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5月6日(日)。鷺ノ宮恭子

ゴールデンウィーク最後の日。2か月くらい、時期がずれてるけど。

まあ、そのうち追いつくでしょう。


 恭子は遊園地で絶叫系マシーンに乗っていた。体が弱かった頃は、乗ることが許可されなくて、見ているだけだったジェットコースターも、病気が治れば乗ることができる。


 しかし、思っていたよりも怖くなかった。刺激が足りない。次もまた絶叫マシーンに乗ってみるが、やはり何かが違う気がした。こういう乗り物は初めてだからだろうか?


『恭子、何してるんだい?』


 聞きなれた声に呼ばれ、恭子はそちらに走った。そこに立っていたのは黒髪の女性。切れ長気味のアーモンド形の瞳。鼻筋は通り、顔は小さい。中性的な面差しで、恭子の記憶ではショートカットのはずだが、髪は腰元まであった。



 髪の長さが違っても、彼女だとわかるくらいには一緒にいる。香坂悠李だ。


 腰元まで黒髪を伸ばして、鮮やかな空色の着物をまとっている。十二単だろうか。妙に似合っていた。



 彼女が首をかしげると、肩に流れた黒髪がさらりと零れ落ちた。

『どうしてここにいるんだい? 君の居場所は、ここではないはずだよ』

「ユウ? 何言って……」

 恭子は問いかけるが、『悠李』はそれにこたえることは無かった。ただ、笑顔で恭子に掌を向けた――。




 目が覚めた。




「目が覚めたかい?」

 目を開き声のした方を見ると、ロングではなく見覚えのあるショートヘア。悠李だ。恭子はほっとする。

「ユウ」

「うん」

 ギュッと手を握る力が強くなって、恭子は悠李が自分の手を握っていたことに気が付いた。つながれた手を見て尋ねる。

「……もしかして、ユウがわたくしを引き戻してくれたのですか?」

 すると、悠李は肩をすくめた。

「ちょっとお手伝いしただけだよ。君が永遠に目覚めない眠りにつくのは嫌だったから」


 永遠に目覚めない眠り。すなわち、死。


 悠李は、死の淵にいた恭子を引っ張り戻してくれたようだ。悠李の能力は夢に関するものだが、彼女の母が言っていた。夢と現実は全く別のものではないのだ。夢が、現実に影響を与えることもある。悠李は、その現実への影響力が強いのだと思う。心強いと同時に恐ろしい力でもある。


 それ故に、悠李は魔法使用に強い制限を受けている。FCUと呼ばれる魔法制御装置を常に5つ身に着け、うっかり『夢』の力を使おうものなら、政府機関だかに警報が行くらしい。


 FCU5つ、と言うのはかなり多い。魔術師が身に付けるFCUは平均2つと言われている。恭子も手首に2つのブレスレット型FCUを身に着けていた。それと、恭子の場合は生体維持のための医療用魔法補助装置、通称MFAUを身に着けている。MFAUはMedical Force Assistance Unitの略だという。

 恭子はこれがないと普通の生活ができない。互いに大変だなぁ、と思いながら、恭子は悠李の手を握る手に力を込めた。


「恭子。目が覚めたか。体は大丈夫かい?」

「お父様。ええ。大丈夫ですわ」


 父が悠李の母と一緒に部屋に入ってきた。おそらく、目覚めたことを悠李が知らせたのだろう。身を起こそうとすると、悠李がさりげなく背中を支えてくれる。

 父の鷺ノ宮さぎのみや雅弘まさひろは恭子が上半身を起こしたのを見てほっとした表情になった。恭子が幼いころに妻を亡くしてから、雅弘は恭子を溺愛していると言っていい。

「悠李君、いつもすまんな。君が男性だったら恭子を預けるのだが」

「それは光栄ですね。いつも言っていますが、礼には及びません」

 悠李は相変わらずハンサムな口調で礼を言う雅弘に言った。確かに、彼女が男性だったらモテただろう。

「ドクターも、いつもすまない。ありがとう」

「娘も言っていたが、礼には及ばない。恭子の体が弱いのは、魔力による影響もあるようだものね。魔力が体に与える影響は私の研究テーマだから」

 さらりと悠李の母・智恵李が言った。この智恵李だが、顔立ちが悠李とそっくりだった。いや、悠李が娘だから悠李が智恵李に似ているのだが、智恵李が若く見えることもあり、並ぶと言い逃れできないレベルで血縁者とわかる。髪の長さは違うけど。


 通常、ドクター香坂と呼ばれる智恵李は研究者だ。子どもの悠李、千尋によると、魔法オンリーの戦闘が得意な魔術師でもあるらしいが、恭子は実際に智恵李が戦うところを見たことは無い。


 ドクター香坂の研究テーマのひとつは魔力による人体への影響だ。娘の悠李の『夢』の魔法も魔法が人体に影響を与えるのではないかと言うことで研究されているのだという。


 この研究を行うにあたって、ドクター香坂は魔法医の国家資格を取っている。そう簡単に取れるものではないと思うのだが、そこは半世紀に1人いるかわからないほどの天才、と言われたドクター香坂だ。簡単に資格試験に受かったことだろう。


 ドクター香坂は恭子の脈を計り、いくつかの装置で魔力測定などを行った後、言った。

「MFAUは正常に作動しているわね。FCUを変えてみましょう。改良を加えてより体に負荷をかけないものを作ったの。うちの娘で試してみたから大丈夫よ」

「……母さん。前から言おうと思ってたんだけど、自分の娘で実験するの、やめてほしいんだけど」


 正当ともいえる主張を悠李がした。しかし、そこはやはりドクター香坂の方が上手だった。

「自分の娘だから遠慮なくできるんだ。人様の子だったらできないよ」

「……ああ、そう」

 恭子は相変わらずの香坂母娘を見て微笑んだ。悠李はドクター香坂にいろいろ意見するのだが、いつもすげなくあしらわれてしまうのだ。

「悠李。とりあえず、鎖の一番長いFCUを外しなさい。恭子ちゃんに合わせて調整してくるわ」

 母親に言われ、悠李はおとなしく首の後ろに手を回し、ネックレスを外した。銀色の鎖の先に赤い石が飾ってある。一見、ただのアクセサリーにしか見えないが、これもれっきとしたFCUなのだろうだ。もともと、ドクター香坂の研究所が作るFCUは、デザインがかわいいと有名なのだそうだ。


 ドクター香坂がFCUの調整のために出ていくと、雅弘が恭子の頭をなでた。

「恭子。何か欲しいものはあるか?」

「……少し、おなかがすきました」

「では、何か持ってこさせよう。悠李君、もうしばらく娘と一緒にいてくれないか」

「もちろんですよ」

 悠李がニコリと笑って了承すると、父は恭子の頬にキスをして出ていった。おそらく、仕事の途中だったのだと思う。時間を割いて恭子の様子を見に来てくれる辺り、親ばかだなぁと思う。


 再び悠李と2人きりになり、恭子は改めて悠李の全身を見つめた。


 今日の悠李は襟ぐりの広いカーキ色のシャツに黒の細身のスラックスと言うラフな格好だ。おそらく、恭子が目覚めないと聞いて急いでやってきてくれたのだろう。


 悠李の『夢』の力のお世話になるのは、初めてではない。現実ではないところをさまよっていた意識を、現実に引き戻す力。人の『意識』の中に、現実や夢に続く『道』と作ることができるというのが、悠李の『ドリームメーカー』だ。詳しい説明もできるが、これだけの説明で、彼女の能力がいかに強力で危ないものか理解いただけるだろう。


 そして、常に5つ以上のFCUを身に着けざるを得ない悠李だが、私服になるとFCUを隠すために装飾品が多くなる。じゃらじゃらっとした感じなのに、品位が損なわれないのは悠李の特徴だが、今日は恭子に会うだけなのに、妙に装飾品が多く見えた。

「……ユウ。FCU、増えました?」

 メイドが持ってきてくれたとろとろになるまで煮込まれたおかゆをすくった匙を持ちながら、恭子はついに尋ねた。悠李は苦笑気味に「わかるかい?」と首を傾けた。

「まあ……わたくしに会うだけなのに、アクセサリー類を大量に身に着けているとは思えませんし、それに、FCU特有の感覚がします」

 うまく説明できないのだが、一見ただの装飾品に見えるFCUも、ただのアクセサリーではない、と判断できる独特な感覚がある。どうやら、わかる人とわからない人がいるようだが、恭子はわかるタイプの人間だった。


「ふぅん。さすがだね。母の実験に付き合わされているのと、僕自身の魔力が上がってしまってね。対応できるFCUが出来上がるまで、この状態さ」


 と彼女は芝居気たっぷりに両手を広げ、肩をすくめて見せた。右手首に1つ、左手首に3つ、首元に3つ、左右の耳に1つずつ。計8個。先ほどドクター香坂に渡したものを含めると、全部で9つも身に着けていたらしい。


「……ちょっと多すぎません?」

「だから、母の実験に付き合わされているのもあるんだよ。対象に触れることができれば、引っ張り戻すことくらいは難しくないからね」

 それだけ、悠李の魔法が強力だということだろう。恭子は魔法高校に通っていはいるが、魔法使用に体力の面の問題から制限がかかっている。病弱な恭子は、魔法を使いすぎると体力が奪われて倒れてしまう。


 もともと、魔法を使うには体力を消耗する。魔法によっては、体力だけでなく精神力も大幅に削られるものも存在する。それどころか、命を対価にする魔法もあるらしいが、それはさすがに禁忌だ。


 そのため、魔法学校の生徒でありながら、恭子は魔法を自由に使えない。まあ、自然環境に干渉する魔法を得意とする恭子は、その性質上、おいそれと魔法を使えないのだが。禁止されている理由は違うが、悠李と一緒だ。


 悠李の母、ドクター香坂は、恭子の体の弱さは魔法に起因するのかもしれない、と言う新しい見解を提唱した。実際に、内包する魔法力が強すぎて体を壊した、と言う人は存在するらしいから一概に『ない』とは言えない。

 それをうまくコントロールする術を学ぶのが魔法学校や、魔法道場、魔法塾だ。魔法をコントロールできるようになれば、どんなに魔法力が強かろうが私生活に影響はなくなる。恭子もそう思って中等部時代から魔法学校に通っている。


 実際、子どものころよりも体は強くなっていると思う。子どものころは、一か月、ベッドから起き上がれないということがよくあった。それが体力不足に拍車をかけ、魔法力の影響を受けて体調を崩し、やはり体力不足になり……という悪循環。


 それと、政府が発行するFCUも少々問題があるという話だ。魔法力を制限しようとするあまり、強力な電磁波を発している。最近は改善されつつあるが、その電磁波が脳や体調に影響を与えるという見解もある。


「……体調がよくなったら、遊びに行きたいですわ」

「そうだね。前回も結局行けなかったし、一緒に水族館とか、動物園とか行きたいね」


 前回以前のループの時も、『一緒に遊びに行こう!』と言いつつ、結局、急な予定が入ったり、恭子が体調を崩したり、恭子の外出許可が降りなくて行けなかったりした。考えてみれば、ほとんど恭子のせいかもしれない……。


「わたくし、海に行きたいですわ」

「それはさすがに許可が出ないんじゃないかな」


 僕も水着姿でじゃらじゃらしてると、浮くんだよねー、と悠李。言い方が面白くて、恭子はくすくす笑った。

「……なんか楽しそうね?」

 悠李と同じ顔だが、いつもにこにこしている娘とは違い、常に無表情なドクター香坂が部屋に入ってくるなり言った。ドクター香坂はうなずく。

「笑うのはいいことだよ。楽しい経験をしてよく笑うと、長生きできるという研究がある」

 何、その一生かかる研究は。たぶん、悠李もそう思ったのだろうが、彼女も恭子も賢明にもツッコミをいれなかった。

「さて。FCUを恭子ちゃんに合わせて調整して見た。どう?」

 おかゆの器は悠李に預け、恭子はドクター香坂から銀の鎖のFCUを受け取った。FCUはその人の魔法力によって調節するのが良いと言われている。政府のFCUで健康を害する人がいるのは、政府発行のものが一律、同じプログラムがされているからだそうだ。


 恭子はFCUを身に着け、しばらく待っている。使い続けなければ詳しいことはわからないが、現時点では特に問題なさそうだ。

「大丈夫です。いつもありがとうございます」

「いやいや。こちらも仕事だからね……悠李。そろそろお暇しようか」

 ドクター香坂の言葉に、悠李はわかった、とおかゆの器を持ったまま立ち上がる。恭子はあわててメイドに器の回収に来させた。

「ユウ、泊まって行かないのですか……?」

「君の体調が悪いのに、泊まっていくほど礼儀知らずじゃないよ、僕は」

 苦笑気味に言われ、それはそうだ、と恭子は少しがっくりする。



 この世界が繰り返しているのは、悠李のせいなのではないか。そう疑ったことがある。しかし、彼女は自分の力を私利私欲のために使ったりはしない。香坂悠李と言う少女は、自分をわきまえている。そんな少女だ。



「……では、また学校で会いましょう」

「うん。恭子はゆっくり休むんだよ」

 お姉さん(お兄さんかもしれない)のような口調で、悠李は微笑んで言った。






ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


今回出てきた悠李の能力は、前回少し触れた『道』に関するもの。現実世界と夢の世界をつなぐ『道』を作るのが悠李の能力です。正確には、能力の一つ。

命を操る魔法は禁忌ですが、悠李のこれは、その人が起き上がる『手助け』をしてくれるだけ。だから、この時恭子が「生きよう」と思わなければ、恭子は死んでいたかもしれない、ということです。


次は7月21日月曜日です。海の日で祝日だけど、変わらず更新するつもり。

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