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6月5日(火)。魔法実技研修2日目

 魔法実技研修の日が来た。今回は3年生のみで、1、2年生は見学可能。1日目の4日、月曜日は基本的な魔法構成を行えるか、一般高校生レベルの魔法を使用できるかを確認する。つまり、共通プログラムだ。4月からまじめに授業を受けていれば十分できるレベルだ。


 そして、2日目の今日は、個人の魔法傾向に合わせた魔法の動作確認になる。放出魔法が得意な恭子は射撃魔法が得意な碧とともにいた。放出魔法と狙撃魔法は系統が同じなので、施設が近いのだ。


「恭子。あまり無理はするなよ」

「大丈夫ですよ」

 順番が来て指定の位置に向かう恭子に、碧は声をかけた。碧はすでに研修が終わっている。得意魔法の研修が終わっても、ほかに得意魔法がある場合は、その魔法の研修を行っている修練場を巡らなければならない。碧は遠隔透視魔法が使えるので、後で精神系魔法の研修をしている施設に行かなければならないということだ。


 恭子は所定の位置に立ち、小さく見える的を見た。右手を前に出して魔法式を展開、魔力を流し込む。そして、暴風が巻き起こり、鎌鼬が的を半分に切り裂いた。恭子はほっと息を吐く。彼女の魔法は威力が大きいが、細かいコントロールが苦手なのである。あたってよかった。

「鷺ノ宮さん、もういいわよ。お疲れ様」

「ありがとうございました」

 オーケーを出してくれた女性教師に礼を言って、恭子は碧の所に戻った。彼は恭子にまず「大丈夫か?」と声をかけた。気遣われることになれた恭子は「大丈夫です」と笑顔で返す。


 恭子は放出魔法しか得意魔法がないのでこれで終わりだが、碧は精神系魔法の動作確認をしなければならない。精神系魔法と言っても、彼のは遠隔透視魔法なので、どちらかというと知覚魔法に近いかもしれない。



 精神系魔法が使えるものも意外と多い。恭子は1人の女生徒に声をかけられた。

「恭子! 今日は元気そうね」

「こんにちは、レイチェル。最近は調子がいいのです」

 水瀬みなせレイチェルは、1年生の時に同じクラスだった少女だ。レイチェルという名は、別に最近流行りのキラキラネームというわけではなく、単純に彼女の両親が2人ともハーフなのだ。ハーフとハーフの子どもである自分はクォーターなのかハーフなのかわからないわ、とレイチェルは笑っていた。


 そんなレイチェルはここにいることからわかるように、精神魔法傾向の魔術師だ。魔力自体はさほど強くないが、精神感応魔法の中でもテレパシー系の能力を得意としている。テレパシーの派生型、視界の乗っ取りなどもできる、何気に恐ろしい魔術の持ち主である。


「それはよかったわ。恭子は成原君の付添い?」

「そんなところです。レイチェルはもう終わったのですか?」

「ええ。今から運動魔法の研修場に行こうと思って」


 レイチェルはそう言ってにっこり笑った。両親がハーフである彼女は、ふんわりと癖のある栗毛を胸元まで垂らし、青いカチューシャをしている。はっきりした顔立ちに、くっきりした二重。ネコ目気味で、その虹彩は琥珀色だった。日本人の女の子がこうなりたい! と思うような美少女だ。スタイルもよく、恭子もうらやましく思っている。

「恭子。俺はまだかかるだろうから、水瀬と一緒にいけ。水瀬、恭子を頼む」

「任されたわ」

 研修に入ろうとしていた碧に恭子を任されたレイチェルは微笑んで恭子の手を握ると、ゆっくりと歩き出した。恭子が碧を振り返ると、彼はひらひらと手を振っていた。



 運動魔法の実技研修が行われている修練場はすごい人だかりだった。何しろ、運動魔法は放出魔法に続いて見ごたえのある実技研修だからだ。なぜなら。


「あ、恭子! レイチェルも! こっち! 今始まったところよ」


 紗耶加が敬と並んで手を振っていた。レイチェルが恭子の手首をつかんだまま、人ごみをかき分けて紗耶加たちのもとに向かった。

「2人とも、タイミングよかったな。今、香坂と氏家うじいえの模擬戦が始まったところだ」

 敬がそう言って、少し下がった修練場の方を見た。この室内の修練場は高いところから修練場を見下ろせる形になっている。段々にベンチが配置され、紗耶加たちはそのほぼ最前列と言っていい場所を陣取っていた。

 紗耶加たちの隣に座った恭子とレイチェルは修練場を覗き込み、あきれるやら感心するやらでため息をこぼした。


「あの身体能力、肉体強化だけじゃないわよね? どうなってるのかしら」


 レイチェルが高速移動を繰り返す悠李を見て眉をひそめて言った。まあ、冗談だとは思うが。

 悠李は魔法使用接近戦において、学内1位。対する氏家透馬うじいえ とうまはおそらく魔法接近戦の成績は常に学内2位をキープしているだろう。そんな2人が木刀とはいえ、模擬戦で対決するのだ。これは見ものになるだろう。


 紗耶加の言った通り、2人の模擬戦は始まったばかりだった。恭子はその様子を注意深く観察する。

 悠李の魔法戦闘の特徴はそのスピードにある。彼女が女である以上、男に腕力でかなわないのは仕方のないことだ。それを補うかのように、悠李はスピードに特化している、というわけだ。

 加速魔法は運動魔法の中でも回転魔法と呼ばれる分類に入る。回転魔法は行われている運動と同じ方向に力を与え、その運動を強化するものだ。つまり、前に進んでいる自分にこの魔法を使えば、スピードが速くなる、というわけだ。これが逆に作用する場合だと、反回転魔法になる。悠李はこの2つをうまく使い分けていた。


 攻撃するときは回転魔法を、攻撃を受けるときは反回転魔法を。


 一方の氏家は同じ運動魔法の中でも振動魔法、そして、強化魔法を併用しているようだ。


 おそらく、悠李にあまり腕力がないのを知っているのだろう。攻撃するときは振動魔法を、攻撃を受けるときは強化魔法を使っているように見える。振動魔法は晃一郎が得意な魔法でもある。氏家は彼と同じように、木刀の周囲の空気を震わせて微弱な超音波を発生させ、対象(この場合は木刀)を破壊しようとしている。


 一方の防御に使用されている強化魔法だが、こちらは名の通り、対象(この場合はやはり木刀)を強化するものだ。防御に振動魔法を使ってしまうと、悠李の回転魔法と接触した結果、彼の方の木刀が折れてしまう可能性があるため、強化魔法を使っているのだろう。

 硬くなった木刀に木刀を振り下ろせば、悠李の腕に衝撃が行く。もともと膂力に不安のある悠李は、強化魔法に気付くとすぐに魔法を回転魔法から反回転魔法に切り替えて、慣性を緩和する。だから、決着がつかない。


 だが、悠李VS碧とは違い、近距離特化VS長距離特化というわけではないので、最終的には決着がつく。魔力量が多い方、もしくはうまく相手の隙をつけた方が勝つ。……と思う。たぶん。


 悠李が氏家の木刀に向けて木刀を振り下ろした。すかさず、氏家は木刀を覆う魔法を振動魔法から強化魔法に切り替える。その切り替えが見事だった。


 通常、魔法の切り替えには隙が生じる。展開した魔法を一度引っ込めて新しい魔法を展開するため、タイムラグが生じるのだ。このラグをいかに小さくできるかが、一流魔術師と二流魔術師の境目だと言われているくらいである。


 その観点で行くと、氏家の魔法切り替えはほとんどタイムラグがなく、隙がない。悠李も魔法切り替えが素早い方なので、この魔法切り替えの隙をつくことで勝利することが多いのだが、氏家に対してはこれが効かなかったようだ。


 強化魔法を展開した氏家に対し、悠李は木刀の速度を弱めなかった。慣性を弱めるための反回転魔法ではなく、回転魔法のまま。その上、回転魔法を展開した木刀に強化魔法を重ね掛けした。


 魔法切り替えもそうだが、この魔法の重ね掛けも難しい。紗耶加のように魔法陣を使用した方陣魔法を得意としているのならともかく、一般的に普及している魔法式に魔力を流し込む方法で実践するものはほとんどいない。まあ、学生ではほとんどいないだけで、社会に出ればそれなりにいるのだろうが。それこそ、悠李の兄・真幸などができそうだ。


 それで、なぜ魔法の重ね掛けが難しいかというと、先にかけた魔法の魔法式が、後からかけた魔法の魔法式によって打ち消されたり、魔法式が混乱したりするからだ。結果、何も魔法が発動しないことが多いそうだ。

 魔法式の数字が少しずれただけで、魔法は正常に作動しなくなる。同じ魔法の重ね掛けならまだしも、違う魔法の重ね掛けをしてみようとは、普通の魔法高校の生徒は思わないだろう。



 悠李と氏家の木刀が接触した。同じ強化魔法を使い、受け止める方と加速された力が上乗せされた方では、加速された方が勝つに決まっている。氏家の木刀が半ばから粉砕した。


「そこまで。勝者・香坂悠李」


 わっと歓声が上がった。何やら「お姉様、素敵っ」や「かっこいいっ、悠李お姉様!」という声が聞こえた気がしたが、ひとまず無視しておこうと思う。


「さすがだな、2人とも。あれだけ激しく動き回りながら、かすり傷ひとつねぇし」


 敬が感心したような口調で言った。運動魔法を得意とする魔術師は、運動神経がいい者が多い。悠李と氏家もそうだ。おそらく、運動神経がいいから運動魔法の力が増長されるのだろう。まあ、ドクター香坂の受け売りなのだが。

 2人が脇に下がると、別の組の試合が始まった。ちらほらと修練場を出ていく人がいる。確かに、悠李VS氏家戦に比べれば見ごたえがないのは認める。


 その悠李と氏家は楽しげに何か話をしている。時々、今やっている試合を見ているから、もしかしたらその試合の評論でもしているのかもしれない。恭子が悠李の整った顔を見つめていると、不意に彼女と目があった。笑顔で手を振られる。

 周囲から「きゃーっ」という黄色い悲鳴が上がった。これには、悠李も苦笑気味。隣の氏家にも笑われ、悠李は気まり悪げな表情になった。


 晃一郎が出てきた。今度は彼の研修試合らしい。


 彼の持つ武器は変わっていた。この研修が運動魔法の研修である以上、何らかの武器を使うものが多い。それは悠李や氏家のように木刀だったり、薙刀だったりする。できるだけ同じ武器を使う者同士を組み合わせるようにしているようだが、実力差なども考慮されるため、それがかなわないこともある。

 晃一郎が持つのは、太めの伸縮式指し棒だった。ほら、教師が黒板を指すために使うあれだ。太さは握れるほどなので直径2センチくらい。長さは30センチから40センチと言ったところか。剣のように扱うにしては短い。


 晃一郎が使うのは氏家と同じで振動魔法。しかし、使い方が少し違う。振動させた空気を武器にまとわせるのは同じだが、晃一郎の振動魔法は相手の武器も振動させる。共振、というやつた。


 相手の武器を共振魔法で振動させ、破壊する。悠李や氏家の魔法は対人のものだが、晃一郎は対物魔法と言っていい。晃一郎が悠李の兄・真幸との模擬戦で勝てなかったのはそのためだろう。共振魔法を使おうにも、相手が悪かった。


 晃一郎の相手は運がなかった。あ、ほら。もう武器を破壊されて失格。ちなみに、相手が持っていたのは竹刀だった。


 そもそも、運動魔法の研修、というかテストを対戦式で行うのは、運動魔法は実戦式でないとどの程度魔法が使えているか判断が難しいからだ。つまり、日常生活ではほとんど使えないし、目に見えてわかる変化を与えない魔法なのだ。

 振動魔法の派生形、共振魔法は目に見える変化を与える。対象を破壊するわけだから、放出魔法のような研修を組んでもいいと思うのだが、どうだろう。


 晃一郎も壁際に下がり、悠李と氏家の会話に加わった。再び恭子が何気なく見つめていると、今度は後ろから声がかかった。

「あれ。やっぱり、姉貴の番、終わってる?」

「あら、千尋君」

 紗耶加が振り返って声の主を呼んだ。恭子も振り返ると、千尋が友人の少年を連れてそばまで来ていた。

「もう終わったわよぉ。見ごたえあったわ、あれは」

 レイチェルが微笑んで言った。千尋の連れの少年がちょっと顔を赤らめる。

「そうかぁ……次は、全校対象魔法実技研修かなぁ」

 それが行われるのは、1か月先である。今度は、1、2年生も対象だ。


 タイミングが外れてしまった千尋は、友人と連れ立って教室に戻って行った。恭子たちも立ち上がり、修練場の外に出た。と、そこで悠李、晃一郎、氏家の3人に遭遇した。

「悠李!」

 恭子たちが言葉を発するより早く、レイチェルが悠李に抱き着いた。すごいぞ、何だこの素早さは!

「すごかったわよ、悠李! あ、氏家君と篠崎君もね!」

 付け足しのようにレイチェルに言われた2人は、素直に「ありがとう」と言ったのが擦れていない氏家で、ちょっとひねくれた晃一郎は「わざわざほめなくてもいいよ」と言った。


「でね、悠李。突然なんだけど、今度の日曜日、デートしない?」

「デート? 男装して行けばいい?」


 ハンサムスマイルを継続して悠李は尋ねた。まさか抱き着くとは思わなかったが、レイチェルがこの時期に悠李をデートに誘うのは毎回同じ。そして、事故に遭遇するのである。



 基本的にノリの良い悠李は、レイチェルのデート発言を受け流し、次の日曜日に一緒に出掛けることを了承した。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


魔法実技研修1日目は基礎魔法の確認なので飛ばしました。


次は7月31日、木曜日です。もう7月も終わりですね……。

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