4月6日(金)。入学式【2】
きりが悪かったので連日投稿。
基本は月、木、土の週3回で行こうと思います。
約2時間後。入学式に行っていた碧たちが戻ってきた。今度は悠李がいない代わりに、残り2人の生徒会役員が一緒だ。2人とも2年生。男子生徒は梶亮祐、会計担当。女子生徒は三上志穂、書記担当だ。
「お疲れ様ですね。こんにちは、亮祐さん、志穂さん」
「こんちは、鷺ノ宮先輩」
亮祐がニヤッと笑って挨拶をした。志穂が少々呆れた様子で亮祐を見ている。彼女は丁寧に「こんにちは」と頭を下げた。恭子は気のいい後輩とまじめな後輩の姿に思わず笑みを浮かべる。それから尋ねた。
「ユウはどうしたのですか?」
答えはわかっていたが、恭子は尋ねた。恭子は悠李と特別仲がいいし、聞かないと不自然だからだ。
「悠李なら迷子の1年生を送って行ったわ」
これまでのループの時と同じ言葉を、紗耶加が返した。そう、入学式の日、広い校舎に迷った1年生を悠李が教室まで連れて行くのは、すでに定例事項となっている。まあ、今回で6回目ですしね。
「そうですか。まあ、ユウなら何があっても大丈夫ですね」
何しろ、悠李は魔法使用の接近戦において、この学校でおそらく最も優秀だ。心配するだけ損。これまでのループでは、何事もなく戻ってきているし。
「じゃあ、恭子。そろそろ、俺も見回りに行くね」
「ええ。お付き合いいただき、ありがとうございます」
「何の事?」
そう言って笑う晃一郎は優しいと思う。恭子は思わず目を細めて晃一郎を見送った。彼が、碧たちを待つ恭子に付き合ってくれたことはわかっていた。あえてそれを認めないちょっとひねくれたところも含めて、晃一郎という少年だ。
「入学式はどうでしたか?」
「いつも通りだな。特に何もない」
碧が椅子に座って腕を組みながら言った。紗耶加が苦笑する。
「成原君、独特な存在感を出していたわよね。ちょっと新入生が引いていたわ」
紗耶加の遠慮のない言葉に、碧は少し顔をしかめた。碧に独特な存在感があるのは事実だ。
黒髪に切れ長の目。涼しげな目元は、どちらかというと厳しい印象を与えるだろう。ちなみに、眼鏡のフレームに隠れているが、彼は左目に泣きぼくろがある。
さらに、彼の隣に悠李が並べば、存在感ばっちりだ。注意を引きたい時などは、この2人を並べておくに限る。ちなみに、恭子には自分が碧の隣に並ぶと言う発想はない。
「やあ。ただ今戻ったよ」
いつも通り芝居がかった少年っぽい口調で悠李が生徒会室に戻ってきた。恭子は彼女を見上げる。
「お疲れ様です。ユウ、新入生の方は大丈夫でしたか?」
「ああ。高等部から入学してきたらしいね。この校舎は広いから、迷ってしまうのは仕方がないよ」
「なるほど。それは仕方がないかもしれませんわね」
すでにわかっていることを尋ねて、それについて不自然ではないように会話をするのは大変だった。もう六回目なので、悠李が教室まで送ってきた生徒が高等部からこの学校に通うことになっているということは、恭子も知っていた。
ミネルヴァ魔法学院第12分校は中等部、高等部から成り立っている。中等部の定員は250名、高等部は300名。つまり、中等部から高等部に上がるときに、50名の追加募集があるのだ。中学から魔法教育を受けるのは珍しい。たいていの魔術師は魔法を教えている中学校に入学するか、魔法塾に通っている。恭子は前者。ここのメンバーで言うと、紗耶加が高等部からの入学者だ。
「でも、この学校、広いですから案内図があるじゃないですか。見なかったんですかね」
亮祐が不思議そうに言った。彼も中等部からいるので、迷うということが信じられないのだろう。一応、中等部と高等部で建物を半分に分けているが、作りはほぼ同じ、つまりシンメトリーなのだ。中等部で生活していれば、高等部校舎に移ってもさほど問題がない。左右が逆になるだけですからね。
「それは亮祐君たちが中等部からこの学校にいるからだよ。高等部入学の私は、確かに最初のころ迷ったわ」
紗耶加が苦笑気味に言った。ちょっと頬が引きつっているのは、彼女がループするたびに毎回このセリフを言っているからだろう。それに気づかなかったのか、亮祐は「そんなもんですか?」と首をかしげる。
「まあ、そのうち慣れるでしょう。そんなに難しい作りじゃないし」
突き放すように言ったのは志穂だ。彼女は中等部からの入学になる。突き放しているように聞こえるが、彼女の意見は一般論でもある。よほど方向音痴でない限りは問題ないだろう。彼女の言うように、校舎のつくり自体はそんなに入り組んでいないのだ。慣れていないだけだろう。
まあ、6回目の入学で慣れていない、という言葉に、恭子が少し違和感を覚えたことは否定できない。
「そう言えば、ユウ、碧、紗耶加さん。先ほどの話しなのですが、日曜日、わたくしの家ではどうでしょう?」
先ほどの話。つまり、入学式の前に現状についてどこかで集まって話そうというものだ。どこかの店や、悠李や碧の家でもいいが、店ではどこで聞かれるかわからないし、2人の家はちょっと遠い。この学校は通学時間1時間以内でないと、自宅通学ができない。悠李の家は電車と徒歩で30分ちょい、碧にいたっては電車でぎりぎり1時間以内。対して恭子の家は徒歩15分圏内だ。
まず、通学時間については家を出てから校門をくぐるまでの時間を指す。そして、学費の高いこの学校は、やはり金持ちが多い。そのため、車での送迎も多く、車で1時間圏内に自宅があるなら自宅通学可能だ。
恭子たち6人の中では、紗耶加、晃一郎、敬の3人が通学1時間圏外だ。そうなると、寮に入ることになる。だから、3人は寮生だ。紗耶加、晃一郎、敬の3人は東京出身ではない。比較的近い千葉県の出身である敬は中等部から寮生になってこの学校に通っているが、紗耶加と晃一郎は高等部からの入学だ。
ちなみに、鷺ノ宮邸がこの学校から近いのは、もともとこの学校のある土地が鷺ノ宮家のものだったからだ。鷺ノ宮家はミネルヴァ魔法学院第12分校を設立するときの最大の出資者だ。その名は伊達ではない。ちなみに、現在も出資は続けている。
というわけで、集まるには恭子の家が一番都合がいい。当たり前だが、寮は校舎の近くにあるので、ちょうど中間地点となる。まず、碧が賛成を示した。
「そうだな。お前の家が一番集まりやすいしな」
「私もいいわよ。晃一郎君とケイ君には私から伝えておくね」
「僕も賛成。あ、日曜日、そのまま恭子の家に泊まってもいいかな?」
「よろしいですわよ」
悠李が本当に男だったらこんなに簡単に返事はできないが、彼女はあくまでも彼女だ。しかも、幼馴染。これで『駄目』という方がおかしいだろう。
「……お前ら、いつまでも仲いいな」
呆れ調子で碧が言った。恭子はおっとりと、悠李は無駄にハンサムに笑う。
「当然ですわ」
「妬いたのかい? らしくないよ、成原」
からかうように悠李が言った。碧が少し顔をしかめる。
「それはこちらのセリフだ。お前のそんな態度、らしくないぞ」
「どういう意味かな?」
ああ、怒っている。部屋の気温が10度くらい下がった気がする。紗耶加と志穂は顔をひきつらせて心持ち身を引いていた。
しかし、悠李の怒りにひるむ碧ではない。何しろ、彼も恭子・悠李の幼馴染なのだ。彼はニヤッとあくどい笑みを浮かべた。
「言ってほしいのか? そうだな。例えば7歳の時」
「今すぐ黙りたまえ、この冷血漢」
「誰が冷血漢だ」
「はいはい。2人とも、それくらいにしましょう。喧嘩をなさるなら魔法で対決してはいかがです?」
恭子が手をたたいて待ったをかけた。魔法対決と言えば、口喧嘩より問題があるような気がするが、この学校には魔法対決のルールがある。それにのっとれば口喧嘩よりよっぽど穏便に勝敗が決まる。
それに、何より最大の理由。悠李と碧では、魔法対決で勝敗が決しないことが多いのだ。2人の実力が伯仲していることも挙げられるが、何よりこの2人、魔法戦闘の方法が違いすぎるのだ。
悠李が得意とするのはショートレンジにおける白兵戦。体術もさることながら、剣を持たせれば彼女の右に出る者はないと言われるほどだ。
対して碧が得意とするのはロングレンジにおける戦法、それどころか、アウトレンジから正確に射撃を行うこともできる。
つまり、近距離に入ってしまえば悠李が、長距離に入ってしまえば碧に軍配が上がる。ゆえに、2人の間で決着がついたことがなかった。本気で殺し合おうと思えば結果は違ってくるだろうが、ただの手合せ・ルール適用だと決着はつかない。
だから、2人ともこう言った。
「それでは決着がつかないな」
「同感。あきらめることにするよ。悪かったね、恭子」
「わたくしに謝ってどうするのですか」
「いや、手間をかけさせたからね」
爽やかに悠李は言い切ったが、はぐらかされた感がすごい。恭子はちょっと釈然としない気持ちになる。
「鷺ノ宮先輩の家かぁ。俺も行ってみたいです!」
先ほどの流れに戻らないようにしようという気遣いか、元気よく亮祐が言った。しかし、碧が眼鏡のブリッジを押し上げながらすげなく言う。
「悪いな、梶。3年の受験対策会議だ」
「何すか、それ! 会長たちにそんな対策会議、いるんですか!?」
碧をはじめ、恭子たちの成績は一様にいい。筆記のみでも、魔法実技を含めてもトップテンに入っているはずだ。つまり、受験対策は必要ないと思われる。
実際、亮祐の意見は的を射ていたし、それで押し切るのには無理があったが、碧は屁理屈で押し切って見せた。先ほどまで喧嘩していた悠李も感心したように「すごいな」とつぶやいたくらいだ。
再び微妙な空気になったところで、見回りに行っていた風紀委員が帰ってきた。そして、委員長の敬は顔をしかめて言った。
「何だ、この微妙な空気」
敬が水を差してくれたところで、今日はお開きとなった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
悠李をだすと、会話が進みやすいのはなぜだろう。