6月10日(日)。これもデートの一種らしい【1】
デート編です。
悠李とレイチェルのデートの日だ。この日は6月の第2日曜日であるため、定例会議の日だったが、悠李からは事前に出席できない、という連絡が入ったため、次週に持ち越しになった。まあ、だらだらとお茶を飲んで話すだけだしね、今のところ。
主治医の1人、ドクター香坂から外出権をもぎ取った恭子は、紗耶加、碧、敬、晃一郎と連れ立って悠李とレイチェルを尾行していた。いや、興味があるのもあるが、レイチェルは非戦闘員だし、悠李は無鉄砲なところがあるので心配なのだ。ちなみに、前回、前々回のループ時も尾行している。先ほど悠李と目があって苦笑された。
尾行、と言っても、本当に後をつけているわけではない。碧がいる限り、2人を見失うことはないのだ。便利な能力である。
公式記録では、碧の遠隔透視魔法の知覚範囲は半径30キロとなっている。しかし、実はもっと長距離まで見えるのではないかと思う。
ここは東京都心。若者の街だ。恭子が確認してみたところによると、レイチェルは悠李を連れて最近はやりのスイーツ店に行ったらしい。何でも、男女のカップルで行くとおまけでペアのブレスレットがついてくるらしい。ビーズだが、かわいいらしい。
悠李は外見も立ち振る舞いも少年めいている。今日は気合を入れて(?)男装していたし、外見から悠李を女と判断するのは難しいはずだ。口を開いても、声は低めだし。レイチェルが喜んで抱き着いていた。彼女は美人が好きなのだ。
まあ、男女のカップルで行くのなら、普通に男友達を誘えばいいのだが、レイチェルは自分の外見が相手の勘違いを招きやすいことを理解している。それに、彼女の父親は俳優だった。娘であるレイチェルは、父親の邪魔にならないようにゴシップ誌に載せられてしまうような行動は意識的に避けている様子である。
というわけで、外見的に少年だが、つっこまれると実は少女な悠李に相手を頼んだのだろう。
まあ、レイチェルが単純に悠李とデートしたかっただけという可能性も捨てきれない。
碧が悠李とレイチェルを魔法で追ってくれているため、恭子たちは喫茶店でお茶を飲んでいた。離れたら移動する、を繰り返している。恭子の体調を考慮してくれているのだろう。それに、5人の集団がまとまって移動していれば、目立つ。
「成原。香坂と水瀬は?」
「まだスイーツ店の中だな。移動はしていない」
アイスティーを飲んでいた敬が碧の返答を聞き、「ふぅん」とうなずく。
「……前回から思ってたんだけどな。別にあいつらを尾行する必要はないんじゃねぇの? 香坂は戦闘魔法の天才だし、水瀬だって基本的な護身魔法は使えるんだろ? ちょっと心配性なんじゃねぇの、お前ら」
敬にお前ら、とひとくくりに評されたが、示されているのは恭子と碧の2人だ。隣り合わせに座っている2人は目を見合わせた。まあ、心配性と言われれば否定できないが。恭子はため息をつくように話しはじめた。
「2人の弱点は、遠距離攻撃ができる魔術師がいないことです。この状況で、碧のような魔術師に狙われたら、2人ともなすすべがありません」
「さらに、香坂には魔法使用制限がかかっている。あいつの場合、使用制限がかかっていなかったら、距離なんて関係なさそうなのが怖いが……」
碧がホットミルクティーに口をつけた。この季節に、暑くないのだろうかと思ったが、つっこまないでおく。
悠李の『夢』の魔法、公式記録では心理干渉魔法は第1級使用制限魔法だ。使用制限魔法は第1級から第3級まで存在するが、第1級は一番厳重に制限されている。人の精神、さらには生殺与奪件まで握ってしまうような能力だ。制限されるのは仕方がないと、本人も諦めている。
つまり、悠李は魔法の使用許可が下りなければほぼ普通の人間と変わらない。魔法が使えないのなら当然だが。そう言ったことを簡単に説明すると、敬は「なるほどなぁ」とうなずいた。
「水瀬も視界乗っ取りテレパシーには第3級使用制限がかかってたはずだもんな」
「ついでにいえば、俺の共振魔法にも制限がかかってるし、成原の長距離射撃魔法、恭子の自然干渉放出魔法にも制限がかかってるよね」
晃一郎がテーブルに肘をついて言った。この中で魔法に使用制限がかかっていないのは敬と紗耶加だけだ。それでも、この2人が魔法を行使して人を傷つければ厳罰が下されるだろう。
第1級使用制限魔法の行使者として登録されている悠李は、人目の多いところでみだりに魔法を使うと、第1級使用制限魔法を使用したか確認されることになるだろう。恭子もされたことがあるが、これが圧迫尋問のようで厳しいのだ。日本は魔術師にとって生きづらい国かもしれない。
というわけで、第1級使用制限魔法というレアなものを持つ悠李が魔法を行使するような事態にならないように、こっそり見守る恭子たちなのだ。まあ、実際に見守っているのは碧なのだが。
「確かこのあと、悠李とレイチェルは交通事故に遭遇するのよね?」
「ええ……玉突き事故でしたね」
紗耶加にうなずき返し、恭子も思い出すように頬に手を当てながら答えた。今まではただの目撃者として警察に事情聴収をされただけだが、今回はどうなるかわからない。その時間になったら、そばに移動すべきかもしれない。
「ん。香坂と水瀬が店を出た。反対方向に移動中」
「あ、じゃあ、一応後を追おうか」
碧の報告に晃一郎が真っ先に腰をあげて、伝票を持ってさっさと会計を済ませてしまった。後で割り勘にしよう。
悠李とレイチェルがゆっくり歩いているので、恭子たちもゆっくりと後を追った。背の高い悠李の後頭部が時々ちらりと見える。まあ、人が多すぎてほぼ埋没しているが……。
やや小柄な恭子と紗耶加は、男子組とはぐれないようにしっかりくっついて歩いていた。と言っても、手をつないだりしていたわけではないが。でも、恭子と紗耶加は手をつないでいる。
碧よると、どうやら悠李とレイチェルは雑貨屋などを冷かして歩いているらしい。女の子2人なのでナンパに合うか、と毎回思うのだが、毎回の如く、仲のいいカップルだと思われているらしく、ちらっと見られている程度だそうだ。悠李の男装、恐るべし。
その事故は恭子たちにも見えた。もともと車の通りが多い、他車線の道路なのだが、それにしても巻き込まれた車は多かったと思う。起こるとわかっていても、気持ちのいいものではない。魔法で事故を回避させることもできるかもしれないと考えたが、何しろ車の数が多すぎて、無理だと判断した。
まず、悪いのは明らかに信号無視して交差点に突っ込んだ車だろう。その車が運悪く(自業自得かもしれない)、青になって走り出した大型運搬トラックの側面に突っ込んだ。そして、そのトラックが後輪を大きく振り、車線をふさぐように止まると、交差点に入ってきた車が次々とぶつかった、という事故だった。みんな、車のスピードが速すぎるのでは?
そして、今回は予想外なことが起こった。
玉突き事故の最後尾に、また車が、それもかなりの速さでつっこんできたのである。最後尾の車から降りた若い母親と幼い女の子に向かっていた。
「!」
碧と晃一郎が道路に飛び出した。しかし、彼らより先に悠李が母娘の前に立ち、つっこんでくる車と向かい合った。
恭子たちがいたのは最初の事故が起こった交差点付近。悠李たちがいたのは事故の最後尾付近だったから、彼女の方が先に着くのは当たり前だ。問題は、悠李は車を止められるような念動力を持っていないことだ。
悠李が右手を前に出す。空中に可視化された魔法陣が出現した。
「方陣魔法!?」
方陣魔法が得意分野の紗耶加が驚いた表情になる。悠李が魔法陣を使用して魔術を使う場面はあまり見ない。
「増幅魔法だな。反回転魔法で車のスピードを相殺してやがる」
碧と晃一郎が飛び出し、1人残った男子・敬が言った。そう言えば、彼は解析魔法なども得意だった気がする。
反回転魔法は運動のベクトルを逆向きに変える魔法だ。反作用ともいう。つまり、前に進み続けている車に対して使えば、その『前に進む』という運動が逆向きになり、車が止まる、という寸法だ。少なくとも、理論上は。
魔法陣で増幅された反回転魔法がつっこんでくる車を覆う。なかなかスピードが落ちず、ダメかと思ったが、車は悠李の1メートルほど手前で止まった。周囲から歓声が上がる。
「行こうぜ」
敬が恭子と紗耶加の手首を握って野次馬の間を通り抜け、悠李たちの方に向かった。飛び出していった碧と晃一郎は車道で悠李と話をしており、レイチェルはそこから近い車道の脇でガードレールに寄りかかっていた。
「あ、やっぱりみんなもいたのねぇ。尾行してた?」
レイチェルは恭子たちが後をつけていたことをさほど気にするではなく言った。こういうところが豪胆である。
「申し訳ありませんわ。レイチェルもユウも、あまり念動力が強くありませんから、こういう事態になったら危ないかな~と思ったのですが」
「……悠李、自力で何とかしちゃったね」
「……そうですわね」
考えなしの無鉄砲、と言われる悠李だが、頭はいい。そして、時々やることが突き抜けているだけで、基本的に冷静だ。そんな彼女の持ち味はスピードと応用力のある魔法。長距離攻撃ができない、というだけで、悠李の魔法能力はかなり高い。
だから、何かあるとつっこんでいくんですけどね……。
いわば、悠李は己の力を過信しているのだ。大概何とかなっているため、その傾向が強くなっていく……というわけだ。もう首輪でもつけておこうか。
まあそれはともかくだ。結構大きな事故だったので、すぐに警察が来た。紗耶加と敬は怪我人がいないか事故現場を駆けまわっていたのだが、戻ってきた。
「えーっと、すみません。魔法を行使された方がいらっしゃると聞いたのですが?」
20代後半ほどに見える若い警察官の男性が恭子たちの方に話しかけてきた。おそらく、どこかで魔術師がいるのだと聞いてきたのだろう。悠李がためらいなく手をあげた。
「私です」
警察に対応しているので、ふざけた口調ではなく、恭子もめったに聞かないまじめな口調で彼女は言った。
「お名前と所属をお聞きしても?」
「はい。ミネルヴァ魔法学院第12分校日本校3年、香坂悠李です」
かみそうな言葉をさらりと言ってのけた。若い警察官は「香坂さんですねー」と端末に名前を打ちこんでいる。
「もしかして、香坂魔法道場の方ですか? 自分も魔術師なんですよ」
若い警察官は悠李に安心させるように微笑んだ。
魔術師の就職先として、警察、消防、自衛隊を選ぶものは多い。魔法がそのまま仕事に行かせる場合が多いからである。この警察官もその口の様だ。
基本的に、魔術事件に立ち会うのは魔術師の警察官であり、今回もそうであるようだ。敬のように情報解析魔法を使える魔術師が事件現場に派遣されてくることも珍しくない。
「あー……香坂さん、第1級使用制限魔法の行使者ですか……ちょっと面倒なことになるかもしれません。いえ、目撃者や当事者の方から、あなたがつっこんできた車を魔法で止めてくれたっていう証言はあるんですが……」
警察官が心苦しそうに言った。悠李は苦笑気味に「覚悟していました」と言った。いくら目撃証言があっても、本当に第1級使用制限魔法を使っていないかはわからないのだ。お役所的には追及しなければならないのだろう。
「保護者の方をお呼びしても?」
「あー……ちょっと家が遠いので、防衛省の香坂真幸を呼び出してください。兄です」
「防衛省、香坂真幸さんですね」
ちょっと待っていてください、と警察官が駆けだした。悠李がため息をついた。
「さすがに面倒くさいね……これから魔法使用確認尋問と始末書かぁ」
「自業自得だ。俺や篠崎が来るまで待てばよかったんだ」
「でも、それだと間に合わなかっただろう?」
悠李の指摘に碧は黙り込んだ。あそこで悠李が飛び出したから、あの母娘は無事だったのだ。それは否定できない。
「どっちにしても、成原と晃一郎だって、長距離狙撃魔法と大規模共振魔法が第2級使用制限魔法に指定されているだろう? 僕よりはましだけど、どっちもどっちだよ」
悠李はそう言うが、第2級と第1級ではだいぶ差がある。恭子が知る限り、第1級使用制限魔法の行使者は悠李と彼女の母・智恵李だけだ。他にもいるんだろうけど。第2級使用制限魔法の行使者なら何人か知っているのだが。
そうこうしているうちに、本当に真幸が来た。何でもたまたま近くにいたそうで、10分くらいで来た。この近くには、実は自衛隊の小規模基地があるのだが、もしかしてそこにいたのだろうか。
「悠李。外で魔法を使うときは気をつけろ」
「不可抗力だよ」
出会いがしらに説教された悠李は、自業自得の自覚はあったものの、一応反論した。
「……とりあえず、警察行くぞ。尋問と始末書、面倒なんだから本当に気をつけろよ。おふくろですらやらないぞ」
「だって、母さんずっと引きこもって研究してるじゃないか……あたっ!」
真幸に後頭部をはたかれた悠李は、たたかれたところをさすりながら振り返った。
「レイチェル、変なことに巻き込んですまない。明日、学校で会おう」
「うん。サボらないで始末書書きなよ」
「ははっ。厳しいね」
レイチェルの指摘に悠李はただ笑っただけだった。真幸に促され、パトカーの方に歩いて行く。まるで逮捕されるようだ。
「あ、お兄ちゃん!」
「……僕かい?」
女の子に呼びかけられた悠李は、振り返って確認した。女の子はうなずくと「助けてくれてありがとう」とだけ言って、母親のもとに駆け戻って行った。母親も軽く頭を下げる。それを見て頬を緩ませた悠李だが、真幸が彼女の襟首をつかみ、引きずって行かれた。それを見ながら恭子は思う。
……あの子、明日、学校に出てこられるかしら?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ツッコみどころ満載ですが、使用制限がかかっている魔法をつかえる高校生が多すぎる……。こいつらがおかしいだけであって、普通は使用を制限されるほど強力な魔法をつかえるものはほとんどいません。
ちなみに悠李兄の真幸は防衛相勤めになっていますが、どこの部署に所属しているかは未定です。
次は8月2日、土曜日。ついに8月に……。