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5月3日(木)。ゴールデンウィーク初日 / 成原碧

 あっという間に4月が終わり、5月になった。ゴールデンウィーク初日の今日、恭子は学校に来ていた。


「はい、どうぞ」


 にっこり笑って恭子は敬に向かって紙袋を差し出した。敬は挙動不審に問う。


「な、何だ?」

「何って、ただのブラウニーケーキですわ。お誕生日でしょう?」


 逆に恭子が不思議そうに尋ねると、「ああ、そうか……」と敬は思い出したように言った。

「お前、毎回違うものくれるから戸惑うんだよ」

「違うものを選んでいますから、当然ですわ」

 まさかの6回目の18歳の誕生日。恭子はできるだけ、これまでのループ時のプレゼントとかぶらないように気を付けている。このブラウニーケーキは日持ちするものだ。


 集まっているのは例によって生徒会室。寮でもよかったのだが、人目があるのでやめた。学校に出てくるには制服を着なければならないので、みんな制服姿。碧と悠李は家が遠いが、この2人もちゃんとやってきていた。

「ありがとう。毎回、ありがとな、みんなも」

 そう言う敬の周囲には似たようなプレゼントの包みがすでに4つあった。みんな、彼に誕生日プレゼントを渡したのだろう。みんな、何気にノリがいい。しかし、今回もループするかもしれないという考えから、みんな消え物を選ぶ傾向があるらしく、


「見事に食べ物ばかりだな……」

「お土産に持って帰りなよ」


 紗耶加が苦笑気味に言った。彼女も菓子類をあげたのだろう。敬は苦笑しつつももう一度みんなに礼を言った。こういう律儀なところが敬の長所だ。


 今日ここに集まったのは、念のためゴールデンウィークの予定を確認するためだ。前回のループでも行った。前回と同じか、碧が確認していく。


「恭子は特に予定がないんだったな。篠崎と九條は実家か」

「そうだね。俺らはちょっと家が遠めだからね」


 ニコッと晃一郎が笑って言った。紗耶加もうなずいている。ちなみに、晃一郎の実家は茨城、紗耶加の実家は静岡だ。


「瀬那は家族旅行か?」

「そ。例によってドイツまで行ってくるぜ。土産は買ってくる」


 敬は旅行に行くたびに土産を買ってくる律儀な男だ。ちょっと女性っぽい面もある。何故彼は男に生まれたのだろうか。きっと、女性に生まれたならいい母親になっただろうに。


「で。お前はボランティアという名の施設めぐりか」


 碧がお前、と評したのは悠李である。彼女は肩をすくめて言った。


「仕方がないよ、僕の力は、そうでもしないと使用許可が下りないんだから」


 悠李の能力はちょっと特殊である。恭子も幾度かお世話になったことがある精神系の魔法だ。日常生活での使用許可が下りないため、こうしたボランティア活動を行うことで使用している。研究員がついて回り、魔力測定をするのだそうだ。

「ドクター香坂か」

「そう。うちの母だよ」

 通常ドクター香坂と呼ばれる研究者は、悠李の母だ。娘の魔法能力について研究しているらしく、時々こうして悠李の魔法使用レベルを見るためにボランティアに連れ出す。ちなみに、ドクター香坂は魔法医の免許も持っており、ひと月に一度恭子を診察してくれている。


「そう言う成原は、やっぱり予定はないのかい?」


 逆に悠李に尋ねられ、碧は顔をしかめた。

「……ふざけた兄が帰ってくるくらいだな」

「ははっ。いいじゃないか、女装癖くらい。それを言うなら、僕も男装癖があることになるしね」

 小首をかしげる悠李に、碧は視線を逸らした。彼女は男装癖、というが、彼女が実際に男装しているわけではない。振る舞いが少年的なだけだ。

「成原兄なぁ……」

「香坂家も衝撃的だったけどねぇ」

「ビックリしたね。私、絶対お姉さんだと思ったもん」

 敬、晃一郎、紗耶加の順である。ちなみに。見慣れている恭子と悠李は苦笑にとどめた。だが、碧は盛大に顔をしかめている。


 碧の兄は、女装癖があった。女装癖であって、オネェではないというのが碧兄の主張だ。悠李と趣味が合うのではないかと言われているが、微妙に違う、というのが双方の主張である。

「……まあ、うちの兄はともかくだ。特に会議とかはできないが、全員気をつけろよ。何か違和感があったら後から出いいから知らせてくれ」

「了解」

 もう6回目ということで、みんな慣れた様子でうなずいた。ただ、恭子は特に予定はないものの、これまでのループでゴールデンウィーク中に体調を崩しているので要注意だ。



――*+○+*――




 碧が学校から家に帰ると、リビングで出迎えを受けた。


「お帰りー。今日も学校に行ってたの? まじめだねぇ」

「…………」


 碧は無言でそいつを睨み付けた。しばらくの沈黙の後、碧はにこにこしているそいつに向かって言った。

「まだその格好なのか、兄貴」

「いいじゃん。趣味だよ、趣味。実害あるわけじゃねーし」

 からっと笑うのは、碧の3つ年上の兄・かおるだ。碧と似通った繊細な顔立ちに切れ長気味の目。背丈は碧より低い。


 そして、ロングスカートをはいていた。これが、例の女装癖のある碧の兄である。


「……まあ、大学でその格好してないならいい」

 碧はそこまで妥協するようになっていた。相変わらずにやにやしながら兄・馨は言った。

「お前もおおらかになったなぁ」

しみじみという兄を無視して制服を着替えに部屋に戻る。シャツにジーンズというラフな格好でリビングに戻ると、父と母もリビングに増えていた。馨の隣の空席においてあるお茶は、碧の分だろうか。碧はその席に座った。


「碧。今日も学校に行っていたのか。もう、ゴールデンウィークだろ」


 父・みなとがななめ向かいからそう話しかけてくる。碧はぬるめのお茶をすすりながら言った。

「生徒会の仕事。確認したいことがあったから」

 さらっと嘘をつく。少々良心の呵責を覚えるが、それをぐっと飲み込んだ。

「ふーん……まじめなのはいいことだがなぁ。無理し過ぎないように」

 信じていないような口調で湊が眼を細めて言った。ちなみに、碧と馨は父親に似ている。湊自身が繊細な顔立ちをしているのだ。まあ、中年になった今では分かりづらいが。少なくとも、切れ長の目は父譲りだ。

「碧はゴールデンウィークにどこかに遊びに行ったりしないの?」

 母の早苗さなえが尋ねた。だが、碧が口を開く前に馨が言った。

「そうだよな。お前も高校生だしなー。恭子ちゃんと悠李ちゃんはどうした」

 馨も悠李と恭子のことを知っている。彼女らがこの家に遊びに来たことがあるし、馨は碧と同じく、香坂家の魔法道場に通っていたからだ。晃一郎の「香坂家も衝撃的」発言は、この魔法道場に起因していると推測される。


 碧が恭子と出会ったのも、この魔法道場に通っていたからだ。もともと、悠李は病弱な恭子の遊び相手としてドクター香坂の往診に付き合っていたらしい。年が同じということで、それに碧も巻き込まれたというわけだ。


「香坂……悠李はドクター香坂に連れられてボランティアという名の魔力測定だそうだ。恭子は特に予定がないらしいけど、俺一人であいつを連れ歩ける自信はない」


 まあ、SPがついてくるだろうが、いざという時の対処に自信がないのに連れ歩くのは無責任だ。彼女の家を訪れることはあっても、一緒にどこかに遊びに行くと言うことは無いだろう。

「恭子ちゃんはどうなんだ? 大丈夫そうか?」

「だいぶ丈夫にはなってきてるみたいだな。相変わらず体育は見学してるらしいけど」

 そう言うと、湊はそれはよかった、とほほ笑んだ。

「悠李ちゃんとドクター香坂がいなくても、香坂家の魔法道場はやってるよな?」

 女装兄に尋ねられ、碧は首をかしげた。

「さあな。閉めるとは言ってなかったけど、ゴールデンウィークはやってないんじゃないか?」

「! それもそうか……久しぶりに行こうと思ったんだけどな」

 馨がため息をついた。馨は大学の近くに1人暮らしをしているため、たまにしか帰ってこない。馨が通う魔法科学大学から香坂家の道場は遠いのだ。


 とりあえず、馨は道場が開いているか確認することにしたらしい。その後、何故か母と兄の間で最近のファッションについて盛り上がる。


 そもそも、馨が女装に目覚めたのは早苗のせいである(と、碧は認識している)。馨、碧、と女っぽい命名をしたのも早苗だ。どうやら、彼女は娘が欲しかったらしい。そこで、生まれた息子にひらひらのワンピースを着せてみた。


 早苗にとって幸いだが、息子たちにとっては不幸というか、2人とも顔立ちは整っていた。そう。小さなころに、碧も女の子の恰好をさせられたことがある。碧はやめたが、馨はやめなかった。それだけだ。

 馨、碧の兄弟はかなり早い段階から香坂家の魔法道場に通っていたため、自分たち(というか母)がおかしいということには気づいていた。ちなみに、悠李には女装姿を見られたことがある碧だ。変人に耐性のある彼女は「かわいいね」だけで終わったが、あの時は恥ずかしさで死ねると思った。当時、碧は10歳くらい。悠李は当時から妙にハンサム度が高い少女であった。


 まあ、それはともかく。悠李に女装姿を見られてから、碧は母に頼まれても女装をしないことにした。これが恭子辺りにまで見られたら本気で死ねると思った。母は残念がったが、馨がかばってくれた。そんな彼は女装し続けているが。


 悠李は颯爽としたハンサムだ。あれはうらやましいとは思う。碧のキャラではないのであきらめたが、あの家は基本的に住人がハンサムである。

「……俺、香坂家に生まれたかったかもしれない」

 碧はぽつりとつぶやいた。そんなしみじみとした言葉に、馨はさらりと言った。

「じゃあ、悠李ちゃんと結婚すりゃいいだろ。婿養子にしてもらえ……でも、家継ぐやついないと困るな!」

「兄貴、継ぐ気ないのか!」

 碧は兄のたわけた発言の後半部分が気になった。まあ、成原家は自営業や会社の社長をしているわけではないが、そこそこ有名な官僚一家だ。そう。湊は少々ふざけた性格ながら、官僚なのである。今は魔法省に勤務中。


「俺は研究に生きる。大学院まで行って、そのまま研究所に入るつもりだ」


 馨の将来設計に、碧は思わず父母の顔を窺った。この兄の発言をどう思うだろうか、と心配したのである。しかし、2人ともけろりとしたものだ。

「お前はそう言うやつだからなぁ。無理やり政治家にするつもりはないから、好きなだけ研究してろ」

「そうよねぇ。好きなことしてた方が長生きできるっていうし」

 湊も早苗も特に馨を縛るつもりはないようだ。それはいい。いいのだが……。

「本当にいいのか? このままじゃ兄貴、研究オタクのマッドサイエンティストになるぞ」

 両方とも同じことを示している気がしたが、今は気にしないことにした。湊は次男の主張に苦笑する。

「別にいいだろ。それこそ香坂家の智恵李を見てみろ」

 香坂こうさか智恵李ちえり。先ほどから碧が「ドクター香坂」と呼んでいる人と同一人物だ。つまり、悠李や千尋の母親だ。


 彼女は研究者だ。ちょっと変わった性格(かなりオブラートに包んだ表現だ)をしていらっしゃる。いい人ではあるのだが、実験に命を懸けているような印象を受けるのは否定できない。

 碧は友人の母を思い出し、ついで彼女の臨床実験に彼女の娘が連れ出されるのを思い出した。


「いいねぇ。ドクター香坂。俺もあの人の下で働きたいよ」


 でも、微妙に研究内容が違うんだよな、と馨はぼやく。知り合いなんだから、頼み込んでみればどうだろう、と碧はぼんやりと思った。

「……まあ、好きにしろよ、兄貴」

 うちは俺が継ぐから、たぶん。


 女装趣味で研究オタクなマッドサイエンティスト。うちの兄は、そろそろ駄目かもしれん。







ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


この先3話分くらい、ゴールデンウィークです。物語前半は巻きで行こうかな、と最近は考えています。

にしても6回目の18歳の誕生日……普通にいけば、もう24歳ですね。これは微妙な感じにもなりますねー。


次は7月14日、月曜日になります。

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