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6月10日(日)。これもデートの一種らしい【2】

中途半端なところですが、悠李兄の真幸視点。


 真幸は黙々と始末書を書く妹を見て、不思議な気分になる。彼女は頭がいい。なのに、なぜ自分から厄介ごとに首を突っ込むのだろうか。


 妹、悠李の心理干渉魔法、通称『ドリームメーカー』は政府に第1級使用制限魔法に指定されている。母であるドクター香坂が、娘のこの特殊な能力に早々に気付いたため特に被害が出たことはないが、母が気づかなければ、おそらく、彼女の能力による被害者が出ていただろう。


 第1級使用制限魔法の行使者であるせいで、悠李は常に5つのFCUを身に着けなければならない。おかげで、彼女は外出時にFCUの多さをごまかすために多くのアクセサリーを身に着けるようになった。ほら、今も頬杖をついただけでブレスレットがじゃらっと音を立てた。


 香坂家も、母の出身である中宮なかみや家も、魔術師の旧家で、強力な魔術師を輩出することが多い。実際に、母・ドクター香坂も第1級使用制限魔法の行使者である。そのほか香坂家男性陣、父、真幸、千尋の3人も第2級使用制限魔法の行使者だ。しかし、第1級と第2級には埋められない差が存在する。


 とはいえ、第1級使用制限魔法と第2級使用制限魔法の差は何か、と言われると正しく定義できるものはいないだろう。一応、法律上は『一般の魔法よりも威力が大きく、かつ、人の脅威となりうる魔法』が第3級。一般に事故レベルと言われている。『第3級より威力が大きく、かつ、人に対して甚大な脅威となりうる魔法』が第2級。これは災害レベルと言われる。第1級になると、『国家、もしくは世界的に脅威となりうる魔法』にまで格上げされる。ここまで来ると、厄災レベルだ。


 悠李の『ドリームメーカー』が『国家の脅威となりうる』魔法かはわからないが、わかりやすい例を取ると、母・ドクター香坂の『熱溶解魔法』だろう。


 『熱溶解魔法』は、分かりやすく言うと、マグマが通った後だ。正確には違うのだが、この表現が一番わかりやすいだろう。炎、というより熱で地面が溶ける。もちろん、物や人も溶ける。母に言わせると、プラズマに近いらしい。1人で熱核融合ができるんじゃないか、あの人。


 とにかく、この『熱溶解魔法』は非人道的な魔法なのだ。これも母の証言なので正確なところは不明なのだが、半径10キロは確実に溶鉱炉になる出力が出るらしい。これ以上は、母も試したことがないそうだ。まあ、戦争でもしない限り、必要にはならないだろう力ではある。


 本来なら、1人で国を攻め滅ぼしかねない能力を持っている母は、その身柄を拘束され、政府の監視下に置かれても不思議ではない。しかし、母はマッドサイエンティストだ。むしろ、マッドサイエンティストとなることで、自分が監禁されるのを回避していた。

 自分はこの力を使って戦闘は行わない。自分は魔法の研究に生きる、とその態度で示したわけだ。魔法学会で名をあげている母を、政府も拘束することはできないだろう。


 そんな母のもとに生まれた悠李は、ある意味幸運だっただろう。母が第1級使用制限魔法の行使者で、政府にも信用がある人だったから、悠李はある程度自由なのだ。


 まあ、彼女が『ドリームメーカー』の力を許可なく使用すれば、魔法省に警告が行くようにはなっているのだが。悠李の魔法は精神的な要素が強いため、少々取り締まりにくいのだ。


 とまあ、そんな第1級制限魔法を持ってしまっているから、悠李は街中で大きな魔法を許可なく使用すると、こうして始末書を書かされるわけだ。どうして魔法を使ったか明白に書き、その上で第1級使用制限魔法は使用していない旨を記述しなければならない。


 とはいえ、悠李の魔法に関しては、使用すれば警告が行くことになっているので、彼女が第1級使用制限魔法を使用していないことは明白で、事故の目撃者の証言もあった。そのため、始末書を書く前の尋問はかなり早く終わった。



「よし、書き終わったよ。兄さん、サイン」


 ボールペンを置いた悠李がずいっと真幸の方に3枚にわたる始末書を押しやった。3枚なら少ない方だ。始末書の最後にはサイン欄があり、未成年の場合は保護者のサインがいるのだ。ハンコもいる。防衛省の官僚である真幸は、悠李の保護者代わりということだ。もちろん、本人のサインもいるが。


 悠李は達筆である。もともと左利きなのを右利きに矯正したためだ。さすがに行書体で書いたりはしないが、それでもなかなか特徴のある筆跡だ。まあ、読めればいいだろう。真幸はいつものことだ、とさらっと署名欄に自分の名前を書いてハンコを押した。


 後は提出して、帰る。


 ちなみに、ここは警視庁の会議室の一つだ。なんだか隔離されているような気がするが、まあ気にしない。真幸は会議室の扉を開けて廊下に立っていた警察に声をかけた。

「すみません。始末書ができたのですが」

 このまま、真幸か悠李が魔法課まで届けに行ってもいいが、おそらく、途中で見とがめられる気がする。

「わかりました。届けてきますので、少々お待ちください」

 というわけで、真幸は悠李とともにこの会議室に閉じ込められることになった。

「……2度手間だな」

「僕たちが行った方が早いよねぇ」

 真幸のつぶやきに、悠李も賛成するように苦笑した。いや、お前のせいだぞ、ここに閉じ込められているのは。


「どうしてお前は、わかっているのに飛び出していくんだろうな……」

 真幸は呆れたように言った。悠李は苦笑し、飛び出していったことは否定しなかった。

「あの時は僕が動くのが一番早かっただけだよ。もし成原たちが間に合っていたら、彼らに任せていたよ」

 真幸もそうだが、悠李には念動力がほとんどない。念動力、つまりサイキックの才能だ。


 サイキックは放出系魔法のもととなる魔力と言っていい。真幸にはこの才能がほとんどなく、悠李に至ってはほぼ皆無と言っていい。

 つまり、何が言いたいかというと、通常、運動するものに何らかの作用を加えるとき、サイキック、つまり放出系魔法を使うことが多いということだ。


 それなのに、真幸の妹は運動魔法である反回転魔法を使用し、運動エネルギーを緩和、見事、つっこんでくる車を止めたのだという。少年めいたふるまいをする以外は普通の妹だと思っていたが、やはり、父と母の娘だ。やることのスケールがでかい。


 真幸は突拍子もないことをしでかして、仕事中の自分を呼び出してくださった妹を見つめた。


 悠李は血縁を否定しようがないほど母・ドクター香坂に似ている。若干、悠李の方が切れ長の目をしているが、悠李がもう少し年を取り、髪を伸ばせば、母とそっくりになるだろう。ちなみに、弟の千尋も母親よりの顔をしている。


 一方の真幸は父親似だ。父よりも若干線が細いが、長身なのもあり、精悍な印象を人に与える。先ほども言ったが、魔法傾向も父親譲りの精神感応系よりだ。

 外見は父に似ながらも、性格は母親似と言われる真幸だ。実際、母・ドクター香坂と同じくあまり表情が動かず、冷静だと言われる。


 対して、弟妹達は表情豊かだ。千尋はともかく、悠李は作っているような気もするが。

 愛想よくしながらも、悠李は表情を作っている。だから、もしかしたら真幸よりもその表情が読みにくい存在かもしれない。


 とはいえ、もう18年も悠李の兄をしている真幸だ。最近、少々思うところがあった。ちょうどいい機会だと思い、聞いてみる。

「悠李」

「ん?」

「何か隠し事はしていないか?」

「どうして?」

 にっこり笑って悠李が尋ねた。これが彼女のデフォルトだから、いくら兄である真幸でもその裏は読めなかった。


 もともと、精神系魔術師である悠李と真幸は心理戦に強い。悠李はやや押しに弱いきらいはあるが、隠し事は最後まで隠しきる。おそらく、これは精神系魔術師の処世術のようなものだと思う。どんな能力であっても、精神系魔法が使えるというだけで、疑いの目で見られるからだ。


 悠李の魔法は『夢』。真幸の魔法は『過去視』。疑われる要素はばっちりだ。


 にっこり笑う妹と、無表情な兄の攻防戦は、意外にも兄が引いた。

「……わかった。もう聞かん。だが、何かあれば相談しろよ。お前、勝手に厄介ごとにつっこんでくからな」

 今回とかな。現に勝手に厄介ごとにつっこんでいった状態であった悠李は、「わかった」ととりあえずは言うことを聞くことにしたようだ。本当にそうするかはわからないが。


 ちょうど兄妹攻防戦が終わったところに、責任者の魔法課の課長が入ってきて、特に問題なし、ということで2人は解放された。ただし、悠李は「軽はずみな行動はしないように」という忠告付きだった。とはいえ、悠李が車を止めたから二次被害がなかったわけで、その点に関しては礼を言われていた。


 送る、と言われたが断り、駅に入り電車で帰った。

 日常使いの公共交通機関で言われることは珍しいが、魔術師は長距離移動で電車、バス、飛行機などに乗る際に、契約書を書かされる。いわく、『移動中に問題が発生した場合に、その原因追及に協力すること』だ。

 魔力は機械に影響を与えることがあるらしい。それが顕著なのは、どちらかというと放出魔法系だが、一般人にはそんなことはわからない。FCUを5つつけている、ということで、悠李は飛行機への搭乗を拒否されたことがあるのだ。


 とはいえ、最近は魔法の研究が進み、それほど魔力は機器に影響を与えないことがわかってきている。悠李が一般の飛行機に乗れるようになる日も近いだろう。


 それでも、飛行機などでは魔術師は魔力遮断室に閉じ込められることになる。意外と居心地がいいが。


 日常で使う公共交通機関は、移動時間が短いためこういった契約書をかくことはめずらしい。実際、真幸たちも特に問題なく改札を抜け、家の最寄り駅に着いた。

「お帰り」

 家に帰ると、珍しく母のドクター香坂が研究室から出てきていた。彼女は確かに魔法省に所属する研究員であるのだが、家にいることの方が多い。一応、学会などには出席しているらしいが、ばっちりひきこもりだ。


「ただいま。おふくろ、珍しいな」

「ああ……さすがに悠李を説教しないといけないからね」

「なるほど。どうぞ」


 真幸はさすがに顔をこわばらせた悠李の肩をつかみ、母に献上した。真幸に説教されるよりも、めったにこらない母に説教されるほうが堪えるだろう。


 とりあえず、真幸は腹が減ったので、夕食を取りに行く。


 後で様子を見に行くと、母のほかに父も加わり、悠李はがっつり説教されていた。





ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


すでにドクター香坂は戦略兵器レベルだな。彼女1人で大陸の一つくらいは取れる気がする。一応、魔法は遺伝しやすい傾向がある設定なので、強大な魔力を持つドクター香坂の娘の悠李がわけのわからん『夢』の能力を持っていてもそんなに不思議なことではないのです。


次は8月4日、月曜日です。ちょっと閑話的な定例会議。

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