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② いき を しましょう

 眩しい太陽が体をぽかぽかと暖める。のどかな日差しとは裏腹に、島は大変なことになっていた。

 大地が小さく地響きをうなってる。動物たちの生きている音が消え、鳥の声すら聞こえなく、不自然なほどの生命感の無さが広がっていた。


「……代償は大きい」


 男は幼女を見下ろしながら苦しげに吐き捨てた。

 この幼女を召喚するにあたって、流星の欠片のネックレス、革命家の聖剣、そしてこの島の全土のエネルギーを生贄にした。大地のマナは枯れ、島内の生物全てが生贄いけにえとなったのだ。

 幼女の様子を見ると、明らかに召喚は失敗している。また唱え直すにも生贄いけにえの規模だけにもう一度とは気軽に考えられない。


「おい! そこの子供、起きろ!」


 男は蹴って起こそうとする。しかし、幼女は野生的な本能で、蹴ろうとしてきた男の足にぎゅっと抱きついて攻撃を無効化した。男は布越しに子供特有の暖かい触感を感じた。


「足、おもっ! はーなーれーろーッ! 起きろ――ッッ!」

「ひみゃ……、ふみゅ……」


 男が ブンブンと足を振りまわして、掴んでいる幼女を起こそうとする。ぶんまわされている勢いにしては、幼女は平然として可愛らしい寝言をらしていた。

 やっと幼女が起きる。


「うゆ……?」


 眠けまなこをこすりながら、ぽぅっと男を眺める。ふにゃりと垂れているネコミミが「まだねむたいよー」と言っていた。


「起きたか、幼き姿の勇者よ」


 男の声に、はっと幼女は目を開く。ピンと背筋を伸ばして立って、可憐でまんまるな目でわくわくと男を見つめてきた。ネコミミもピンと立って「頑張るぞっ!」とはりきっているのが分かる。


「オレはお前のマスターだ。名を名乗れ」

「はいっ! わたしは、キノコ組の3年生のミア・ノーフェンですっ!」


 幼女はしっかりとお名前を言った。

 男はキノコ組という単語にひっかかったが、異世界では普通なのかもしれないと納得する。ナントカ特選部隊みたいなものを想像していた。


「分かった。今日からオレはお前のことをミアと呼ぼう。ミア、オレはお前の主人マスターというわけだ!」


 男が毅然きぜんと言い放つ。


「つまり、絶対にオレの言うことを聞かないといけないんだ! 許可された行動以外は絶対に禁止、分かったか!」

「はいっ、分かりましたっ!」


 幼女は ぴしっと可愛らしく敬礼した。


「さっそくですが、マスター! 行動許可のお願いがあります!」

「ならん。オレはお前の意見を聞かない」


 男は幼女を契約の力でしばっており、全力の勇者の力を解放させてしまうと幼女のコントロールをセーブできなくなってしまう可能性があった。

 また安易に許可をしてナメられたら困るという考えもある。基本的に、幼女の言うことへ耳を傾けない方針であった。


「ですが、このままではわたしの力が発揮できません!」


 ここまで言うなら、よほどのことだろうかと男は考える。


「よし、言ってみろ」

「はい! いき 吸っていいですか!?」

「早く吸え! 存分に吸え! 死ぬだろうが!」

「許可外の行動なので……ちょっと、心苦しくって……」

「遠慮する範囲が違うから! よくしゃべり続けられたな!?」


 男のツッコミを受けながら、幼女が息を吸う。


「すぅ……。苦しくなくなりました!」

「まったく。なんなんだよ、お前は……!」

「マスターとおなじ、哺乳類ほにゅうるいじゃないでしょうか?」

「その何って意味じゃないから! どんな質問を想定していたんだよお前は!」

僭越せんえつながらマスター。世界は、不変の真実ではなく、多数決的な解釈によって成り立っているのです。自分がこう思っているから、周りもそう思っているに決まっているなんて考え方は、根本的に間違っていると思いますよ」

「正しそうなことを言ってるけど、一番に間違ってるのはお前だからな!」

「うぅっ、行動許可を……っ! もう一回 息 吸っていいですか……っ!?」

「ずっと許可してるから! 早く吸え!」


 男は疲れたように溜息ためいきを吐いた。

 一方で幼女は、楽しげに男のすそをくいくいっと引っ張った。


「マスターさん、わたしはどうして呼ばれたの?」


 幼女がじぃーっと男を見つめてくる。

 男はどこか自慢げに、活気あふれる口調で言い放った。


「世界征服したいからだ! オレは世界の大魔王となる! オレの気に入らない奴は、全員 牢屋ろうや行きだ!」


 おおーっ、と目を丸くした幼女。


「すっごいっ! すっごいっ! わたし、前からそういうのやってみたかったんだよねっ!」


 勇者の歴史を背負っているはずの幼女が、物騒ぶっそうなことをなんてことなしに言い切った。

 男は満足げに、そして わくわくするように幼女に語りかける。


「そうか、オレと一緒だな! 大悪党になっちまおうぜ!」

「はいっ、そうして豪華に遊んだあと、責任を全部マスターに押し付けて私は自由になる!」

「おまえ、本当にオレが呼んだ魔法だよな……?」

「いやですよぉ、一番に悪いのをゆずってあげただけじゃないですかぁ。大悪党になるんでしょ?」

「オレはお前みたいな子供とタッグを組むのが心配になってきた……」


 幼女がチッチッと指を振って挑発的に言い返してきた。


「私を甘く見ない方がいいですっ! 見た目は子供ですが、歴史から記憶を受け継いでいるので 知識は大人の時と同じなのです!」

「もうちょっと成熟しとけよ! 大人らしいの、言葉のボキャブラリーだけじゃないか!」

「ただし、子供として誕生したので、精神年齢は子供です」

「すげータチが悪いわッッ!」


 男は怒りに任せて魔力を幼女に流した。すると、幼女が笑いながら のたうちまわる。


「ひぎいィッッ、らめぇぇ――っ! あはははっ、ひゃひゃっ、ヒィ――ッ、ヒィ――ッ!」

「あまりナメた真似すると、こういう目に合わせてやる。お前の身体の自由は、オレにあるのだからな」


 男はあくの魔法に手を染めた者であり、隷属れいぞくいる魔法はお手の物であった。

 くすぐられれば力は出なくなり、幼女は抵抗する事ができない。そして戦力を傷つけることなく屈服されることができる。間が抜けているようではあるが、冷静に考えた上で発動させた魔法であった。

 男は魔法を解除して、くすぐりの刑をやめる。


「マスターを不快にさせたんだ。さあ、誠意せいいがある謝罪をしてもらおうか」


 幼女が「むむぅ」と悩む。そして、ポンと手を打って「ああっ!」とひらめいた。

 幼女は少しだけ背を向け、影を落とした。

 そして、颯爽さっそうと振り向いてキメ顔になる。


「フッ、すまなかったゼ!」

「不快な謝り方するな! 頭を地面の方へ下げろ」

「こうですか、分かりません」

さかちじゃない! 違うから!」

「キリリッ!」

「違うの 顔つきの事じゃねぇ――ッッ! しかも、くちでキリリとか言うな!」

「ひっさぁっつ! 実は 逆立ちは伏線ふくせんで……倒立とうりつ前転ぜんてん 謝罪しゃざい!」

「それもちげぇぇ――ッッ!!」

「あれもダメ、これもダメ。どんなアクロバティックな謝罪が欲しいんですか! 要求が高すぎますよ、マスター」

「お前に誠意せいいを求めるのは、そんなに要求が高いのか!?」


 幼女がくぃぃっと小首をかしげる。


勢威セイイなら 存分に発揮していますよ」


 自信をもって幼女が『セイイ』を言っているが、男はなんとなく発音が違うと思った。


「そんなワガママなマスターに、行動許可のお願いがあります!」

「なんだよ、もう……。言ってみろ」

「そろそろ いき 吐いていいですか? 吸うだけだと、キモチわるい……」

「もう 何してもいいよッッ!!」


 男は人類の在り方をあきらめただけでなく、幼女の在り方も けっこうあきらめた。



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