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4月11日(水)。新入生の喧嘩

何故か5話目の『状況確認』がふたつになっていた……しかも、なぜそうなっていたのかわからない。

というわけで、改めて『新入生の喧嘩』を更新。

 同じ授業も6回目となれば退屈である。さすがに、説明される内容は多少違うものの、結局やっていることは同じ。まじめ優等生な紗耶加は頑張って授業ノートを取っているようだが、恭子はぼんやりと外を眺めていることが多い。


 ちなみに、他4人に聞いても、「落書きしている」「寝ている」「内職している」「今までと違うところを探している」との解答が返ってきた。何気に恭子はまじめな部類に入るのではないだろうか。ちなみに、同じクラスの晃一郎が、今日は推理小説を読んでいるのを目撃した。


 基本的に、この学校では午前中は一般科目、午後からは魔法系の科目、と決められている。魔法科目は、実技科目を含む。恭子たちが所属する3‐Aは午後初めの授業が魔法実技なので、恭子と紗耶加は魔法訓練場に向かっていた。


「あ! 九條副会長!」


 そこに、焦げ茶色に近い黒髪を肩にたらした女の子が走ってきた。顔に見覚えはないが、白地の制服に入るラインが赤なので、1年生だ。この学校の制服は、高等部は白、中等部はベージュになっている。基本フォルムは同じ。そして、学年がわかるように制服には赤、青、緑のラインが入っている。今年の1年生は赤ライン。ちなみに、3年の恭子たちは緑ラインだ。


 1年生の女の子は、生徒会役員の紗耶加に向かって走ってきていた。生徒会役員は、入学式で『この人たちが今期の生徒会です』と紹介されるので、1年生でも顔を覚えられていることが多い。特に、今年の生徒会は美形揃いなので覚えやすかっただろう。まあ、紗耶加は可愛らしい系だが。


「すみません、ほんとにすみません! クラスの男子が喧嘩を始めて。魔法も使いそうな勢いで!」

「あー……」


 紗耶加の前まで来ると、助けてくれと言わんばかりに彼女は言った。実際に、生徒会副会長である紗耶加はこの事態を見逃すことはできないだろう。ため息をつきそうな表情で、紗耶加は恭子を見た。

「……恭子、ごめん」

「付き合いますわ」

「ますますごめん」

 紗耶加が申し訳なさそうに言うと、1年生の女の子も「すみません!」と勢いよく謝る。

 現場は魔法訓練場からほど近い中庭だった。やるならせめて校庭でやりなさい。もしくは体育館裏。これは違うか。


 基本的に、学内での魔法の無断使用は禁止されている。しかし、それは生徒の良心に基づいて管理されているので、かなり杜撰だ。紗耶加は言い合いをしている1年生男子の間に入ろうと口を開きかけた。


「待って、紗耶加さん。俺がやるから」

 

 言うが早いか、その男子生徒は喧嘩の仲裁に入った。2年生を示す青い制服のラインを見なくても、恭子は彼がだれかわかった。すらりとした長身は、体格は違うものの彼の姉を思い出させる。


「はいはい。お前ら、何をそんないきがってるの? 中等部からの持ち上がりだろうが高等部からの入学だろうが、さしたる違いはないって。むしろ、中等部から持ち上がりのやつらは高等部からの入学者がちゃんと学校になじめるように気を配れよ」


 うん。言っていることは正論だ。ただ、その正論が通じる相手ではないと思われる。


「こんな奴らから気を使われてたまるかっ! 中等部上がりだからって、調子に乗りやがって!」

「中等部からこの学校に入れなかったのは、お前の頭が足りなかったからだろ!」

「何だと!? エリート面しやがって!」

「エリートで何が悪い!」


 ああ……どちらも自尊心プライドが高いタイプだ。喧嘩中の1年生男子生徒が魔法を使おうと魔力を掌に集めだす。さすがにヤバい、と仲裁に入った2年生男子も魔法を発動するが。



 その前に、銃声が一発響いた。念のために言っておくが、空砲である。



「そこまでだ」

 重く低い声が場に水を差した。これも見なくてもわかるが、この学校の生徒会長様だ。この学校に君臨する絶対王者、生徒会長・成原碧の登場に1年生が野次馬も含めて凍り付いている。

「……千尋。もっと穏便に止める方法はなかったのかい?」

 優しげな口調だが、どこか有無を言わせぬ雰囲気がある。仲裁に入った2年生と似たような顔立ちをした生徒会会計。近距離実技だけなら、この学校一番。


 誰だかわかっているが、一応そちらを見てみる。手に銃(魔法道具である)を持った無表情の碧と左手に細剣を持ってうっそうと笑っている悠李がそこにいた。怖いよ、2人とも。

「おや、あの子」

「知り合いか、香坂」

「入学式に道案内をした子だね」

 そう言って悠李が微笑むと、男子生徒2人の仲裁に入っていた方の少女が遠慮がちに頭を下げた。それを見てから碧が紗耶加に尋ねる。

「九條。どこから見ていた」

「あ、えっと。この子が同級生が喧嘩してるって呼びに来てねー」

 余裕が戻ってきたのか、紗耶加が落ち着いて状況を説明する。彼女の話を聞いた碧は一つうなずいた。

「わかった。その2人と、君」

 と、碧は紗耶加を呼びに来た女子生徒を示す。

「放課後、生徒会室に来てくれ。あと、千尋」

「うわ、はい」

「うわ、じゃない。もう少し穏便に仲裁に入れ」

「……気を付けます」

 香坂こうさか千尋ちひろはがっくりとして言った。彼は、悠李の弟である。姉に似た中性的な顔立ちをしているが、長身で体つきがしっかりしているため、男にしか見えない。姉が無鉄砲なら、弟は空回り。やる気はあるんだけどね。


 千尋は、恭子たちの一つ年下で、現在ミネルヴァ魔法学院第12分校高等部の2年生。年が近いのもあり、彼も幼馴染のカテゴリに入る。一つ年下の男の子を巻き込んで4人で遊んだものだ。


 そこで予鈴が鳴った。野次馬たちがあわてて散開する。恭子と紗耶加も顔を見合わせたが、とりあえず最後まで見届けるか、とその場に残る。

「ちゃんと放課後、来いよ! 逃げられると思うな、特に男子2人!」

 碧が脅しの言葉をかけると、喧嘩をしていた男子生徒2人は、そろってびくっと体を震わせた。名指しされていない女生徒もびくりとしたようだ。まあ、碧の声は低めで迫力がありますからね。


 それに、「逃げられると思うな」は彼に限ってまじめに脅し言葉だ。なんとなれば、彼の索敵範囲はこの学校をすっぽり覆って余りあるほどなのである。ちなみに、この学校、端から端まで10キロあるという噂だ。いや、恭子も詳しいことは知らないが。


 よって、何故この騒動の場所がわかったのかと、碧に聞くのは愚問と言えよう。たぶん、悠李は途中で拾ってきたと思われる。


「千尋、お前ももう授業にいけ」

「えー。碧たちは?」

「3年はもう少し余裕がある。2年は勉強してろ」

「仲間外れにすんなよな」


 ぶつぶつ言いながらも千尋は授業に戻っていく。このままごねれば、姉と碧の説教が待っていると判断したのだろう。たぶん、それは正しい。


 そして、千尋が去ったことでにわかハーレムが出来上がる。いや、悠李が男前だから、ハーレムではないかもしれない。

「……この騒動、初めてだな」

「僕たちが遭遇したことないだけってことはないかい?」

 碧のしみじみとした言葉に、悠李が尋ねる。紗耶加は少し眉をひそめて、「先に風紀委員が処理しちゃったりとか?」と首をかしげる。つまり、風紀委員が先に処理をしてしまったので、生徒会が気づかなかったということだ。でも、それはないだろう。


「……まあ、毎回必ず同じことが起こるわけではないでしょうし……」


 以前も言ったことを言いながら、恭子は首を傾けた。現に、恭子は死んだり死ななかったりしたし。悠李が死んだこともあったし。


 本鈴が響く。4人はほぼ同時に身をひるがえして校舎に向かった。恭子と紗耶加は実技なので、そのまま魔法訓練場へ向かうことになる。碧と侑李は座学なのだそうだ。






 午後の授業3時間分の魔法授業を終え、生徒会補佐である恭子も生徒会室に向かった。紗耶加と、今度は風紀委員の晃一郎も一緒だ。


 広めの生徒会室には、すでに大体のメンバーが集まっていた。騒動を起こした1年生もすでに来ている。紗耶加を呼びに来た少女と、さらに実際に騒動の仲裁に入った少女が2人とも来ているので、1年生は4人だ。

「悠李はともかく、ケイ君は?」

 紗耶加が首をかしげながら尋ねた。ただの会計である悠李はともかく、風紀委員長である敬がいないと話が進まない。恭子もそうだが、みんな「敬」を音読みして彼を「ケイ」と呼ぶ。

「3‐Eはホームルームが長引いてる。そのうち来るだろ」

 と、クラスが3‐Fの碧。悠李と敬は3‐Eになる。この学校はAからHクラスまであるが、Eクラス以降は理系クラスになる。つまり、Aクラスである恭子、紗耶加、晃一郎は文系だ。


 まあ、魔術師養成学校であるこの学院。文系、理系とクラス分けする必要があるのだろうかと思わないでもないが、ある程度魔法を習った後、一般大学に進学する者も多い。半分以上の生徒はそのまま魔法系大学に進学するのだが。



 10分もすると、悠李と敬が生徒会室に入ってきた。

「やあ。遅れて申し訳ない」

「わりぃな。うちの担任の説教が長くて」

 悠李はいつも通りの芝居がかった口調で、敬は苦笑気味に言った。とにかく、面子はそろった。

「さて。事情を聞いてもいいか?」

 尋ねているのに有無を言わせぬ口調で碧が言った。

「まず、所属クラスと名前を言え」

 向き合っているのは生徒会長の碧と、副会長の紗耶加、風紀委員長の敬。ただ、紗耶加と敬は碧に丸投げしているようにも見える。


「……1‐C黒部幸弘くろべ ゆきひろ

「……同じく、村川章平むらかわ しょうへい

 まず、男子生徒が答えた。続いて女子生徒二人。

高崎絢音たかさき あやねです。1‐Aに所属しています」

高崎花奈たかさき かなです。私は1‐Cに所属しています」

 女子生徒2人がそれぞれ名乗ったのを、碧は興味深そうに聞いていた。

「姉妹か?」

「あ、いえ。従姉妹同士です」

 絢音の方が微笑んで答えた。なるほど。姉妹にしては似ていないと思った。


 どうしても、魔力というのは遺伝する傾向が強い。だから、従姉妹同士で同じ学校に通っていても不思議ではない。現に、親子兄弟そろって魔法学校出身という家系も多いはずだ。


「そうか。事情を聞こうか」

 じろっとまではいかないが、鋭い目つきで碧は1年生たちを見た。1年生は縮こまる。だれも話しださないのを見ると、止めに入っていた絢音と花奈の方を見た。威圧感に負けて絢音が口を開く。

「あの……その。高等部から入学してきたことを、中等部から持ち上がり組が馬鹿にしたらしくて」

 そう言いながら絢音は花奈の方を見た。見られた花奈は代わりに口を開く。

「村川君は高等部からの入学で、黒部君は持ち上がりなんだそうです。それで、何となく、溝があってと言うか……」

 さすがにきっかけはわからないようだが、喧嘩はなんでもきっかけになりうる。内部持ち上がり組と高校からの入学者での軋轢は、恭子が1年生の時にもあった。時間がたてばそんなに気にならなくなるものだが、まだ入学したばかりなので気になるのだろう。


 中等部から持ち上がりだと、たいていの人は高等部入学試験に落ちない。中等部で試験対策をしているのと、もともと頭のいい人が集まっているからだ。中等部の入学試験は難しいことで有名である。


 こういう心理的な問題は難しい。互いを理解しあえるくらいの時間が必要になる。逆に言えば、時間が解決してくれる場合も多いのだが。

「……なるほどな。そう言う対立は、毎年あるからな。俺としては高等部から入学してこようが中等部から入学してこようが一緒だと思うけどな」

 と、持ち上がり組の碧。敬もうなずいているところを見ると、彼も同じ意見か。紗耶加はあいまいに微笑んで口を開いた。


「でも、高等部から入学してきた身としては、中等部からいる人たちはうらやましいと思うの。なんと言っても、この学校は世界的に歴史のある魔法学校だし、魔法水準も高い。それでも、勉強以外の事情で中等部には入学できなかった人がたくさんいるの」


 紗耶加はそう言って大きめの眼を細めて黒部と村川を見た。


「家庭の事情とか、学費の事情とか、家が遠いとか。私も、家は静岡なの、だから、中等部から通えなかった。ただそれだけの事なのに、馬鹿にされるのは我慢ならないわ」


 紗耶加は優しげに微笑んでいるが、黒部は恥じ入った表情になった。高等部からの入学である紗耶加の成績がこの学校でもトップクラスであることを知っているのだろう。しかも、生徒会副会長だ。


「この学校に入学した以上、みんな仲間なの。一緒に3年間勉強する仲なのよ。中等部からこの学校にいるとか、高等部からの入学だとか関係なく、ちゃんとその人を見てあげて」

「……はい」


 黒部と村川から返事をもらえたところで、今回は未遂だったので4人とも帰すことになった。ちなみに、村川は寮生らしい。


「あの!」


 生徒会室を出る前に、大きな声を出したのは花奈だ。花奈は紗耶加をまっすぐに見つめると、少し頬を赤くして言った。


「今の言葉、感動しました! 私も副会長みたいなことを言える魔術師になりたいと思います!」

「……あ、ありがとう」


 熱烈ともいえる告白を受けた紗耶加は若干引き気味だが、嬉しそうでもある。

「花奈ちゃん、行くよ」

「あ、待って、絢音ちゃん。失礼しました」

 礼儀正しく従姉妹は頭を下げると生徒会室を出ていく。扉を閉めてから、紗耶加は大きく息を吐いた。

「ビックリしたぁ」

「かわいい後輩ができたじゃないか」

 パソコンに向かっていた悠李が振り返って言った。そのからかうような視線に紗耶加は唇を尖らせた。

「もうっ。からかわないでよ! 思ったこと言っただけなのに……」

「だから余計に彼らの心に響いたのでしょう。碧やユウなら、こうはいきませんよ」

 自覚があるのか、碧も悠李も肩をすくめた。この場合、中等部から持ち上がりで成績もいいこの2人なら、もっと話はこじれていた可能性がある。つまり、紗耶加が口を挟んで正解だったということだ。


「ま、今回は九條のお手柄だな」

「俺も説教、感動しましたよ。副会長」

「梶君。やめてちょうだい」


 敬の言葉に便乗して紗耶加をほめる亮祐に、彼女は頬を染めた。


「だが、九條のおかげで助かったのは事実だ。ありがとう」

「……成原君に素直にお礼を言われると、微妙な気持ちになるのは何故かしら」



 さらりと紗耶加はひどいことを言ってのけた。






ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


いや、本当に何故『状況確認』がふたつになったのかわからない、機械音痴な私です。いや~、でも、バックアップはとっておくものですね。バックアップデータはほぼプロットなので、もともとのものとはちょっと違っているかもしれません。


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