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⑩ もんしょう を みせびらかしましょう

 もしも、男の近くに誰かがいたならば、これから男の使う魔法の異常性に気がつけただろう。男の瞳孔どうこうが変化して、まるで真っ黒な火の玉のように揺らめいていた。そこから発せられる異常なほどのエネルギーは黒い太陽を連想させる。

 目に映るもの全ての物を憤怒ふんぬの力で根絶やしにしようと、負の感情を燃料にした怒りの炎をひとみに燃えたぎらせていた。


「ぐぅ――っ。ガァアァァ――ッ!」


 男がえ叫ぶ。足元から魔法陣の光が浮かび上がった。


 男は様々な苦難を乗り越えてきた。そんな男を突き動かし続けたのは、愛ではない。正義ではない。悲しみでもない。自己憐憫じこれんびんでもない。

 ただ世界にありふれた不条理から生まれた憎悪ぞうおの心であった。摩耗まもうした心が絶叫する漆黒しっこくの感情であった。


 魔法陣が発動する。男の背に、むき出しの負の感情から造られた暗黒の太陽が浮かび上がった。暗黒の太陽が、徐々に真紅しんくに染まっていく。太陽が血涙けつるいを流しているかのように、悲しみの色に染まっていく。

 太陽だと思われていたものがうごめいた。それは暗黒の太陽から生まれし 血涙けつるいのドラゴンの誕生であった。


「ウオオぉぉオオォォ――ッッ!」


 男の絶叫に呼応して、ドラゴンが戦場を駆け抜けた。

 ドラゴンが盗賊達をすり抜けると、ゴクリと何かを呑み込むような音がした。骨が砕かれるかわいた音に共に、すり抜けられた盗賊が悲鳴を上げる。その盗賊は一瞬でからびて、魂の抜けたかすかな声を残し、力なく倒れた。

 男が造った魔法はただのドラゴンを呼ぶ魔法ではない。血を飲み、魂をも飲み干す残忍ざんにんなドラゴンの練製魔法れんせいまほうであったのだ。


 ねたみ、うらみ、ひがみ、にくしみ、そねみ、つらみ、いきどおり――。全ての負の感情が、乾いた血液を連想させる赤黒い魔力となって男を中心に渦巻いている。


 盗賊達はドラゴンを直視することができなかった。怨念の如く渦巻いた人間の負の感情を、人間が直視することなどできやしない。ドラゴンの姿を見てしまった盗賊は発狂し、残酷な仲間の死に様を見た盗賊達が悲鳴を上げていく。

 ドラゴンが、生命に対する尊厳という人類として生きていくための根本的なルーツを喰い散らかしていく。盗賊達はドラゴンを直視できないだけに、なまじにおそろしい想像に精神がえぐられていった。


 暴走する感情の中。胸もとのヒヤリとしたペンダントの触感で、男は目を覚ました。


「はぁ――っ、はっ、はぁ……っ!」


 男は短く息を吐くと、意識が現実世界に合わさって、魂の焦点しょうてんが戻ってきた。

 人間の心の闇の部分を見つめた男は、垂れ流され続ける負の感情をみ殺した。


 敵の7割は死んでおり、生き残った者は戦々恐々とちぢこまってせている。

 ミアも伏せているので、あの魔法の被害を受けていない。ライラックもミアにきゅっと抱えられて無事だった。味方には死傷者はおらず、魔法を解呪するには絶好のタイミングだった。


「……アイツに貸しって言われるかもな」


 ミアの無事に、男は ほっと息をつきながら、胸元のペンダントを届けてくれた亡き友人のしたり顔をぼんやりと浮かべた。

 男の魔法が完全に解呪された。暗い光が霧散むさんしていく。


「いっ、今だ! かかれー!」


 スライルがふるえた声をあげると、盗賊達もよろよろと立ち上がり武器を構え始めた。


「ミア、ここから離れるぞ! 外に出ろ!」

「はーい! ラジャりました!」


 男の心の内を媒体とした残忍な魔法を見たミアであったが、いつもの親しげな調子で男と逃げ出した。それは男に対しての厚い信頼によるものであった。



 ◇◇◇



 男とミアが街中を駆けていく。深夜だったため、外は真っ暗だった。

 しかし、兵士たちのざわつきに街人が目を覚ます。ぽつぽつと明かりがきはじめて、逃げ出す男とミアの姿を照らしてしまっていた。


「ミア、オレが敵を引き寄せる。これから噴水のてっぺんにのぼってくる。お前は指示が出るまで隠れてろ」

「……本気なの?」

「いいから、オレに任せておけ」


 男とミアは二手に分かれた。身体の小さいミアはちょこまかと走り、兵士を撒いた。

 一方で男は公園に追いつめられたフリをした。ライラックを買った公園で、中央には大きな噴水がある。

 噴水の頂上のお皿の上に乗る。公園を一望できる高さだった。


 兵士が噴水を取り囲みはじめる。ミアは心配そうに男を見上げた。

 スライルがうっとりした声を男に投げつける。


「貴様は、これで終わりだ! 城に潜入した罪は極刑だ! どこの国からの刺客しきゃくか、貴様は何者なのか、しっかりと吐かせてもらうぞ!」


 拷問道具ごうもんどうぐの準備だ、と スライルがきき々として周りの兵士に言い放った。その喜びに満ちたスライルを見て、男は胸のペンダントを握りしめて 決心を固めた。

 すぅっと息を吸って、男は声を張りあげた。


「テメェに吐かされるくらいなら、自分で言ってやらぁ――ッッ!」


 男の反応が予想外だったようで、スライルも、兵士も、街人も しんと静まった。

 男が決意を込めた『名前』を叫ぶ。



「オレの名は、セアート・ゴラドンラノーム! この街で一番偉い王子の名前を忘れたのか!」


 この時より、男は旅人ではなく、悪人でもなく、『セアート』として再び帰ってきた。

 セアートの言葉に、スライルが一気に顔面蒼白がんめんそうはくになった。兵士達は、あわてふためきはじめる。住人達もざわめきはじめ、あたりは騒然そうぜんとなった。


 セアートがミアの姿を見つけた。ここにいる人間達とは違い、ミアはわくわくした瞳でセアートを見つめている。そのミアの頭の上に乗っているライラックは、どうしてか誇らしく見守っているようにセアートは感じた。

 ふと公園の広場で買ったライラックの劇を思い出す。ミアのわくわくしている表情に、セアートは嗜虐的な遊び心が湧いてきた。

 街のざわめきを セアートが一喝いっかつする。


「テメェら、黙りやがれ! この竜王勲章の前にひれ伏せ 愚民ぐみんども!!」


 セアートがライラックの最強勲章の如く何かを空にかかげる。それは、いつもセアートが身に着けていた小さなペンダントであった。


 ペンダントから圧倒的な輝きがあふれ、魔力の奔流ほんりゅうが荒れ狂った。ペンダントの中に封印されていた魔力が、鼓動のように世界を震撼しんかんさせる。砂塵さじんをありえないほどに高く舞い上がらせた。


 もうもう々と立ちこもった粉塵ふんじんの中で、天を割った巨大な『ナニカ』の影がゆらめき現れた。

 砂の霧が晴れる。その巨大な影の正体は具現化された 超大な竜王であった。本来ならば誰もがまねくことができないはずの凶暴なドラゴン。ただこの瞬間のため、王子の威信を誇示するという理由のためだけに、固く結ばれた忠義によって全力で駆けつけたのだ。

 この街の城にえがかれている夢想の竜王の歴史が、街の中心に突如と君臨くんりんしたのだった。


 圧倒される光景に、広場にいる誰もが次々と 王子へひれ伏せていった。

 紋章もんしょうを所持している者を敵にまわすということは、この街全ての人間と敵対することに等しい。


 スライルが情けない声をあげる。


「違うんだ! 俺は悪くない! ニセ王子に騙されて、摂政せっしょうをしてたんだ! 俺は騙されていて、悪くないんだ!」


 真相を知っているミアは、スライルの言い訳を聞いてギリリと奥歯を噛みしめた。


(こいつが、アイツをひとりぼっちにした犯人だ)


 ミアはライラックがいまいま々しくしゃべったように聞こえた。

 ミアは再びライラックを見たが、やっぱり普通のぬいぐるみに見える。しかし、その言葉は幻聴ではないと思えた。なにせ、スライルが口を開くたびに、セアートはひたいに青筋を立て静かに怒っているからだ。大衆の前だからと怒りを吐き出さずに、じっと耐えるようにしてスライルへ詰問していた。


 スライルが同情をうったえるように泣き叫ぶ。


「そもそも逃げ出した王子が悪いんだ! ちょっと悪意のない冗談を言ったら、バカみたいに本気になって逃げ出した弱虫な王子! 心が弱く、正義すら捨て、民の期待を裏切った悪者! そう、てめぇがぜーんぶ悪いんだよ!」


 その言葉に、セアートの怒りが頂点に達した。


「うるせー! 言い訳ばかり、つまらねぇゴタクを並べやがって! テメェはオレを怒らせた! それを心の底から後悔しやがれ!」


 セアートが人混みの中にいるミアを一瞥いちべつする。ミアはイタズラな笑みをぐっと我慢して、うずうずとしていた。

 そうか『アレ』をやりたいのかと、セアートは心の中で苦笑した。許可するむねをミアに目配せすると、満面の笑顔で力強くうなずいてきた。

 ミアの姿がかき消える。


「今から、この街を統治する王子として、テメェに極刑を言い渡す!」


 男はスライルに侮蔑ぶべつした思いを込めて、親指を下に向けてブーイングするように首元にあて、挑発的に真横へるポーズをした。


 それと同時に、バサリとスライルのローブがひるがえった。その下には『アレ』を持ったミアがいた。


 一瞬の目配せからの一連の流れに、セアートは心の底からミアのことを頼りになる奴だと思えた。

 言葉にしなくても言いたいことが伝わっている心地よさをセアートは感じていた。

 これは、お互いに何度もなまの感情をぶつけ合って、下らないことで何度も全力で喧嘩けんかして、本気で笑いあって、短いながらで猛烈なほど濃厚に、二人でありったけの力で生きてきたからこその結果の賜物たまものなのかもしれない。


 完全にひるがえり切ったスライルのローブに合わせて、セアートとミアが声をかさねる。


「「――必殺ひっさつッッ!」」


 二人の声色こわいろは、本気でふざけあってきた時のように、いつもの楽しげな気持ちが混ざり合っていた。

 真っ赤な瓶の『アレ』をミアが構える。


「「お尻に……タバスコ ヴォルケーノォォッッ!」」


 タバスコがスライルの急所へ的確に叩きこまれた。


「ギャャああァァ――――ッッ!!」


 セアートにとって、スライルの絶叫は感慨深いものだった。

 セアートは ずっとスライルの支配による過去にとらわれてきた。復讐が出来たこの瞬間、過去に向いていた心が、いまを見るように視線が変わりはじめる。


 セアートの心の歯車が、長い年月を越えてようやく動き始めたのだ。


 そして、ミアと過ごしてきたいまから得ることのできた たくさんの力がこの手にある。

 未来に向かって動き始めた意識の歯車。ミアとセアートの二人で、万感ばんかんの思いを込めて、過去にとどめをさす。

 セアートとミアの顔に、愉快げにたくらんだ影が差しこんだ。


「「 さらに!! ちゅうぅぅ にゅうぅぅううッッ!! 」」


「ぐぁぁああァァ――――っっ!」


 夜の街の中心に、野太い絶叫がひびいた。

 それは何よりも不快で汚くにごった声であり、そして何よりもセアートの心を澄ませる美声であった――。




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