぶしたり、背中で騒いだり、これ以上の面倒なことはご免こうむりたいと思っていた。
たしかにあそこからの眺めは良さそうだが、逆に言えば周囲から見れば丸見えなわけで絶対に悪目立ちしていただろう。
「あそこで騒いでるの、なに? 見にいこー!」
「また明日な」
「やだ やだ やだー!」
幼女は足をバタバタさせて、男のほっぺたをむにーっとつねった。
男は気疲れしていたが、大人げない攻撃をしてくる幼女に反抗するのも面倒な気がしてきて、結局は広場の人の集りの方へ足を向けた。
広場の騒ぎの中心を覗くと、人形劇が公演されていた。
幼女が男の肩をぐいぐい登って、かたぐるまをして人形劇を興味津々で見はじめた。
公演されているのは、ぬいぐるみが主人公の物語らしい。
れっさーぱんだ と呼ばれる架空の生物の冒険で、名前はライラック。修行をしていたライラックがフィネックス師匠を倒して最強の勲章をもらう。そして、戦う力を世界平和のために使う決意をして、いろんな街に冒険していく物語らしい。
悪役を見つけては、敵の策略をパワーで強引にねじ伏せて勧善懲悪していき、最後には「テメェら、黙りやがれ! この最強勲章の前にひれ伏せ 雑魚ども!!」と決め台詞を言って締めていた。
やっていることは正義の味方なのだが、台詞がどうも悪人臭い。このシュールさが子供にウケるらしい。
幼女がライラックの物語に夢中になっていった。
ライラックの物語が終わり、拍手が喝采する。すると、公演していた人形師は物語に登場したぬいぐるみや人形を売り出しはじめた。
幼女は興奮が冷めきらずといったように物語の余韻に騒いでいる。
「ライラック、すごい! 師匠に勝った、強い! ひっさつわざ使う時がカッコいい!『フッ、汝など、我の血濡られし力の5ぶんの1で充分だ……。ひっさつ、薬指 ボンバーぁぁ!』 カッコイイ、カッコイイッッ!」
「ああ、すごいな。師匠にむかってソレ言ったあげくに、指 一本だけで戦ってたな。あと、弟子のくせにすげーエラそうだった」
「悪い奴の好物が『山吹色のお菓子』ってなに? どうしてあれで世界征服するの?」
「あれはカスティーラというお菓子だ。あまくて柔らかいパン。美味しいから みんな食べたくてしょうがなくて、悪い奴の言うことを聞かないといけなくなる。だから、世界征服」
「ふーん。料理には著作権がないけれども、加工法なら特許があるから それを取ればいいのにね」
「…………そうだな」
幼女が冷徹な意見を出しながら視線を外した。
くりくりした瞳で、チラッチラッと人形師の方を見ている。ライラックのぬいぐるみが飛ぶように売れていた。ライラックのぬいぐるみが売れるたびに、幼女は寂しげな瞳で売れたぬいぐるみを見送っている。
「しゃーねぇーな。ぬいぐるみを買ってやる。どれを買いたいんだ」
幼女のネコミミがピンと立った。
「マジですか?」
「マジだ」
これは男の打算であった。あくまで幼女は男の魔法で創られた存在であり、戦いの駒である。駒として動かすからには命令通りに働いてもらわないと話にならない。ぬいぐるみひとつで駒の機嫌がよくなるなら安いものだと考えていた。
「本気ですか?」
「本気だ」
「超 本気ですか!?」
「超 本気だ」
「正気の沙汰ですか!?」
「正気だ」
「あ、あとで架空請求とかこない!?」
「何にビビッてるんだよ。普通に買うから」
幼女が幼い矮躯をぎゅっと縮こまらせて わなわなとふるえる。
「ひゃっふーいっっ!」
寄声をあげながら、全身でバンザイをして とび跳ねた。ものすごい喜びようで、小躍りしている。ネコミミも「わーい」とぴょこぴょこはねている。
「その変な踊りはなんだ」
「知らないの~、遅れてるぅ。これはライラック音頭!」
男は一緒に人形劇を見ていたが、踊っているシーンにまったく見覚えがなかった。まあどうでもいいかと男と幼女がぬいぐるみを買う列に並ぶ。幼女は喜びに小躍りもといライラック音頭を踊っている。
しかし、男は知らなかった。このぬいぐるみと幼女の組み合わせが、男の運命をイロイロな意味で翻弄してしまうことを――。