6月2日(土)、3日(日)。香坂魔法道場【1】
3年生の魔法実技研修を控えた週末、生徒会室で碧が悠李に話しかけた。
「香坂」
「何だい?」
「明日、お前の家の道場にお邪魔してもいいか?」
そこでやっと悠李が顔をあげた。碧もまっすぐ悠李の方を見ていたので、必然的に見つめ合う形になった。何となく居心地が悪い。
「僕に聞かなくても、勝手に来ればいいじゃないか」
「一応、許可をとっておこうと思ってな。いいか?」
「僕は構わないよ。どうしたんだい? 珍しいね」
少々芝居がかった笑顔と口調で悠李は無邪気そうに尋ねた。碧は無表情お崩さずに答える。
「いや、射撃魔法の動作確認をしておきたいんだ。射撃魔法が使える広さの施設はそうそうないからな」
「ああ。来週は魔法実技研修だからね」
悠李が納得した様子でうなずいた。
魔法学校である以上、魔法を使う実技授業がある。しかし、授業時間内では理論が多く、実技が不足するのは仕方のないことだ。そのため、2ヶ月に一度程度の割合で魔法実技研修が設けられている。
そもそも、魔法学校以外で魔法訓練を行おうとするなら、場所が限られる。そのため、魔法学校としてもできるだけ実技訓練を行うようにしたいのが実のところだ。
しかし、香坂家の魔法道場は魔法を使用できる施設を兼ね備えていた。通常の魔法塾よりも整ったその環境に、香坂魔法道場を修行場として選ぶものは多い。
「そうだねぇ。僕も実技研修に向けて調整しておこうかな」
悠李が面白そうに言った。この2人、どこまで強く成るつもりなのだろうか……。
「なら、わたくしもご一緒してよろしいですか? しばらく魔法を使っていないので」
日常生活で魔法を使うことはほとんどない。特に、恭子は魔法使用に制限がかかっているし、魔法の性質自体が日常生活向きではない。威力が大きすぎるのだ。
「あ、俺も行きたいです! 香坂先輩のうちの道場!」
亮祐が挙手をして元気よく言った。悠李の視線が亮祐に移った。彼女は笑顔のまま数秒考える。
「……亮祐の得意魔法は何だったかな?」
「あ、俺は放出魔法が得意ですね。威力はそんなにないですけど」
「放出魔法か……射撃魔法ではないんだね?」
「どっちかっつーと、鷺ノ宮先輩の魔法に近いと思います」
恭子と碧は放出魔法の使い手だ。恭子は威力が強く、碧は長距離攻撃ができる。亮祐はどちらかというと威力型なのだろう。
「放出魔法か……まあ大丈夫だろう。いいよ、来ても」
恭子は悠李の発言に少なからず驚いた。これまでのループで、亮祐が『香坂家に行きたい』と言ったのは初めてではないが、悠李はすべて適当に断っていたのだ。
「香坂先輩。得意魔法を確認する必要はあるのですか?」
不思議そうに志穂が尋ねた。作業を続けていたので興味がないのかと思えば、そんなこともないらしい。
「いや、修練場の使用に使用者の名前と得意魔法、魔法傾向を登録しないといけなくてね。ほら、魔法で家が壊れたら困るだろう? その対策をしなければならないからね」
悠李はにこやかにそう言ったが、理由はそれだけではない。被害が出た場合、その犯人を速やかに特定するためでもある。対象は人でも物でも、どちらもでもある。
さらに、効果的な魔法訓練の為にも、魔法傾向は欠かせない。例えば、極端な例が恭子自身であったりするのだ。
翌日3日、土曜日。恭子は香坂家の道場側のインターホンを鳴らした。道場、といえば横引き戸のような気がするが、香坂家はどちらかというと洋館の風情で、扉は両開きだった。道場というより修練場が近い。
「はーい。って、おおっ。ホントにみんな来たのか……」
出てきたのは顔だけは悠李とよく似た千尋だった。恭子は微笑む。
「こんにちは、千尋。人数が多いですが、大丈夫ですか?」
「ああ、人数は問題ねぇよ。俺が驚いただけ」
そう言って千尋はニヤッと笑った。悠李がしない笑い方なので、ちょっと新鮮だ。
恭子のほかに、言い出しっぺの碧に、紗耶加、敬、晃一郎、2年生の亮祐に志穂までいる。確かに、多い。
「千尋。ユウはどうしたのですか?」
廊下を先に立って案内している千尋に声をかけると、彼は前を見たまま言った。
「先に修練場行って準備してるぜ」
「そうですか」
恭子は首をかしげながらもそこで話を切った。準備って、何のだ。
千尋が恭子たちを連れて来たのは、香坂家で一番大きな修練場だった。その修練場の壁際で機材に向かっているのが悠李だ。彼女の周りには多くの子どもたちが群がっている。
「ゆうりぃっ。遊ぼうよっ」
「俺の魔法見てくれよ~」
「ねえねえ、お姉様。あたしの魔術理論を見てほしいんだけど……」
「はいはい。ちょっと待ってね。僕、今忙しいからね」
子どもたちにそう言いながら、彼女の指はせわしなくキーボードをたたいていた。千尋が背後から声をかける。
「悠李。準備できたか?」
「もう少し待ってくれないかい? 僕もあまり得意じゃないんだけどね……」
悠李がため息をつかんばかりに言った。千尋は子供たちを追いやる。
「おい。あんまり邪魔すんなよ。見てほしいなら俺が見てやるから」
「え~。千尋の教え方はよくわかんないもん」
「悪かったな~」
千尋が生意気なことを言った少年の頭をぐりぐりとなでる。なんだかんだで面倒見がいいのだ、彼は、恭子はこっそり笑った。
「ユウ、何をしているんですか?」
子どもたちがいなくなったので悠李の側によると、恭子は尋ねた。悠李が向かっている機材はパソコンの強化版と言っていいだろう。モニター6つ、キーボード2つ、謎のボタンがいくつもついている。あ、カメラもついてる。
「ん、いやね。亮祐と志穂の身分証明IDを作ろうと思って。ほら、うちの機材とか練習道具って、IDがないと使えないだろ?」
「そう言えばそうですね」
恭子は自分が持っているIDを見た。クレジットカードと同じようなものだ。色は白。ID所有者の写真が張ってある。香坂道場では高価な機材や魔法練習道具を持ち逃げされたり、勝手に使われたりしないように、IDをかざさないと使えないようになっているのだ。恭子はおさないころから当たり前のように持っていたので忘れていた。
「ドクター香坂に頼まなかったのか?」
「地下の研究室から出てこないのだよ、これが」
「……そうか」
尋ねた碧も十分あり得そうな話だと思ったらしい。万能科学者ドクター香坂は、いったん研究にのめりこむと、少なくとも3日は出てこない。
「亮祐、志穂、いるかい?」
モニターを見つめたまま悠李が背後に尋ねた。遠巻きに見ていた亮祐と志穂が若干上ずった声で返事をした。
「じゃあ、そこのカメラの前に立ってくれるかい? 写真がいるからね。すぐに済むよ」
恐る恐る、亮祐が指示されたカメラの前に立った。パシャ、と音がして写真が取られたことを知らせた。志穂も、先に亮祐が手本を見せたからか、彼女は落ち着いてカメラの前に立った。すぐにシャッター音が鳴る。
「はい、ありがと。少し待ってね」
印刷口からカードが出てきた。2枚とも取り上げると、悠李は席から立ち上がり、初めてこちらを見た。悠李は亮祐と志穂に出来たてのIDを差し出してにっこり笑った。
「ようこそ、香坂魔法道場へ。これはIDだから、無くさないようにね。再発行が面倒だから」
「あ、はい」
「ありがとうございます」
亮祐は緊張気味にうなずき、志穂は少し余裕を持って礼を言った。二人とも、自分の名前と写真を確認する。ちなみに、このIDは年度ごとに更新しなければならない。まあ、更新自体はすぐに終わる。
「みんな、よく来たね。今日は日曜日だからちょっと人が多いけど、譲り合いつつ自由に施設は使ってくれて構わないよ」
父からも許可が出ているからね、と悠李はこの道場の持ち主である父親の名前を出した。早速碧が彼女に言った。
「香坂。射撃場を借りる」
「構わないよ」
「では、わたくしも放出魔法の練習をしたいので、射撃場の方に行きますね」
恭子も碧に続いた。恭子と碧ではちょっと放出魔法の種類が違うのだが、どちらにしろ、碧が使う射撃場と、恭子が使う射撃場は隣り合っている。
数歩行きかけて、恭子はふと思って振り返った。
「亮祐、あなたもいらっしゃい。得意魔法は放出魔法でしたよね?」
「あ、はいっ。そうです。今行きます!」
亮祐が悠李に一礼してから恭子たちを追いかけてきた。悠李がひらひらと手を振る。
「悠李ぃ。俺も射撃場の方に行ってくるわ」
「わかった。こっちは僕が見ておくから大丈夫だよ」
どうやら、千尋もついてくるようだ。悠李の弟なので精神系魔法の方が得意かと思いきや、千尋は放出魔法が得意なのである。
射撃場は屋内と屋外があるが、碧が使うのはたいてい屋内の射撃場だ。広さは長さ1・5キロ、幅500メートルと聞いた気がする。亮祐がその広さに唖然としていた。
「俺はここで射撃訓練をしてるから」
「わかりました。亮祐、わたくしたちは外に出ましょうか」
「ぅあっ!? はい!」
場所の広さにぽかん、としていた亮祐は裏返った声で返事をした。恭子はくすくす笑い、千尋はからかう。
「これくらい、序の口だぜ。うちの敷地面積、どんだけだと思ってんだ? 俺、家の中で遭難したことあるぜ」
「マジか!?」
香坂家の敷地面積はシャレにならないくらい広い。たぶん、ミネルヴァ魔法学院といい勝負。千尋が遭難した話は香坂門下では有名だ。
屋外放出魔法訓練場は遠くに的が見える広い空間だ。屋内射撃場よりも広く、縦横3キロ四方の空間。地面は土。どれだけ魔法を使っても周囲に被害が出ないように、特殊な魔法障壁が張り巡らされている。先ほど悠李がIDを渡していたが、これがなければ魔法障壁にひっかかり、中に入れない。
一応射撃場を兼ねているので的はあるが、恭子は今回使わないことにした。恭子が本気で魔法を使うと、的が二度と使用不可能になるのだ。
右手を前にだし、魔法を構成する。一般的に魔法は、計算された魔法式に魔力を流し込むことで発動する。魔法式は魔法陣でも代用できるが、魔法陣の使用は簡単だが、どうしても発動までのタイムラグがある。だから、たいていの魔術師は魔法式に魔力を流す形で魔法を使っていた。
一直線に、紫電が駆け抜けた。見るだけで高威力とわかるその雷魔法は、周囲で同じく魔法訓練を行っていた魔術師たちを後ずさらせた。
「相変わらず、すげぇ威力」
「実は、鷺ノ宮先輩もすごかったんですね……」
千尋と亮祐がしみじみと言った。比較的目立つ碧や悠李という魔術師に隠れているからわかりづらいが、恭子もかなりの魔力を持つ魔術師である。使用に制限はあるが、威力だけならおそらく、ミネルヴァ魔法学院一だ。
「わたくしは体が弱いですから、どうしても魔法が使える回数に制限があるのですが……香坂家にはドクター香坂がいらっしゃるので、思いっきり魔法が使えていいですね」
「ドクター香坂?」
「千尋のお母様です。わたくしの主治医でもある、魔法医です」
首をかしげた亮祐に、恭子は簡単に説明した。詳しく説明するときりがないので、気になるなら携帯端末で検索してください。魔術師学会のページに乗っていると思います。
千尋が氷の槍を形成し、的に突き刺している。こちらも恐るべき威力だ。個人によって得意な魔法というのは違う。例えば、千尋は見てわかるように水に関する放出魔法が得意だ。恭子は同じ放出魔法でも、雷や風に適性がある。魔法傾向としては、恭子と千尋は相性がいい。
一方の亮祐はというと……。
誰もいない方向で炎が上がった。千尋がすぐに気が付いて鎮火する。
「亮祐は発火能力者なんだから、もう少し精度をあげろよ。危ないから、マジで」
「わかってるよ……」
見る限り、かなりの威力だった。千尋の言うことはもっともである。これだけの威力があるのだから、魔法の精度が上がればかなりのものになる。
もしかしたら、恭子、千尋、亮祐の3人で国一つくらい取れてしまうかもしれない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
登場人物の魔法傾向については、そのうちまとめたのをアップする……かもしれません。
次は7月26日、土曜日です。