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5月4日(金)。九條紗耶加 / 篠崎晃一郎

 紗耶加が静岡は伊豆市にある実家に帰ったのは、ゴールデンウィーク後半戦の2日目にあたる5月4日だった。ちなみに、紗耶加の実家は一戸建てである。


「ただいま」

「あ、お姉ちゃん。お帰りー」


 ひょこっと玄関に顔をのぞかせたのは妹の百合加ゆりかだ。紗耶加より2つ年下で、地元の私立高校の1年生だ。もちろん、自分が6度目の高校1年生を経験していることなど知らない。この家で魔法素養があるのは紗耶加だけだ。母方の祖父が魔術師だったらしいが、少なくとも紗耶加は、ほかに魔法学校で指導を受けた人を親戚の中で知らない。


 だから、紗耶加はこの家族の中でちょっと浮いた存在だった。


 しかし、百合加は姉が魔術師であることなど関係あるかとばかりに近寄ってきて、紗耶加に尋ねた。

「お姉ちゃん。お土産はー?」

「あー、はいはい。これよ。お菓子だから、ちゃんとお母さんに渡すのよ」

「はーいっ。お姉ちゃん大好き!」

 菓子ひとつで買収できる妹に苦笑しつつ、喜んでもらえるのは悪い気はしない。紗耶加が魔術師であることがわかっても、態度を変えなかったのは百合加と母方の祖父だけだった。


 紗耶加がリビングに入ると、早速百合加が紗耶加のお土産を開けていた。今回は恭子おすすめ某有名店の焼き菓子の詰め合わせだ。ちょっと値が張ったが、百合加が喜ぶと思い、買ってきた。案の定、

「すごいっ。これ、高いところのじゃないの!?」

 と騒いでいる。母の加代子も「お金、大丈夫なの?」と心配そうに尋ねてきた。紗耶加は少し緊張しながら答えた。


「大丈夫。私の学費は特別奨学金で支払われているし。お母さんたちに振り込んでもらってるお金、たまってく一方だから、こうして還元」


 紗耶加はにこりと笑った。紗耶加はミネルヴァ魔法学院高等部に特待生として入学している。学費は免除。生活費として実家からいくらかもらっているが、寮生活ではあまり使うことは無かった。減らしていいよ、言ったことはあるが、結局三年通して振り込まれる金額は一緒だった。


 特待生ということは、紗耶加はミネルヴァ魔法学院高等部で一番の成績ということになる。しかし、それはペーパーテストに限っての話だ。実技のトップは悠李、もしくは碧。今のところ、悠李の方が実技の成績はいいようだ。紗耶加が実技が苦手ということではない。あの2人がおかしいのだ。総合成績では碧に勝てないし。

「そう……なら、いいんだけど」

 そう言いながら、加代子は紗耶加の左手首をちらりと見た。そこには銀のブレスレットがはめてあった。思わず、母の行動に紗耶加は顔をしかめる。


 このブレスレットは、ただの装飾品ではない。魔法相殺装置、通称FCUだ。Force Counter Unitの略である。その名の通り、魔法をおさえるための装置だ。


 魔力というものは、自分で意識的にコントロールするものだ。しかし、そう言った教育を受けなければ、魔力は暴走する。その暴走を抑制するために編み出されたのがこのFCUという機械だ。


 子どもに魔力的素養があることが発覚すると、その親、もしくは保護者は政府に届け出なければならない。そこで、魔力暴走を抑えるFCUを貸し与えられるのだ。つまり、政府は魔術師となりうる人間が国に何人いるかを把握していることになる。まあ、届け出を出していない人もいるだろうが。

 魔術師になっても、このFCUを身に着け続けなければならない。いつ何時魔力の暴走が起こるかわからない、という建前だが、実際には政府が魔術師の動きを察知するためなのだそうだ。つまり、魔術が使えないものは魔術師が怖いのだと思う。紗耶加の母と同じように。


 魔術師は、政府にしばりつけられる。それを苦に感じたことは無いが、常にFCUをつけているのは少し嫌だ。慣れてしまえば確かに違和感はない。しかし、自分の命を握られているような錯覚を起こす。


 最低1つ、多くて3つ。これが魔術師が身に付けるFCUの平均だ。魔力の多さや得意魔術にも左右されるため、3つ以上のFCUを身に付ける人も少なくない。現に、紗耶加は5つのFCUを常に身に着けている人を知っている。


 紗耶加のFCUはこのブレスレットのみ。彼女は学力はともかく、魔術師としての腕は人並だった。これも、周囲がおかしいともいう。魔術師としての能力は、紗耶加のレベルが一般的なのだそうだ。


 紗耶加が顔をしかめたのに気が付いた百合加は、ことさら明るい声で母に言った。

「お母さん。お姉ちゃんのお土産、食べていい?」

「え? ええっ、ダメよ。もうすぐお昼でしょ。……今夜は紗耶加の好きな春巻きにしようかしら」

 先ほど紗耶加に嫌な思いをさせてしまったことへのお詫びなのか、加代子はそう言って昼食の準備を始めた。というか、昼食前から夕食の献立を考えるって。別に紗耶加はそこまで気にしているわけではないのだが。


 母が昼食を作っている間、紗耶加は百合加とテレビを見ながらおしゃべりに興じた。百合加が聞いてくるのは魔法学校の事ばかり。前回のループの時もそうだった。


「お姉ちゃん、高校卒業したら、どうするの? 大学行く?」


 一通り聞きたいことを聞き終えたのか、6回目の高校1年生をやっている百合加はクッションを抱えて尋ねてきた。紗耶加はこれまでと同じ返答をする。

「んー、そうねぇ。たぶん、魔法大学に進学するわね。魔法についてもう少し学びたいし」

 高等科の魔法学校で教えられる魔法はたかが知れている。ひとまず、基礎的な魔法を扱えるようになり、自分で魔力をコントロールでき、魔法魔術の原理について理解できるようになったら卒業できる。ちなみに、ミネルヴァ魔法学院は単位制だ。


「お姉ちゃん、頭いいもんねぇ……あたしもさぁ。高校に入ったばっかりなのに、もう進路について考えなきゃならないんだよー」


 うんざりした調子で言う百合加に、紗耶加は苦笑する。

「まあ、それは仕方がないわね。百合加が通う高校は進学校だもの」

 百合加が通う私立高校は、静岡でも有名な進学校である。1年生の間から進路調査をされても不思議はない。紗耶加も、魔術師でなければその高校に通っていただろう。


 魔術師の素養があるものが魔法学校に通うことは強制ではない。しかし、たいていの魔術師の素養がある人間は魔法学校に行く。魔術師の方が、現在の状況では就職しやすいからだ。能力にもよるが、研究職ならばたいていの魔術師がなれる。


 魔術自体は、魔法学校でなくても学ぶことができる。香坂家の魔法道場などがその最たるものだろう。だから、必ず魔法学校に行く必要はない。しかし、魔法学校の入学試験の倍率は、毎年5倍を軽く越えるそうだ。


 紗耶加が魔法学校に進学したのは、魔法に魅せられたからだ。そして、恐ろしいものを見るような父母の視線に耐えられなかったからでもある。……家を、出たかったのだ。


 魔力をコントロールする術を学べば、両親も紗耶加が小さいころのように接してくれるかもしれないと考えた。しかし、どうやらそんなに現実は甘くないようだ。魔術師である紗耶加と、非魔術師である両親の間の溝は埋まることは無いだろう。幸い、紗耶加も両親も埋まらない溝をひけらかすほど子供ではないから、表面上はうまくやっているように見える。でも、それだけ。


 やっぱり、帰ってこなければよかったのかしら。


 そう思わないでもないが、嬉しそうに高校のことをしゃべる妹を見ていると、何度この世界を繰り返していても、実家に帰省してしまう。そして、6回目でも両親との溝は埋まらなさそうだった。





――*+○+*――






 晃一郎が実家のある茨城県水戸市郊外に帰ってきたのは昨日の夜だ。そして、今日の午後からは中学時代の友人と待ち合わせて遊びに来ていた。


 動物園だ。


 誰がどう見てもそれはデートだと言うだろう。そして、確かに晃一郎と待ち合わせた中学時代の友人というのは女の子だった。深見沙恵ふかみ さえという小柄な少女だ。

晃一郎は中学時代は普通の公立中学に通っていたため、友人とはいえ紗恵は非魔術師である。晃一郎が魔術制御の基本を学んだのは、魔法塾である。幸い、2人いる姉のうち下の姉が魔術師だったので、基礎的なことを教えてもらうこともできた。


 沙恵はネコ科の動物がお気に入りのようで、今年の初めに生まれたという虎の子どもを食い入るように見ていた。

「……沙恵。そろそろ移動しようよ。後ろ、つかえてるから」

「あ、ほんとだ。すみません」

 最前列を確保していた沙恵はあわてて後ろにいた子供に場所を譲った。ゴールデンウィーク中日なので、家族連れが多いのだ。だいぶ見て回って疲れたので、喫茶店に入って休むことにした。


「東京から帰ったばっかりなのに、こんなところに付き合わせてごめんね。一緒に行ってくれる人がいなくて」


 虎の子どもが見たかったらしい。春休みのころは、まだ虎の子は小さいということで公開されておらず、4月に入ってから一般公開されたそうだ。そして、ネコ科の動物が好きな沙恵は見に行きたいが、付き合ってくれる人がいない。もう1人で行ってしまおうか、と考えていたところに晃一郎が東京から帰ってきた。

 という説明を、前々回くらいのループで聞いた気がする。もうひとつ前だったかな。前回のループではない気がする。


 というわけで、沙恵の目的を理解していた晃一郎は笑顔で言った。

「別にいいよ。実家に帰省してる間は、俺もそんなに忙しくないし」

「でも、晃一郎君も大学受験、するんでしょ?」

 沙恵が首を傾けて尋ねた。確か、彼女は私立高校の美術科に通っていた。東京の美大を受けるつもり……と聞いたのは、何度目のループの時だろうか。

「まあね。沙恵も美大を受けるんだろ」

「うん……東京の美大に進学するつもり……」

 はにかむように笑う沙恵は、晃一郎に気があるらしい。中学生の時からその凛辺は見せていたように思う。晃一郎が東京にあるミネルヴァ魔法学院高等部に進学すると聞いて、一番さみしがったのは彼女だ。


 おそらく、沙恵は晃一郎を追いかけて東京に出てくるのだろう。晃一郎は東京にある魔法大学に進学するつもりだ。実際に、前回までのループすべてで志望校に合格している。ループしているのなら試験問題が同じなのだろうか、と思わないでもないだろうが、どの時も問題は微妙に違った。


 紗恵からも毎回、美大に合格しました! というお知らせが来ていたので、晃一郎は微笑んだまま言った。


「沙恵ならきっと大丈夫だね」

 そう言うと、沙恵は少し頬を赤らめて「ありがと」と言った。

 なんだか新鮮な反応だ。いや、付き合い自体は沙恵との方が長いのだが、ここんとこ何気にラスボス説のあるお嬢様や男よりもかっこいい女戦士とか、知識ラブの天才娘と一緒にいる時間が長かったからだろうか。沙恵の恥じらうような反応が新鮮すぎる。


 たぶん、反応的には沙恵の方が今時の女子高生として正しい反応に近い。魔法学校の女子生徒たちは荒んでるな……いや、晃一郎の知り合いが変人なだけかもしれない。


 その後、ほかの大型動物を見て動物園から帰ることにした。中学校が同じだったことからわかると思うが、晃一郎と沙恵の家は近い。

 ここで、今まで彼女に先手を打たれていたことを思い出し、今度は晃一郎が先に出ることにした。最寄りの駅を出て住宅街へ少し歩いたところで足を止める。

「沙恵」

「な、何?」

 紗恵がびくりと体を震わせる。晃一郎は何気ない口調で言った。


「君が東京の美大に合格たとき、まだ俺のことが好きだったら、付き合おうか」

「ふぇっ!?」


 驚きのあまり沙恵はのけぞった。口をパクパクさせたあと、言った。

「で、でも、魔法学校には私なんかより素敵な人はたくさんいるでしょ。そんな、高校を卒業するまでなんて……」

 何やら言いたいことがまとまっていないが、晃一郎は気にしない。

「遠距離恋愛は俺的に抵抗感があるからねぇ。それとも沙恵は、高校卒業まで俺を好きでいてくれない?」

 意地悪にもそう尋ねると、沙恵は勢いよく首を左右に振った。


「そんなことないわ!」

「なら問題ないね。それと、言っておくけど、魔法学校の連中は変人ばっかりだよ」


 そう。魔術師=変人と言ってもいいほど、魔術師には変人が多い。まあ、馬鹿と天才は紙一重と同じ現象だとは思うが。

 だからこそ、普通の反応をしてくれる沙恵がより可愛らしく見えるのかもしれない。まあ、東京に出る前から気になっていたことは否定しないけど。出なければ、下の名前で呼び合ったり、2人で出かけたりしない。


「じゃあ、告白予告。先に言っておくけど、俺の気が変わることは無いから安心して」


 何しろ、比較対象が悪すぎますからね。考えれば考えるほど、不可思議な世界にいる。


 晃一郎は沙恵がかすかにうなずくのを見て、満足げな笑みを浮かべた。





ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


みんなの家族事情を書こうと思ったのですが、晃一郎に関しては書けてない……魔術師の次姉を出したいですね。


次は7月17日(木)です。

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