5月9日(水)。愛される少女
閑話的な話です。読まなくても大丈夫です。……たぶん。
ゴールデンウィーク中に体調を崩した恭子は、週の初めに2日休み、水曜日から登校してきた。本当は昨日には登校できそうだったのだが、念のため休んでおいたのだ。
「おはようございます、紗耶加、晃一郎」
「おはよう、恭子。体調はもういいの」
「はい」
よかった、と嬉しそうに微笑む紗耶加に恭子は和む。晃一郎も「あんまり無理しないでね」と声をかけてくる。
「……できれば、授業のノートを見せていただきたいのですけど……」
過去に5回授業を受けているので、特に真新しいことは無いだろうが、恭子は2人にそう頼んだ。2人とも笑顔で了承してくれた。
休み時間を利用してノートを書き写し、終わった分は先に返そうと紗耶加のもとにノートを持って行くと、紗耶加は何やら深刻そうな表情をしていた。目の前に来た恭子にも気づかず椅子に座って何かを考えているように見える。恭子は驚かさないようにできるだけおっとりと声をかけた。
「紗耶加。どうしたのですか」
「え!? ああ、恭子……ごめん。ボーっとしてて。どうしたの?」
びくっと飛び上がった紗耶加に、恭子は借りたノートを返す。
「ノート、ありがとうございました。助かりましたわ。それより、何か考え事ですの?」
昼休みの終了までまだ時間はある。恭子は空いている紗耶加の前の席の椅子に座り、紗耶加の方を向いた。
「わたくしでよければ、相談くらいには乗りますが」
「……」
紗耶加は困惑気味の表情で恭子を見た。ちなみに、晃一郎は風紀委員の仕事でここにはない。
「その……いまいち、どう対応すればいいのかわからなくて……私、相談を受けたの」
「ああ……そう言えばそんな時期ですね。1‐Aの女生徒からの相談でしたね」
「そう……そうなの。今回は絢音ちゃんが一緒だったけど……今までと同じく、『同じクラスの長谷川桃と言う女生徒が、同級生の男子に色目を使っている』っていう訴えだったんだけど」
微妙に違和感がある言葉だが、恭子はあえてつっこまなかった。意味は分かるし、この事件はこれまでのループでも起こってきた。結局、長谷川は女好きならぬ男好きだった、と認識されていた。
あまり首をツッコむとややこしいことになりそうなので、いつも注意勧告にとどめていた。相談相手が毎回微妙に違うとはいえ、すでに6回目の相談であるはずなのだが、何が紗耶加をそんなに悩ませているのだろうか。
「……今回は、上級生にも手を出してるようなの……」
「……そうなんですの」
「すでに千尋君は声をかけられたらしいわ……」
千尋は悠李の弟だ。悠李と同じく母親のドクター香坂に似た顔立ちの、中性的な美貌の少年だ。細身だが上背はあり、おそらく、碧よりも長身だろう。
「……まあ、確かに千尋はハンサムですから……ユウでもぶつけてみますか?」
千尋は顔立ちがハンサムだが、悠李は口調もハンサムだ。2人とも似た系統の顔で、千尋が女顔、悠李が男顔と言い換えてもいい。
「それ、いいかも……顔にほだされてくれないかしら」
紗耶加も同意した。2人とも悠李には顔しか価値がないと言わんばかりだ。悠李には少々押しに弱いところがあるのである。悠李が聞いたら怒る……いや、、あいまいに微笑むだけかもしれないが。
「あ、でも、ケイ君に説教してもらう? お母さんみたいで拒否しにくいかも」
「ああ、それもいいかもしれませんわね」
恭子はおっとりとった。敬が母親のように小うるさい(というか心配性?)のは高等部3年には広く知れ渡っている。あの調子で説教してもらうのもいいかもしれない。
「……まあ、千尋がうまくかわせるのなら、それに越したことはありませんね。もう少し様子を見てはいかがですか?」
「……うん。そうするわ。どうにもならなかったら、成原君たちにも相談するよ」
むしろ、その碧がターゲットになる可能性もあったが、そこは指摘しないことにした。彼ならうまく切り抜けるだろう。
そんな会話が交わされた日の放課後、恭子は長谷川桃を目撃した。彼女は自宅からの通学らしく、男子生徒と腕を組んで校門に向かっていた。一緒に目撃した悠李が眼を細めた。
「長谷川桃だね。今回もノータッチで行くかい?」
「そうですわね……そのことですけど」
恭子は簡単に悠李に紗耶加に聞いたことを説明した。千尋が絡まれていた件を話すと、彼女は「ほう」と一つうなずいた。
「ついに上級生にまで手を出すようになったか……ループを繰り返すたびに、彼女の守備範囲が広がっているような気がするのは僕だけだと思うかい?」
「……否定できませんね」
恭子はため息をついた。長谷川桃の行動が、ループを繰り返すたびに派手になっていっているのは事実だ。
ちなみに、ゴールデンウィークに体調を崩した恭子を見舞いに来てくれた時、悠李はかなり多くのFCUを身に着けていたが、現在ではデフォルトの5つに落ち着いていた。2つほどFCUが代わっている気がするので、ドクター香坂に高性能のものを作ってもらったのだろう。
話を戻す。
「千尋は放っておいても問題ないと思うよ。自力で振り払うくらいはできる。まあ、僕もしばらく様子見でいいと思うよ」
自分が矢面に立たされそうだったとは知らない悠李も、恭子と同意見のようだ。他に被害が出てからでは遅いかもしれないが……よほど目に余る行為でない限りは黙認しよう。
角を曲がると、窓の外にこの学校の薔薇園が眼に入った。この学校は何故か薔薇園がある。4度目のループの時、悠李が殺害された現場だ。それを思い出したのが、悠李が足を止めて眼を細めた。
「何か思い出しましたか?」
恭子が尋ねると、悠李は窓の外を見たまま「いや」と首を左右に振る。
「ただ、そろそろ薔薇の季節だと思ってね」
「それもそうですねぇ」
薔薇にも種類があるが、この5月から6月の時期は一番薔薇の開花量が多い時期である。恭子も薔薇園の方を見て眼を細めた。
「……恭子は、僕が死んだときに周囲に散らばっていた薔薇の色を知っているかい?」
「色、ですか?」
恭子は悠李の整った顔を見上げて首をかしげた。恭子は眼を向けたが、悠李は相変わらず窓の外を見ている。
「……すみませんが、わかりません。色がどうしたのですか?」
「いや……薔薇は、色や本数によって花言葉が違うだろう?」
悠李の口から花言葉、と言う言葉が出てきたことにびっくりだが、恭子は「はい」とうなずいた。
「僕が、死の間際にその薔薇を出現させてしまったのだとしたら、僕の能力に基づく花言葉のある色の薔薇が出現したのではないかと思ってね」
悠李の能力は、夢と現実をつなげる力と言ってもいい。強力な仮想現実能力でも言おうか。だから、彼女が死の間際に自分の力を解放し、周囲に薔薇を咲かせたのだとしても、それは納得できる話かもしれない。
「夢が花言葉の薔薇の色はありましたか?」
「僕はそれほど詳しくないからね。デイゴとかニゲラが『夢』という意味の花言葉があった気がするけど」
悠李は苦笑気味に白状した。確かに、悠李はあまり詳しくなさそうだ。恭子は携帯端末を取り出して『薔薇 花言葉』で検索をかけた。
「……どうやら、青い薔薇には『夢かなう』という意味があるみたいですね。他には『不可能』『奇跡』『神の祝福』」
「……まあ、青薔薇は品種改良で出来上がった色だからね。確かに『不可能』で『夢かなう』だろうね」
「ああ。確かにそんなような記事が載ってます」
恭子は画面をスクロールさせて言った。その時、恭子の携帯端末が鳴った。電話だ。
「はい」
『恭子か? 遅いぞ。早く資料を持ってこい』
碧だ。言いたいことだけ言って、彼は電話を切った。悠李が「誰から?」と尋ねる。恭子は苦笑した。
「碧からです。早く資料を持ってこい、だそうですよ」
「おやまぁ。生徒会長は忙しいね」
生徒会会計の悠李はのんきにそう言った。とりあえず、生徒会長がご立腹なので頼まれた資料を持って生徒会室に戻った。
恭子は悠李がいないときに、記憶力の優れた2人に聞いてみた。記憶力が優れた2人とはすなわち、紗耶加と碧のことだ。
「香坂が殺された時の薔薇の色?」
「赤……ではなかった気がするけど。ごめん、遺体の方が衝撃過ぎて覚えてない……」
紗耶加は苦笑いを浮かべて言った。碧は眼鏡のブリッジを押し上げると、少し考え込んでから言った。
「白、だった気がするが」
「白、ですか」
恭子は先ほど検索した薔薇の花言葉を思い出す。
「『純潔』『私はあなたにふさわしい』『深い尊敬』ですか」
「何だ? 花言葉か?」
「ええ……ユウが『自分が死んだときに自分の能力で具現化してしまったのかもしれない』と言っていて……」
「あいつの能力を考えれば、ありえないことではないな」
碧がうなずいて同意を示した。
「ただし、そうなら、青薔薇が具現化される可能性が高いので、どうやらユウが薔薇を咲かせたわけではないようですね」
恭子はそう締めくくった。いまだ謎が多すぎる。悠李殺害の犯人が思い出せればまた違うだろうが、その悠李自身がこのループに関係している可能性もあった。
今度こそ、このループを抜け出せるだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ちなみに、私は花言葉に詳しくありません。なので、間違っているところがあるかもしれませんが、お目こぼしいただけると嬉しいです……。いえ、一応調べたんですけどね。
次は7月24日木曜日です。