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6月3日(日)。香坂魔法道場【2】

 広い空間に銃声が響く。その銃声は正確なリズムを刻み、銃弾が500メートル向こうで次々飛び出してくる的代わりのボールを撃ちぬいて行く。


 やがて、電子掲示板に『No.3 Parfect!』の文字が出た。おお、と歓声が上がる。ナンバー3は碧が使っている射撃のレーンだ。

「相変わらず、すげぇ精密度」

「会長……実はすごいんですね」

 千尋と亮祐の2年生組がしみじみと言った言葉に恭子はくすくすと笑った。自分たちの訓練がひと段落したので(体の弱い恭子を2人が気遣ってくれたのだ)、碧の見学に来たのだ。彼は目と耳を保護していたゴーグルと耳当てを取ると、振り返った。


「来ていたのか」

「早めに切り上げましたの」


 恭子の簡単な返答で、碧は大体の事情を察したらしく「ふうん」とうなずいた。

「やるか? 射撃魔法ならそんなに魔力を使わないだろ」

「むしろ気力の方が削られそうですね」

 恭子は、碧のような精密射撃魔法は苦手だ。自然干渉力の強い恭子は、もっと威力の大きい魔法をドカンと落とす方が得意なのだ。


「そんなに難しくないけどな。香坂……悠李の方な。あいつですら、命中率9割超えてるし」

「悠李の場合は普通の射撃訓練もしてるからだろ。姉貴、長距離の攻撃オプションがないから、そう言う文明の利器を利用してんだよ」


 千尋のツッコミに、碧は「そう言うものか……」とうなずいた。とりあえず納得したらしい。碧には簡単でも、ほかの人にこれだけの精密射撃を求めるのは無理というもの。ちなみに、悠李は壊滅的に放出魔法、つまり遠距離攻撃魔法の適性がないのだ。


 碧は個人所持の銃形状魔法道具をホルスターに収めた。魔法道具と言っても、碧の銃はただの弾が入っていない銃とさほど変わりがない。魔法を補助する道具ではあるが、補助するということはつまり、この道具なしでも射撃魔法を使えるということだ。


 基本的に、魔法は己の頭と魔力が勝負だ。しかし、魔法によっては道具に魔法を定着させたり、道具を通して魔法を放った方が効率が良いこともある。碧以外にも悠李や千尋なんかも道具に魔法を乗せて使用している。


「じゃあ戻るか」


 外していた遠隔透視魔法矯正用の眼鏡をかけ、碧が素っ気なく言った。戻るのは基本的な魔法修練場だ。最初に入った修練場の事である。

「恭子。体調は大丈夫か?」

「はい。何かあっても、ここにはドクター香坂がいますし」

 恭子はあっけらかんとして答えた。ドクター香坂への全幅の信頼が見て取れる。



 修練場に戻ると、紗耶加、敬、志穂が隅の机で件のドクター香坂の講義を受けていた。悠李は「出てこない」と言っていたが、どうやら出てきたらしい。紗耶加は苦笑気味だが、敬と志穂は食いついている。


 一方、修練場の中央では、背の高い痩身の男性と悠李・晃一郎のペアが向き合っていた。男性と悠李が持っているのは木刀だが、晃一郎が持っているのは長さ30センチほどの杖、と言った感じだ。

「まあ。真幸まさきさん」

「帰ってきてたのか」

 恭子と碧がそれぞれに言った。千尋は「俺は知らん」と言っている。何故だ? 千尋の兄の事ではないのか。


 悠李が鋭く踏み込み、真幸に向かって木刀を振り下ろした。しかし、軽くいなされ、反撃を食らいそうになったところを後ろに跳び退ってよけた。おそらく、回転魔法を使って避けたのだろう。避けるのが速かった。


 続いて晃一郎。悠李の木刀よりもリーチが短い杖を持っている彼は、その杖(もしかしたら杖ではないのかもしれないが)を大きくしならせ、真幸の木刀を持つ右手に打ち込もうとした。しかし、杖は真幸に触れる前に停止させられ、逆に木刀の柄で弾き飛ばされた。晃一郎がたたらを踏む。


 入れ替わるように悠李が回転魔法を使って真幸に肉薄した。木刀が真幸の腕を強く打ったが、代わりとばかりに悠李は鳩尾をつかれた。彼女が「うっ」とうめいて崩れ落ちる。真幸のターゲットが晃一郎に移った。眼にもとまらぬ速さで晃一郎の得物が木刀で叩き落された。しびれるのか、晃一郎が右手首をおさえた。


「兄貴!」

「ん。千尋か。恭子と碧も久しぶりだな」

 抑揚に乏しい声で真幸は言った。香坂真幸こうさか まさき。苗字からわかると思うが、千尋と悠李の兄だ。悠李より5歳年上だったと思う。防衛省に所属しているが、魔術師として自衛隊で訓練をしているよくわからない人である。ちなみに、『真幸』は「き」で上に上がる。『皐月さつき』と同じ発音だ。男の人にはちょっと珍しい。


「お久しぶりですわ、真幸さん」

「ご無沙汰してます」

「ああ」


 恭子と碧の挨拶にも彼は素っ気なく返した。碧も大概クールな方だが、彼には負ける。

「悠李、晃一郎さん、大丈夫か?」

「あ、俺は平気」

 千尋が声をかけると、晃一郎は手首の動作を確認し、振って見せた。さすがは真幸。手加減していたらしい。悠李も咳き込みながら立ち上がった。

「兄さん、本気で突いたな。痛いよ」

 鳩尾のあたりをさすりながら悠李は言った。真幸は「鍛え方が足りないんだろ」と妹に冷たい。


「腹筋が筋肉標本の兄さんと一緒にしないでくれるかな」


 悠李の物言いに、千尋がぶはっと噴出した。真幸は弟を軽くにらんだが、何も言わなかった。ちなみに、真幸の腹部が筋肉標本なのは事実らしい。細身なのに。人は見かけによらない。



 香坂三兄弟がそろったわけだが、並んでみると、真幸と悠李・千尋はあまり似ていない。悠李と千尋が母親のドクター香坂に似ているのに対し、真幸は父親に似ているのだ。それでも、3人とも顔立ちが秀麗なのは共通している。

「誰っすか、あの人。千尋の兄貴?」

「そうですよ。香坂真幸さんです。わたくしたちより5歳ほど年上のはずです」

 亮祐に真幸が誰か尋ねられた恭子は簡単に答えた。あまり似ていないが、今の会話から兄弟だとあたりを付けたのだろう。


「誰だ、彼」


 真幸の鋭い視線に射抜かれて、亮祐がびくっと足を引いた。千尋がやはり笑うので、助け舟を出したのは悠李だった。

「兄さん、ただでさえ目つきが鋭いんだから、初対面の人を凝視するのはどうかと思うよ。彼は千尋の同級生で梶亮祐かじ りょうすけ。生徒会会計担当だよ」

 悠李が一気に言い切った。ちなみに、釣り目気味なのは悠李・千尋も一緒で、つまり、悠李も人のことを言えない。

「なるほど……。魔法傾向は?」

「放出魔法が得意だったね、彼は」

「なるほど。それでその面子か」

 妹の回答に満足したのか、真幸はそれだけ言って亮祐から視線を逸らした。亮祐があからさまにほっとした表情になる。


「それにしても兄貴。どうしたんだ? いつ帰ってきたんだ?」

「さっきだ。本当は昨日のうちに帰ってこられるはずだったんだが、テスト運用中の魔法道具が誤作動を起こしてな」

「それ、機密事項じゃないのかい?」


 千尋、真幸、悠李の会話だ。悠李は兄相手でも口調がハンサム口調である。ちょっと面白い。背の高い千尋と真幸に挟まれていると、長身の悠李も小柄に見えた。


 晃一郎が恭子たちの方にやってきた。香坂兄弟が何故か家族会議を開始したからだ。恭子は晃一郎の手首を見て尋ねる。

「晃一郎。手首は大丈夫ですか?」

「あー、平気。真幸さん、手加減してくれたみたい。悠李には思いっきり入れてたけど」

 苦笑気味に晃一郎が言った。家族には遠慮がないようだ。


 今、真幸に2人がかりで負けた晃一郎と悠李だが、2人とも学校では近距離戦実技上位に入る。悠李に至っては近距離戦で最優秀。そんな彼女よりも真幸は強いということだ。当然だ。彼は正規の戦闘訓練を受けた魔法戦のエキスパートなのである。


「でも、俺の振動魔法が通用しなかったのはさすがにちょっとショック。受け流し方が悠李と似てたから、悠李は真幸さんから手ほどきを受けたんだね」


 晃一郎の言葉に、恭子はうなずいた。悠李に剣術を教えたのは真幸だ。剣筋が似ているのは当たり前で、名目上『弟子』にあたる悠李が『師』である真幸に勝てないのはある意味道理と言える。


 晃一郎の得意魔法は運動魔法と防御魔法。結界術のことだ。運動魔法はその中でも、振動魔法を得手とする。空気を小刻みに震わせ、武器にまとわせて威力を得る。それが晃一郎の魔法だ。

 通常、震える空気をまとった武器に触れたら、斬られるが弾き飛ばされる。だが、真幸はその振動魔法をうまくさばいて見せたのだろう。晃一郎は苦笑した。


「さすがに自信を喪失しそうだよ」

「あの人は特別仕様だ。気にするな」

 碧が慰めになるような、ならないようなことを言った。特別仕様というのなら、碧も十分特別仕様の分類に入る。


「あれっ。みんな、戻ってきてたのか」

 ドクター香坂の講義が終了したのか、満足そうな敬が駆け寄ってきた。

「もういいの?」

 紗耶加もちょっと疲れたように微笑みながら尋ねた。まあ、彼女は完全に聞き役だったしね。敬と志穂は楽しそうだったけど。ドクター香坂の専門は幅広い。生物系が専門になるらしいが、理論を語らせても詳しい説明が帰ってくる。しかも、彼女は魔法医だ。同じく魔法医を目指している敬には得るものが多かったと思われる。


「久しぶりね、恭子ちゃん。体の方は大丈夫?」

「お久しぶりです、ドクター香坂。おかげさまで、最近は何ともありませんわ」

 恭子はドクター香坂を見上げて微笑んだ。娘の悠李とよく似た顔立ちをしたドクターは無表情のまま「そう。ならよかったわ」とうなずいた。

「また、往診に行くわね。その時はうちの娘も連れていくから」

「毎月、ありがとうございます」

「いいえ。これも仕事だし、あなたには悪いけど、興味深い事例だから」

 ドクター香坂は淡々と言った。先ほど、彼女の専門は生物系、と言ったが、正確には、『魔力が生物(人体)に与える影響』というのが主なテーマになるらしい。どうやら、恭子の体が弱いのは、魔力が関係しているらしいのだ。

 もちろん、もともと体が弱いのもあるのだろう。その体に強大な魔力が内包され、体力が削られ体に負荷がかかり、より体が悪くなる。この悪循環。恭子の命は悪循環の上に成り立っている。

 科学医療の分野からもアプローチしているが、ドクター香坂の方が解決策を先に見つけ出してくれそうな気がする。彼女は真の天才なのだ。

 もし、ドクター香坂が恭子の体を治す方法を見つけてくれれば、過去4回のループの時のように、恭子が死ぬことは亡くなるかもしれない。今まで、恭子の病弱さが改善されたことはなかった。ドクター香坂をはじめ、だれも解決策を見いだせなかったからだ。


 しかし、今回は違うかもしれない。実際、ドクター香坂の研究はループを繰り返すたびにより進んでいる気がする。


 もしかして、彼女は、この世界が繰り返していることに気付いてるのではないか。そう思えてくる。そして、そうであっても不思議ではない。


 千尋と悠李のペアが真幸と対面し、剣の稽古を始めた。それを近くで見学する碧、晃一郎と志穂。碧と晃一郎はともかく、志穂は香坂兄弟の魔法展開を解析しようとしているのだろう。そう簡単に、個人の魔法式が見破れるわけではないのだが。恭子はこっそり苦笑する。






 帰り際、恭子は簡単にドクター香坂に診察された。特に異常なしと言われ、ほっとする。自分では大丈夫だと思っていても、ドクターストップがかかることはあるのだ。


「今回の夏休みは、どこかに遊びに行けるかもしれません……!」


 恭子は両手を握りしめて希望を口にする。香坂道場からの帰りだ。鷺ノ宮家から迎えに来てもらい、寮に住んでいる紗耶加、敬、晃一郎、志穂をついでに送り届ける。鷺ノ宮家は学校から近いのだ。

「わぁ、いいね! 海……とかはさすがに無理でも、絶叫系とかに乗らなければ、遊園地とかに行けるかもしれないね!」

 恭子の最近の体調を聞いた紗耶加は自分の事のように喜び、手をたたいてそう言った。亮祐も「いいっすねぇ。先輩たち、高校生最後ですもんね」と同意してくる。いや、彼は2年生だけど。


「じゃあ、夏休みにある課外研修とか、行ってみればいいんじゃないですか? あれなら先生同伴ですし」


 志穂が提案した。ミネルヴァ魔法学院には中等部、高等部ともに夏休みに課外研修旅行が行われる。希望者を募り、見分を広げに行こうという趣旨だ。まあ、修学旅行みたいなものである。

 恭子は、この研修にも参加したことがない。体調面に不安があったためだ。ここでドクター香坂の同意が得られれば、今回は課外研修に参加できるかもしれない。学校主催なので、先生が同伴するし。

「それ、いいかもね。先生同伴なら安心だし」

 晃一郎も志穂の案に乗っかる。どうやら、今回は課外研修に参加することで決定しそうだ。恭子が行くと行けば、碧、悠李、そして千尋もついてくるだろう。

「先生同伴でも、無理はしないようにしなきゃならないけどな」

 やや心配性な発言をした敬に、恭子は「そうですわね」とほほ笑んだ。


 なんにせよ、今回の夏は楽しく過ごせるかもしれない。そう思うと、恭子の心は弾んだ。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


香坂家の敷地面積ってどれくらいなんだろう。敷地だけなら鷺ノ宮家より広そうですね。どこから出ている、その維持費。


次は7月28日、月曜日です。

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