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4月6日(金)。入学式【1】

恐る恐る、更新してみる。

 国立ミネルヴァ魔法学院第12分校は東京都に存在する。中心から外れた地域に、広大な敷地面積を誇るのが彼の学校だ。理由は簡単。生徒数が多く、頻繁に魔法実験を行うからだ。都心にあったら大惨事になる。

 国立、と銘打ってはいるが、ミネルヴァ魔法学院は全世界に散らばる名門魔法学校だ。本校はイギリス。日本は第12分校となる。つまり、世界で12番目に作られたミネルヴァ魔法学院系列の学校ということだ。


 その魔法学院第12分校高等部のエントランスに向かって、女生徒が1人歩いていた。どこの西洋の城だ、と言いたくなる前庭を上品に歩いている。

 腰まで届く、まっすぐな黒髪。優しげな目元。白い肌。上品なたたずまい。日本風美少女の雰囲気を醸し出す彼女は、このミネルヴァ魔法学院第12分校創設に一躍買った出資者の孫娘だった。つまり、お嬢様だ。


「おはようございます、鷺ノ宮さん」

「はい。おはようございます」


 彼女はにこりと笑って挨拶を返した。彼女に挨拶をした少女はぺこっと頭を下げるとそのままエントランスに向かって速足で歩いて行った。それでも彼女はゆっくりと歩く。

 エントランス付近で、花壇に水やりをしている生徒を見つけた。彼女はその生徒にも声をかける。


「おはようございます、ユウ」


 その生徒はホースを持ったまま振り返った。その秀麗な顔に一瞬驚愕の表情が浮かんだが、それは本当に一瞬の出来事で、すぐに引っ込んだ。相手の顔にも笑みが浮かぶ。


「おはよう、恭子。今日は出歩いて大丈夫なのかい?」


 穏やかな、そして温かい口調で尋ねられて、恭子は満面の笑みでうなずく。


「はい。今日は体調がいいんですの」

「それはよかった。ああ、ちょっと待ってくれるかい? 水やりはもう終わるから、教室まで送って行こう」

「まあ。ありがとう」


 恭子は逆らわずに礼を言った。恭子のことを心配してくれているのがわかるからだ。恭子はあまり体が強くない。心臓が弱いため、激しい運動などはできないし、発作を起こして倒れることもしばしばだ。それを何度も目にしているのだ、この生徒は。


 香坂悠李こうさか ゆうり鷺ノ宮さぎのみや恭子きょうこの幼馴染だ。微妙に性別のわかりづらい名前をしているが、紛うことなき女である、悠李は。そう、女だ。

 しかし、口調からもわかるとおり、彼女は『彼女』とわかりづらい。顔立ちが中性的なのもあるし、口調が少々少年っぽいのもあるだろう。今は、恭子と同じブルーのラインが入った制服のスカートを身に着けているので、性別を間違われることは無い。逆に言うと、これくらいしないと正しい性別がわからない。幼馴染の恭子でも、時々ドキッとする行動をとるのだ、悠李は。


「お待たせしたね。行こうか」


 悠李がにっこり笑って言った。恭子も笑みを浮かべてゆっくり歩く悠李に続いた。


「恭子、クラスは3‐Aだね?」

「ええ……今年も同じクラスにはなれませんでしたね」

「仕方がないよ。君は文系、僕は理系なのだから」

「そうですわね……」


 悠李は一人称に『僕』を採用していた。素だと『私』なのだが、どうやらボーイッシュな少女を演出しているらしい。彼女の外見から言って、この爽やかな口調を続けられたら、ただのハンサムさんだ。


 恭子と同じ黒髪だが、悠李は美しい髪をちょっと長めのショートカットにしている。これが中性的な雰囲気をいや増すのだ。少女にも見えるし、少年にも見える。絶妙なバランスだ。切れ長気味のアーモンド形の瞳は藍色。釣り目気味でもあるが、とにかく、彼女は美人だった。美少女とは言えない。美人なのだ。


 見た目美少年である悠李と、見た目お嬢様である恭子は、並んでいるとお似合いだと言われることが多い。実は、ちょっと嬉しいのは内緒だ。

 3‐Aの教室は、すでに人が集まっていた。ちょっとした有名カップルである恭子と悠李の登場に歓声が上がる。慣れている2人は気にしない。


「ありがとうございます、ユウ」

「いやいや。僕が勝手にしたことだからね。ああ、はい、鞄」

「あら、いつの間に」


 恭子は本気で驚きながら、鞄を悠李から受け取った。いつの間に彼女が持っていたのだろうか。びっくりした。


「では、また後程」

「ああ。恭子は無理しない程度にね」

「はい」


 笑顔で答えると、悠李はうなずいてひらひらと手を振って自分の教室に向かって行った。最後まで爽やかな女だ……。クラスメイトの好奇の視線を浴びながら、恭子はそんなことを思った。





 今日の午前中は始業式。午後からは入学式になる。始業式の長い校長の話を聞き終わり、恭子は生徒会室に来ていた。そこにはいつものメンバーがいた。


 まず、幼馴染の悠李。彼女は会計担当。


 次に、同じく幼馴染の成原碧なりはら あおい。何やら女のような名前だが、正真正銘の男だ。クール系美男子で生徒会長。切れ長の目に眼鏡着用の涼しげな少年。


 さらに、生徒会副会長の九條紗耶加くじょう さやか。成績優秀、特待生でこの学校に入学した天才少女である。ミネルヴァ魔法学院日本校は、中等部と高等部が存在するが、彼女は高等部から入学してきた。それでも、成績はいい。もともと、別の系列の魔法学校に通っていたらしい。


 そして、風紀委員長の瀬那敬せな たかし。名前を聞けば、「ああ、男だな」と思うのだが、顔を見た人はその中性的な雰囲気に戸惑うだろう。つまり、悠李の逆バージョンだ。女顔の男なのである。


 続いて、同じく風紀委員の篠崎晃一郎しのざき こういちろう。ニコニコ笑って優しげな少年だが、残酷なことをさらっという腹黒だったりもする。ちなみに、彼も高等部からの入学だ。


 そして、最後に恭子。これが、高等部に入ってからのいつものメンバーだ。このメンバーが集まるまでに紆余曲折があったのだが、面倒なので省くことにする。


「……また、始まったな」


 生徒会長、碧がつぶやいた。それをきっかけに、さざ波のように囁きが広がっていく。


「もう面白味がねぇな」

「ユウなんて、わたくしを見て驚愕していましたものね」

「ああ……不覚にも、驚いてしまったよ」

「っていうか、これ、何回目?」

「6回目じゃないかなぁ」


 晃一郎がげんなりした様子で言った。さしもの彼も、疲れた様子で苦笑していた。気持ちはわかる。


「今回も、駄目だったかぁ……」


 紗耶加が、みんなの心情を見事に代弁した。


 なぜか、同じ1年を繰り返している。それが、この6人の一致した意見だった。彼らはミネルヴァ魔法学院日本校高等部3年生の年を、すでに5回、繰り返している。そして、今回は6回目の高等部3年生になる。紗耶加の言う『駄目』とは、このループから抜け出せなかったということだ。


 同じ1年を繰り返している、と言っても、この6人の中でもループ説とリセット説に分かれていた。同じ1年を輪のように繰り返しているだけ、というのと、今までの一年が『なかったこと』にされ、また1年の初めに戻る、という意見がある。まあ、リセットは上書きのようなものと考えればいいだろう。

 まあ、ループにせよリセットにせよ、同じ1年を繰り返しているのは間違いない。問題は、どうやってここから抜け出すか、だ。


 ちなみに、恭子たちも何もしてみなかったわけではない。


「5回目のも、最後に恭子、死んじゃったよね?」


 これは紗耶加。恭子はうなずく。


「ええ。ですから、わたくしを見てユウは驚いたのですよね」

「頭では理解しているつもりなんだけどね……友人が何度も死ぬ姿を見るのは、気持ちがいいものではないんだよ」


 そう言って悠李が肩をすくめた。それを見て、晃一郎が少し考えるしぐさをする。


「でも、1回、恭子が死ななかったとき、あったよね」

「ああ! あったわ! 4回目のときね」


 紗耶加がポン、と手をたたく。1年の最期に、恭子が死ななければこのループは終わるのかと思われたが、今もまだループは続いている。何がダメなのだろうか。


 病弱な恭子は、このまま行くと、死んでしまう。前回のループの時も死んでしまったため、けろりとして現れた恭子に、悠李が驚愕したということである。

 どうやら、恭子の死は1年ループと関係がないらしい。一概に関係なしともいえないが、主要因である可能性は低い。ということは、別に原因を見つけ出さなければ、この繰り返し現象は収まらない。


 と言っても、ほかに原因と思われるものが見つからないこの現状。今回も探り探り日々を過ごすしかなさそうだ。

 6人そろってため息をついた。


「そもそも、なんで俺たちは記憶があるんだろうな」


 敬がふと言った。この世界には、恭子たちと同じように1年が繰り返していることに気付いているものと、いないものがいる。リセット説はこれに基づくらしい。ループしているのなら、全員の記憶がきれいさっぱりなくなるはずだ、と。

 ここの6人はこの世界がループしていることに気が付いている。しかし、この学院で言えば生徒のほとんどが何も気づいていない。つまり、記憶もリセットされているのだ。


「それもわかりませんね?」


 恭子はおっとりと微笑んで言った。悠李が面白そうに敬と恭子を見比べた時、チャイムが鳴った。碧が顔を上げる。


「ん。入学式が始まるな。話の続きは明日以降、どこかに集まって話そう」

「賛成」


 一斉に返事があり、碧は苦笑気味にうなずいた。それから生徒会役員に言う。


「九條、香坂、行くぞ」

「わかりました」

「わかったよ」


 生徒会役員の紗耶加と侑李が碧に続く。3人が出ていた部屋で、残った3人は話を再開する。


「この1年も、前回と同じことの繰り返しになるのかな」


 晃一郎が顎に指を当てて首をかしげた。それに、敬が疑問を投げる。


「でも、今まで5回この1年を経験しているけど、すべてが全く同じではなかっただろ。大筋は同じでも、細かいところは違ってたし」


 敬が手を左右に振りつつ言う。恭子は確かに、と小さくうなずく。最初の1年と、それ以降のループの1年は細部が違っていた。大筋が同じ、というのはうなずける。結果が違っていたことからもそれはうかがえる。結果とは、恭子が死んだか、死んでいないか、という違いである。

 正直、死んだと思っていた自分が、こうして活動しているのにはものすごい違和感がある。死んだのに死んだ記憶があるのは考え物だと思う。死ぬたびに悠李たちにはつらい思いをさせるのだし、恭子が死ぬにしても生きるにしても、さっさとループから抜け出したいところ。


「先回りして危険なフラグは回収する?」

「フラグって……篠崎。ゲームじゃねぇんだから」


 敬が呆れた様子で晃一郎にツッコミを入れた。しかし、恭子はむしろ感心する。


「ゲームですか……言いえて妙ですね。失敗しても、セーブポイントからもう一度始められる。大筋は同じなのに、以前と同じ方法でやってはクリアできないとわかっているから、細部が違う」

「……鷺ノ宮、ゲームするんだな」

「あら。1人遊びには最適ですのよ」


 にこーっと恭子は敬に笑いかける。その笑顔につられて、敬も若干ひきつっているものの笑みを浮かべる。


 悠李や碧という幼馴染はいたものの、彼らがいつも遊びに来てくれるわけではない。むしろ、恭子が遊びに外に出られない分、彼らと会う時間は少なかったともいえる。病弱な恭子は、幼いころはほとんどベッドから出られなかったし、遊ぶのも屋敷の中だけ。そうなれば、やることは決まってくる。


「テトリスで碧に勝てたことがありませんの」

「テトリス……確かに、成原は強そうだね」


 晃一郎もあっけにとられたように言った。お嬢様然とした恭子がゲームをしていたのも衝撃的だし、インテリ然とした碧がテトリスをしていることも意外なのだろう。ちなみに、悠李はあまりゲーム類が得意ではない。


 ただ、ゲームをするにあたって少々問題もあった。恭子の魔力が強すぎることだ。よくわからないのだが、魔力は機械の発する電波に異常を与えるらしい。パソコンなどの電波ならともかく、ゲームなどの娯楽機械だと、電波障害が起きてゲームができなくなることがある。携帯端末も魔力の影響を受けるため、魔力のあるものは指定された携帯端末しか使えない。あまり種類がないため、相談していないのに友達と機種がかぶる、というのもざらだ。


 再び、チャイムが鳴った。時計を見ると、もうすぐ入学式が始まる時間だ。在校生は特に入学式には参加しない。在校生もいると、人数が多すぎるからだ。なので、生徒会だけが入学式に参加することになっている。


「悪いけど、俺、ちょっと校内の見回りに行ってくるぜ。篠原、どうする?」

「ケイがやるなら、俺はいいでしょ。なんかあったら携帯端末に連絡して」


 敬と晃一郎は風紀委員だ。委員長である敬に丸投げする晃一郎の言葉に、敬は怒らなかった。呆れたように苦笑するだけだ。この度量の広さが敬のいいところである。そして、晃一郎が恭子を一人にしないために残ったのはわかった。

 生徒会が入学式で出払っているので、騒ぎを起こす生徒がいるかもしれない。かもしれない、というか、実際にいるのだ。前回のループと同じなら。風紀委員は風紀の取り締まりが担当だから、乱闘騒ぎには仲裁に入らなければならない。生徒会にも似たような役割はあるが、基本的に生徒会は執行機関だ。


 敬を見送ってから、恭子と晃一郎はしばしのティータイムに入った。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


恭子の口調が、好き嫌いわかれるかなぁと思います。まあ、それは悠李も同じですね……ちなみに、恭子は悠李のことを「ユウ」と呼んでいます。

この物語で、恭子は傍観者的な立場になる予定です。いや、話にも絡んでくる予定ですが。

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